シナリオ 友よ風に向かって走れ

(19.4.16)シナリオ 友よ風に向かって走れ(その8)

このシナリオシナリオ1からの続きです。恐縮ですが、シナリオ1・2・3・4・5・6・7を読んでいない人は1・2・3・4・5・6・7から読み始めてください。

長い間シナリオを読んでいただいて感謝いたします。実はこの間私はバリ島に旅行に行っておりました。息子の結婚式に出席するためです。明日からはまた、いつものブログに戻す予定です。

○ 大手町の地下鉄(夜10時)

  A銀行からの帰りの山崎。前を歩いているイザベラを見つける。かなり急いでいる様子。走って追いつく山崎
山崎「(遠くから)イザベラさーん、イザベラさーん、いま、お帰りですか。おそいんだなあ」
イザベラ「ええ」
山崎「どこに住んでいるんですか、ホテルですか」
イザベラ「銀行の寮にいます。お金ありませんから」
山崎「寮に帰るのですか?」
イザベラ「(困ったように)いえ」
山崎「あれ、じゃ、六本木のスナックかなんかでバイトするのかな(ふざけて)」
イザベラ「(顔つきが変わる)貴方は、フィリッピン人、すべてバーかスナックで働いていると思ってるのでしょ。町で会う日本人、みんなそう言います。でも私、違います」
山崎「いや、いや、困ったな、冗談ですよ。イザベラさんが当行の研修生だということは良くしってます(動揺して)」
イザベラ「私、これからどこにいこうとしているか、あなた分かりますか?」
山崎「あっ、いや、全然」
イザベラ「貴方はフィリッピン人がなにを考えながら、日本でいきているか考えたことありますか」
山崎「あの、いや、申し訳ないけど考えたことない」
イザベラ「それなら、これから私と一緒に来てください。教えてあげます」
山崎「あっ、はい」
  怪訝そうにイザベラの後をついてく山崎

○ 六本木の教会(夜11時)

  タガログ語によるミサが始まる。フィリッピン人の男女が200名位集まっている。

  神父による説教。すすり泣きをはじめる。 男女。イザベラの目にも涙。山崎は何が話されているか理解できない
山崎「(申し訳なさそうに)なにをいってるの?」
イザベラ「ララという15才の女の子の話です。ララは観光ビザで日本にやってきました。新宿で働こうとしましたが、あまりに 身体がちいさいので何処も相手をしてくれません。しかたなしに町を歩いているとオートバイに乗った日本人に声をかけられました。ララはその日本人のバイクに乗りました。連れていかれたとこ、多摩川です。そこにバイクにのった他の日本人がいて、みんなでララをもてあそぼうとしたのです。ララはにげようとして多摩川に飛び込みました。でもララはあまり泳げなかったのです。途中でおぼれて、死にました」
山崎「知らなかった。新聞にものってないよ」
イザベラ「日本人にとって、フィリッピン人の女の子、一人死んでもマスコミに乗りません」

  賛美歌の歌声

○ いつもの喫茶店(昼休み)

  山崎と久子が重苦しい雰囲気で話し合いをしている。

山崎「いくら、電話してもでてくれないし、でてもすぐに電話きっちゃうし、怒ってるのかい?」
久子「そうだよ」
山崎「しかし、当行に陸上部ができたなんて実にすばらしいじゃないか。怒ることないよ。君も一緒に入ろうよ」
久子「当行? そんなものにとらわれて、強くなれると思ってんの(軽蔑をこめて)」
山崎「いまは、企業スポーツの時代さ。安心して運動するには企業にスポンサーになってもらわなくちゃ。それでなきゃなにもできないよ」

久子「ふん、いっぱしの口きくじゃん。二流の選手のくせして。会社止めて、二人でがんばろうといったときのほうが、もっと目がひかってたよ」
山崎「(カッと怒る)二流とはなんだ。ぼ、 僕は一流だ。青梅マラソンで優勝したじゃないか。なんだ、君は、僕にW大のコーチがついたんで、妬いてるんだろう」
  黙って、山崎の顔を見る久子
久子「ふとった豚に用ないよ。さようなら、それだけだよ」
  席をたつ久子。横を向いている山崎
山崎「(独り言)もう、絶対に電話なんかしないぞ」

○ 斉藤久子の下宿(夜)

語り「でも、僕は気になって彼女の下宿にいったんだ」

  二階建ての小さなアパ-ト。その二階の6畳、台所だけのちいさな一室。ステレオから、静かな音楽がながれている。写真帳を見ている久子。白馬の合宿。青梅マラソンの写真。窓をあけ夜空をみる久子。山崎が窓の下の暗がりから久子を見あげている。

久子 「(独り言)いつも一人でいきてきたんだ。まけるもんか(おもわずすすり泣き)」
  山崎が暗がりからでで、やや躊躇しながらも、にこやかに手で合図する。
山崎「やあ、斉藤君・・・」
  きっとした表情で山崎を見る久子。しばらく睨んだあと、下に唾を思いっきりはく。
久子「帰れ、豚ヤロウ!」
  窓を乱暴に閉める久子。頭にくる山崎。
山崎「なんて、やつだ。あれが女のすることか。ざけやがって・・・」

○ 山崎次郎の独身者寮(同日、夜)

  壁にフィリッピンの国旗、その下にイザベラという文字が大きく書いてある。鏡のまえで筋肉トレーニングをしている。
  したたり落ちる汗。ロッキーのテーマソングの強烈なビート。調子に乗って時々 「イエーイ」という言葉がでる

山崎「よーし、体調万全、明日から頑張るぞ。W大万歳、川口コーチ万歳、フィリッピン万歳。打倒、久子。あのこうまんちきな女の鼻をあかしてやる」

○ 神宮外苑コ-ス(昼)

  山崎が独りでトレ-ニングに励んでいる。快調なスピ-ド

語り「僕は本格的なトレ-ニングをまえに、外苑コ-スで調整していた」
  コ-スの途中でイザベラが山崎を待ちかまえている。手を上げるイザベラ。気付く山崎。止まる
山崎「どうしたの、なぜここにいるの?」
イザベラ「山崎さんにあいに!この間、教会にきてもらったのに、お礼も言ってなかったので」
山崎「はは、そんなこと、気にしなくてよかったのに。それよか、今日は研修はないの?」
イザベラ「山崎さんに会うので休みとったの」
山崎「はは、それはすまないな(思いっきり陽気に)」
イザベラ「食事作ってきたの,サンドイッチ食べてください」
  サンドイッチを袋からとりだすイザベラ。 包みを受け取る山崎。
山崎「今日は軽い調整をしてるだけなので、練習は止めるよ。むこうの芝生で一緒に食事しよう!」
イザベラ「止めていいの?」
山崎「いいさ」
  イザベラの肩に手をかけ、促す山崎。嬉しそうに山崎の顔を見上げるイザベラ。

○ 神宮外苑の木陰(同時刻)

  久子が、遠くの木陰から山崎とイザベラを見ている
久子「(顔に怒りの表情)なんだい、大いに反省したから、こおして謝ろ
 うと思ってきたのに・・・・・」
  肩を組んで芝生に向かう山崎とイザベラ
久子「一流のランナ-になるまでは色恋抜きにしろとあれほど言ったのに・・・、まったく、指示をまもらないなんて、なんてやつだ」
  楽しげに食事をしている二人。踵をかえして、木陰を立ち去る久子。胸をはり、昂然とした姿勢で去る。
久子「ふん、所詮、あいつはあの程度の人間だったんだ。ちょっとでも目を離すとさかりの付いた犬になる。みていろ、絶対に一流ランナ-になれないぞ」

○ 帝国ホテルでの発会式(外は雨)

  頭取、上原取締役、支店長、水谷課長、川口監督、山崎等関係者全員が集まっている。山崎は新品のトレーニングエェアを着ている。新聞社、テレビ局、数人の 国会議員。A行のイメ-ジガ-ル、人気女優の伊藤京子も出席している。
司会者「では、A銀行陸上部の発会式にさきだちまして、当行の頭取でもあり、陸上部の総監督でもある岩田頭取から、一言挨拶をお願いいたします」
  万雷の拍手
頭取「(満身笑みを浮かべて)御来賓のみなさまお忙しいなか、私どもの陸上部発会式にようこそおいでくださいました。主催者側を代表してあつくお礼もうしあげます」
  会場を満足げに一瞥する頭取
頭取「当行におきましは、社会的に価値があり、かつネームバリューをあげる方策が種種検討されてきました。幸いにも、この度、当行を代表するマラソンランナー、山崎君が青梅マラソンで優勝しました」
  全員の目が山崎に集まる
頭取「このを機会に、W大より、数々の名選手をそだててこられた川口氏を監督にむかいいれここに正式にA銀行陸上部を創設することにいたしました。では川口監督を紹介します」
  万雷の拍手。そのなかを自信満々に壇上に登る川口監督。伊藤京子から花束贈呈

  川口監督のスピーチ
監督「ただいま、紹介にあずかりました川口です。W大では、数々のオリンピック選手を育ててきたました。そのために私は死にものぐるいの努力をしてきたと自負しております。私、W大で実戦したトレーニングは・・・・」
  川口監督のスピーチをじっと聞いている 山崎。その肩を軽くたたくイザベラ。振り向く山崎。
山崎「きてたの?」
イザベラ「私もよばれたの。(ひと呼吸おいて)本当はどうしても来たかったの」
山崎「あ、どうも有り難う」
イザベラ「神宮外苑の練習は?」
山崎「このところパーティーが多くて、あまりできない」
イザベラ「あなたのコーチの女の人とは練習してないの?」
山崎「あっ、いや、あのひととは止めることにしたんだ。今度はいましゃべっているW大の川口監督になる」
イザベラ「どうして」
山崎「その、川口監督の方が技術的にうえだし、それに彼女、僕とトレーニングするのもうやだというんだ」
イザベラ「喧嘩したの」
山崎「あっ、あの、本当のこというと、二人でこの会社止めてトレーニングすることにしたんだ。そしたら、急に会社から陸上部つくるので、キャプテンになってほしいといってきたんだ。僕は賛成したんだけれど彼女はいやだというのだ」

  イザベラの悲しそうな顔

  急に山崎の肩が強く叩かれる。振り向く山崎。川口監督がたっている。壇上では国会議員の挨拶に変わっている
監督「君、君が山崎君だろう?」
山崎「はあ、そうです」
監督「はあ、そうですはないだろう。僕は君の監督だよ。まっさきに挨拶にきてもらいたいもんだね」
山崎「あっ、気がつかず、どうもすいませんでした」
監督「君、さっき、僕の話聞いてた? そこの外国の女性と話をしていて、聞いてなかっただろう」
山崎「あっ、いえ、ちゃんと聞いてました」
監督「なら、私のしゃべった科学的トレーニング法を説明してみたまえ」
山崎「・・・・・」
監督「みたまえ、なにもきいてないじゃないか。いいかい、君、僕が目指しているのはそこいらのちっぽけな大会で優勝する事じゃない。オリンピックで優勝する、これだけだ。これからは、W大の優秀な選手をどしどし入れる。いいかね、僕がW大をやめてここにきたのは、大学から社会人までの一貫スポーツ教育を実施するためだ。そのなかからオリンピック選手を作りあげる。それが目標だ」
山崎「はあ・・・」
監督「君、君は私からみれば、しょせん外様だ。私の科学的トレーニングについてこれないようでは、それなりの覚悟をしてもらわないとね」
山崎「(むっとして)覚悟とはどういう事ですか?」
監督「その言葉どおりさ」

