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2012年6月

2012年6月23日 (土)

(24.6.23) 文学入門 柴田翔 去れどわれらが日々 

     60年代の青春文学
                               ―柴田翔『されどわれらが日々』を読んで

                                                           河村 義人

 大江健三郎に『遅れてきた青年』という長編小説があるが、そのタイトルには「幼すぎて先の戦争に従軍できず、戦後に青年期を迎えた者」という意味合いが含まれている。学生時代、僕も時々自分が「遅れてきた青年」だと感じることがあった。遅れた、と感じたのは「先の戦争」に対してではない。60年安保、70年安保といった節目を持つ日本の学生運動に対して、である。時代を蔽うような共通体験。そういったものへの憧れがあった、と言ってもよい。しかし、幸か不幸か、80年代に青年期を迎えた僕らに、そんなものはなかった。

小説の時代背景
 この小説は、大雑把に言えば、60年安保闘争の頃を時代背景としている。もう少し正確に言うと、「1955年の日本共産党第6回全国協議会(「六全協)」で、共産党が現場の活動家を半ば置き去りにする形で大幅な路線変更を行った」(ウィキぺディア「日本の学生運動」より)頃である。当時、共産党の強い影響下にあった全学連(全日本学生自治会総連合)は、その決定を境に徐々に党と距離を置くようになり、やがては党から除名された学生たちを中心とするブント(新左翼共産主義者同盟)が全学連を牛耳ることになる。
 1960年の安保闘争においては、この全学連が運動の中心を担い、当時東大文学部の学生だった樺(かんば)美智子がデモに参加して死亡するという事件が起きた。

 作中の若者たちの姿
 そういう時代背景を持つからと言って、この小説の主人公は、学生運動の担い手たち、つまり政治青年たち、というわけではない。確かに活動家も何人か登場するが、彼らは単なる脇役にすぎない。主人公の研究者・大橋文夫やそのフィアンセの佐伯節子をはじめ、小説に描かれた若者の大半は、サークル活動、自由恋愛、研究生活などにいそしむ今も昔も変わりないごく普通の学生たちである。とりわけ主人公の大橋が語る学部時代の思い出話などを読むと、村上春樹の小説の登場人物かと錯覚するような性的に無節操な描写などもあり、いささかウンザリした。「最高学府の学生の生活がこれかいな」と。
 しかも、こう言っちゃ何だが、彼らが語る結婚観とか人生観というのは非常に観念的だ。結婚など未経験だから当然と言えば当然だが、それにしてもコムツカシイ表現をしたがる。「おじさんなら、そんな言い方はしないね」としばしば思ったものだ。たぶんもっと具体的に、やさしく話そうとするだろう。あんたら、コムツカシイ表現をふりまわして結婚や人生が分かったつもりでいるようだが、実際はそんなもんやないでえ。酸いも甘いも噛み分けた中年になったら、実感としてわかるだろうよ。あんたら「世間知」というかも知れんけど、と。
 主人公の大橋、ヒロインの節子、活動家だった佐野(後に自殺)、研究者の曾根や宮下、大橋の子を孕んだまま自殺した梶井優子、大学教授のFにその愛人だった横川和子、男性恐怖症の福原京子、活動家の野瀬……。本書に描かれた青春群像の中で魅力的な人物を選び出すのは難しい。強いて言えば、思慮深く知的な印象のヒロイン・節子くらいなものか。

 最も重要な場面
 ところで、この小説の中でもっとも重要な場面は、どこだろう?おそらくそれは幼き日の大橋文夫と佐伯節子が病院でもある大橋の家で積み木遊びをする場面だろう。自分の塔を壊すまいとして節子に向かって「馬鹿!」と怒鳴る文夫。節子がそこに見たものは文夫のエゴイズムに他ならず、それは身勝手な告白をする大人になった文夫の姿に重なるものだった。そんな話を聞かされたところで、「まあ、この人は何て正直な人なんだろう!ステキ……」なんて思う恋人がいるはずがない。興ざめして去っていくのがオチだろう(実際、そうなっている)。文夫は、それこそ「馬鹿」な告白をしたものだ。

 別れた理由
 節子は手紙によって大橋と別れる理由をあれこれと説明しようとし、大橋は大橋で自分のプライドを傷つけない程度に節子が取った行動に理解と同情を示す。まあ、お互いウソはなしにしよう。節子の方は、「イヤだからイヤ!」、それでいいではないか。屁理屈などこねる必要はない。生理的嫌悪感がマックスだ、と言えばいいのである。大橋の方も「何だあんなヤツ、エラくなって見返してやる!」くらいに思っていればいいのだ。偽善者ぶるのはやめよ。もともとお前のエゴイズムが別離の原因なんだから。尊大に行くなら、とことん尊大に行け。相手を思いやるなら、とことん思いやれ。中途半端は良くないぞ……。とまあ、おじさんは、つらつらそんなことを思ったしだいである。

 本書は、60年代、70年代と長い間若者のバイブルだったそうである。筆者の学生時代でもこの小説を読書会のテキストに選ぶクラスメートがいた。しかし、今でもこれがバイブルだという人はほとんどいないだろう。若き日に本書を愛読した人でも、年を経て再読する時、「何だこれ!」と幻滅を覚えるに違いない。なぜか。その理由は、そこに描かれているのが、世間知らずで頭でっかちの若者の姿だからだ。学生運動の嵐が吹き荒れた時代の記念碑的作品。本書をそんなふうに呼ぶことは可能だろう。しかし、その「記念碑」は、もしかすると恥部に似て結構コッパズカシイ「記念碑」なのかも知れない。(了)

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