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2009年12月10日 (木)

(21.12.10) 立川談四楼著 『ファイティング寿限無』 岡村 奈保

おゆみ野読書会                2009.12.08

立川談四楼著 『ファイティング寿限無』
                          担当 岡村 奈保

 まいど! 一風変わった本選をするオーさんでやんす!
 てなわけで、今回はアッシの愛してやまない落語モンをひとつ選んでみやした。
 よろしくお付き合いのほどを!

 と、江戸っ子なまりで始めてみましたが、楽しめる本を、ということで娯楽本だとの誹りをかわしつつも、今回はすっきりさわやかに年を越したいと思います。

 それにしても、いいですねえ。読み始めと共に動き出した気持ちが、読み終わると丁度元の場所に戻って、心の中にまぁるい輪ができあがる。時節柄、クリスマス・リースのごとく、しかもところどころキラキラとオーナメントが光っているような・・・。いったん動きだした思いを宙ぶらりんのまま放置されて、後は自分で勝手に解決しなさいとばかりに終わってしまう難解小説が多い中、もちろんそれが持つ余韻も捨てがたいけれど、こういう円環形式(!)の小説も、快食快便今日も一日がんばろう!という気にさせられていいものです。

 話の筋は単純。噺家の主人公小龍が、『とりあえず売れちまえ、手段は何でもいい、話はそれからだ』という師匠の言葉を頼りにプロボクサーとなり、そのおかげでめでたく落語は二ツ目に昇進し、ボクシングも世界チャンピオンに挑戦するほど順調に勝ち進んでいく。しかし、師匠が不治の病に冒され、それを知らされない小龍がタイトルマッチに向けてトレーニングを開始するあたりからクライマックスとなり、結局小龍はタイトル戦に勝利するものの、師匠はその知らせを待たずして、試合終了間際に息を引き取ってしまう。はてさて小龍の無念いかばかりか。タイトル奪取まで出入り禁止だと自分を突き放してくれた師匠。しかしその師匠にチャンピオン獲得の報告もできなかった。死に目にも会えなかった。兄弟子、弟弟子、一門の喪失感。自分が成したいこと、成すべきこととは何か。それを成す最善の方法とは。小龍は再び自身に問いかける。そしてその答えは、すでに最初に出ているのである。そう、『話(噺)はそれから』なのだ。

 『師匠が黒といったら白いモンも黒になるんだ』という落語会一般の常識がベースにあるけれど、この小説で興味深いのは、そのベースとなる師弟間の描写は短く暗示的で、むしろ、ボクシングの練習風景や試合描写に圧倒的にページを割いているということです。つまり落語以外のことは饒舌過多、時に都合よすぎてちょっと白けてしまうことがあるのに対して、落語にまつわることは、中盤、小龍が「ハンチク」な自分に悩みながらも兄弟子龍之輔との独演会を実現するくだりが少々詳しく描かれているだけで、あとは調味料のようにパラパラとふりかけられている程度、しかし暗示的なのにリアリティーに富んでいるのです。意図的にその効果を狙ったのか、或いはそうやって作者が心理的バランスをとったのか。噺家としての作者の本質を考えると、構成力のなせる技でしょうか。

 そして、登場人物を実在の有名人に重ね合わせているので、話をあたかも現実のこととして追認してしまいそうになるのもこの小説の読みやすさ、わかりやすさなのですが、何よりも立川談志(ここでは龍太楼)という唯一無二の人格がこの話全体を覆い、支配していることは否めないでしょう。

 ご存じ談四楼、彼の真打ち試験落第をめぐって談志が落語協会を脱会、つまりは師匠五代目小さんと袂を分かち、独自に立川流を創設したのは1983年。結局小さんの葬儀も参列することなく、談志は独自の落語道ともいうべきものに突き進みます。落語五十席に踊りと音曲少々覚えれば二ツ目、真打ちは落語百席と独演会が打てることが条件という昇進制をつくり、さらにAコース、Bコース(芸能コース)、上納金制度、と年功序列でなく実力主義を取り入れます。また協会を脱会したことでもちろん寄席の出入りは禁止となり、立川流一門は自由と引き替えに、ジプシーのように自分達の活路を自分達で切り開いていくしかありません。しかしその後厳しさに直面するのはむしろ体制派の協会で、立川流は高田文夫やビートたけしなどの有名人の賛同も得(彼らはBコースで真打ちとなり)、また初代真打ち談四楼を筆頭に実力派が次々に頭角を現して、志の輔、談春、志らくといった人気真打ちを輩出していきます。この辺の顛末は、本編でもプロダクション社長の口を通して語られています。

 談志という強烈なキャラクター。そしてその芸、人となりに惚れる弟子達。「オレの師匠(家元)はぁ、そこいらのンとはちとちがンだ」という思いが、他の派の連中よりも強いようです。それは、談四楼著「シャレのち曇り」、談春著「赤めだか」、志らく著「雨ン中の、らくだ」を読んでいて共通に感じます。この立川一派の著作物は、落語というよりも、すべて談志に収れんされていくようで、そこがおもしろさでもあり、また、辟易するところでもあります。「オレの方が師匠のことをよく理解している。」「オレの方が師匠に愛されている。」とそれぞれが競っているようです。一体この流派の噺家に著作物が多いということも、独特かもしれません。理屈っぽいのか、あるいは談志ゆずりのある種自虐意識からなのか・・・。

 俳句や小噺の会から発展していった江戸落語。大道、野天から始まった上方落語。「米朝いのち」の私としては、「おもろければええやん」風上方落語や上方芸人の有り様の方が、何かにつけ理屈っぽくエ張っている講釈タレの江戸芸人よりは好きです。荒唐無稽な筋をそのまま受け入れ、しゃべくりのオモロさを直裁に堪能する上方落語。そこには枝雀いうところの「緊張の緩和である笑い」がふんだんに盛り込まれています。要するに「なんやねん!?」の世界。それに加わる独特の「くどさ」。同じシーンが繰り返し繰り返し語られ、「あぁまたかいな・・」と思っているところに、ポーッンと意表をついての逆展開。(と、書き出すと止まらないので、上方落語談は切り上げますが・・・)その点江戸落語は、人情噺に代表されるような物語性、或いは人生訓といった講談色を強く残していて、上方落語から入っていった私の不幸か、オシャレすぎてなじめずにいました。

 ただ、談志は食わず嫌いだったかな、彼の表現のごくごく表層だけに反応しすぎたのかなと反省し始めています。彼は伝統の中の異端児であり、屈折と純情の狭間で揺れ動きながら、現在の落語のあり方を模索しているのでしょうか。『芸術家の了見でいろ。でヨイショを武器に商人を演じるンだ。人を見て職人の部分も見せてやったらいいさ。しかし了見は芸術家だ。』には反発しますが、『オレの概念を引っ繰り返せ。』『人生成り行きだ。』『厄かい、木かい、しじみっかい。いいねぇ・・。』そんな彼の言葉遊びや感性には共感を覚えます。すでに生では高座はやらないとのことですが、一度聴いてみたいです。まだ間に合うといいんだけど。

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