  睨みあう二人
イザベラ「山崎さん、高地トレーニングしてます。それに風の対策も十分にしてます、私、ききました。そうでしょ」
監督「(軽蔑したように)あはー、高地トレーニング。それに風圧トレ-ニングかね。君が斉藤某とかいう女性コーチとしてたというアレかね。聞いたよ。下らないね、実にくだらない。なに、高地トレーニング! 3000メートルの白馬岳でしていたんだって。馬鹿じゃないか。いいかね、高地トレーニングは2500メートルの高度が最適なんだ。それ、以上でも、以下でもだめだ。風圧トレ-ニングだと、えっ25メ-トルの風のなかで走った?馬鹿か!飛行機じゃないんだ。いいかね、その女性はコーチでもなんでもない。ただの、スポーツ気違いのヒステリーだ」

山崎「斉藤君の悪口をいうのは止めてください。彼女のおかげで青梅マラソンで優勝したのです。白馬岳の高地トレーニングは私にとり、何よりも有効なトレーニングでした。風圧トレ-ニングで風を克服することができました。取り消してください」
監督「(気色ばる)何! 何を馬鹿なことをいうか。なぜとりけす必要がある。素人のトレーニング方法ですこしうまくいったといって自惚れるな」
  騒然とした雰囲気になる。はらはらして聞いていた支店長があいだに割ってはいる。
支店長「まあ、まあ、今日は重要な発会式でしょう。お客さんも大勢いらっしゃるんだし。そんな、大声をだすのは、ね。・・・山崎君、君も大人になりなさい」
山崎「はあ(しぶしぶ)」

イザベラ「(山崎にむかって)なぜ、だまるのですか。なぜ、主張しないのですか。その女の人をなぜまもってあげないのですか」
支店長「(怒鳴る)君、君は研修生の分際で余計なことをいうんじゃない。これはわが社の問題だ。君は部外者でしょ」
イザベラ「私はその女の人のためにいっているのです。人間としていっているのです」
支店長「馬鹿な、話にならん。山崎君、君がいつまでも斉藤君のことなんか言うからこんなことになるんだ。第一、彼女はもう当社の人間じゃないんだよ。今日、神宮外苑を通ったとき、傘もささずたっていたが、あれじゃ、もう頭も少し可笑しいんじゃないか、なあ課長!」
課長「雨にびしょむれになったままたっているなんて、普通ではありません」

 モンタージュ
  神宮外苑。かなり強い雨。傘もささず外苑コースにたたずんでいる斉藤久子。不  思議な顔をして通り過ぎる通行人。

支店長「ほら、司会者が君のことを呼んでるよ。君の紹介をするんだ。頭取がおよびですよ。サア、気を取り直して」

 モンタージュ
  白馬岳。雨の中を走る山崎。雨にぬれながら、双眼鏡でじっと見つめている斉藤久子。頬に吹きつける氷雨。
 モンタージュ
  筑波大学での風圧トレ-ニング。じっと見ている久子。
 モンタージュ
  青梅マラソン。最後のラストスパート。自転車に乗って、懸命に声をかける久子。風にむかって走る山崎。ゴールで久子の 胸に飛び込む山崎
 モンタージュ
  喫茶店。会社を退職する決意のシーン。おたがいにVサインを交わす。

支店長「(山崎の肩を押してうながしながら)ほら、ほら、急いで、みんな君をおまちかねじゃないか」

  山崎の頬にながれる涙。とめどもなく涙ながれる
イザベラ「(叫ぶ)いっちゃダメ。キミのいくの、そっちじゃない」        
   山崎の口から声にならない声がでる。
山崎「(ほとんど雄叫び)ウオォー」
  会場から飛び出す山崎。あっけにとられ て茫然と見ている参集者。叫びながら帝国ホテルを飛び出す山崎。神宮外苑にむかって走り出す。

○ 神宮外苑

 雨の中をたたずむ久子。しずくがほほを伝わって落ちている。髪がびしょびしょにぬれている。

 懸命に走る山崎。久子の影を遠くに見つける。走りよる山崎。

山崎「コーチ、雨のトレーニングですか(後ろから声をかける)」
 振り向く久子。呆然と山崎を見つめる。
山崎「はは、川口監督はレベルが低いので、首にしちゃった」
 沈黙が流れる。
山崎「やはり、斉藤コーチでないと、世界と戦えない」
久子「馬鹿だね、また高倉健をやったのかい(涙声で)」
 涙がほほに滴る久子。そっと、久子の肩に手を伸ばす山崎。久子を抱きかかえようとする。一旦はだきかかえられたが、手で涙をぬぐい、山崎の手をそっと払いのける久子。
久子「女にうつつを抜かしちゃ、世界は戦えないよ。走れ、面倒見てやるよ(泣き笑い)」

山崎「アイアイサー(おもいきり元気よく)」

 走る山崎、見つめる久子。雨が二人の姿を消し去っていく。

                                  (終わり)

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(19.4.15)シナリオ 友よ風に向かって走れ(その7)

このシナリオシナリオ1からの続きです。恐縮ですが、シナリオ1・2・3・4・5・6を読んでいない人は1・2・3・4・5・6から読み始めてください。

○ 火曜日新宿支店支店長室(早朝)

  上原取締役より、関支店長に電話がはいる。
取締役(電話)「君のところの、山崎君、すぐに私のところにつれてきなさい。それに相談があるので、君と山崎君の上司も一緒にくるように」
支店長(電話)「あっ、はい、分かりました。すぐにまいります」
  あわてふためく支店長。関支店長は、水谷課長を電話で呼びつける。あわてて支店長室に入ってくる水谷課長。蒼白になっている支店長
支店長「(ぐちっぽく)えぇ-、実にまずいことになったね。上原取締役に直々によびつけられたよ。いや、じつにまずい」
課長「はあ?」
支店長「(怒鳴る)はあ-じゃないでしょ、倒産の件にきまってるでしょ。何かいい策、考えられない?君ね、君も支店長、直前の人でしょ。対応策はありませんなんて取締役に言える」

課長「(意を決して)支店長、勿論支店長と私の責任は免れません」
支店長「そんなことは言われなくとも自覚してます」
課長「しかし、われわれだけの責任といえるでしょうか」
支店長「なんだ、もったいぶらずに早く言いなさい」
課長「この件は、元はといえば、あの山崎が、マラソンなんかしていたからです。倒産が判明した日も、山崎は青梅マラソンに出ていました。第一の責任は、あの山崎にあります」

支店長「君ね、そんなこといったって、山崎はたんなる担当だよ。それにマラソンといったって休日にしてるんだよ」
課長「支店長、今は、我々の首がかかっています。いままで支店長は何年間、当行のために働いてきたのですか。その間、一度たりとも、自分のために、自由な時間を持ちましたか。ところが、あの山崎は・・・・・その結果がこれです。支店長は山崎と心中するきですか(脅迫する)」

支店長「じゃ、ど、どうすればいい?(気弱く)」
課長「私に案があります。山崎に始末書をださせましょう。山崎から自主的に退職願いを出してくれば最高です。責任の所在がはっきりします」
支店長「そりゃ、ちょっと・・・・・私だっていざとなったら支店長やめるぐらいの気持ちあるんだよ(見栄をはるように)」
課長「(支店長の気持ちをみすかして)それはなりません。当行の将来を考えれば支店長は当行になくてはならない人材です」
  店長はしぶしぶ頷く(ほとんど泣きそう)。
  
○ 新宿支店応接室(午後)

  水谷課長と山崎次郎の二人。水谷課長が山崎に始末書を出すように、盛んに説得している。

課長「いいかね、倒産が発生したとき担当者がいないなんてことある。えっ-、マラソンなんかしていたじゃないか。おかげで当行はいくら、損したと思う。5億だよ、5億(だんだん声が大きくなる)。本来はすぐにでも辞表を書く立場なんだ(机をたたく)」

山崎「倒産時、家に居なかったのは、事実ですが、休みでしたし、すべてが私の責任ということは、ないとおもいます」
課長「何を馬鹿なことをいっているんだ(気色ばむ)。すべてお前のせいだ。ひ、昼休み、どうしてる。マラソンして、いないじゃないか。そういうところが責任感がないというんだ。まったく・・・!」

山崎「お言葉ですが、課長にも管理責任があります。第一、K物産に融資拡大策とったのは課長です(声が大きくなる)」
課長「なんだ、なんだ、なんだ。責任を私に転化するのか!始末書ですましてやろうと思ったが、もう、勘弁ならない。す、すぐ退職願いをかきなさい。本来なら首、首! 自主退職は支店長の慈悲だ(完全に冷静さを失う)」
山崎「辞めるつもりはありません(断固として)」
課長「何をいうか!いいか、1日、1日待ってやる。それで辞表、書かなかったらこっちも考えがある」
  山崎と水谷課長のにらみあい。

○ 再び応接室

  今度は、水谷課長は久子を呼びつけ、山崎を説得させようとしている。
課長「斉藤君、最近君は、山崎君と大変仲がいいようだね。はためには犬と猫。どうかんがえても不似合いだね(優しげに)」
久子「それがどうかしました?(平然と)」
課長「いや、いやそれはどうでもいいんだ・・・・・。ところで君は総合職になる希望はないかね。大卒で頭脳明晰、今まで総合職にならなかった方がおかしいね(久子の顔を除きこむ)」
久子「急に私に対する評価が上がったみたいですね(皮肉ぽく)」

課長「いや、いや、私は前から君をたかく評価してたのです。どうです、望んでたんでしょ(じっと目を覗き込む)」
久子「で、私に何をしてほしいのですか」
課長「イヤ、イヤ、これは参りましたね。実は山崎君、今、彼の立場は非常に微妙なんです」
久子「微妙と、いいますと?」
課長「K物産の倒産、知ってますね。彼、倒産時に青梅マラソンにでていたでしょう。私が自宅待機するようにいってあったの、無視して。これ業務命令違反ですよ」

  窓外の新宿御苑を見ている久子
課長「審査部長は、いや激怒しましてね。悪いことに、上原取締役の耳にも入って・・・・支店長は解雇ではあまりに可愛そうなので、なんとか始末書でかたをつけようと・・・・・」
久子「課長が自分で言われたらいかがですか。私が言うことではありません」
課長「勿論しました。彼、でもいこじになって・・・」
久子「とうぜんでしょ」
課長「だから、だから君が必要なのです。彼に潔く始末書を書いて、責任とるようにいってくれませんか、ねっ、頼みます。このとおり」
  水谷課長、おおげさに、手をついて頼む。

