このシナリオはシナリオ1からの続きです。恐縮ですが、シナリオ1・2・3・4・5・6・7を読んでいない人は1・2・3・4・5・6・7から読み始めてください。
長い間シナリオを読んでいただいて感謝いたします。実はこの間私はバリ島に旅行に行っておりました。息子の結婚式に出席するためです。明日からはまた、いつものブログに戻す予定です。
○ 大手町の地下鉄(夜10時)
A銀行からの帰りの山崎。前を歩いているイザベラを見つける。かなり急いでいる様子。走って追いつく山崎
山崎「(遠くから)イザベラさーん、イザベラさーん、いま、お帰りですか。おそいんだなあ」
イザベラ「ええ」
山崎「どこに住んでいるんですか、ホテルですか」
イザベラ「銀行の寮にいます。お金ありませんから」
山崎「寮に帰るのですか?」
イザベラ「(困ったように)いえ」
山崎「あれ、じゃ、六本木のスナックかなんかでバイトするのかな(ふざけて)」
イザベラ「(顔つきが変わる)貴方は、フィリッピン人、すべてバーかスナックで働いていると思ってるのでしょ。町で会う日本人、みんなそう言います。でも私、違います」
山崎「いや、いや、困ったな、冗談ですよ。イザベラさんが当行の研修生だということは良くしってます(動揺して)」
イザベラ「私、これからどこにいこうとしているか、あなた分かりますか?」
山崎「あっ、いや、全然」
イザベラ「貴方はフィリッピン人がなにを考えながら、日本でいきているか考えたことありますか」
山崎「あの、いや、申し訳ないけど考えたことない」
イザベラ「それなら、これから私と一緒に来てください。教えてあげます」
山崎「あっ、はい」
怪訝そうにイザベラの後をついてく山崎
○ 六本木の教会(夜11時)
タガログ語によるミサが始まる。フィリッピン人の男女が200名位集まっている。
神父による説教。すすり泣きをはじめる。 男女。イザベラの目にも涙。山崎は何が話されているか理解できない
山崎「(申し訳なさそうに)なにをいってるの?」
イザベラ「ララという15才の女の子の話です。ララは観光ビザで日本にやってきました。新宿で働こうとしましたが、あまりに 身体がちいさいので何処も相手をしてくれません。しかたなしに町を歩いているとオートバイに乗った日本人に声をかけられました。ララはその日本人のバイクに乗りました。連れていかれたとこ、多摩川です。そこにバイクにのった他の日本人がいて、みんなでララをもてあそぼうとしたのです。ララはにげようとして多摩川に飛び込みました。でもララはあまり泳げなかったのです。途中でおぼれて、死にました」
山崎「知らなかった。新聞にものってないよ」
イザベラ「日本人にとって、フィリッピン人の女の子、一人死んでもマスコミに乗りません」
賛美歌の歌声
○ いつもの喫茶店(昼休み)
山崎と久子が重苦しい雰囲気で話し合いをしている。
山崎「いくら、電話してもでてくれないし、でてもすぐに電話きっちゃうし、怒ってるのかい?」
久子「そうだよ」
山崎「しかし、当行に陸上部ができたなんて実にすばらしいじゃないか。怒ることないよ。君も一緒に入ろうよ」
久子「当行? そんなものにとらわれて、強くなれると思ってんの(軽蔑をこめて)」
山崎「いまは、企業スポーツの時代さ。安心して運動するには企業にスポンサーになってもらわなくちゃ。それでなきゃなにもできないよ」
久子「ふん、いっぱしの口きくじゃん。二流の選手のくせして。会社止めて、二人でがんばろうといったときのほうが、もっと目がひかってたよ」
山崎「(カッと怒る)二流とはなんだ。ぼ、 僕は一流だ。青梅マラソンで優勝したじゃないか。なんだ、君は、僕にW大のコーチがついたんで、妬いてるんだろう」
黙って、山崎の顔を見る久子
久子「ふとった豚に用ないよ。さようなら、それだけだよ」
