散歩おじさん

(21.11.10) 鬼のかく乱

皆さん、こんにちは

 しばらく、ご無沙汰をしておりますが「鬼のかく乱」とでもいいましょうか、体
調を崩してしまい、メールを打つ気分になれない日が続いてしまいました。

丈夫で長持ち」が自慢の私だったのですが、「鬼のかく乱」とでもいいましょ
うか、数日前から血圧が異常値を示すようになり、気分はどん底。
従って毎朝の散歩も思うに任せないような状況に陥ってしまいました。

 これまでも、五十肩、帯状疱疹、痛風、など外から見える「痛い」病気に罹ってきましたが、今回のそれは外からは見えない病だけに、ちょっと悩んでいます。
それまで間、妻を看病する立場だっただけに、立場が逆になってはじめて、他人の痛み、いたわりの気持ちがわかったような気がします。

 原因がこれとわかっていれば、治療もしやすいと思うのですが、しばらくの間は散歩も思うにまかせませんので、ご承知おきください。
皆さんも、風邪・インフルエンザなどには、十分にご注意ください。

| | コメント (0)

(21.10.25) 寒くなってきましたね

犬も歩けば棒に当たる
故事ことわざ辞典によれば、以下のような意味がある。
① 何か物事をしようとする者は、それだけに何かと災難に会うことも多い。
② 積極的に行動しようとするとすると、わけもなく損な目に遭うことが多い。
③ 例え才能や運がなくても、何かをやっているうちには、思いもよらない幸運  に会うこともある。
④ 出歩けば、意外な幸運に当たることもある。

市議会議員の福谷さんや山崎さんのブログを見ていると、毎日あちこちに出かけ「取材?」活動を続けていることがよくわかります。
催しの紹介に加え、ご自身がどんな活動をしていたかも含めて、的確な筆でまとめており、楽しくまた、感心してしまうことばかりです。

お二人を犬に例えている訳ではけっしてありませんが「犬も歩けば・・・」のことわざの4つの意味がお二人には、それぞれにあてはまるような気がします。
災難に会ったり、損な目にあったりすることがあっても決してめげず、きっといいことがあると信じて居られるように、私には思えるのです。

一方、私のように、四季の道をただもくもく歩くだけでは、毎日の話題がひらめいたり、感動を覚えることができないのは当然です
せいぜい暦や気温の変化などに気付く程度。

たとえば、暦の上では10/08が「寒露」、10/23は「霜降」。
昨日、今日の寒さは「霜」が下りるまでの冷え込みではなかったのですが、今秋初めて「寒い」という言葉を発しました。
暦の上でもこの2週間で、露から霜に変わっているのですから、当然といえば当然ですが、最低気温が、15℃を下回っていますから、ここ数日で一気に下がったことになります。

寒がり屋の私にとって、寒い時期の楽しみは、何といっても「なべ物」。
砂糖なしのすき焼き、鱈・アンコウ・カニ・エビ・鮭・鶏・アサリ。
野菜は白菜・ねぎ・春菊・ほうれん草・豆腐・白滝、えのき茸を鍋にぶち込む、
そして味噌味で豆乳なべにするのが我が家の定番。

結局、最後は食べることに落ち着くのが、よろしいようで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.10.13) 壁画・白菜

トンネル内の壁画
四季の道には、幾本か道路の下をくぐるトンネルが通っている。
今回、消防署横の歩道から降り坂になっている「トンネル」内の壁に、とても素敵な、美術館が誕生した。
題して「四季の道ギャラリー
製作したのは、有吉中学校の美術部の生徒さんたち。

この壁画「四季の道」の名前に相応しい「春・夏・秋・冬」を表す動植物が生き
生きと活動している様子が描かれている。少し観察をしてみると、
> 春
> 桜、つくし、タンポポ、蝶、鶯、

> 夏
> ひまわり、花火、ホタル、満月、盃に写る赤い月

> 秋
> 満月、赤とんぼ、すすき、柿、ドングリ

> 冬
> かまくらと雪うさぎ、サンタクロース、雪ダルマ

などが素朴な筆で描かれている。
「散歩は、楽しくないと続かない」というのが、私のモット-
これで、散歩する際の楽しさが一つ増えました。

有吉中学校の生徒の皆さん、ありがとう
>
>
>
白菜
今秋、初めて白菜を漬けた。
スーパーに、一つまるまるの白菜が店頭に出荷されていた。
いよいよ、待ちに待った白菜を漬ける季節がやって来た。

我が家では、1枚1枚剥がし、縦てに半分に切り、1~2日、陽に干す。
干し上がった白菜を4~5cm大にきり、漬け物器に入れ、塩を少量まぶしながら押しつける。半日ほどその状態にしておくと、水が上がってくる。
ここで塩加減を見る。(塩分が足りなければ、補充する)
この後、鷹の爪3~4本を切り刻んで器に入れた後、半日ほど圧力をかけたまま、冷蔵庫のしまっておくと、水が上がってくる。
こうなったら、白菜漬けの出来上がり。

| | コメント (0)