○ S喫茶店(同日、夕刻)

  山崎が久子にことの経緯を説明している。外は暗い。

山崎「課長が始末書を書くか、退職しろというんだ・・・・・・」
久子「君、マラソンのしすぎで、頭よくないよ。課長、私を買収しようとしたんだよ。その代わり、君に始末書、書かせろだってさ! どうしてだと思う?」
山崎「・・・・・・」
久子「倒産の前、課長、K物産とゴルフしてたじゃない。投資信託5千万
してもらったと自慢しでしょ。そのあとだよ、5億、無担保で融資したの。課長の責任だよ」
山崎「・・・・・・」
久子「課長、このままでは首さ。だから君に責任転化したい訳さ・・、課長の考えそうなことじゃん・・・・、責任とることないよ」

  沈黙がながれる。外をじっと見ている次郎。雪が降り出している。ようやく口を開く。

山崎「課長には会社しかないんだ・・、たまたま試合中に倒産がおこったけど・・・僕は、試合のほうを大事にしてよかったと思ってる。でも課長の気持ちわかるんだ。出世だけが生きがいなんだから・・・・・それに僕と違って家族もいるし・・・・」

久子「気がいいね。わらっちゃうよ。課長に同情か? で、どうする?」
山崎「うん、ここはひとつ男になってやるか。高倉健みたいにさ。会社を止めよう。金はどうにかなるよ。それに僕のランナーの命、あと8年がいいとこだしな」
久子「(じっと目を見つめ)よし、気にいった。僕は、君のコーチだから、一緒にやめよう。君をオリンピックに出してやるよ。優勝賞金で食っていくか」

  互いに笑い、手でハイタッチをする。
山崎「コーチ、次の目標はなんですか」
久子「きまってるだろ、次はフルマラソンさ。優勝させる。新人の登竜門、別大マラソンにでる」
山崎「分かった、アイアイサー」
 微笑みながら互いにVサイン。

○ 上原取締役の専用役員室(翌日、午前)

  関支店長がことの次第を上原取締役に説明にきている。水谷課長も同席

取締役「なぜ山崎君は、こないの? 私は山崎君に用があるんだよ」
支店長「お聞きおよびのこととはおもいますがK物産の倒産し、山崎はその責任をとりまして、本日退職願いを出してきました。山崎は担当でありながら、K物産が倒産した日に、なんと青梅マラソンなんかにでていまして・・・」

  上原取締役が言葉を遮る。
取締役「待ちなさい。君たちはここに何しにきたのかね(語気強く)」
支店長「えっ・・・勿論K物産の倒産の件について、取締役に説明にまいりまして・」
取締役「君は何をいっとるのかね。倒産の所管は審査部長だよ、私の管轄じゃない。それに青梅マラソンなんかとはなんですか(怒りだす)」
支店長「はぁー?(怪訝な顔をする)」
取締役「いいですか、山崎君は青梅マラソンに優勝したんです。頭取も大変お喜びになり、正式に陸上部の設立を許してくれたのです。山崎君はうちのエースです。わが社の野口みずきじゃないか(強い口調で)」
支店長・・・・・・
取締役「それに責任は上司がとるもので部下がとるものじゃない。見苦しいことはするな。辞職願いはすぐに破棄しなさい。さあ、山崎をここにつれてきて(大声で)」
支店長「あっ、はい」
  支店長と水谷課長は真っ青、口も聞けない。部屋を飛び出す支店長と課長

○ 神宮外苑コース(同日、午後)

語り「僕はこの日から本格的に練習にとりくんだ。気合も入っている。すごく気分はいい」

  風がつよく、砂ぼこりがまっている。走る山崎。久子は自転車。そこに関支店長と水谷課長が汗をかきかきやって来る。
支店長「山崎君、ちょっと、ちょっと止まってくれないか。是非話があるんだ(喘ぎながら)」
山崎「今練習中です。走りながら聞きましょう(呼吸は乱れない)」
  無視して走る山崎。追いかける支店長と課長
久子「支店長、邪魔よ、邪魔!話は後で。辞めたんだから、文句ないでしょ」
支店長「いや、それがあるんだ。止まってくれ(悲鳴をあげる)」
    山崎と久子がようやく立ち止まる。怪訝な顔。
山崎「どうしたんですか支店長。もう僕は退職したんですよ。斉藤君もそうです」
支店長「いや、そのことで話があるんです。ここではなんだから、あすこに支店長車があるでしょ。すまんが、そこまで来てほしい」
山崎「いま練習中だから、困るなあ、少しだけですよ。斉藤コーチ、あなたも、来てください。(支店長に向かって)コーチも行っていいでしょ」
支店長「あぁ、コ-チ?(久子の顔を見る)。えぇ、構いませんよ(やや不満げに)」

○ 支店長車の中

  黒塗りの支店長車。後ろの座席に支店長、山崎、久子。前の座席に水谷課長。
支店長「山崎君、すべて誤解だった。すまん、なにもいわず、会社にもどってくれ。ねっ」
  怪訝な顔の山崎
久子「おかしいじゃない。倒産の兆候見抜けなかった責任とって辞職しろっていってたのに」
支店長「いや、それは、だから誤解だといったでしょ!山崎君、私も支店長だ。倒産の責任はすべて私がとる。それよか君にはいい報せがあるんだよ。実はこんど当行でも陸上部つくることになってね(顔をじっと見る)・・・・、君、君はそこのキャプテンになるんです」
久子「私達、会社を止めました。もう、そんな話、聞く必要ありません」
支店長「(怒って)君にいってるんじゃない、山崎君にいってるんだ。ねっ、帰ってきてくれたまえ」
山崎「そんなこと急にいわれても・・・コーチと相談させてください」
支店長「えっ、コーチ?コーチね。あっ、斉藤君のこと? ねぇ、斉藤君、頼みますよ」
久子「お断りします、支店長。私達二人でオリンピックにでる練習してるんです」
  支店長、狼狽する。


支店長「山崎君、頼む、二人で戻ってくれ(哀願口調)」
山崎「(ニコニコしながら久子を見て)仕方無い、コーチ、また高倉健になるか」
久子「(ぴしゃりと)なにいってんの。駄目だよ。いいかい、スポーツはハングリーでなきゃ勝てないよ。君が青梅で勝ったのも落ちこぼれで、マラソン以外とりえが無かったからじゃないか。すぱっと断りな」
山崎「(むっとして)いくらなんでも、マラソン以外とりえがないは言いすぎだ」
久子「事実は、事実だよ。悟りな」
山崎「なんだい、どうしてそんな言い方するんだ。僕にも自尊心がある」
久子「ふん、くだらない。そんなもの犬にくれてやれ」
  思わず怒りで身を乗り出す山崎。無視して横をむいている久子。

支店長「まあ、まあ、山崎君、これからすぐに取締役のところにいこう。それに、斉藤君、君も機嫌をなおして、いつしょに、ね!」
久子「いえ、お断りします。いく理由がありません。失礼!」
  ドアーを自分でさっとあけて車から降りる久子。振り向きもせず、車から離れていく。気にして後ろ姿を目でおっている山崎。その山崎の肩に手をかけ促す支店長。

支店長「いや、さっ、気にせず取締役のところにいきましょう。(運転手に向かって)ほら、早く車をだして、大手町だよ」
  まだ、気にして斉藤久子の後ろ姿を追っている山崎。走りだす自動車。とうざかる久子。
久子「なんだい、冗談じゃないよ。なにが高倉健だ。ふとった豚になるのか、馬鹿やろう(目に涙)」

○ 上原取締役の応接室(夕刻)

  上原取締役が上機嫌で山崎を迎える。あわてて入ってくる支店長、課長、山崎

取締役「いや、山崎君、君をまっとったよ。青梅マラソン、見ましたよ、いや、いや、実に素晴らしい健闘だった。頭取もことのほかお喜びになって、陸上部の創設をお認め下さってね。監督はね、W大の川口君をくどいたんだ。まあ、金も相応にかかったけどね。ワハハハハ、えっと、ところで君のコーチのなんとかいった女性は一緒じゃないの?」
支店長「(おどおどと)はぁ、あのー、彼女は、この案に反対とかで、来ませんでした」
取締役「(意外な顔で)ほう、そう。いや、気にすることはない。川口君は、今の日本のコーチ陣のなかでは最高の人材だから。まあ、かえってよかったんじゃない。女なんかに口出しされるよりはね」
山崎「(むっとして)斉藤君は最高のコーチです」
取締役「アハハハハ、そうでしたね。分かってます、分かってます。ところでと、今、ちょうど当行が専属契約している女優の伊藤京子がきててね。いま頭取と『頭取と語る』を録画中なんだ。頭取から、山崎君、君もくるようにいわれてるんだ。さあ、いこう。(支店長に向かって)支店長、君達はもう帰っていい」
  山崎の肩を抱くようにかかえる取締役。おずおずと出ていく支店長と課長

○ 頭取の応接室

  壁にフランス印象派の高価な絵。ゆったりとしたソファー。頭取、伊藤京子、フィリッピンからの研修生イザベラ(24)が対談している。ディレクターが指示をとばし、カメラマンが盛んにVTRを回している。ライトが強く光っている。

頭取 「ちょっと、ちょっと、まって! ちょうどいいところに山崎君がきた。山崎君、君もこの対談にはいりなさい。いや、そんなに緊張することはない。ここにいるのは、わが社の専属のイメ-ジキャラクタ-、伊藤京子君だ。君もファンじゃないのかね。それと、そっちがフィリッピンからの技術研修生イザベラ君、女性だが、国立マニラ銀行の秀才。さあ、さあ、そこに座りなさい」
山崎「あのー、僕はなにをすればいいんですか」
頭取「ハハハ、何も心配することはない。私が質問するから、それに答えればいい。ただし何をいっているのかさっぱり分からんのはだめだ。じゃ、はじめていいよ」
  伊藤京子の横に座る山崎。動きだすVTR

伊藤「そうしますと、もうすこし具体的にA銀行が実施しようとしている民間援助の内容について説明してください(台本を読みながら)」
頭取「いま、わが社が最も力をいれて取り組んでいるプロジェクトは、フィリッピンの中央銀行である国立マニラ銀行に対する、技術支援でしょう。貸出、預金、為替等の基礎的業務からはじまって、オンラインに
 よる決済業務まで、全般にわたって技術支援をしています。ここにいるイザベラさんはそのためにわが社に長期技術研修にきているわけです(イザベラの方を見る)」
伊藤「それでは今度はイザベラさんにうかがいますが、日本の銀行業務についてどのような感想をお持ちですか(台本をみながら)」

イザベラ「なにもかも驚くことばかりです。私の任務は国立マニラ銀行が採用するソフトについて事前によく勉強することですが、フィリッピンはお金がないので、私のA銀行への派遣もODAの費用が日本政府からでています・・・・・・・」
  じっと感心してきいている山崎。突然話題が山崎にうつる。

