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2010年9月 8日 (水)

(22.9.8) 読書会資料 藤原てい 「流れる星は生きている」

                                   2010.9.7
「母は強し」の物語
                      ―藤原てい『流れる星は生きている』再読

                                河村 義人

 タイトルに何気なく「物語」と書いたが、本書は小説ではなく、事実を記したノンフィクションである。家族など主要な登場人物の名は実名で記されている。本書の内容を要約すれば、どうなるか。「敗戦後、乳飲み子を含む幼な児3人を連れた日本人の母親が、旧満州の新京(長春)から日本の郷里である信州の諏訪へと幾多の試練を乗り越えて命からがら引き揚げて来る話。」まあ、そんなふうに言えるだろう。

 巧みな導入部

 本書を読み返した印象は、「遊園地のジェットコースターに乗ったような気分」というものだ。一度(ひとたび)ジェットコースターに乗れば、誰であろうと途中下車はできない。絶叫しようが目を回そうが、最後まで乗り通す以外に手はない、ということだ。
 そのような印象を与える原因は、平易ながらも吸引力のある文体にある、と思われる。

  昭和20年8月9日の夜10時半頃、はげしく私の官舎の入口をたたく音が聞えた。子供たちは寝ていた。私たちは昨夜(ゆうべ)遅かったから今夜は早く寝ようかといっているところであった。
 「藤原さん、藤原さん、観象台の者です」
  若い人の声であった。夫と二人でドアーを開けると木銃を持った二人の男が立っていた。
 「あ、藤原さんですか、すぐ役所に来て下さい」
 「一体何ですか」
  夫が問い返した。
 「何だかわかりませんが、全員を非常召集しているのです。ではお願いします」
二人の青年は非常に忙しそうに次の住宅をめざして出かけていった。ドアーを閉めると同時に私は軽い眼まいがした。私は夫を一人でこの夜の闇の中に出してやれないような気がした。

 この冒頭の数行を読んだだけで、すでに読者はジェットコースターに乗り込み、がっちり安全ベルトを装着し、知らぬ間に車両はするすると動きはじめているのである。冒頭の2行には引き揚げの開始時刻やその時の家族の様子が端的に描かれており、玄関口での観象台の青年と夫の短い会話が緊迫感をかもしだしている。このとき玄関のドアを開けることによって、「非日常」世界のドアが開いたのである。「私」が不安を覚える「夜の闇」は、これからはじまる暗澹(あんたん)たる前途もしくは苛酷な試練を象徴している。すぐれた小説と見紛う巧みな導入部と言わざるを得ない。
 
 アップダウン、そして急旋回

 ジェットコースターの比喩をつづければ、いったん離ればなれとなった夫と再会し(「夫との再会」)、またもや離別する場面(「夫よどこへ」)、おそらくはそこまでが車両がゆるゆると坂をのぼりつめる状態に重なるだろう。夫がシベリアに去り、母子4人の孤立無援となった時を境に、「運命」という車両は猛スピードで急降下をはじめるのである。
季節は折からダイヤモンド・ダスト(細氷)が降り続く厳冬にさしかかり、窮乏や飢餓との戦いがはじまる。著者の個人的な災厄にかぎって言えば、やりたくもない疎開団の「副団長」を引き受けるハメになったり、次男正彦が肺炎にかかって治ったと思いきや長男正広がジフテリアにかかってその治療費の工面に四苦八苦したり、石鹸売りの行商の「もとで」が尽きてとうとう親子で「物ごい」をしたりする。この親子で「物ごい」する辺りが最初の疎開地・宣川(せんせん)での最大の試練であろう。
同じ疎開団の中での出来事で言えば、東田民男という6歳の男の子の「虐待餓死」事件があり、いったん「北」へ召集された男たちの変わり果てた姿での帰還とその一人の衰弱死、水島さんの奥さんの発狂といった悲惨な出来事が次から次へと起きる。とはいえ、起きるのは悲惨な出来事ばかりではない。日本の航空隊にいたことがある心やさしい金さんとの交流があり、隠し芸大会のような忘年会があり、ソ連兵からもらった布類で人形を作ってそれを売る、といった明るい出来事もあった。これら公私にわたって起きた出来事すべてが、疾走するジェットコースターの「アップダウン」ということができよう。
そして、ついに引き揚げの機運が起こり、「南下」という「急旋回」を迎えるのである。
(「第二部 教会のある町」の末尾辺り)

書名の由来、削除された部分?