(21.10.10) 1ヶ月ぶりです

事前のお知らせもなく、突然1ヶ月間もブログの書き込みをせずにきたことをお詫びいたします。
パソコンが故障し、ついでに無線のルータもダウンしてしまったのが原因です。
故障原因は、ド素人の私にはわかりませんが、耐用年数が切れたのではないかと思っています。
そんなことで、ご迷惑をおかけしましたが、やっと復帰いたしました。

休筆は丁度1ヶ月前(9/9)、この日の日の出時間は5:17、日の入りは17:56、でした。今日(10/09)は、5:40、と17:13、日中の時間が12時間39分と11時間33分ですから1時間以上も短くなっていました。

昨日は「寒露」、服装はもうすっかり長袖の上下に着替えていないと、ヒンヤリと感じます。
日中の時間が毎日1分以上も短くなっており、朝の起床時間も徐々に遅く目覚めるようになってしまいました。
お蔭で、一日のスタートも、遅れ遅れになって行くのですが、夕暮れも早くなるのをうっかりしてしまいます。
そのかわり夜長を「秋深し 隣は何を する人ぞ」ですから「灯火親しむ秋」ですか?
それとも「天高く 馬肥ゆる秋」でしょうか。

台風の影響で7日、8日、散歩が出来ませんでしたので、今日は少し新鮮な気分で歩きました。たった2日間、歩かなかっただけなのに、四季の道が懐かしく感じられました。
四季の道沿いのドングリの木の下には、沢山のドングリが強風でたたき落とされていたり、小枝や葉がそこここに溜まっていたからでしょうか。
いやいや、よどんでいた空気を、台風の雨と風で吹き飛ばし、すっかりきれいな空気に入れ替えてくれたせいでしょう。

高い空には、いわし雲、うろこ雲、さば雲、が見られます。
これらは、巻(絹)積雲、夏から秋にかけて上層の5,000m~13,000mの高度にでき、白く小さな積雲の水晶雲、と解説にありました。
文字通り「天高く・・・」ですね。

  

| | コメント (0)

(21.9.8) 味覚の秋

散歩の途中で、ドングリの木をを見つけた。
いく粒かの実をもぎ取り、通学中の子供たちに分け与えた。
珍しいので、子供たちは大喜びしている。つられて私の頬もゆるんだ。

そんなことがあって、帰宅し、午後からスーパーに買い物に出たところ、店先には栗がならんでいた。初ものだけにちょっと高いが、食い気に負けて買ってしまった。

帰宅後、半主夫として腕を振るった。
先ず、栗を圧力釜で蒸し、次に厚い皮を剥き、さらに渋皮を剥く。
栗の皮剥き専用鋏で、厚皮、渋皮と剥くのだが、これがなかなか時間の要する作業。2時間ほどかけてやっと剥き終わった。

もち米と普通米を半々の割合にし、水洗いして、塩少々を入れて電気釜で炊く。
炊きあがる5分ほど前に、栗を入れ、蒸らすと、栗ご飯の出来上がりだ。

2日前に漬け込んでおいたカブが、ちょうど食べごろを迎えているはずだ。
卓上漬物器に、カブを輪切りにして塩ずけしておいたものだ。

今夜は、初物ずくし、栗ご飯に、カブの漬物、早々に秋の味覚を存分に味わえた。
窓の外からは、リーンリーンとコオロギの鳴き声も聞こえてくる秋の夜長です。

| | コメント (0)

(21.9.3) 食欲の秋

天高く馬肥ゆる秋」と詠まれたのは何時のことだったのだろうか?
最近の空は、晴れているように見えても、薄い雲におおわれ、雲と雲の隙間から陽が射す、そんな日和が続いていたように思える。
空はどこまでも高く青く、所々に鰯雲がたなびく、そんな青空にはとんとお目にかからないのが、最近の特徴だ。どこかの国の経済状況と似ている。

季節は食欲の秋である。
暑くもなく、かといって寒くはない。だとしたら食欲が湧くのが秋である。

今年の秋刀魚は美味しいという。
型も大きく、よく油がのっていて、しかも豊漁だという。
ラジオからのそんな報道を聞き、早速スーパーで買ってきた。
一尾100円だったが、夕食に食べたが、なかなかの味だった。
50年以上も昔のことになるだろうか、我が家では庭で七輪にアミを乗せ、もうもうとたちあがる煙を渋うちわでパタパタ煽ぎながら、秋刀魚を焼いた記憶がある。
あっちの家、こっちの家、あちこちでそんな光景が見られた。
今ではそんなことは夢物語でしかない。

梨が美味いと聞き、豊水梨を購入してきた。
4個で580円だったから、一個にすると145円、秋刀魚より割高であるが、甘みが十分あって、最近にない出来だという。。

動物たちの秋は忙しい。
冬眠や厳しい寒さに耐えるために皮下脂肪をたっぷり付けるためには、もう毎日毎日食べて食べて、冬に備えるのだ。
その昔は人間とて同じだったに違いない。秋は、冬に備えて皮下に脂肪を蓄えるために、せっせと食物探しに忙しかった。人里に降りてくるのもこの時期だ。