頭取「ところで山崎君、君はこのたび青梅マラソンで優勝したわけだが、世界の強豪アコネンを破ったその実力はどのようにしてみにつけたのかね?」
山崎「(当惑しながら)はあ、アコネンを破ったといっても、アコネンは転倒して若干ペ-スを崩したので、半分はフロックのようなところもあります。ただ、僕としてもそれなりに満足のいくトレーニングはつんできました。特に、白馬岳の高地トレーニングと、筑波での風対策は有効だったとおもいます」 

 モンタージュ
 雨の中を走る山崎。高台から双眼鏡でじっと見ている久子。久子の頬にあたる氷雨、乱れる髪。

 モンタ-ジュ
  筑波大学でのと風圧トレ-ニング。前傾姿勢で歯をくいしばる山崎。満足げに見ている久子


伊藤「(時計をみながら)ではこのへんで今月の頭取と語るを終了いたします」   

                 (明日に続く) 

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(19.4.14) 友よ風に向かって走れ(その6)

 このシナリオシナリオ1からの続きです。恐縮ですが、シナリオ1・2・3・4・5を読んでいない人は1・2・3・4・5から読み始めてください。

○ 同じころA銀行新宿支店

  日曜日というのに、事務所には、関支店長、水谷課長、田中、大川が出社している。4人とも超興奮状態。

語り「僕はまったくしらなかったけど、そのとき大変なことが起こっていた。K物産が明日不渡りをだして倒産するとの情報がはいったんだ」

支店長「山崎、山崎は何をしている。担当だろう。なぜ一番にかけつけない(大声で怒鳴る)」
課長「山崎は今、青梅、青梅マラソンに出ています。連絡が取れません。申し訳ありません(こちらも絶叫)」
支店長「なに!こんな時に、馬鹿が!いい、かまうな。ま、まず ほ、保全バランスを早くつくりなさい」
  課長と田中が保全バランスを作っている
課長「担保が足りません。5億とりもれが発生しそうです(声にならない)」
支店長「何、5億! 5億だよ、5億。この支店の年間利益の倍じゃないか。追加でとる担保はないのか(茫然とする)」
  全員黙っている。
支店長「えっ、何か手はないのか(怒鳴る)」
課長「担保は先順位が多いので、あまり期待できないのですが・・・・・」
支店長「このさい、そんなこと言ってられないでしょ。何でもいいから、担保と保証をとってきなさい。社長との連絡はとれないの?」
課長「社長は不在のまま、音信普通です」
支店長「そんなら、ここでぼさぼさしてても仕方ないでしょう。すぐに会社にいって差押えられるものはすべて差押えなさい」
課長「あっ、はい」
  飛び出していこうとする水谷課長、山田、大川
支店長「君達だけでいっても、仕方ないでしょ。すぐ弁護士と連絡とって」
課長「あっ、はい」
  電話をとる水谷課長
支店長「(舌打ちしながら)まったく、なんてことだ」

語り「そんなことになってるなんて、知らなかった」

○ A銀行新宿支店支店長室(月曜日、朝)


  支店内はあわただしい。行員が走り回っている。

語り「僕が出社すると、課長と田中君はK物産に取り立てにでており、関支店長は汗だくになりながら、K物産の顛末を審査部長に報告していた」

支店長(電話)「はい、そうです。今日1回目の不渡りを出すことは、確実です。はい保全バランスを作ってみましたら、まだ5億たりません。はい、はい、勿論差押えにいっておりますが、社長は暴力団をおそれて、家にはいません。はい、はい、かなり後順位の抵当権になると思いますが、仮差押えをします」
審査部長(電話)「君のところのリスク管理どうなってんの!(怒鳴り声、 支店長は思わず受話器を耳からはなす)5億のとりもれなんて君の所だけだよ。何やってるの! 課長だれ? 水谷? 彼、能力あるの? 
 すぐに報告にきなさい。法務室と連絡をとって! 君ところだけで処理、絶対だめだよ。無担保で融資したのいつ?」

支店長「あっ、はい。つい最近です」
審査部長「じゃ、倒産寸前に無担保融資したんじゃないか。いったい何みてたの」
  ひあ汗を拭う支店長。そこへうきうきした雰囲気の山崎が事務室にはいってくる。右手に青梅マラソンののっている新聞を持っている。

語り「僕は事情をしらなかったから、事務室にうきうきしながら入ったんだ」

山崎「みなさん、お早う」
  支店長が山崎をつかまえる。
支店長「君、君は昨日何、何をしてたんだ。(言葉にならない)」
山崎「はい、支店長喜んでください。昨日、青梅マラソンで、とうとう優勝しました。優勝ですよ。はは」
支店長「馬鹿もの!なにを浮かれてる。K物産が倒産したんだ! 何がマラソンか(怒鳴る)」
山崎「・・・・・」
支店長「課長はK物産だ。すぐ、課長と一緒に5億とってこい。いいか、取ってくるまで帰るな(大声)」
  憔悴した表情の支店長。下をむいて含み笑いをしている神鳥課長。

語り「なんてことだ。天国と地獄だ」

○水谷課長の家(同日、夜)

  水谷課長が酒を飲んで帰ってくる。元気がない。そっとドア-を開ける。チャィムが鳴り、佳恵が出迎える。

佳恵「どうしたんですか、元気がありませんね?」
課長「うむ」
佳恵「あなた、隆の入学金、用意してくれました?」
課長「うむ」
佳恵「ねえ、どっちなんですか?」
課長「いまはそんなこと言ってる場合じゃない(急に怒り出す)」
佳恵「・・・・・・・・・」
課長「今日、K物産が倒産した。5億焦げつきそうだ。俺が無担で融資したばかりだ」
佳恵「無担て?」
課長「(怒鳴る)担保なしにきまってるだろ」
佳恵「(おずおずと)K物産て、あのゴルフセットを御歳暮にくれた会社でしょ?」
課長「(はっとして)あっ、そうだ。あのゴルフセットはすぐに送りかえせ。それに、佳恵、場合によったら、この家処分して返済にあてなきゃいけないかもしれない」
佳恵「(強く)そんな、だめですよ。いくとこないじゃないですか。それに隆だって大学にいかなきゃいけないんですよ」
課長「今はそんなこと言ってる場合じゃないといったろ」
佳恵「・・・・・」
課長「(独りごと)おれがこんな事で、へこたれるものか、手は打つ。なんとしても手は打つ」

○ A銀行の役員会(翌日、午後)

  頭取をはじめ、役員20名。上原取締役が得々と提案説明をしている。『当行における宣伝活動の強化について』というテーマが電子黒板に書かれている。

取締役「ながらく頭取より指示があり、私が専担となって、鋭意検討してきました宣伝活動強化策について、ここに最善の提案を提出いたします。当行には多くの人材逸材がおりますが、とくに新宿支店山崎職員は世界的なマラソンランナーでして、先日の青梅マラソンにおいて、世界の強豪アフリカの星アコネンを抑え堂々優勝いたしました。ここに先日の青梅マラソンのビデオがありますのでご覧ください(自信満々)」

  ビデオに先日のマラソンの内容が映し出されている。頭取はいたく感心して見ている。
取締役「B銀行の体操、C銀行のハンドボール等各行とも、積極的にスポーツ事業に進出しております。当行においてもイメージアップをはかり、とくに最近厳しさを増してきました就職戦線でかちぬき、優秀な人材を確保するために、当行に最も相応しいスポーツを検討してきましたが、最終的にマラソンが最適との結論に達しました。このVTRをご覧ください。特に山崎選手の胸に注目してください。なんと鮮やかなA銀行のマークでしょうか」

  山崎の優勝シ-ン
取締役「先日の青梅マラソンの視聴率は20%を越えているものと思われます。日本人のマラソン好きは、つとに有名であり広報室には朝から山崎選手の照会電話がたて続けに入っております。特に来年卒業をひかえた大学生からの照会が多く、宣伝効果抜群、イメージアップ抜群とは、このことをいうのでしょう。来年の就職戦線は勝利したも同然です・・・・・」

  頭取はじめ、他の役員全員好意的に頷く
取締役「ついては、この山崎職員を中心に陸上部を創設し、監督には、僣越とは思いますが、母校W大の現コーチ川口氏の内諾を得ておりますので、川口氏を、さらにW大の陸上部卒業生5名の採用を同時に計
 りたいと考えております」
議長「では、上原君の提案に賛成の諸君は挙手をおねがいします」
  満場一致で上原取締役の提案が採択される。

頭取「素晴らしい提案です。上原君、この案最重点事項にしましょう。企画部長に予算をすぐつけるように指示しなさい。それから私のところに山崎君をつれてきてください。一緒に食事どうかな。(子供っぽく)ところで総監督だれがなるの?」
取締役「勿論、頭取です」
頭取「はは、君、よく分かってますね」

                                明日に続く

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(19.4.13) 友よ風に向かって走れ(その5)

 このシナリオシナリオ1からの続きです。恐縮ですが、シナリオ1・2・3・4を読んでいない人は1・2・3・4から読み始めてください。

○ K物産とのマージャンの帰り(12月中旬,夜)
  タクシーのなか。課長と山崎。

語り「結局K物産とマージャンをした。課長は一人勝ちであったため、いたって機嫌がいい。だいぶ酒も入っている」

課長「いや、いや今日はじつにたのしかった。しかし、K物産の部長も、課長もマージャンがへたくそだなあ。部長、5回だよ。5回も、小生に満貫ふりこんでさぁ。あのときの顔、見物だったね。まあ小生の腕がいいから・・・・・」
運転手「お客さん、儲けたんでしょ」
課長「まあね、今月のこずかい銭ぐらいよ。おい、山崎、なぜだまっている。えっ今日ぐらい、陽気にやれよ。勝てなかったのでおかんむりか。腕よ、腕。ところで、山崎、部長のいってた融資、前向きに考えてやれ」
山崎「あそこは、注意したほうがいいとおもいますが」
課長「また、それだ。いや、君は頑固だね。頑固のうえに何かつきそうだね。すっかり、酔いがさめたじゃないか。もうすこし、前向きに考えられないのかね」
  怒って横をむく水谷課長

○ 水谷課長の家(続き、夜)

  タクシ-を下りる水谷。山崎は途中で下りていない。
            
課長「あの馬鹿、一体、いつまで俺の足を引っ張ればきがすむんだ。くそ-、山崎のおかげでいつも2課に負ける。神鳥なんかに先をこされてたまるか(映像をかさねて: 神鳥課長の高笑い)」
  玄関を手荒に開ける。むかえる妻、佳恵(42)
佳恵「もう遅いんだから、大声を出して帰るのは止めて下さい」
  玄関に大きな荷物が宅配されている。荷物に気付く水谷
課長「これ、何?何処から送ってきたんだ?」
佳恵「K物産からの御歳暮だっていうんだけど、これゴルフセットですよ」
  荷物をほどく水谷課長
課長「ほう、これはイギリス製の超高級品だわ。実に小生に相応しい」
佳恵「(不安げに)こんな高価なもの、御歳暮でもらっていいんですか?」
課長「なにが、いいに決まってるだろう。これは小生に対する期待ですよ。いや、いや実に可愛い企業だ!」