席をたつ久子。横を向いている山崎
山崎「(独り言)もう、絶対に電話なんかしないぞ」
○ 斉藤久子の下宿(夜)
語り「でも、僕は気になって彼女の下宿にいったんだ」
二階建ての小さなアパ-ト。その二階の6畳、台所だけのちいさな一室。ステレオから、静かな音楽がながれている。写真帳を見ている久子。白馬の合宿。青梅マラソンの写真。窓をあけ夜空をみる久子。山崎が窓の下の暗がりから久子を見あげている。
久子 「(独り言)いつも一人でいきてきたんだ。まけるもんか(おもわずすすり泣き)」
山崎が暗がりからでで、やや躊躇しながらも、にこやかに手で合図する。
山崎「やあ、斉藤君・・・」
きっとした表情で山崎を見る久子。しばらく睨んだあと、下に唾を思いっきりはく。
久子「帰れ、豚ヤロウ!」
窓を乱暴に閉める久子。頭にくる山崎。
山崎「なんて、やつだ。あれが女のすることか。ざけやがって・・・」
○ 山崎次郎の独身者寮(同日、夜)
壁にフィリッピンの国旗、その下にイザベラという文字が大きく書いてある。鏡のまえで筋肉トレーニングをしている。
したたり落ちる汗。ロッキーのテーマソングの強烈なビート。調子に乗って時々 「イエーイ」という言葉がでる
山崎「よーし、体調万全、明日から頑張るぞ。W大万歳、川口コーチ万歳、フィリッピン万歳。打倒、久子。あのこうまんちきな女の鼻をあかしてやる」
○ 神宮外苑コ-ス(昼)
山崎が独りでトレ-ニングに励んでいる。快調なスピ-ド
語り「僕は本格的なトレ-ニングをまえに、外苑コ-スで調整していた」
コ-スの途中でイザベラが山崎を待ちかまえている。手を上げるイザベラ。気付く山崎。止まる
山崎「どうしたの、なぜここにいるの?」
イザベラ「山崎さんにあいに!この間、教会にきてもらったのに、お礼も言ってなかったので」
山崎「はは、そんなこと、気にしなくてよかったのに。それよか、今日は研修はないの?」
イザベラ「山崎さんに会うので休みとったの」
山崎「はは、それはすまないな(思いっきり陽気に)」
イザベラ「食事作ってきたの,サンドイッチ食べてください」
サンドイッチを袋からとりだすイザベラ。 包みを受け取る山崎。
山崎「今日は軽い調整をしてるだけなので、練習は止めるよ。むこうの芝生で一緒に食事しよう!」
イザベラ「止めていいの?」
山崎「いいさ」
イザベラの肩に手をかけ、促す山崎。嬉しそうに山崎の顔を見上げるイザベラ。
○ 神宮外苑の木陰(同時刻)
久子が、遠くの木陰から山崎とイザベラを見ている
久子「(顔に怒りの表情)なんだい、大いに反省したから、こおして謝ろ
うと思ってきたのに・・・・・」
肩を組んで芝生に向かう山崎とイザベラ
久子「一流のランナ-になるまでは色恋抜きにしろとあれほど言ったのに・・・、まったく、指示をまもらないなんて、なんてやつだ」
楽しげに食事をしている二人。踵をかえして、木陰を立ち去る久子。胸をはり、昂然とした姿勢で去る。
久子「ふん、所詮、あいつはあの程度の人間だったんだ。ちょっとでも目を離すとさかりの付いた犬になる。みていろ、絶対に一流ランナ-になれないぞ」
○ 帝国ホテルでの発会式(外は雨)
頭取、上原取締役、支店長、水谷課長、川口監督、山崎等関係者全員が集まっている。山崎は新品のトレーニングエェアを着ている。新聞社、テレビ局、数人の 国会議員。A行のイメ-ジガ-ル、人気女優の伊藤京子も出席している。
司会者「では、A銀行陸上部の発会式にさきだちまして、当行の頭取でもあり、陸上部の総監督でもある岩田頭取から、一言挨拶をお願いいたします」
万雷の拍手
頭取「(満身笑みを浮かべて)御来賓のみなさまお忙しいなか、私どもの陸上部発会式にようこそおいでくださいました。主催者側を代表してあつくお礼もうしあげます」