昔は人も、自分の身体に栄養分を蓄えてきたが、今日では冷蔵庫や保管庫などに食物を蓄える。食物の不足する冬期間人類は「備蓄する」という知恵を働かせて乗り切ってきた。

現代も一段と厳しい年末が予想されるが、備蓄(賞与)闘争や雇用をめぐる情勢はさらに厳しい状況にあると報道されている。
こうした中、新政権への期待は、ますます大きくなってきている。

| | コメント (0)

(21.8.30) パソコンが復旧しました

パソコンが復旧しました。

先日、孫が来て「パソコンを使いたい」と言うので貸したら、どこをどういじったのか、動かなくなってしまいました。
以来、私の能力ではどうしようもなくなってしまい「SOS」出して助けを求めていましたが、このほどやっと復旧させることができました。

その間、あるいはご迷惑をおかけしたかも知れませんが、ご容赦を。

さて、今日は寒いくらいの陽気になりました。
Tシャツと半ズボンでいると、昼間、室内でも寒さを感じます。
日中は雨が降ったり、止んだりしていますが、衆議院議員の投票日でもありますので、投票率の行方も気になります。

私は、これまで一度も棄権したことはなく、選挙権を私は義務ではなく行政に対するささやかな「権利」だと思って行使してきました。
4年に1度巡ってくる総選挙で、今後の私たちの生活をどうするのかの意思表示をする機会だと捉えているからです。

| | コメント (0)

(21.8.16) アリとキリギリス(?)、アリとセミ

今朝(8/14)の毎日新聞の「余録」には「アリとセミ」の話を取り上げている。
話の内容は「アリとキリギリス」とほぼ同じ内容である。

夏は歌っていたのだから、冬には踊りでも踊っていたら?」イソップの「アリとセミ」で、冬になって食べ物を求めるセミへのアリの痛烈な返答だ。
昆虫記」著したファーブルはこんな話はデタラメだと義憤に燃え、セミの名誉回復を図っている。ファーブルの観察では、樹液を吸うセミにすりより、おこぼれを求めるのはアリだ。セミは求める者には喜んで分かち与える働き者だという。
なのに、セミが命尽きれば、アリは群がってその身体を引き裂き食料庫に運ぶ。
事実と物語は逆だという。

今年の夏は、ギラギラと輝く太陽の陽射しが少なく、日照不足は作物の生育を妨げ、実りの秋が心配されている。
野菜などの値段も、もう高値になっている。我々庶民には「値上げの秋」の到来にならないことを祈るばかりだ。

そして余録はさらに今年の夏は、いつもよりだいぶはやくから、自宅近くでセミの死骸にアリが群がっている様を見かける。例年は、仰向けに大往生した沢山のセミで、夏の終わりを知るのとは、やや様子が違うように思われる。
何か地域特有の環境の変化のせいかも知れないが、やはり疑いたくなるのは冷夏の影響だ。そもそもいつもならうるさいほどのアブラゼミの鳴き声が今年はおとなしい。
人間界にも、エヤコンや飲料など夏向け商品の販売低迷をもたらしている冷夏である。ただでさえ弱々しい「景気底打ち」の鳴き声なのに、ここで天候にまで個人消費の足を引っ張られてはたまらない。
大声で鳴ける天気をひたすら待つのはセミばかりではない。・・・・・

総選挙が間近に迫ってきた。
各政党がこぞって「我が党はこれこれにウン万円増額します」とか、「高速料金を値下げします」などと耳障りの言い公約を並べ、競っています。

本当に信用してもいいのですか?有権者としては、「マニフェスト」とやらをここはじっくり真偽を確かめる必要があります。
そしで、選挙が終われば間違っても「増税の秋」ではないでしょうね!

| | コメント (0)

(21.8.10) パブロフ、犬の条件反射の法則

夜(8/9)、「TVでN響アワー・古都奈良から」という夏の特別企画番組で「奈良公園・鹿とホルンの意外な関係」をみた。

実は、音楽を楽しんだのではなく、以下のことに興味を覚えたのである。
それは奈良公園の管理人が「ホルン」を吹くと、それまで三々五々に草を食んでいた鹿が、大急ぎで集まってくるという実験である。
管理人は、鹿に餌を与える際、ホルンを吹いていたところ、ホルンの音だけで集まるようになってきたという。

この光景をみて私は、ある法則を思い出した。
それは「パブロフ、犬の条件反射の法則」である。
百科事典で調べたところでは、この法則を発見したのは、帝政ロシア・ソ連邦の生理学者イワン・ペトロヴィッチ・パブロフである。
パブロフに実験は「犬にベルを鳴らしてからエサを与えることを繰り返した結果、犬はベルの音を聞くだけで、唾液を出すようになった」というものだ。
彼はこのような消化腺の研究を行い、1904年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
この法則は、犬にだけ適応するものではなく、標記の奈良公園の鹿もこの法則に則って、ホルンの音を聞きつけて集まったものであろう。