○ 神宮外苑コ-ス(数日後、夜9時)

  トレ-ニング終了前のミ-テング。不動の姿勢の山崎、リラックスした姿勢の久子。 
               
久子「来週から、土日は筑波大学でトレ-ニングすることにする」
山崎「はは、なんで筑波までいくの?」
久子「筑波には特別トレ-ニング室があって風圧を自由にコントロ-ルできる装置があるんだ。君をそこで改良することにする。教授に頼んで土日に機械を借りることにしたんだ」
山崎「タ-ミネイタ-でもつくるのかい?」
久子「君を、風に強い選手に改良するんだ。日本の選手は、悪条件に極端に弱いなぜか分かる」
山崎「精神力のせいだろ?」
久子「いや、なれさ。人間、一度経験しておけば大抵のことは耐えられる。はじめてだと、恐怖感で崩れるんだ。ロスのオリンピックで優勝確実と言われた日本選手が大敗したのは、真夏の太陽に慣れてなかったせ
 いさ」
山崎「僕は暑さにも、風にも強いよ」
久子「知ってる。君のたった一つの取りえは野性みだよ。筑波で25メ-トルの風圧を経験させてやるよ。そうすれば君は北風のランナ-になれる」
山崎「はは、何か分からないけどおもしろそうだね」

語り「そして僕たちはこの奇妙なトレ-ニングを開始した」

○ 筑波大学体育学研究所(昼)

 特別トレ-ニング室。風圧実験装置を兼ねた密閉された大型の筒状の装置。内部にランニング用のベルトコンベア-。風速が20メ-トルに設定されている。中で山崎が山崎がランニングスタイルで準備運動をしている。外から時間測定をする久子。

久子「風速20メ-トル、ベルトコンベア-の時速20キロにセット。5分ごとのインタ-バル開始」
  機械のスィッチを入れる久子。ベルトコンベア-のスピ-ドがます。風速20メ-トルの強風が前から吹き出す。懸命に走りだす山崎。滴り落ちる汗。風にたなびく黒髪。一時間経過。ふらふらになっている山崎。
            
久子「30分休んで、次は風速を25メ-トルにあげる」
山崎「それじゃ、台風のなかでマラソンするようなもんだよ」
  研究室に研究室の助手がはいってきて、山崎のトレ-ニングをびっくりして見ている。
助手「これ動物実験用の装置ですよ。犬や馬を使って実験するんです。人間を入れるなんて無茶ですよ」
久子「知ってる。でも中の人にそのことを教えちゃ駄目だよ。これは人間のなかにある野獣性を最大限に引き出す実験をしてるんだから」
  走る山崎(映像をダブらして:走るド-ベルマン)

○ 青梅マラソン(冬、2月)

語り
「ついに青梅マラソンの日がきた」
  快晴、無風、気温5度、マラソン日和。準備体操をしている選手。青梅マラソンの横断幕。山崎の腕と足をマッサージしている久子。

久子「5キロまでにトップグループにつくんだ。いいね。君ならできる」
山崎「うん、やるよ(力強く)」
久子「アコネンを抜くんだ。抜くと言え」
山崎「抜く、抜く、抜く(大声で)」
久子「よし、いいぞ、いけ、弱気になるなよ」
  山崎の胸を強く叩く久子。

語り「僕は一般選手のため、スタート地点はかなり後方だったけど、じょじょに追い上げ、10キロ地点では第二グループにつけた。第一グループは、アフリカの招待選手アコネンと日本の招待選手、伊藤が競り合っていた」

  アコネンと伊藤の競り合い。第二グループの山崎。沿道の声援。給水所で水を取選手。

語り「アコネンと伊藤はさすがはやかった。なかなかおいつけない。しかし、信じられないことが起こったのは25キロの給水所でのことだ」
  給水所でアコネンと伊藤が接触して転倒。100メートル差で追っていた第2グループに追いつかれる。

テレビアナ「思わぬところで転倒があったため、現在、先頭はアコネン、伊藤と第二グル-プを形成していた三名の計五名になっております。選手を紹介いたします。ゼッケン番号45は日産自動車の入江、96番
 はNECのB、そして10003番は・・・・・・、しばらくお待ちください。ただ
 いま選手の確認をしております(ようやく記録係からメモが渡される)10003番はA銀行の山崎です。ところでアコネンと伊藤ですが怪我がなければいいのですが」

解説者「まあ、二人とも世界のトップランナ-ですから、また徐々に引き離すでしょう。応援の旗が強風にたなびき始める。一斉に前傾姿勢を取り始めるランナ-
解説者「風が大分強くなってきましたね。完全に向かい風になっていますね。選手はかなり辛いとおもいますよ」
テレビアナ「はい、今情報がはいりました。風速は現在15メ-トルの向かい風ですね。スタ-ト時点では無風でしたから、気象条件は急激に悪化してきてます」
解説者「ほう、そうですか。この風では相当スピ-ドが落ちるし、目いっぱいの選手はラストスパ-トがきかないでしょ」
  アコネンが二十八キロ地点でスパ-トする。伊藤が遅れだし、山崎だけがアコネンを追走
テレビアナ「アコネンがスパ-トしました。ついていけたのはA銀行の山崎だけです。伊藤は遅れました」
  アコネンと山崎のデットヒ-ト

○ A銀行上原取締役の家(同時刻)

  上原取締役(55才)が青梅マラソンのテレビ中継をみている。
テレビアナ「A銀行の山崎、よく頑張っています。全くの無名選手ですが、世界のトップランナ-、アコネンと実に堂々と競り合っています」
  上原取締役がおどろいてテレビを覗き込む。2人のデットヒートがつづいている。山崎のランニングにはA銀行の鮮やかなマーク。歯をくいしばっている山崎。
取締役「母さん、大変だ。うちの選手がはしっている。新宿支店の山崎ってやつだ。 すごい、優勝するかもしれないぞ」

○ 青梅マラソン(続き)

 レ-スは最後の1キロになっている。
テレビアナ「レースは大変なことになってまいりました。優勝は、アフリカの星アコネンか、無名の新人、A銀行の山崎か」
解説者「これは全く予想外ですね。アコネンはだいぶ苦しそうですね。よほど風が強いのでしょ。いっぽう山崎の足取りは快調ですね。風を楽しんでるみたいなとこがありますね」               
  久子が自転車に乗って沿道を伴走しながら声をかける。           
久子「最後だ。スパ-トしろ。風にむかって走れ、死ぬまで走れ、走れ(叫ぶ)」
  山崎が最後の400メ-トルでスパ-トする。アコネンも追おうとするがとどかない。周りは鈴なりの応援
テレビアナ「山崎スタ-ト、アコネンとの差は5メ-トル、10メ-トルと開いていきます」
解説者「決まりましたね。いや-、恐ろしい選手がいたもんですね。しんじられませんね」
  ゴ-ルに飛び込む山崎。気を失いそうになり、足がもつれている。目は虚ろ。久子がタトルを持って抱き抱える。
久子「よくやった。1時間30分5秒、君、天才だよ」
  山崎は朦朧としながら頷く。
山崎「へへ、風が強くなったら急に身体が楽になったんだ。ヤッタゼ」

上原取締役もテレビをみながら興奮する
取締役「うちの選手が優勝したぞ、えっ、うちの選手だぞ。いやいや、大したヤツだ」
  勝利者インタビュー。山崎の嬉しそうな顔のUPがテレビに写っている。胸にA銀行のマーク。
テレビアナ「おめでとうございます。勝因はなんですか」
山崎「はは、コ-チと、風かな」                           

                         (明日に続く)

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(19.4.12)友よ風に向かって走れ(その4)

 このシナリオシナリオ1からの続きです。恐縮ですが、シナリオ1・2・3を読んでいない人は1・2・3から読み始めてください。

○ 神宮外苑(10月、午後6時)

語り
「ともかく僕は斉藤君の実力を認めた。あのひとは天才的なコーチだ」

  落ち葉が舞っている。斉藤久子が山崎次郎を自転車で追っている。

久子「なんだ、その手のふりは。上体が揺れてる。もっと腰を上げろ。ラップがおちだしたぞ。手をぬくな、分かったか」
山崎「はい(ゼイゼイいいながらこたえる)

○ 神宮外苑(午後9時)

  練習が終わったあとの反省ミーティング。山崎次郎は不動の姿勢。斉藤久子はストップウォッチと記録表をもってリラックスした姿勢

久子「今日はとってもよかった。実力は確実についてきている。5キロ、15分台前半になった。次の目標は、青梅マラソンに絞る。あと5か月。来週は合宿をする。1週間休みをとれ」
山崎「えっ!1週間もですか(当惑しながら )」
久子「そうだ1週間だ。ばっちり取れ(威厳にみちて)」
山崎「夏休みじゃないし、課長説得できないよ」
久子「あまえんじゃないよ。まともで青梅マラソンに勝てる。仕事は二流でいっぱしの銀行員ずらをするんじゃない」

語り「このひとは本当に強引なのだ」

○ 一週間後、事務室(昼)

語り「休みのことを課長にきりだせず1週間たった。明日が合宿の日だ。僕はとうとう決心した」

山崎「課長、ご相談があります」
課長「君から相談ですか。ぜひ前向きな相談にしてほしいですね」
山崎「申し訳ありませんが、明日から1週間休暇をとらしていただきたいのですが」
課長「ほう、1週間ね(疑い深そうに)。家族にご不幸でも?」
山崎「あっ、いえ、そうではないんですが。私用です」
課長「ほう・・・・年休の範囲内ですから、ダメだとはいいませんが、君は課の最年長者でしょ。少しは、自覚を持ってほしいですね。こんなことは言いたくありませんが、田中君のほうがはるかに良く仕事しますよ。取締役が来られたときも、会議に遅れるし、取引先とのコンペには出ない。そして1週間の年休ね・・・どうしても、休みをとるのですか」

山崎「あっ、はい(当惑しながら)」
課長「ほう(軽蔑したように)・・・・ ところで、斉藤君からも、休暇願いがでていますが、まさか一緒ではないでしょうね」
山崎「あっ、いえ、違います。斉藤君とは全く関係ありません(顔がほてる)」
課長「いいですか、これだけはいっておきます。君は一流銀行の職員です。君の恥は私の恥です。くれぐれも間違いはおこさないように」
山崎「あっ、はい」

語り「もうすこしで心臓が飛び出るところだった」

○ 特急あずさの車内(朝)

