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2008年11月 9日 (日)

(20.11.9) アメリカが時価会計を諦めた (金融恐慌対応)の原文

世の中でこれほどひどい話はめったにない。アメリカのSEC証券取引委員会)が時価会計を一部停止しようとする話である。
私のように長い間金融機関に勤めていた者は、かつてアメリカが日本に時価会計を採用させるため、すさまじい恫喝をしたことを覚えている。

日本の金融機関は取得原価を採用しており、不動産および株式に多大な含み損が発生しているのにそれを隠蔽している。これでは世界の金融市場に参加する資格がない。透明性の欠如だ。
ニューヨークやロンドンで市場に参加したいのであれば、時価会計にあらため、格付会社の格付けを取得してから参加しろ。
それまでは村八分だ
」90年代後半のバブル崩壊後のことだ。

 やむなく日本の金融業界が時価会計を採用したのは98年3期からだったが、ほとんどアメリカからてごめにされたようなものだ。
アメリカには逆らえない。時価会計を採用してくれ」金融庁のお達しがあった。

 日本長期信用銀行が倒産したのは98年10月だから、もし時価会計の採用さえなければ長銀は今も存続していたのではないかと私は思っている。

 その後日本の金融機関は歯を食いしばって耐えてきた。
時価会計こそは世界の潮流だ。なにしろアメリカの金融機関はこの時価会計のおかげで投資家に適切な情報を提供して信頼を得ている。我々もアメリカの金融機関のようにならなければならない」実にけなげだった。

 ところがアメリカではサブプライムローンでアメリカの金融機関がバッタバッタと倒産し始めるとSECは掌を返したように、時価会計の一部凍結を検討すると言う
金融市場の信用収縮で取引が成立しにくくなっている証券化商品に対する時価会計の適用を一時凍結する

 なんてことはない、サブプライム商品は取得原価でいいと言っているわけだ。
こんなご都合主義が通っていいのだろうか。
透明性の原則が不透明じゃないか」皮肉の一つも言いたくなる。
かつて長銀が倒産するときには日本でも不動産の取引はほとんど成立していなかった。しかしアメリカは言ったものだ。
そうした商品は無価値であり、時価会計では評価はゼロだ

 そして今その同じSECが「サブプライム商品はなぜか取得原価の価値がある。なぜならSECが価値ありと言っているからだ」と言う。

会計基準の世界標準なんて信じるほうが馬鹿だ。信じて長銀や日債銀をつぶした日本政府はアホだ」これがアメリカの本音らしい。

 考えてみれば会計基準取得原価であろうと時価会計で有ろうと、それ自体は中立的なものであり、どちらかが選りすぐれていると大声で主張するほどの差はない。
大事なことは一方の原則を採用したら、継続してその原則を採用していくことのほうが大事で、その時の経済状況で両者を使い分けるほうがおかしい。

 余りにもばかばかしく、90年代の終わりから2000年の初めにかけて吹き荒れた時価会計の嵐は一体なんだったのだろうかと、しみじみ思ってしまった。
そして詐欺のような手段で職場を追われた、長銀日債銀の職員に心から同情を禁じえなかった。

(注)写真は近くの調節池の朝霧の写真です。

 

 

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