会場を満足げに一瞥する頭取
頭取「当行におきましは、社会的に価値があり、かつネームバリューをあげる方策が種種検討されてきました。幸いにも、この度、当行を代表するマラソンランナー、山崎君が青梅マラソンで優勝しました」
全員の目が山崎に集まる
頭取「このを機会に、W大より、数々の名選手をそだててこられた川口氏を監督にむかいいれここに正式にA銀行陸上部を創設することにいたしました。では川口監督を紹介します」
万雷の拍手。そのなかを自信満々に壇上に登る川口監督。伊藤京子から花束贈呈
川口監督のスピーチ
監督「ただいま、紹介にあずかりました川口です。W大では、数々のオリンピック選手を育ててきたました。そのために私は死にものぐるいの努力をしてきたと自負しております。私、W大で実戦したトレーニングは・・・・」
川口監督のスピーチをじっと聞いている 山崎。その肩を軽くたたくイザベラ。振り向く山崎。
山崎「きてたの?」
イザベラ「私もよばれたの。(ひと呼吸おいて)本当はどうしても来たかったの」
山崎「あ、どうも有り難う」
イザベラ「神宮外苑の練習は?」
山崎「このところパーティーが多くて、あまりできない」
イザベラ「あなたのコーチの女の人とは練習してないの?」
山崎「あっ、いや、あのひととは止めることにしたんだ。今度はいましゃべっているW大の川口監督になる」
イザベラ「どうして」
山崎「その、川口監督の方が技術的にうえだし、それに彼女、僕とトレーニングするのもうやだというんだ」
イザベラ「喧嘩したの」
山崎「あっ、あの、本当のこというと、二人でこの会社止めてトレーニングすることにしたんだ。そしたら、急に会社から陸上部つくるので、キャプテンになってほしいといってきたんだ。僕は賛成したんだけれど彼女はいやだというのだ」
イザベラの悲しそうな顔
急に山崎の肩が強く叩かれる。振り向く山崎。川口監督がたっている。壇上では国会議員の挨拶に変わっている
監督「君、君が山崎君だろう?」
山崎「はあ、そうです」
監督「はあ、そうですはないだろう。僕は君の監督だよ。まっさきに挨拶にきてもらいたいもんだね」
山崎「あっ、気がつかず、どうもすいませんでした」
監督「君、さっき、僕の話聞いてた? そこの外国の女性と話をしていて、聞いてなかっただろう」
山崎「あっ、いえ、ちゃんと聞いてました」
監督「なら、私のしゃべった科学的トレーニング法を説明してみたまえ」
山崎「・・・・・」
監督「みたまえ、なにもきいてないじゃないか。いいかい、君、僕が目指しているのはそこいらのちっぽけな大会で優勝する事じゃない。オリンピックで優勝する、これだけだ。これからは、W大の優秀な選手をどしどし入れる。いいかね、僕がW大をやめてここにきたのは、大学から社会人までの一貫スポーツ教育を実施するためだ。そのなかからオリンピック選手を作りあげる。それが目標だ」
山崎「はあ・・・」
監督「君、君は私からみれば、しょせん外様だ。私の科学的トレーニングについてこれないようでは、それなりの覚悟をしてもらわないとね」
山崎「(むっとして)覚悟とはどういう事ですか?」
監督「その言葉どおりさ」
睨みあう二人
イザベラ「山崎さん、高地トレーニングしてます。それに風の対策も十分にしてます、私、ききました。そうでしょ」
監督「(軽蔑したように)あはー、高地トレーニング。それに風圧トレ-ニングかね。君が斉藤某とかいう女性コーチとしてたというアレかね。聞いたよ。下らないね、実にくだらない。なに、高地トレーニング! 3000メートルの白馬岳でしていたんだって。馬鹿じゃないか。いいかね、高地トレーニングは2500メートルの高度が最適なんだ。それ、以上でも、以下でもだめだ。風圧トレ-ニングだと、えっ25メ-トルの風のなかで走った?馬鹿か!飛行機じゃないんだ。いいかね、その女性はコーチでもなんでもない。ただの、スポーツ気違いのヒステリーだ」