  山崎と久子が隣あって座っている。
語り「こうして合宿に出発した」

山崎「コーチ、合宿を白馬岳でするというのは冗談でしょ。白馬は3000メ-トルの山ですよ」
久子「いえ間違いなく白馬岳よ」
山崎「登山でもさせるんですか」
久子「君、高地トレーニング知ってるでしょなぜエチオピアやケニアの選手が強いの。いつも2500メートルの高地でトレーニングしてるからでしょ。だから、こっちは3000メートルでやるの。空気は薄いし、ばっちり鍛えられるよ」
山崎「でも、走る所がないですよ」
久子「君、登山したことないの?白馬の周辺は平らで、登山道はあの農道みたいによく整備されてるの(農道を指さす)、公園を走るようなもん」
山崎「はは、農道ね。じゃ、馬車馬のように走るか!ところでコ-チ、コ-チは前、喫茶店で、K物産との取引は要注意だといってたけどどうして?」         
久子「ああ、あのこと。私の住んでるとこ、K物産の近くなの。あそこの若社長知ってるでしょ」
山崎「なかなかの美男子でやりてだけれど」
久子「いい噂、聞かないの。キャバレ-で一日、何百万使ったとか、女が何人もいるとか、不動産を切り売りしてるとか。こういう噂、注意すべきだと思うんだ」
山崎「(思案げに)ふ-ん、そうなのか」

○ 白馬岳(1日目、快晴)

  白馬3山。わきあがる雲。ゆるやかな登山道。走る山崎。びっくりする登山者。高いピークで双眼鏡で山崎をみている久子。

語り「こうして僕たちのトレーニングが始まった。空気が薄いと実に苦しい。心臓は破裂しそうだし、胃は吐きそうだ」
  岩かげで嘔吐している山崎。ふたたび走り出す山崎。双眼鏡でみている久子。流れる雲。

○ 白馬岳(4日目、昼、風雨)

  雨具を着て走る山崎。ピークからじっと見守る久子。傘をさし雨具を着ているが雨がよこから頬をたたく。びしょびしょの髪。ひたたりおちるしずく

語り「4日目、体調は完全になれた。ちっとも苦しくない。雨も気にならない。スピードも十分だ」

  大学ワンゲル部のパーティーとすれちがう。驚いて口も聞けずに見ているパーティー。おちる山崎の汗。震えながら見ている久子。

○ 山荘(4日目、夜)

  山荘の一室、久子が布団をひいてねている。身体が小刻みに震えている。横で山崎が柔軟体操をしている。

山崎「今日は実におどろいた。走ってたら急に雷鳥とびだしてね。もうすこしで踏みつぶすとこだった。雨の日は雷鳥がでるって本当だね」
  答えない久子。異変にきずく山崎。
山崎「どうした。身体の調子わるいの」
  震えている久子。額に手をやる山崎
山崎「熱い、ねつがある。山荘の人、呼んでこようか」
久子「いい、あのポシェットに解熱剤ある。とって」
  解熱剤と水を手渡す山崎。飲む久子。おもわず咳き込む。背中をさする山崎。髪が目の前で乱れる。振り向く久子。目があう。重苦しい沈黙。久子のくちびるに顔をちかずける山崎。強く手で山崎の唇をさえぎる久子。

久子「君、あまいよ。風邪ひきのおとめの唇を奪うと、風邪ひくよ。ランナーの第一条件は風邪ひかないことじゃん。私がこうしてがんばってるんじゃないか。君も色恋ぬきでがんばれよ」
山崎「(動揺しながら)あっ、いや、ごめん」
久子「私、君にかけてるんだよ。君は今の時代では、落ちこぼれさ。私も女だから認めてもらえないんだ。でも未来はそうじゃないよ。なんとかいっしょに・・・・・こうして未来をさがしてるんだろ。だからそれまで・・・・・色恋なしさ」
山崎「・・・・・・」
久子「今日は他の部屋でねて。風邪うつるから。それから明日は、私、動けないから自主トレだよ」

語り「僕はこの時ほど感動したことはなかった。半端じゃないんだ。だから・・・」

○ 山荘の外(同日、真夜中)

  星空。山荘の明かり。その前でなわとびをしている山崎

山崎「一万一、一万二、一万三・・・」
  流れ星。満月。風の音。
山崎「二万一、二万二、二万三・・・」

○ 5日目(昼、曇り)

  一人で走っている山崎。ながれる汗

語り「こうして僕たちの合宿はおわった。この日から、僕はたしかに変わった。なぜか彼女のために走ろう、そう思ったんだ」

○ 会議室(12月1日 朝の打合せ)


  会議室に水谷課長、山崎、久子、同僚の田中、大川、山本が集まっている。

課長「今日から12月! 諸君も充分わかっていることとはおもうが、預金、貸出、投資信託特別運動月間に突入した。目標必達にむけて全力をつくしてもらいたい。9月の運動月間では、残念ながら隣の第二課に苦杯したが(映像をだぶらして:9月運動月間の表彰式。支店長から金一封をもらい意気揚々としている神鳥課長。横でにがにがしげに手をたたいている水谷課長)今回は私も全力をつくし、目標必達に邁進する
 ことを約束する」
田中「A社、B社、C社にすでに11月からアプローチしてきましたが、非常にいい感触を得ています。とくにA社については、社長の自宅に日参したところ、昨日是非取引したいと言われました。ばっちりです」
大川「田中先輩は相変わらず好ダッシュですね」
課長「いゃー、御苦労さん。御苦労さん、 昨日といえば、日曜日じゃない。いゃ、いゃ、本当に御苦労。私は実に鼻がたかい(といいながら、山崎の顔を見る)」
課長「ところで、山崎君、君もすでに動いているんだろうね。まさか、目標未達成なんてことは、絶対にないはずですね。なにしろ、君は、田中君と違って余裕しゃくしゃく、日曜はもっぱら、マラソンですからね」
山崎「仕事と趣味は別です。ちゃんと仕事もしています」

課長「ほう、そうですか。しかし君は9月の特別運動のときも、大丈夫と言ったが結果は隣の第2課に苦杯したではないですか。特に君のところには、K物産のような優良取引先があるのだから、預金も貸出もばっちりじゃない。えぇ」
山崎「(ちらと久子の顔を見ながら)課長、お言葉ですが、K物産とあまりつきあわないほうがいいとおもいます。やたらとゴルフをさそったり、今月はマージャンをさそってきてますし・・・・。K物産の資金繰りはどう分析しても、余裕はないはずです。おかしいです」
課長「ほほ-、時には君も分析的な頭脳を持っているようですね。しかし、はは(馬鹿にしたように笑う)、君は若いねえー、全く会社を見る目というものがないね。いいですか、K物産は私に惚れてるんです。だから、私が一言いえば、さっと預金してくれる。そんなことも(軽蔑した調子)」
山崎「(ぼそぼそと)いえ、その、社長の噂もよくありません」
課長「誰がそんなこといってるんですか。えぇ-!ふん、きみはそんなことをいってすぐ仕事をさぼろうとする。たまには田中君をみならったらどうかね」

語り「でも僕はやはりおかしいと思った。どう調べても、資金繰りはパンク寸前だった」

                              (明日に続く)

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(19.4.11)友よ風に向かって走れ(その3)

このシナリオシナリオ1からの続きです。恐縮ですが、シナリオ1・2を読んでいない人は1・2から読み始めてください。

○ 山崎次郎の住んでいる独身者寮(夜)

  6畳一間の空間。本棚には金融関係の本とスポーツの本がならんでいる。机の上には、「ランナーズ」と「陸上競技」の雑誌。壁には等身大の鏡。その前で筋肉トレーニングをしている山崎。5本のエックスパンダーを思い切ってひろげている。相当頭にきている。

山崎「クソッタレ、斉藤のヤツ。ひとを何だとおもっているんだ。ブットバシテヤル。我慢ならん、あれが女の使う言葉か」
 力をいれすぎ、エックスパンダーの1本がきれる。無視してさらに力をいれる山崎。残りの4本がけたたましい音を出してすべて切れる。エックスパンダーを床にたたきつける山崎。

山崎「(怒鳴る)なんでエックスパンダーまで人を馬鹿にするんだ」
  隣から「ウルサイゾ」という声。

○ 神宮外苑コース(1週間目)

語り「それでもぼくは1週間我慢したんだ」

  アジる久子。山崎は急に走るのを止め、自転車に乗っている久子にちかずく。肩が怒り肩になっている。
山崎「もういい加減にしてください。あなたはコーチでも何でもないんです。余計なおせっかいです(顔は怒りにみちている)」
久子「いいえ、私は優秀なコーチよ。大学でもそういわれたの(平然と)」
山崎「ただうるさいだけです。みんな笑ってます。やめてください」
久子「まあ、あなた、怒りで頭がいっぱいで何も気ずいてないのね」
山崎「何が」
久子「あなた、この一週間ですごーく速くなってるのよ。100メートルのラップが19秒。5000メートル、16分のペース、私と同じレベルになったのよ」

  茫然と久子を見つめる山崎。
久子「ほら、知らない。時計も見てないでしょ。人間怒るとバカ力がでるの。だから私は優秀なコーチだといったでしょ」

語り「知らなかった・・・・・」

○ 国立競技場の前の路(夜、9時)

  トレ  ニングの帰り路。自転車を手で引っ張って歩く久子。並んで歩いている山崎。

山崎「(言葉がなれなれしくなっている)前からきこうと思ってたんだけど、斉藤さんはなぜこの銀行にはいったの?」
久子「なぜって?」
山崎「筑波大学の体育学部だったら、教師になればよかったのに」
久子「アッハ  、そのこと。私、本当は体育の教師になる予定だったんだけど、今、教師の口ないの。だから、腰掛けのつもりで親父のコネ使ってこの銀行にいれてもらったって訳」
山崎「でも、大卒の女性を正規に採用したのは今年からだから、斉藤さんはその前に、はいったんじゃない?」
久子「そうなの、実に傑作なんだ。面接したら、短大卒の資格なら採用しますだって。つい腰掛けのつもりなんで、はい、いいです、なんて言ったのが失敗なのよね。おかげで君のアシスタントだもんね」
山崎「(困った表情で)はあ、その・・・」
久子「いいよ、君が困ることないよ。ただ私は教師としての才能があるから血が騒ぐんだ。しかし、君がこんなプライベ  トな質問したの始めてだよ」
山崎「(困惑して)いや、その・・・」

語り「こうして二人のトレ  ニングが始まった」

○ 銀行事務室(9月、朝の打合せ)

  会議室。窓から新宿御苑の銀杏がキラキラ光って見える。課長、山崎次郎、同僚の田中明、大川誠、斉藤久子、山本洋子の課メンバーが神妙な態度で課長の指示を聞いている

課長「K物産とのゴルフコンペ、1週間早まって今週の日曜日に、変わったよ。なにしろ大切な取引先だから、きばってやってや(浮かれた調子で)」
山崎「エエ!再来週じゃないんですか」
課長「K物産の都合で、来週になりました(冷たい口調で)」
山崎「それはないですよ。来週は困ります」
課長「ほうー、それはなぜですか(唖然としながら)」
山崎「マラソンの試合があります。K物産とのコンペは再来週と聞いていました。だから10キロの大会に2か月前から申し込んであります」
課長「お客の都合なんだから、仕方ないでしょう。君も銀行員なんだから、そのぐらいの融通をつけるのが常識でしょう(憤然と)」
山崎「しかし・・(久子の顔を見る。平然とした表情で横を向いてる久子)やはり駄目す。一週間違うと調整がくるいます」
課長「(冷静さを完全に失う)な、何をいうか。お前は自分をダ ービ ーにでる馬と勘違いしているんじゃないか。K物産はお前の担当だ。出なさい。命令です」
山崎「(ふたたび久子を見る。平然と窓外を見ている久子)その、やはり駄目です」
課長「(机をたたいて立ち上がる)出ろ。業務命令だ」

