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2011年5月11日 (水)

(23.5.11) 読書会資料 有吉佐和子 恍惚の人

  高齢化社会を先取りする
                       ―有吉佐和子『恍惚の人』を読んで

                             河村 義人

 子どもの頃、わが家には小説というものがほとんどなかった。父の蔵書では、わずかに島木健作の『生活の探求』(正続)があり、山本周五郎や海音寺潮五郎の歴史小説がいくつかあったのを覚えている。今回取り上げる『恍惚の人』は、珍しいことに母の蔵書だった。どういう経緯で買ったものかはわからないが、とにかく新潮社の箱入り本がそこにあった。
聞けば、家内もそうだったらしい。家内の両親の書棚にその本があり、子どもの頃に眺め暮して来た、というのだ。一家に一冊でもなかろうが、このような点からも本書が当時の大ベストセラーだったことがわかる。

 立花家の人々

 この小説の舞台は、中野区の高円寺にある立花家という中流家庭である。(最寄り駅は、丸ノ内線の新高円寺駅)時代背景は、高度経済成長下の昭和40年頃であろう。テレビ、洗濯機、冷蔵庫が「三種の神器」となり、モーレツ社員が酒、麻雀、ゴルフにいそしんだ時代である。
一家の主である立花信利は50代の一流商社次長。従軍体験や抑留体験を持つ「中肉中背」の中年男である。その妻・昭子は40代半ばすぎで有楽町の法律事務所に勤める小柄な中年女性。この二人は職場結婚で、現在共働きしている。二人には敏と言う高校生の一人息子がいる。
信利の父・茂造は84歳で「六尺豊かな大男で、しかも骨が細い」「明治の男」。これがこの小説の主人公である。往年の茂造は胃腸が弱く、癇癪持ちだった。その性質は陰険で、嫁いびりは酷烈を極めたらしい。ところが、「恍惚の人」となってからは別人のような健啖家となり、空腹だと泣き出してしまう他愛ない子どものようになってしまう。
茂造の連れ合いは70すぎの「明治の女」だが、冒頭で亡くなるせいかその名は表示されない。(作中では「姑」とか「お婆ちゃん」などと呼ばれている。)その描写によれば、彼女の一生には「わがままな夫に仕えた忍苦の人生」といった趣きがある。
敏は、なかなか機転の利く聡明な男の子。それは時折両親を驚かせる大人びた言動にも表れている。具体的に言えば、「生物本能」とか「老いらくの恋」といった発言や茂造を追跡する際に公衆電話を掛けるための小銭を忘れず持ち出すなどの行動を指す。

「自分の人生の延長線上にある」老後

 これは立花夫妻にとって深刻な問題である。信利は「腑抜け」となってしまった茂造の姿を見て「俺もうっかり長生きすると、こういうことになってしまうのかねえ」という感慨を抱いて暗然とするし、昭子は昭子で茂造の世話を甲斐甲斐しく焼いている「門谷のお婆ちゃん」の「若やいだ躰つきや、華やかな声」に接してついつい「悪魔の陥穽」だと思う。そして、お互いに一人で長生きして老醜をさらしたくないと思い、ロマンス抜きで「あなたが死んだら私も死ぬわ」などと言い合う。
彼らは茂造なり「門谷のお婆ちゃん」なりの姿に、「自分の人生の延長線上にある」老後を見ている。そして、こうはなりたくない、と強く思うのだ。昭子がふと「いやだわ、もう私たち始まっているのかしら」(P.150)とつぶやく時、一瞬、この文の主語は「繰り言」か「老化現象」かと考え、お互い慄然とするのである。
そんな両親に対して、息子の敏が放った一言は痛烈だ。
「パパも、ママも、こんなに長生きしないでね」(P.210)
「敏の残した言葉は鉛のように重く二人の耳に流れこみ、胸をふさい」でしまう。その脇で茂造は「ひやぁ、ふやぁ、ひやぁ、ふやぁ」と「怪鳥(けちょう)の鳴き声」かはたまた「怪獣の断末魔に似た声」を上げつつ不気味な体操をしている。

「恍惚の人」の変化と臨終

 ボケ老人となった茂造は、家族の困惑や心配をよそに、どんどん耄碌し退行していく。まず、昭子と敏を除く家族の名前や存在を忘れてしまい、食欲の権化となる。時折、猛スピードで徘徊しては、家族を翻弄する。そして、ついに失禁がはじまり、幻覚を見るようになる。
そんなある日、茂造は昭子がちょっと目を離した隙に自宅の風呂で溺死しそうになる。どうにか一命はとりとめたものの、それがもとで急性肺炎になり、一時は重態となる。茂造は奇蹟的に恢復するが、それを境に彼はますます幼児化し、「モシモシ」と人に話しかけたり、何か意に適った時には赤ん坊のように無邪気な笑顔を浮かべるようになる。そして、自分の排泄物をなすりつけて畳を汚して間もなく、茂造は最後の時を迎える。彼は家族に看取られ、眠るように死んで行く。