 本書の後半部分(「第三部 魔王の声」)に移る前に、書名の由来に少しふれておきたい。初読の際には大して意識しなかったが、「流れる星は生きている」という書名は金さんという友好的な朝鮮人が歌う流行歌の一節に由来する。

わたしの胸に生きている
あなたの行った北の空
ご覧なさいね 今晩も
泣いて送ったあの空に
流れる星は生きている

 引き揚げ途中、この歌詞を思い出す度に、著者はおそらく「北の空」へと旅立っていった著者の夫である藤原寛人、すなわち後年の作家・新田次郎を思い出したことだろう。そしてまた、新婚当初、夫と交わした「流星とエネルギー不滅の法則」とでも名づけるべき微笑ましい会話(「第一部 涙の丘」「氷を割る音」)を連想したに違いない。
それはそうと、再読して気づいたのは、初読の際に読んだはずの場面が見当たらない、ということである。例えば、ソ連兵による疎開団の若い女性への暴行シーン。それは、こんな描写だ。

 又、今夜もソ連兵が入って来た。ピストルを向けながら、めぼしい物は奪い、そのあげくに若い女性を引きずって行く。ひたすら大声を上げて泣き叫ぶだけで、抵抗は出来ない。それは死を意味するからである。
           ―『絆』(読売新聞社)の「敗戦そして引き揚げ」より

 初版にあった記述が改版で削除されたのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。本書を初読した後、著者の他の著作もあれこれと読んだので、あるいはこの『絆』の一節の記憶が本書の読後感とオーバーラップしているのかも知れない。結局、記憶違いということか。それにしても、何だかキツネにつままれたような感じだ。

怒濤のクライマックスへ

 さて、いよいよ本書の後半部分である。藤原母子の本当の試練は、ここから始まる。ジェットコースターは一段と加速し、アップダウンはより激しさを増し、キリもみ、左右への急カーブ……と息つくまもなくスリリングに走行するため、車内は常に乗客の絶叫の渦につつまれている。
宣川から平壌(ピョンヤン)まで南下した藤原母子を待ちうけていた試練。それは、馬糞が満載された貨車にスシ詰め・棒立ちになって雨にも降られて何時間も乗車しつづけることであり、「正広、なにをぐずぐずしている!」「正彦、泣いたら、置いて行くぞ!」と男言葉を使いながら幼い息子たちを叱咤し38度線までひたすら歩き通しに歩きつづけることであり、乳飲み子の咲子に与える乳も出ず大豆を噛みつぶして口うつしにいれてやることであり、凍死寸前の子供たちを蘇生させるための必死の看病であり、憎たらしい「かっぱおやじ」との行く先々での確執であり、路銀を確保するための友人への多額の借金(2000円也。実際には500円)申し込みであり、氾濫した川を子連れで命懸けで渡ることであり、足のうらに食い込んだ小石を麻酔もせずにいくつも除去する手術を受けることであり、下痢した子どものパンツが放つ悪臭をめぐって車中の日本人たちと「公衆道徳」の議論することであり、蓬髪ボロボロの乞食同然の風体で故郷の信州に辿りつくことであった。

 平壌から38度線を越え、開城、京城(ソウル)、釜山(プサン)を経てついに日本上陸、博多経由諏訪へ。その道程で鳴りつづけた「魔王の声」の正体。それはシューベルトの「魔王」の「魔王の声」だった。(「魔王の正体」)厳めしく怖ろしげな男の声ではなく、やさしく甘美に少年を死へといざなう「魔王の声」。こういう伏線、タネ明かしの仕方は、小説的手法と言える。
クライマックスにおいて、幾多の試練に打ち勝った著者は、ついに年老いた両親の御胸に抱かれ、失神するのである。

 当初「遺書」として書かれたという本書は、一流の素晴らしいノンフィクションである。何よりも最後まで一気に読ませる著者の手腕が、すごい。しかし、読み終えて、大した感想が湧いてこないのは、どういうわけだろう?「それでもA4で3枚も書いているじゃないか!」と言われそうだが、再読したから後知恵であれやこれやと感想らしきものが書けたようなものの、初読の際の読後感はA4で1枚の半分にも満たなかったのである。

 しつこいようだが、これもまたジェットコースターの比喩で説明がつくように思う。ジェットコースターから降りた後の乗客の感想と言えば、「あー、怖かった」とか「あー、面白かった」という類のごく単純なものだろう。中には、恐怖のあまり口がきけない人もいるだろう。降りてから「あの落ちる時の感覚がどうの…」「とっさの曲がり方がどうの…」と細かく批評するのは、あまりノーマルな反応とは言えない。

 要するに、本書を読むという行為は、徹頭徹尾、ジェットコースター体験に似ている、ということだ。(了)

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