  険悪な雰囲気にたまりかねて、同僚の田中が助け船をだす。
田中「私、私がでましょう。どうせ、日曜日は暇ですから」
課長「・・・・(田中の言葉を無視して山崎を睨みつけている)」
田中「僕はゴルフが好きですから」

  かろうじて自分を取り戻す水谷課長
課長「じゃ、田中君がそこまで言うなら・・ まあ、田中君に頼みましょう。しかし、先輩のつけを後輩が払うんじゃたまったもんじゃないね(皮肉っぽく)」
山崎「(小声で)田中君、すまない」
田中「いいですよ、暇ですから」
課長「(聞きとがめて)ふん、立てていい先輩とそうでない先輩がいるのです」
山崎「はは、どうも(頭をかきながら)」
課長「(軽蔑しきった目で山崎を睨みながら)えぇ  と、それから最後になりましたが、今日、1時に上原取締役が9月の特別運動の支援をかねて視察にこられます。取締役をかこんでの会議をしますので全員出席するように。以上」

○ A銀行事務室(12時まえ)

  久子と山崎がいる。他の課員はいない。山崎は昼のジョギングにでようとして久子に話かける。

山崎「昼のトレーニングにいってくる」
久子「手をぬくなよ(小声で)」
山崎「今日のことだけど、やはり、ゴルフには出るべきだったかな。試合はいくらでもあるんだし」
久子「君、さっき私の顔、チラチラみてたけど絶対にひよっちゃ駄目だよ。君は一見頑固にみえるけど、気のいいところがあるんだ。それが一流になれない原因だよ」
山崎「うん、まあ(やや不満げに)」
久子「それと、今日は取締役の視察があるから、おくれちゃ駄目だよ」
山崎「OK,OK,12時半には戻ってくる」

○ 事務所の裏口

  トレ  ニングウェアでいきおいよく飛びだす山崎。黒塗の自動車が、急に裏口に入ってくる。自動車と接触する山崎。運転手があわてて飛び出してくる。

運転手「君、急に飛び出すなんてあぶないじゃないか。えっ、大丈夫?怪我ない?」
山崎「はは、大丈夫、なんとも無いっす」
  かけだす山崎。茫然と見ている運転手と車内の上原取締役。

○ 神宮外苑コ  ス(昼休み)

  山崎が軽い感じで走っている。時々時計を確認。後ろからえんじのユニホ-ムを着た早稲田の選手が近づいてくる。山崎と並び、さらに追い越そうとする。早稲田の学生を見る山崎。いつも競争になる学生であることが分かる。急にスピ-ドを上げる山崎。まけじとスピ-ドをます早稲田の学生。互いに歯をくいしばり懸命の力走。並走して5周するが互いに追い抜くことができない。荒い呼吸。ついに早稲田の学生が「アァ-」という悲鳴をあげ、急にスピ-ドを落とす。思わず笑みがこぼれる山崎。時計を見る。

山崎「しまった。昼休み過ぎちゃった」
  夢中で事務所に戻る山崎。

○ 会議室(1時15分)

  上原取締役が中央奥、その横に関支店長(43才)と水谷課長、神鳥課長が神妙な顔をして座っている。他に20名の職員が左右に座っている。

支店長「全員そろったかね、山崎君はまだのようだが」
課長「(当惑しながら)あっ、いえ、山崎はちょうど取引先周りをしておりますので、先に始めてください」
支店長「では、取締役、お願いします」
  立ち上がりスピ-チを始める取締役
取締役「うむ、では、えぇ-、今日は大変忙しい中、諸君に集まってもらったのは、9月の特別運動にさきだって・・・」

  会議室にあわてて飛び込んでくる山崎。顔がほてり、汗がひたたり落ちている。荒い息。シャツは汗でビショビショ。
課長「(当惑しながら)山崎君、早くここに座りなさい」
  朦朧としながら課長の横にすわる山崎

取締役「君、さっき自動車にぶつかった人じゃないか。身体、大丈夫?」
山崎「はは、勿論、大丈夫です」
取締役「さっきは、ランニングスタイルだったけど、いままで走っていたの?」
  水谷課長が咳ばらいをする。
山崎「すいません。すぐに帰ってくるつもりが、早稲田の学生と競争になり、つい夢中になって」
  にがりきった顔の水谷課長、にやにやしている神鳥課長
取締役「実は君は取引先に行っていることになっているんだけどね」

  笑い出す神鳥課長。憮然とする水谷課長。にがりきった支店長。怪訝な顔の山崎。

○ 10キロミニマラソン(昼)

  皇居の外苑を二周するミニマラソン。参加人員は300名ほど。快調に走る山崎。ストップウオッチを片手に山崎をみている久子。終始トップグル-プにいる。久子の余裕の笑み。警視庁前で山崎がスタ-トし、一気に他の選手を引き離す。トップでゴ-ルイン。久子とVサインをかわす。

○ A銀行事務室(翌週の月曜日の朝)

語り「僕は前日の10キロで31分をきったので、ほとんど、頂天になってしまった。

山崎「いや、今でも信じられないんだ。34分を切る自信はあったけど・・・・ところが31分を切ったんだもんなー。もうすこしで第一線級のランナーだよ・・・・・、もうー、嬉しくて、嬉しくて(感動的に)
久子「君、よくやったよ。すこしフォーム改造すればもっと速くなるよ。でも事務室であまりはしゃぐのは、賛成しないな」
  そこに水谷課長がやってきて思い切り皮肉をいう。

課長「山崎君、君には全く興味はないでしょうが、昨日K物産とのコンペがありましてね。田中君は実によくやってくれました。おかげでK物産の常務、大喜び。なんと5千万の投資信託を取り組んでくれることになりました。この実績は当然、田中君のものです。融資も5億の申込み。まあ、君には荷重でしょうから、私が直接稟議をかきましょうか。あっ、そう、そう君は マラソンのことしか頭にないんでしたね」
山崎「・・・・・・」
  背を向けて去る水谷課長。久子の顔を見る山崎
久子「ねー、言ったでしょ(いたずらっぽく )」

                              (明日に続く)

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(19.4.10)友よ風に向かって走れ(その2)

 このシナリオシナリオ1からの続きです。恐縮ですが、シナリオ1を読んでいない人は1から読み始めてください。

○ A銀行事務室(午後4時)

  山崎が事務所に帰ってくる。水谷課長が真っ赤な顔をして待ち構えている。他の課員(男2人、女2人)はじっと息をひそめて様子をうかがっている。

課長「山崎君、こ、ここにきなさい(興奮して声にならない)」
山崎「はい、なんでしょうか」
課長「バ、バカか、おまえは」
山崎「なんでしょうか(平然を装う)」
課長「なんでしょうかは、な、ないだろう。河村商店から電話があったんです、電話が!(一呼吸おき、肩をいからせながら)10億すぐ解約したいと言ってきました! 10億ですよ。お前の無礼さが我慢ならないので、もう取引しないと、いってきました!(ひと息おいて)えー、何いったんだ(かなきり声で)」

山崎「べつになにも(平然と)」
課長「べつにだと。犬でも飯をくうと言ったというじゃないか。それが銀行員のいう言葉か。私がすぐに河村商店にいって頭をさげてきたからいいようなものを、君はいったい幾つになったんだ」
山崎「はい、27才です(明るく)」
課長「(呆れて)君は歳を言うとき、す
 こし恥ずかしがったほうがいいんじゃないか。いいですか、銀行は客がすべてです。何を考えているんだか、28にもなって」
山崎「27才です」
課長「そんなことを言っているんじゃない。もういい。頭が痛くなる(顔をそむける)」
  席にもどる山崎

語り「今日はさすがに反省した。ちょっとやりすぎたかな」

  第2課の神鳥課長(41)が水谷課長にそっと近づき、小声でささやく。
神鳥課長「(皮肉をこめて)おたくのランナー 、またヘマしたの、君も大変なんじゃない。支店長も心配してましたよ」
  憮然とした表情で神鳥課長を無視する水谷課長。山崎は自分の席に座って伝票を整理しはじめる。しばらくして同じ課に属する同僚の斉藤久子(25才)が、水谷課長が席を立ったのを見計らって山崎にちかずき、声をかける。

久子「相変わらずね、あんた。要領がいまいちだね」
  無視する山崎。
久子「ほう、今日の君は貝か?どうやら河村社長と課長のダブルパンチで唖になったようだね」

語り「誰とも口をききたくなかった。十分傷ついてたんだ・・・それにこのひとはとびっきり口がわるいので、こんなときもっとも不適で・・・」

山崎「(しぶしぶ)何か用ですか」
久子「用がなくて君に口きくとおもう。どうも、君、わざと課長を挑発してるんじゃない(からかうように)」
山崎「まさか。僕はそんな悪じゃないですよ」
久子「そうかなあー。ポーカーフェイスの胸の内は嵐か?まあいいわ」
山崎「用はそれだけですか(めんどくさそうに)」
久子「いいえ。用あり。今日私に付き合いなさい。6時。S喫茶店よ。いいわね」
山崎「良くないです。トレーニングがあります」
久子「いいこと、今まで私の誘いを断った男性はいないの」
山崎「それは斉藤さんが強引だからですよ」
久子「いいえ、私にえもいえぬ魅力があるから。いいわね」

  山崎、あっけにとられる。
山崎「(むっとしながら)それより、この書類、ファイリングしてください。こっちの書類はコピーとって」
久子「頭にきて、雑用をいいつけましたね。そんなこっちゃ出世しないよ」
山崎「おおきな御世話です」

語り「今日は最悪の日だ」

○ S喫茶店(午後6時1分前)

  通りに面したガラスを通して、夕日が射 し込んでいる。黄色い光線につつまれた 喫茶店。逆光に浮かんだ久子。すでにコーヒーが2つ用意してある。山崎がいかにも気がすすまない素振りでドアーを開ける。探す山崎。山崎はトレーニングウエアー。久子を見つけて席の前に立つ。

久子「遅れたわよ、1分」
山崎「1分なんて許容範囲ですよ」
久子「あなた、銀行員でしょ。遅れは遅れ、私が河村社長だったらどうするの」
山崎「用が有ったらさっさと言ってください。用が無ければトレーニングにいきます(ぶっきらばうに)」
久子「ヤネー、立ってないで座って。ね、話はそれから」
  山崎、しぶしぶ座る。