犬や鹿だけではなく、我々人間にもこの法則が当てはまる。
例えば、酒好きの人に酒の話をしただけで舌なめずりをしたり、甘党の人に饅頭の話をしただけで唾液が出はじめる、などという現象がそれである。
この点では、人間も動物と同様な反応を示すことが証明されたような気がする。

| | コメント (0)

(21.8.6) セミのイナバウアー

イナバウアーといえば、女子フィギアの荒川静香選手のあの妙技を思い出しますね。日本に唯一の金メダルをもたらした荒川選手が披露したこの演技に、世界中の目が集まりしました。

アナウンサーは「世界を酔わせた、世紀の舞い」と表現しました。
2006年の第20回冬季五輪、イタリアのトリノで開催されてから、もう3年半が過ぎてしまいました。

前置きが長くなりましたが、今朝、小学生から久し振りにこの「イナバウアー」という言葉を聞いたのです。
小学生の話は
セミの背中が真ん中から割れて、そこからセミが出てきて、イナバウアーをするんだよね。夜明けまでに羽も伸びて、朝になるとどこかへ飛んでいっちゃったたんだよ

セミが土中から抜け出し、木に登り、成虫になる際には命がけの脱皮をします。
セミの脱皮は、土中の皮が頭から背中、お尻にかけて、真っ二つに裂け、この裂け目から、成虫のセミが誕生します。
脱皮中のセミはまだ弱々しく、羽だってしわしわ状態です。まず最初に頭が抜け、次いで胸、そして最後に腹が抜け出ます。
この最後に抜け出た瞬間が、まるで「イアナバウアー」なのです。この小学生はよく観察をしていたものです。
まさに「言い得て妙」なんともすばらしい表現に感心してしまいました。
こんな子供に出会えると、大人の私をその日中、うきうきした気分にさせてくれました。ありがとう!


拙文(7/29)、標題「ヒグラシと百日紅の花」についてを掲載いたしました。
少し詳細なことがわかりましたので、再掲させていただきます。
サルスベリ(「百日紅」と書く7月から9月にかけて、約100日間、開花し続けるから「百日紅」という。

また「サルスベリ」は木の幹が滑らかで猿も足を滑らすということから付いた名前だという説、などがある。

そして、サルスベリの花が終わりを告げると、季節はもう秋になる。
今年は、やっと梅雨が空けたばかりだというのに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.8.5) 少子化とお手伝い

毎日新聞(8/02)に、内科医の海原純子さんがこんな一文を寄せている。
子供のころ、家のお手伝いをしましたか?」この問いに少なくとも50歳以上の方なら、洗濯物をたたむことや、買い物、弟妹の世話をした覚えがあると思う。
子供も多かったし、マイカーなど夢の夢、コンビニも大型のスーパーもなかった。
もちろん全自動洗濯機なども無かったから、子供といえども家事や家の行事に協力しないと生活が成り立たなかった。
とはいえ、お手伝いをすることで子供は家族の一員という自覚が産まれたし、大人の仲間入りをした気分になっていた。

ところで、日米の高校生が家事の手伝いをする時間の調査結果がある。(1970年経企庁調査)
家事や買い物、掃除の手伝いをしたか。
米国の男子生徒 88.5%  日本の男子生徒 30.0%
米国の女子生徒 96.5%  日本の女子生徒 68.7%


また、弟妹の世話をしたかの問いには米国の生徒は男女とも40%以上だが、日本では男子が9.6%、女子が15%に過ぎない。

逆に何も手伝わないという生徒は米国の生徒は男女とも1.0%だが、日本では男子が47.3%、女子は25.9%に上る、というものである。

1970年の調査結果だが、最近はこの傾向がもっと進んでいると言わざるを得ない。
理由はいろいろ考えられるが、家事、つまり生活に関わることを全くしないまま育ち、社会に出て、いきなり一人暮らしなど出来わけがない。
こうした事情を反映して最近のスーパーには、多種多様なお総菜が売り場を席巻しはじめている。
お総菜売り場を独身男性が物色するというのは、わからないでもないが、明らな新婚夫婦、あるいは若い夫人の姿も多いという。

こうした男女が結婚したらこうなると言う見本がある。
最近の新婚夫婦には、ご飯も、お総菜などすべてをコンビニで購入し、自宅に帰ってからすることは、電子レンジで「チン」するだけという「飛んでるカップル」も少なくないというのだ。
当然のことだが、台所には包丁もまな板も鍋・釜も必要ない、あるのは電子レンジだけという。
このような夫婦が珍しくないのも、先の経企庁の調査結果からも肯ける。

こんなことなら、結婚しなくても、スーパーかコンビニに行けば食事は調達出来る。何も面倒なことをすることはない、と言う理由で、男も女も独身を通すことになる。
こうして、日本社会はますます少子化が進んでいくことになりそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.8.3) 蝉に学ぶ

