里山

(19.3.5)自然再生をめざして

2007_03040039  I さんはとても熱心な自然愛好家だ。このおゆみ野地区で、自然と触れ合うモデル地区を作ろうとしている。場所は都川調節池で四季の道に隣接している都川の源流部だ。周りを1周すると、約1km位ある広大な場所だ。

 今この場所は、荒れた葦原と、人の近づけない池と、不法投棄されたゴミが散乱している里山しかない。ただし池には野鳥が多く飛来している。I さんは、ここを地区を代表する自然観察の場にしようと計画している。

 名前は「都川源流の自然再生をはかる会」という。この調節池の管理は県の千葉地域整備センターだが、先日「センター」と「はかる会」は正式に契約を締結した。公共施設の「里親制度」契約という。
ゴミの収集、除草、破壊損傷等の情報提供が主な仕事だ。

 契約に先立ち、現地視察をしていた県の担当者が
いやー、改めてみるとずいぶん広いですね。草を刈るのも大変だ」と感嘆していた。

 I さんも目を細めてみていた。
葦原が生えているところに水路を通して、メダカを放流しましょう。葦原はできるだけ自然のままに残しましょう。それと池と葦原を隔てている柵は取って、水鳥が自由に調節池全体を移動できるようにしたほうがいいですね。 それが私の夢です

 私も目を細めてみていた。
ゴミの量から見て,45Lの袋で約200袋は覚悟しなくちゃ駄目だろうな。それに水路を掘るとなると江戸の玉川上水を作ったときのような難工事になりそうだ。二人で掘ると数年は覚悟がいる。それが私の悪夢だ

20XX年 フリー百科事典 ウィキペデア都川調節池

 都川調節池には、I 氏と山崎氏の2名の努力により、壮大な水路が建設された。その結果、メダカや野鳥の天国になっており、世界遺産にも登録されている。おゆみ野地区だけでなく、全国から自然観察の愛好家が集まって来る名所になっている。

 一方、建設資金はすべて自己調達だったため途中で資金が枯渇した両名は家屋を売って資金調達にあてた。現在二人は調節池の里山に葦でテントを作り生活している。

 住民からは景観を汚すと苦情が出ているが、県は二人の功績を多として、路上生活者としては特別に、里山での生活を許可することにした。食料としてはメダカの採取が許されている。

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(19.2.24)マムシが怖い 都川調整池

 私はヘビが大の苦手である。昔、草むらで青大将を踏んづけたときは、飛び上がらんばかりに驚いた。逃げ出そうとしたのだが、手と足のバランスが崩れ、まともに走れなかったことを覚えている。

 通常ヘビは暖かくならないと出てこないが、昨今の陽気で目覚めが早そうだ。そのことが私を不安に陥れている。

 実は、私が現在整備中の都川調整池の里山は、いかにもヘビが生息していそうな場所である。この里山には一部に路上生活者がテントを張って生活していた跡があるものの、それ以外の場所はたえて人が入った形跡がない。住宅地の真ん中に人跡未踏の地があるなどとは信じがたいが、現状は私が唯一の進入者になっている。

 ここおゆみ野には昔からマムシがいたらしい。私が越してきた13年ほど前は、泉谷公園に「マムシに注意」という看板が設置してあった。実際私自身も農業試験場近くの道路で草むらに逃げ込むマムシを見ている。
最近はマムシの話は聞かないが、私はここ都川調整池に逃げ込んだのではないかと思っている。何しろこの場所に踏み入れる人は極度に少ない。小谷小学校の近くに住んでいる人から、しばらく前まで狸がいたという話を聞いた。いわゆる動物や爬虫類の結界になっている。

 だから、暖かくなる前に、ここ都川調整池の里山の整備をすまそうとしているのは、ひとえにマムシを恐れているからに他ならない。春めいてきたら危ない。
もっともマムシの立場になってみれば、せっかく手に入れた安住の土地を、里山開発に血迷ったおっさんに追い出されることになるわけで、座して死を待つわけにはいかない。逆襲の機会を虎視眈々と狙っているはずだ。

マムシの酋長わが一族はここおゆみ野の森に広く生息していたが、いまや追い詰められ、都川遊水池のみが最後の生息地となった。然るに血迷ったおっさんが、ここの里山まで入り込み、我らの生存を危うくしている。いかがすべきか
マムシの若者私に、一族を代表し、血迷ったおっさんの鎌首に食らいつき、止めを刺す任務をお与えください
マムシの酋長若者よ、良くぞ申した。お前にわが一族の栄光あるを授けよう
なんてことになっているはずだ。

 マムシの毒性については、諸説があって本当のところどの程度か分からない。毎年3000人近くの人がマムシにかまれているが、死ぬ人は10名程度で、それも老人や子供が大半だと聞く。
毒は猛毒だが、注入量ははそれほど多くないので、危険でないという人もいる。何回かまれても平気だという人もいるが、おそらく耐性ができているのだろう。
しかし私の場合は、ママさんから「蚤の心臓」といわれているほどだから、精神的パニックになりそれで死んでしまいそうだ。

おゆみ野都川調整池の里山で下草刈りをしていた、山崎次郎さん(60歳)は、マムシに右手の親指をかまれ、ショック死した。専門家の話によるとこの程度の毒では通常致死量にならないが、本人が致死量になったと思い、勝手にショック死したものだという。マムシに罪がないというのが、専門家の一致した見解になっている

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(19.1.24)ありがたいことだ

Photo_18  昨日のブログ「この森は再生できるか」にヤマユリ山の再生を1995年から取り組まれているIMAさんからコメントをいただいた。正直言って里山をどのように手入れをしてよいか分からず、とりあえず蔓を切りまくってみたがなんとも心細い気持ちでいた。