久子「あなた、私がなぜ呼んだかわかる」
山崎「・・・・・・・」
久子「あなた、いい素質してるよ。見てたんだ。神宮外苑。いいスピードだね。でもまだだめ。もっとトレーニングしなくちゃ・・・・・ 一流にはなれないよ」
山崎「なんで僕のトレーニングをみるのですか(改まった口調で)」
久子「勿論、興味があるから。要領は最低。 顔、頭は並みてとこかな。上司のおぼえ最悪。ただしスポーツにたいする情熱は一流。ランナーとしては将来性あり。面白いじぁん」
山崎「あなた、僕をからかってますね。それに、僕はあなたより年上です。もうすこし言葉遣いに気をつけてください(憤然と)」
久子「ヤダ、怒ったの。貴方が言葉遣いを気にするなんて、はじめて知った。ゴメン。でもね、本当、あなたのトレーニング、興味深々」
山崎「だから、何故?」
久子「フフーン、さては君は私の経歴をしらないな。元筑波大学女子陸上部キャプテン。5キロ、16分を切るスプリンター。おしむらくは、今は骨折して引退」
山崎「うそでしょ!」
久子「驚いたでしょ。あなたより早いのよ。あなたのラップは、5キロ、17分。わたし計ったの」
山崎「僕は市民ランナーだから、これでいいんです(憮然と答える)」
久子「アッ、君、ふたたび怒ったね。でも私、君の素質みとめたの。ただし、優秀なコーチがいるね。私がコーチになってあげよう(自信たっぷりに)」
山崎「まさか!」
久子「いや、まさかじゃないよ。君のコーチを引き受けてあげよう(さらに自信に満ちた態度で言う)」

  呆れてじっと久子の顔をみる山崎。気を取り直して
山崎「10年間、自分だけでトレーニングしてきました。だからコーチはいりません(断固として答える)」
久子「10年でその程度だから、コーチがいるの」
山崎「とにかく断ります。トレーニングがありますので失礼」

  席をたつ。久子をぐっと睨らむ。肩をいからせ喫茶店をでようとして、ふとコー ヒー代を払うか否か躊躇する。久子が席にすわったまま声をかける。

久子「私、奢るよ。あっ、それからね、君が担当させられたK物産、要注意だよ。目をはなしちゃだめよ」
  山崎はなにも聞かず店をでる。

語り「なにしろ今日は最悪の日だ」

○ 神宮外苑コース(次の日)

  夕方6時、晴れ。山崎次郎がいつものように、一周1300メートルのコースでトレーニングをしている。後ろから自転車に乗った久子がついてくる。山崎はま ったく久子を無視するが、一方久子は執拗に指示をとばす。

語り「本当にコーチするとは思わなかった」

久子「足があがってない。胸をもっとはれ。腰が落ちてる。ちゃんと腕をふれ」
  山崎は完全に聞こえないふりをする。
久子「なんだ、その走りは。子供じゃないんだぞ。ラップが遅い、足がついてんのか」
  二人づれの通行人が笑っている。
久子「バカ、のろい。お前は亀か、うすのろ亀」

  前を走っていた高校生がおもわず吹き出す。山崎は顔を真っ赤にして急にスピードをあげる。自転車も加速される。
久子「ほれ、やりゃあできるだろう。手をぬな、亀」

  山崎は懸命に自転車を引き離そうとするが、自転車のほうが速いので引き離せない。トップスピードで歯をくいしばる。久子、かすかに笑う。

○ 神宮外苑コース(2日目)

  夕方6時、雨。翌日も山崎のあとを久子が自転車で追いかけている。山崎は今日も挑発に乗せられて懸命に走らされている。

語り「2日目、このひとの口のわるさは・・・」

久子「雨がなんだ。フグを見ろ。おまえより速い。なんだ、ふくれるだけか。スピードだせ、フグ」
  傘をさした女学生が笑い出す。
久子「足のきれが悪い。腰が落ちてる。バシャバシャ水しぶきをあげるな。子供の水遊びじゃないんだぞ」
  歯をくいしばって自転車を引き離そうとする山崎

                                  (明日に続く)

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(19.4.9)友よ風に向かって走れ(その1)

 まったく、申し訳ありません。今日からしばらくは、私が昔作成して、テレビ放送一歩手前まで行ったシナリオを分割して掲載します。これはまったく個人的趣味なので、ボランティア活動記録を期待している人には期待はずれでしょう。シナリオの題名は「友よ、風に向かって走れ」であり、マラソン好きの人には興味を持ってもらえるかもしれません。一部表現が古くなった箇所は修正しました。

○ 神宮外苑(夏、昼休み)

  一周1300メートルのジョギングコース。太陽がきらめいている。夏真っ盛り。昼休みを利用してジョッカーが練習をしている。ジョッカーの中に山崎次郎(27)がいる。相当速い。後方からえんじのユニホーム早稲田大学陸上部の選手がせまってき、抜きさろうとする。山崎もスピードを上げ抜かさせない。一周並走。

語り「ぼくは山崎次郎、27才。A銀行新宿支店の得意先係。これといった特徴はないけど、ジョギングが唯一の趣味。時間がすこしでもあれば、勿論、トレーニング。昼休みは僕の大事なトレーニング時間。天候
 なんか関係なく、ここ神宮外苑でジョギングをする」

  二人の顔が歪み、息が弾む。汗が滴りおちる。学生が「アァ 」という悲鳴をだして、急にスピードを落とす。後ろを振り向く山崎次郎の頬に勝利の笑み。

語り「でも、僕の上司の水谷課長、このジョギングが面白くない。昼休みも営業時間だと課長はいうけど、まともに聞いてたら、トレーニングなんてできっこない」

  神宮外苑コースを3周し、事務所に帰るため、コースから外れる。腕時計を確認する山崎。

山崎「やったぜ、5秒短縮!」
  思わず右手を上げガッツポーズ

○ タイトル「友よ、風に向かって走れ

○ A銀行新宿支店の前(午後0時50分)

  昼休み、客がたてこんでいる。事務所の中は超繁忙。水谷課長がいそがしそうに応接している。

語り「でも、若干はジョギングしていることに気がとがめているんだ」
  裏口から見つからないようにこっそりと入いる山崎。裏口でIDカードのチェック。事情を知っている警備員が笑って見ている。

○ A銀行新宿支店の事務室内(午後1時)

語り「今日、課長はとくべつに機嫌が悪かった」
  課長の水谷(45才)が、いらいらしながら山崎をまっている。時計が1時を示したと同時に、山崎が事務室に入ってくる。髪の毛が濡れており、シャワー室から出てきたばかり。顔が赤く火照っている。水谷課長はチラッと大時計を見る。

課長「(頬を緊張させながら)お客さんから電話がありました。勿論、君にですよ。たまには昼休みに事務所にいてもらいたいものですね。ここはトレーニングジムではないんだから」
山崎「(にこやかに)勿論ここは世界的にも有名な大銀行です」
  軽蔑の眼差しの課長。メモを見る山崎。

語り「メモには、大口預金者、魚市場の中卸し、河村商店の河村社長からの伝言が残されていた。河村社長は当店きってのこわもてのお客なのだ」

山崎「アター、12時30分、すぐ来られたし、か(溜め息をつく)」
課長「アターなどとは、まともな銀行員の使う言葉じゃないでしょ(聞きとがめる)」
山崎「(課長を無視して)これは、まあ、・・・行っても無駄だなあ」
課長「なにが無駄なのですか。お客様から来いといわれれば、地のはてまでもいく、それが銀行員です。君はランニングする時間はあっても仕事をする時間は無いんですか(言葉は丁寧だが、声は怒りに震えている)」
山崎「(課長に向かって)あっ、いえ、あの社長、いつも用件は言わないですぐに来いとよびつけるんです。あ  あ(溜め息)。(課長を無視して)遅れると用はない、帰れだし・・・・今日はと・・・・30分遅れか。こりゃだめだ!」

課長「(興奮した口調で)そ、そんなことは、行ってみなければ分からないでしょう。だから、昼休みは待機だといつもいってるでしょ! ・・・君はどうやら仕事というものを理解してないようですね」
山崎「業務時間中はベストを尽くす。それが仕事だと思っています(冷静に)」
課長「ほう、そうですか。では大口たたくだけでなく実績で示してほしいものですね。今月の君の預金獲得目標は1億です。忘れないように、いいですね(皮肉っぽく )」
山崎「1億、分かってます(平然と)」

  書類カバンをかかえ、得意先まわりにでかける山崎。軽蔑した目で見送る課長。

課長「何が分かってるんだか。あれで大卒かね(独り言)」

語り「ジョギングのこととなると、いつもこうなるんだ」

○ 河村商店に行く途中の道路

  交差点の近く。自転車を飛ばして河村商店に向かっている山崎。額から汗。身障者が車椅子の車輪を歩道の溝にはめて当惑している。通り過ぎる山崎。しばらくいって振り返る。誰も助けようとしない。時計を確認する山崎。

山崎「なんだよ、誰も助けないのかよ。日本はどうなっちゃってんだ」
  車椅子の車輪を溝からはずす山崎。
身障者「あの、大変申し訳ないのですが、私このビルに用があるのです。階段の段差がきついので後ろから車椅子を持ち上げるようにして押してくれませんか」
 ビルを見上げる山崎。再び時計を見る。

山崎「ちょっと急いでるんだけど」
身障者「お願いします。手伝ってくれる人、なかなかいないんです」
  身障者の顔をじっと見る山崎。当惑している身障者。

山崎「(決心して)分かった。いいですよ。押します」
  階段を登らせる山崎。階段の上でふかぶかとお礼を言う身障者。あわてて階段をかけ下り、自転車に飛び乗る山崎。
山崎「まじい、かなり遅れたぞ」

○ 河村商店の事務所(午後2時)

  魚市場。狭い2階建ての事務所が並んでいる。河村商店の古い大きな看板。中が丸見え。真ん中にとびきり大きな机と背もたれの高い豪華な椅子がある。河村社長があたりを威圧するように座っている
  山崎がすぐにこないので、おかんむり。回りの店員は、おどおどした様子。飛び込んでくる山崎。

社長「なんや。なぜすぐこんのや、アホンタレ!(怒鳴る)」
山崎「ちょっと外に出ていましたので(できるだけ冷静さを装う)」
社長「あほか。携帯電話ちゅうもんがあるやろ。外でも、ちゃーんと連絡はとれるはずや。おおかた飯でもくろうて、休んでたんやろ、アホー!(机をたたく)」

語り「いつもこうなんだ。この人は自分以外の人が食事をすることが信じられないらしい。今日、僕は意地をみせた」

山崎「犬でも飯をたべます。御用件をおっしゃつて下さい(慇懃に)」
社長「なんや、なんや、その言いぐさは。わいをおちょくってるんか。それがお客にむかって言う言葉か。アホー、もうええ。なんの用もあらへん。かえれ!(完全に怒る)」
山崎「お客様から来いといわれてきたのです。用件をおっしゃってください(平然と)」
社長「なんやて!もういちど、いうてみい。わいにたてつくんか! アホ-、用がないといったら、なんの用もないんや、帰れ、馬鹿!」
山崎「(ぶっきらばうに)分かりました。また宜しくお願いします」
  さっさと出ていく山崎。
社長「気色悪いやっちゃ。商売のいの字も知らんのとちゃうか!」

                                (明日に続く)

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