いつもなら、薄手のタオルケット1枚を掛ければ十分だったここ数夜、でも、昨夜は寒さを覚えて、夏がけ用の布団を掛けて寝た。
暑いと思って油断していると、自然からしっぺ返しを食うことがある。

北海道のトムラウシ山への登山中に遭難した中年のグループは、自然(山や天気)をハイキング程度と軽視していたから起きた事故ではなかったか。
この女性のグループは、初心者は少なく、これまでもあちこちの登山を経験してきたいわばベテランの人たちだったようだが、それでも遭難するのだから、自然を甘く見てはいけないという典型になったのではなかろうか。

我が家から道一つ隔てた向こう側は公園になっている。
公園ができてから20余年にもなると、公園の樹木は所狭しと大手を張り、視界を遮るようになっている。これの樹木に卵を産み付け、子孫を増やしてきた蝉たち、ここ数日の暑さに元気いっぱい、思いのたけの声を張り上げている。
お蔭で、我が家では日中、TVのボリュームを相当程度上げないと彼らに邪魔されて聞きとれない。彼らが夏を謳歌する鳴き声で、打ち消されてしまうからだ。

ガラス戸を閉め切れば暑くてやりきれないし、開ければうるさいしで、夏の間は何ともしようがない。
音量をもう少し減らしてくれればこの上ないが、蝉にも限られた時間内に、子孫を残す活動をしなければならない。
何しろ、土中で7~8年も耐えて、晴れて地上に出ても僅か、1週間の命しかないのが、彼らの一生なのだから。
地上での7日程のうちに、何としてもパートナー探さねばならないから、雌へのラブコール(鳴き声)は必携の手段だ。我らは厳しい生存競争を耐え抜くため必死なのだ。

定年後をぼんやり過ごしている人間ども(用済み老人)を相手にはしている余裕はないのだ。とまあ、こんな事情があるのだろう。と想像している。

一匹の虫にも、自然の非常さを乗り越え生き延びていくため、あらゆる手段を駆使しているのだ。
壁にぶつかった時にも、自分独りの力で乗り越えられる能力を、作り上げてこそ自然を生きていける。蝉1匹にもそんな能力がある。

| | コメント (2)

(21.7.31) 二度目の汗

定年になってから、我が家の掃除は、私の領分になってしまった。
妻が腰痛を訴え、医者に通うようになったころからかも知れない。
ともかく。毎月1回、住むには狭いが、掃除をするには広過ぎる我が家の掃除を仰せつかっている。

1階には、10畳ほどのリビング、6畳の和室、4畳ほどの台所、それにトイレがある。2階は、階段と10畳の和室と、4畳半の洋間が2室、そして風呂がある。
リビングは絨毯が敷いてあるが、掃除機を掛けた後、絨毯のゴミを取る「コロコロ」というものを掛ける。
接着剤のついた円筒のこの用具は、絨毯のゴミを面白いように付けるので、たちどころに粘着力が落ちてしまう。そこで、ゴミが付着した部分を破り捨てて、新たな面でまた転がすのである。

このコロコロ、何度掛けてもゴミが付いてくる。
髪の毛だったり、綿毛のようなものだったり、掃除機では拾いきれない固形のゴミだったり、何度も何度も掛けるが、よくもまあこんなに付いてくるものだと呆れてしまう。こうして4~5回ほど交換をするとやっと付着物が無くなってくる。
考えるに、我が家の絨毯の何と汚い代物であるかと言うことに、毎回驚かされる。

絨毯には、目立たないゴミが、掃除機ではとれない数多のゴミがこびりついているのだ。私は、この部屋の掃除が終わると、いつもホッとするのである。
畳部屋は、掃除機を2度ほど掛ければいいだけだし、その他の部屋はそんなに汚れは無い。

この暑さである。9時から始めて、終わったのは午後2時近く、汗びっしょりになっていた。
泊まり客でも来ようものなら、どこに寝床を用意しようかと悩む家の狭さだが、掃除をするには広すぎる」を掃除の度に実感しながら、汗している。
風呂で汗を流した後の、夕食はことの外うまかった。
妻の料理がうまかったわけではないが、空腹は、何にも増して食事の旨さを増すようだ。
蛇足だが、自然界の動物は、餌がいつも手に入る訳ではなく、何日間も空腹を抱えて我慢をしなければならないときもある。空腹に耐えて手にした餌の何とうまいことか、と思うのだ。

さて、夕食後の話である。
9時過ぎ、部屋の明かりを消して再度風呂に入って、リビングに戻ってみるとどうだ、ゴキブリが3匹運動会をしている。スリッパを片手に、一人と3匹の生死をかけた闘いが始まった。やっとの思いで、2匹はあの世に逝ってもらったが残りの1匹は取り逃がしてしまった。

大掃除をしたその夜に、何処に隠れていたのかこの野郎、こともあろうに運動会をしやがって、怒り心頭。また大汗をかいてしまった。

2度目の汗、この汗は何と表現したらいいのだろうか?