 IMAさんのコメントは下記のように帰されていました。
暫くの静観でしたが登場しました。
里山の荒廃は蔓と笹竹の共謀罪に始まり、それを幇助したのが人間の不法投棄です。
里山再生はまず蔓の切断から入ります。すると木が元気に繁り笹を枯らします。それだけでは時間が掛かりゴミだけが増えるのでさらなる介入に入るのが我々なんです
。」

 「なるほどそうなのか。私の基本的方向は正しかったのだ」と実にほっとした気持ちになった。やはり何事も先達は必要で、本当にありがたい助言をいただいた。同時にブログの威力を今回はしみじみと感じた。

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(19.1.23)この森は再生できるのか

1  私たちが「禁断の園」と呼んだ、遊水池を取り囲む森の清掃活動を始めて,今日で2回目のトライだ。この森は正確な広さは分からないが、四季の道に面して100m、奥行き50mぐらいの、ほとんど人が入らない原生林に近い森だ。ゴミの散乱は相当なものだが、ほとんど四季の道に面した、した下がりの斜面に集中しており、奥に行くにしたがって倒木だけが散乱している。背丈が人の背よりも高い笹に覆われていて、夏場は人が踏み込むことができない。やはり冬場しか作業ができそうもない。

 今日はのこぎりを持って、つるの除去をおこなった。長らく人の手が入っていなかったため、つるが縦横に絡まっており、完全に「閉め殺し」の状態にある木々が目立った。つるも成長すると直径10cm程度にもなり、根元の付近は木質に変わっている。そこだけ見ればつるは木ではないかと思ってしまう。

 今日の課題はつるの除去だったため、かったぱしからつるを切りまくったけれど、もしかしたら「つる」にもそれなりの存在理由なるものがあるのかもしれない。このあたりの自然の摂理はよくわからない。しかし現状この森はつるにすっぽりと覆われており、どおみても「閉め殺し」状態にある木の方が弱者といえる。何か私の人生と似たところがあり、木を見て心から同情してしまった。

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(19.1.22)里山・里山

Photo_17  里山という言葉は、私ぐらいの年齢のものには、子供の頃の景観を彷彿させるとても懐かしい響きがある。ここ千葉でも団体や個人で里山の再生を試みている人々がおり、「ヤマユリ山より」というブログを立ち上げているIMAさんもその一人だ。
 先日IMAさんから、ここおゆみ野でも「おゆみ野森の会」ができ、学園前駅の近くの、約3haの山林を整備し、そのボランティアを募集しているとの連絡が入った。

 実を言うと里山再生運動には大変興味があり、昔、県がそうした運動のボランティアを募集したときも応募した経緯がある。しかし残念なことにそうした場所は大抵交通の便が悪いところにあり、私のように、自動車を使用しない人間(本音を言うと私は自動車が好きになれない。アメリカでは今でも馬車で生活している人がいるが、そうした生活にあこがれてしまう)にはとても参加できないことが分かった。

 今回は四季の道の近くの学園前駅の里山と聞いてすぐに応諾することにした。ここならいつでも行けそうだ。ボランティア仲間の I さんにも声をかけたところ「興味がありますね」という回答をいただいた。

 活動はこの四月からになる予定であり、私のような定年退職者にとってはなにか夢のような場所が提供されたような気持ちがする。

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(19.1.20)禁断の園に近づくな

Photo_16  清掃ボランティア仲間で「禁断の園」というと、決して近づいてはいけない煉獄のような場所を指す。ダンテの神曲風に言うと「あれほど近づくなと警告をしたのに、禁断の園に入ったな。もうお前は逃れることができぬ。地獄の業火に焼かれて、生きているときも、死んでいるときも炎に焼かれのた打ち回るのだ」といわれるような恐ろしい場所なのだ。

 ここおゆみ野にも四季の道に面してそんな場所がある。長い間放置され、人の目が入らないため、格好のゴミ捨て場になり、不法投棄された電化製品や、紙くずが山と積まれているような場所だ。
 夏の道に面した都川調節池の雑木林がそうした場所になっていた。夏場は木木が生い茂っており、小鳥のさえずりが絶えない気持ちの好い場所だが、冬になり木の葉が散って地面が見えるようになると、捨てられたゴミが誰の目にも明らかになってくる。

 私もここがそうした場所だということはうすうす気がついてたけれど、できるだけ近づかないことで無視してきた。正直言って恐ろしかったのだ。
 清掃ボランティアには、「知らないのは許す。しかし知った以上は ボランティアの清掃責任だ」という鉄則がある。
 冬景色が無視できないほどにゴミの山を見せ付けるので、おそるおそる調査を行なってみたところ長さ100m、幅50m程度の雑木林に、おびただしい量のゴミが散乱しているのが確認された。見てしまったのだ。まさに禁断の園に足を踏み入れた瞬間だった。

 「どうしよう、どうしよう、見てしまった以上は清掃活動に入らなければいけないけれど、どのくらい時間がかかるか分からない。これは本当に困ったなあ
 最初はかなり落ち込んでいたけれど、落ち込んでばかりいては、前に進めない。退職してから初めてアクションプランを作成してボランティアの原則を守ることにした。

  • ターゲット日は19年3月末とする。それ以降になると草木が生い茂って対応できない。
  • ビニール袋、紙、空き缶等の処理しやすいものから片付ける。
  • 不法投棄された電気製品や、自転車等については、市役所等に片づけを依頼できないか検討する。
  • つるが木々を痛めつけて、占め殺しの状態になっているため、つるの除去をおこなう。
  • 下草についてもできるだけ除草して、再び投棄が起こらないようなきれいな環境にする。

 前に、東京湾の干潟のゴミを一人で除去して、変人扱いされていた人がいたが、だんだんそんな状態になってきた。

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