(19.3.3)千日回峰 おゆみ野四季の道
千日回峰(せんにちかいほう)とは比叡山延暦寺で行われている荒行で、7年間をかけて通算1000日間の業が行われる。歩く距離は当初は一日30kmだが、だんだんと増加され最後は1日84kmも歩くというからすさまじい。実際やってみると分かるが、84kmとなると一日中歩いているようになる。
実は私もこの千日回峰に憧れ、1000日間このおゆみ野で「業」に入ることにした。千日間一日も休まず、四季の道を清掃する「願」を立てたのである。
「もし我に、この願、違えることあらば、死を与えよ」
すっかり修験者の気持ちになって清掃活動をしていたが、ある驟雨の日、すんでのところでところで凍死しそうになった。この時は篤信の女性が傘を貸してくれたので、凍死だけは免れた。
あまり無理な「願」は本当に死んでしまいそうだと悟ったので、「願」の内容を少し修正した。雨の日は清掃活動を休むことにしたのである。
「もし我に、この願、違えることあらば、死を与えよ」
朝起きて、雨が降っていようものなら、実にほっとしたものだ。
「主よ、主はこのロドリゴに安息日を与えたもうたのですか」
雨が一日中降っているときは問題がないのだが、大抵の場合は午後には雨が止んでしまうことが多い。日差しが照りだしたりすると、ほとんど精神の安定を欠いてしまう。
「ぼくちゃん、今日はどうしょうか。雨は止んだけど、おなかは痛いし、熱もあるかもしれない」
ほとんど小学生が学校に行く前の状態になってしまう。
だが、しかしロドリゴは60才だ。小学生と同じでは笑われてしまう。中学生程度の意志力はある。
こう言うときは景気付けが必要だ。大好きな長山洋子の「じょんがら女節」をめいっぱい歌いながら清掃活動を始める。
「雪は下から舞い上がり、赤い裳裾(もすそ)にまといつく ジャンジャンジャン(これは口三味線)・・・・・・・」
この歌を歌うと、精神はだんだんと高揚し、幸せな気分になって、ちょうど軍隊の行進のように意気揚々と歩くことができる。
ある女性から「山崎さんは歩くときは、身体をピシッと立てて、実に姿勢がいいですね」と言われたが、何を隠そう、長山洋子と心で歩いていたのだ。
しかし、こんなことがかみさんに知られたらことだ。
「いい年こいて、スケベー」なんて言われてしまう。
「久米の仙人でさえ、乙女の腿脛(ももはぎ)を見て神通力を失うのが世の常なので、この程度は許容範囲だ」なんて居直るのも大変だ。こればかりはかみさんに知られないようにしよう。
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