 

| | コメント (2)

(21.7.29) ヒグラシと百日紅の花

昨日(7/28)
散歩に出ようと思って、玄関のドアを開けたら、雨が勢いよく降っているのに気づいた。こんなにいい降りになったのは久し振りだ。
日本列島の殆どが雨マークなのに、一人関東だけが梅雨明け宣言をしてしまったので、この雨は嬉しいような気もする。

我が家では、夜が白み始める頃になると、ヒグラシの合唱が始まる。
そして、夜が明けると、ピタッと鳴き止むのだから不思議なセミである。
彼らの合唱が、私の毎朝の目覚ましの代わりになっている。

アブラ蝉、みんみん蝉、くま蝉などは雨が降っている間は決して鳴かない。
これらの蝉は、日中の陽が射す、最も暑い時間帯にだけにしか鳴かない。

ところが何故か、ヒグラシは雨でも一向に平気のようなのだ。
雨模様で、一日中どんよりしているせいか、今日は午前中から鳴いている。

先日皆既日食になった沖縄地方では、その時間に動物たちがねぐらに帰る合図や行動や鳴き声を出していたということが観測され、報道されました。
これと同じようにどうもヒグラシは、薄暗い天気を「夕暮れ」と間違えて、ほぼ一日中泣き騒いでいたのではないか、と思われる。

天気の良い日でも、気の早いヒグラシは、午後4時頃から鳴き出し始めるものもいるから、少し感覚異常の蝉がいるのかも知れない。

今朝、小谷小学校付近の樹木に、ピンクの花が咲いているのに気づいた。
百日紅(猿すべり)の花だ。
この樹は、木肌がすべすべしていて、本当に猿でも木登りが出来ないように思えるが、確かめたことがないので、真偽の程はわからない。
でもよく見ると普通の花のように、花弁があって、その中に雄しべと雌しべがあるというようなものではない。何とも不思議な成り立ちの花だ。
これからの猛暑の間、花の無くなる季節を彩ってくれる貴重な花だ。

| | コメント (0)

(21.7.23)今日(7/23)は大暑

今日の暦は「大暑」暦の上では最も暑くなる日にあたる。

昨日は日本各地で、天体観測ショーが行われた。
皆既日食を期待して、遠くまで出向いた人にとっては、土砂降りの雨になり、何とも残念な結果となったようだ。(悪石島)

太平洋上を船で観測した人や、硫黄島などでは、バッチリ「皆既日食」を観測出来たようで、この上もなく、上機嫌だった。
ここ、千葉でも厚い雲に覆われて、欠けた太陽を観測することは出来なかったので、私はもっぱらTV放映の「日食ショー」を見ていた。

ここ10日あまり、梅雨明けとは言えない天気が続いていたが、今日の上天気は、人を小馬鹿にしたようで、1日違いで観測できなかった「日食ショー」に恨みの一つも言いたくなる。
この悔しさを恨みをどこにぶつけようか、と思ってもそのやり場に困ってしまうだろう。お天気などという自然現象には、人間の力は全く及ばない。

でも、今朝の新聞報道では
2012.05.12 金環食 (07:32 東京)九州・四国・近畿・東海・関東・南東北
2030.06.01 金環食 (16.54 札幌)北海道のほぼ全域
2035.09.02 皆既食 (10.06 前橋)北陸・北関東地域で観測が可能。
最も早く観測できるのは、僅か2年後と言うことで、しかも日本列島の殆どの地域で観測できると言うのですからそれに期待しよう。

さて、こんな雨模様の天気が続いていますが、毎朝の散歩途中で耳にするセミの鳴き声は、もうすっかり夏模様となっている。

最初に鳴きだしたのは、ニイニイせみ、次いでヒグラシ、アブラせみと続き、クマせみが鳴き、ミンミンぜみが続き、そして今日はいよいよツクツク法師の声を耳にした。
この一帯で鳴くセミすべて出そろった感じだ。天気はまだぐずついているというのに、秋のセミであるツクツク法師の鳴き声には驚いてしまった。

最近は地球の温暖化とか、異常気象だとかと騒がれているが、セミの世界にも異常気象が影響を及ぼしているのだろうかと思った。

| | コメント (0)

(21.7.19)「献金主さえもしらない」 それが政治屋

7/11 毎日新聞の読者欄に、要旨こんな投稿がありました。

子供がお菓子などをもらってきたら「誰にもらったの?」と尋ね、親や保護者は電話で、あるいはその人に会った際に、お礼を言うのが常識です。
ところが、高額の政治献金をもらっていながら、誰からいくらもらったかすらも知らないという国会議員が何と多いことか。
さらに、つじつまが合わない事実が露見すると、異口同音に「秘書に任せていた」などと釈明する。

こんな子供だましのような釈明しかできないような政治家が、日本の現実政治を動かしているかと思うと、情けなくてしようがない。
しかも、次期首相候補と騒がれているような党首や元党首、あるいは現職の経産大臣などの有力政治家がこのような有様では、この先政治に期待は全く見えてこない。

都合の悪いことは秘書のせいにしているが、こんな釈明を信じている人は誰もいないだろうと思うのだが、その議員が所属する党の幹事長などがまた、ウソの上塗り記者会見をするのだから、もう呆れ果てて、物が言えない。

さらに17日に東京地裁で出された判決は「違法な献金を出した側は有罪で、もらった側は罪に問われない」という何とも信じがたいものだった。

政治の世界とは、このような「狸と狐の化かし合い合戦」でしかないのだろうか?
日本の政界には、権力に迎合する輩やカネもうけや私腹を肥やすだけの「政治屋」ばかりで、清廉潔白な政治家はいないのだろうか?