山崎「斉藤君の悪口をいうのは止めてください。彼女のおかげで青梅マラソンで優勝したのです。白馬岳の高地トレーニングは私にとり、何よりも有効なトレーニングでした。風圧トレ-ニングで風を克服することができました。取り消してください」
監督「(気色ばる)何! 何を馬鹿なことをいうか。なぜとりけす必要がある。素人のトレーニング方法ですこしうまくいったといって自惚れるな」
騒然とした雰囲気になる。はらはらして聞いていた支店長があいだに割ってはいる。
支店長「まあ、まあ、今日は重要な発会式でしょう。お客さんも大勢いらっしゃるんだし。そんな、大声をだすのは、ね。・・・山崎君、君も大人になりなさい」
山崎「はあ(しぶしぶ)」
イザベラ「(山崎にむかって)なぜ、だまるのですか。なぜ、主張しないのですか。その女の人をなぜまもってあげないのですか」
支店長「(怒鳴る)君、君は研修生の分際で余計なことをいうんじゃない。これはわが社の問題だ。君は部外者でしょ」
イザベラ「私はその女の人のためにいっているのです。人間としていっているのです」
支店長「馬鹿な、話にならん。山崎君、君がいつまでも斉藤君のことなんか言うからこんなことになるんだ。第一、彼女はもう当社の人間じゃないんだよ。今日、神宮外苑を通ったとき、傘もささずたっていたが、あれじゃ、もう頭も少し可笑しいんじゃないか、なあ課長!」
課長「雨にびしょむれになったままたっているなんて、普通ではありません」
モンタージュ
神宮外苑。かなり強い雨。傘もささず外苑コースにたたずんでいる斉藤久子。不 思議な顔をして通り過ぎる通行人。
支店長「ほら、司会者が君のことを呼んでるよ。君の紹介をするんだ。頭取がおよびですよ。サア、気を取り直して」
モンタージュ
白馬岳。雨の中を走る山崎。雨にぬれながら、双眼鏡でじっと見つめている斉藤久子。頬に吹きつける氷雨。
モンタージュ
筑波大学での風圧トレ-ニング。じっと見ている久子。
モンタージュ
青梅マラソン。最後のラストスパート。自転車に乗って、懸命に声をかける久子。風にむかって走る山崎。ゴールで久子の 胸に飛び込む山崎
モンタージュ
喫茶店。会社を退職する決意のシーン。おたがいにVサインを交わす。
支店長「(山崎の肩を押してうながしながら)ほら、ほら、急いで、みんな君をおまちかねじゃないか」
山崎の頬にながれる涙。とめどもなく涙ながれる
イザベラ「(叫ぶ)いっちゃダメ。キミのいくの、そっちじゃない」
山崎の口から声にならない声がでる。
山崎「(ほとんど雄叫び)ウオォー」
会場から飛び出す山崎。あっけにとられ て茫然と見ている参集者。叫びながら帝国ホテルを飛び出す山崎。神宮外苑にむかって走り出す。
○ 神宮外苑
雨の中をたたずむ久子。しずくがほほを伝わって落ちている。髪がびしょびしょにぬれている。
懸命に走る山崎。久子の影を遠くに見つける。走りよる山崎。
山崎「コーチ、雨のトレーニングですか(後ろから声をかける)」
振り向く久子。呆然と山崎を見つめる。
山崎「はは、川口監督はレベルが低いので、首にしちゃった」
沈黙が流れる。
山崎「やはり、斉藤コーチでないと、世界と戦えない」
久子「馬鹿だね、また高倉健をやったのかい(涙声で)」
涙がほほに滴る久子。そっと、久子の肩に手を伸ばす山崎。久子を抱きかかえようとする。一旦はだきかかえられたが、手で涙をぬぐい、山崎の手をそっと払いのける久子。
久子「女にうつつを抜かしちゃ、世界は戦えないよ。走れ、面倒見てやるよ(泣き笑い)」
山崎「アイアイサー(おもいきり元気よく)」
走る山崎、見つめる久子。雨が二人の姿を消し去っていく。
(終わり)