昭子の献身的な介護

 それにしても舅への昭子の献身的な介護は、実に立派なものだ。舅と床を並べて寝てやったり、夜中に舅を起こして庭で立ち小便をさせたり、悪臭を放つ入れ歯を直接外して洗ってやったり、風呂で舅の体を洗ってやったり、舅が排泄物で汚した畳をゴシゴシ洗い落とすようなデキタ嫁は、そうそういるものではない。必要に迫られての行動とは言え、頭が下がる。夫の信利は同僚たちと飲んだ帰りに後ろから舅を抱えるようにして庭で小便をさせている昭子の姿を目撃し、「すまんな、いつも」と不器用に礼を言う。(P.173)
その言葉によって昭子は「日中のいら立ちを解消させ」「この一言を、この二カ月というもの待ちに待っていた」と感じる。
信利にしてみれば、「すまんな、いつも」というのが精一杯の感謝の表現だったのだろうが、「君にそんなことまでさせて申し訳ない。いくら感謝してもし足りないくらいだ。この償いはきっとする」くらいのことは言っても良さそうなものだ。それほどまでに舅の茂造に対する嫁・昭子の介護は素晴らしいのだから。

ボケないための処方箋

 晩年の茂造のようにならないためには、われわれはどうすればいいか。ボケた時点で、当人はもう「恍惚の人」になっているわけだから、別に家族に申し訳ない、心苦しい、ということはないだろう。苦しいのは、常に家族である。つまり、この問いは家族に迷惑をかけない老人になるためには若いうちから何をすべきか、という問いに置き換えることができる。
その答えは、一時茂造に色目を使った「門谷のお婆ちゃん」が示してくれている。そのお婆ちゃんの答えはこうだ。「頭使って、手足使って動いていれば呆けません。呆けませんとも」(P.166)これを聞くと、あまりスポーツをしていない小生などは一抹の不安がよぎる。

 ただその「門谷のお婆ちゃん」にしたところで、茂造との「愛は終わった」後に腰が抜けて寝たきりとなり、嫁に下の世話をしてもらう度に悔し涙を流すのだから、不幸はどんな形で現れるかわかったもんじゃない。頭がハッキリしていて体が不自由な場合は、まず当人が気の毒だ。事あるごとに、情けない、悔しい、と思うからだ。

 ついでに言えば、立花夫妻などは「門谷家の主婦(嫁)」がいみじくも指摘した通り、物事を理詰めで考えがちな「インテリ」の部類だろう。自分の「老後」のことを想像する昭子に向かって彼女は「私は面倒な理屈は考えないわ。今からそんなこと考えたら気が滅入るばっかりですもの。(略)おむつを替えるときなんか、あそこをわざとぴしゃぴしゃ叩いてやるのよ。さんざ苛められたお返しよって怒鳴ってやるの。だってこれから先、どのくらい長生きするか分からない相手なんですからね。自分のことまで考えられませんよ」と言い放つ。(P.262,263)これを聞いて、小生は思わずわが母の姿を思い浮かべた。いかにも気の強い母が言いそうなセリフだからだ。(今でこそ、どちらかと言えば、介護される側に回っているが。)これなどは「老後」に対する庶民の意見の代表という気がする。

 この小説の登場人物たちは、てんでに特徴が明確でよく描き込まれている印象がある。また「ボケ老人」というテーマは、その言葉が暗示している通り、極めてシリアスな半面どことなくユーモラスでもある。小説の中でも茂造をとりまく家族の反応は深刻だが、茂造自身の言動はむしろ滑稽である。その意味で本書は「悲喜劇」と言える。

 本書が昭和47年6月に刊行されて大ベストセラーになった背景には、すでにその当時から日本には高齢化社会の予兆があり、大勢の働き盛りの人たちが身近な肉親の事例と絡めて「老後」の問題を強く意識していた、という事情があったのだろう。

 「老醜を卑しむ」という言葉があるが、どちらかというと本書では老人の「年老いても、あんなふうにはなりたくない」という醜い側面、反面教師としての側面が強調されているように思われる。だからこそ立花夫妻などは老人の醜い姿に将来の自分を重ねて「暗然」たる思いに浸るわけである。しかし、それよりはむしろ「矍鑠(かくしゃく)として元気溌剌たるおじいちゃん」とか「愛情あふれる可愛いおばあちゃん」などという素晴らしい目標に標準を当てて生きてみてはどうだろう。「ああはなりたくない」ではなく、「あんなふうになりたい」と思いながら生きれば、少なくとも気分的にポジティブでいられる。悲惨な未来ではなく、明るい未来が待っている、と思えるからだ。また、目標に向かって一直線に突き進む方が、反撥しながらジグザグに進むよりもはるかに効率的でもある。

 老人の醜い面を書くのも結構だが、老人の素晴らしい面に注目した作品の方が、読者としてはより励まされるだろう。逆ピラミッドの高齢化社会を迎えた今日の日本においては、人々に希望を与える明るい「老人文学」が人々に歓迎されそうな気がする。(了)



                            2011.5.10
        「恍惚の人」有吉佐和子

                               磯部紀代子

 この本は出てすぐにベストセラーとなりました。有吉さんは私の好きな作家です。

 有吉さんが書く時に常に気をつけていたのは、難しくなく誰にでも読める文章だったそうです。

 本書が30年以上前に書かれた頃は「認知症」という言葉もなく、人々の話題のキッカケとなりました。御年寄りの最初の症状としては、家を出て家に帰れなくなる事が多いようです。

 家族が必死に看病する大変さが、良く書かれています。私は実家が五日市街道の松ノ木の隣りなので地形はとてもよくわかり、身近に感じました。義母の突然の死と対象的な書き方で、身に沁みます。御近所の人達の接し方とか、お嫁さんの描写も、よく書かれています。共働きをしながら、買物、家事、看護、子育て等、大変な頑張りようです。

 他に、「紀ノ川」「香華」「一の糸」「三婆」「複合汚染」等も大変話題になり、舞台、映画に何度もなって、時の人となりました。お暇な折に是非お読み下さい。(了)

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