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2011年10月30日 (日)

(23.10.30) 文学入門 岡真史 ぼくは12歳

                               2011.10.26

  

  ぼくは49――岡真史君に捧げる詩

                          ―岡真史『ぼくは12歳』を読んで

                                河村 義人

岡真史(おか まさふみ)君

君が残した詩は

小学生が書いたにしちゃあ、大人びている

その点は驚きだ

だが

すれっからしの大人の目から見ると

大したことはない

ハッキリ言って

この程度の詩ならゴマンとある

君のお母さん(岡百合子)が書いた

「同行三人」という文章を読んだ

大人のぼくには

君の詩文よりも

お母さんのこの哀切な文章の方が

こたえた

「同行三人」というタイトルが

どこから来たか、君にわかるか?

四国のお遍路さんが一人で巡業する時

常に弘法大師(空海)と一緒という意味で

「同行二人」というのだが

君のお母さんはその言葉と

君が残した多くの鈴にちなんで

「同行三人」と名づけたのだ

「三人」とは言うまでもないだろう

お父さん(高史明)と

お母さんと

君のことだ

真史君

実を言えば

ぼくは君と同い年だ

だから今年で満49

君から見れば

ずいぶんとおじさんだろう

でも君も生きてれば49歳だ

君は永遠に少年のままだがね

おじさんのぼくから

君にひとこと言わせてもらおう

「真史君、君は本当の喜怒哀楽を知らずに

死んでしまったんだよ」と

「本当の喜怒哀楽」は

大人になってから経験するもんだ

子どもが生まれた喜びや

世の中の不条理に対する怒りや

失恋の哀しみや

親友交歓の酒席の楽しさが

君にわかるかい?

わかるわけないね

こう言っちゃ何だが

君はずいぶんともったいないことをしたんだ

「本当の喜怒哀楽」も知らないで

勝手にこの世にオサラバしちゃったんだから

あとに詩と鈴と遺族の悲しみだけを残して

まあでも

君も今頃は

どこかで誰かに生まれ変わって

また人生をやり直しているかも知れない

だったら真史君

今度こそしくじるなよ

もったいないことは、するもんじゃない

おじさんが言いたいことは以上だ

冥福を祈る(了)

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コメント

来月48歳になるおばさんです。彼より少し年上になったときに読んで「ふざけるな!」と怒りました。でも、今でのその詩が空で暗唱できるのです。ふと頭の中でこだまします。今日はそれが酷くて、検索してたら、ここへ。昨日アップしたんですよね、なんと。ありがとうございます、何かスッキリ。ワタシが高校生の時ももう50近くなった今もあなたの意見に同意したい。
「りんごはもうくっついていないかもしれないのに」

投稿: ささ | 2011年11月 2日 (水) 00時43分

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