総選挙の日程も近いようです。
今度こそ「金権政治屋」を一掃ししたいものです

| | コメント (0)

(21.7.19)気持ちいい、朝の挨拶

「あいさつ 気持ちいいですよ」
 愛知県春日井市 鈴木さん (69歳)からの投書

毎朝、同じ道を通って散歩するのを習慣にしている。その際、会う人ごとにあいさつをするようにしている。
声を出すのことも健康法の一つだし、同じ散歩仲間として、あいさつを交わすのが当然のことだと思う。
ところが、元気よく「おはようございます」とあいさつしても見向きもせず、知
らん顔をしている。にっこり笑って「おはようございます」と返してくれる人は
滅多におらず、いつも声を出さず会釈する程度だ。
とりわけ残念に思うのは、遠くからこちらの存在に気づくと、早めにコースを変えて角を曲がってしまう人がいることだ。
よほど人に会いたくない人なのだろうが、人と会って言葉を交わす喜びというのも散歩の効用の一つではないだろうか。それを自ら捨てているようでもったいないように思う。
大きな声を出してあいさつしませんか。気持ちいいですよ。

7/14 毎日新聞の「みんなの広場」に投書された一文です。
私もこの鈴木さん同様に、散歩の途中で行き交う人とは、大人も子供も挨拶をしています。が、中には何も言わずにすれ違ったり、逃げるようなそぶりをする人もおります。
それでも、毎朝繰り返し、私の方から挨拶をしていると、ある日突然、挨拶が返って来ることがあります。こんなささいな変化でも、その日はとても嬉しくなってしまいます。

もちろん、小学生や中学生にも挨拶をしているのですが、全員から返事が返ってくるわけではありません。、正直、ちょっとがっかりすることもあります。
でも、これもこちら側の態度次第で、子供たちと仲良くなれるものです。

一時期「変なおじさんに会っても、決して挨拶したり、言葉を交わしてはいけません。誘拐されたら大変です」というキャンペーンもありました。
それ以後は、黄色の腕章「セーフティーウオッチャー」が安心マークになっていると思い毎朝付けて、散歩をしています。

清掃活動までは出来ませんが、ささやかな私の奉仕活動です。

 

| | コメント (0)

(21.7.19)ミネラル&カルシウム

暑いですね。体調は如何ですか?

沖縄、九州方面では、梅雨が明けたそうですね。
関東のこの暑さは、梅雨の中休みにしては暑過ぎではないでしょうか。
夏の話題を2つ。

今日の世相は、大人も子供もキレたくなるようなことばかり。だからといってキレていては生きていけません。そこは、食物からの援助にも期待しながら
バランスのとれた食餌を摂ることにしたいものです。

10日の毎日新聞夕刊に、東京農大の小泉武夫名誉教授がこんなことを述べている。
「日本人は、この50年間で肉の消費量は3倍、油は4倍になり、ミネラルの摂取量は1/4になったアドレナリンが異常に出たときに抑制するのがミネラル。
それが1/4に減ったのだからキレるのは当たり前です。
かって日本人は心も身体も強かった。
米に加え6種類の食べ物しかなかった。
1、1ゴボーや芋など土の中に出来る根茎
2、小松菜などの菜っ葉
3、きゅうりや果実などの青果
4、大豆
5、魚
6、海藻
土と海からミネラルをたっぷり含んだものばかり・・・」

もう1つ、同じく毎日新聞7/11、朝刊から「牛乳の栄養」
これからの季節は特に食欲が進まず、汗をかけば清涼飲料水などに頼りたくなりますが、ちょっと待って。
牛乳に効果を期待してみませんか。

日本人はカルシウムの摂取量が不足気味と言われている。
カルシウムの含有の多い食品には牛乳、小魚類(鰯・桜エビ)、野菜(小松菜)、海草(ひじき)等があげられる。
100g当たりのカルシウムの含有量は、牛乳が110mg、小松菜170mg、シラス干し210mg、干しひじき1400mg等である。(牛乳は200mlビン1本)
しかし、カルシウムの多い食品を摂取しても、そのまま体内への吸収される訳ではなく、牛乳は40%、小魚類30%、野菜類20%、の吸収率になっている。
牛乳1本には220mgのカルシウムが含まれているので、毎日1本飲めば
(220mg×40%=88mg)で、ほぼ1日の必要量を確保得できる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.19)朝食にはバナナを

朝の5時過ぎに起き、散歩の出て、途中で長話などをしていると、朝食につくのが10時に近いこともある。

帰宅して、夏はシャワーを浴びるだけでいいが、冬は湯船に入り冷えた全身を快くまで暖めないと、油の切れた機械のようになった老体は、なめらかに動いてくれない。
それから朝食につくのだから、朝食は私が独り、黙々と食べることになる。

もっとも、私の朝食は、いたって簡単なものばかりで殆ど自分で用意するから、妻が先に済ましており、お互いに全く気にかからない。

食パン(8枚切りを1枚)をトースターで焼きマーガリンを塗り、
牛乳をカップに2~3杯のみ
ヨーグルトを半分食べ
バナナを2本、

以上が365日、変わらない朝食のメニューになっている。
このメニューは、我が師(ジョギングのコーチ)の指導によるものでもある。

散歩の後ペコペコ状態で食べる朝食は、味のあれこれを言うよりも空腹を満たすことが最優先で、まるで欠食児の食事風景のようにガツガツ食べる。

これが、散歩をしないとなると、腹にはまだ昨夜の食物が残っているような気分で食欲が湧いてこない。

さて、こんな朝食ですが私が楽しみにしている食べ物は、バナナ。
バナナにはいろいろな効用があるのですね。

日本では、バナナはポルトガル人宣教師が織田信長に献上したのが、バナナの第一号とされている。
バナナが熟してくると、皮に茶色の斑点が出てくる。この斑点は「シュガー・ポット」といって、バナナが熟し、糖度が増して来たことを示すと言われている。
それで「シュガー(甘い)・ポット(目印)」と言う名前がついた。
また「シュガー・ポット」の出てきたバナナの方が、黄色のきれいなバナナより8倍も免疫活性効果があるし、癌予防の免疫力を高める効果もある。

私が走ることを始めたのは、30歳代中半、以来、60歳まではジョギングを中心に、それ以降はウォーキングに切り替えているが、お蔭で大病をすることなく今日まで元気に過ごして来られたのも、あるいは「バナナ」の効果かも知れない。
最近のバナナは、一年中八百屋に並んでおり、価格も庶民的な価格に落ち着いている。栄養価も高いようですから、如何です明日からでも、1本。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.19)ウグイスの歌声

泉谷公園と接する我が家では、早朝からウグイスの鳴き声が聞こえてきます。

3月のはじめ、ホー・ケキョ、ホー・ケキョと幼い鳴き声から、ホーホケキョと
上手な鳴き声に変わり、今はホーホケキョと、ケキョケキョという谷渡りの歌に変わってきました。
公園の木々が黄緑から濃緑に代わり、陽射しを遮るようになっていますから鳴き声は聞こえても、姿はまったくわかりません。
ウグイスはあまり美しい姿ではないようですから、声の美しさに酔っていた方が良いのかも知れませんね。

うたごえは今が最盛期(?)と言ったらいいのでしょうか、一日中、鳴いております。
この時期、メスは抱卵の時期なので、オスは「オレの縄張りに入ってきたらタダじゃおかねえぞ!」とでもいっているのでしょうか?。

動物物図鑑に「ウグイス」についての記事が掲載されていました。

ウグイスという鳥の名前を知らない人はまずいないだろう。
それほど人に知られた鳥でも、野外でウグイスの姿をよく見た人はほとんどいないに違いない。ウグイス色をした鳥というイメージは持っていても。多くの人が、「ウグイス餅」の緑色を思い起こすに違いない。しかし、本物のウグイスはあの鮮やかな緑色とは似ても似つかわない、むしろメジロの羽の色を「ウグイス色」だと思っているが意外に多い。それほど見つけにくい鳥である。

 ウグイスは薮の中に住み、たえずチョコチョコと動き回っているからである。
おなじみのホーホケキョと鳴いているのは、地表から2m位の低木や笹が良く茂っている所に限られている。深山の薄暗い森林や薮のまったくないところでは、その美声は聞こえない。
ウグイスは、薮の茂みの中にススキやササの葉を使ってツボ形の巣を作る。中には落ち葉や羽、羽毛などを敷き詰め、濃い暗赤色の卵を4~5個生む。巣作りから抱卵、そして給餌にいたるまですべてメスだけが行っている。
オスはもっぱら、辺りを警戒するさえずり(縄張り宣言)をしているにすぎない。

「梅に鶯」といういわれは、繁殖に先立って鳴く時期が梅の花の咲く頃から始めるからである。
ウグイスは、秋から冬には笹鳴きと呼ばれる「チャッチャッ」と言う鳴き声だけになる。
北半球に住む多くの鳥が春になるとさえずり始め、夏にかけて繁殖する。この季節との関係は、長いことわからなかったが、1930年ごろ、カナダのローワンの実験によって、冬から春にかけて、しだいに夜の時間が短くなるのが原因だと言うことを突き止めた。

日本では、古く江戸時代からウグイスの初鳴きを楽しんでいた。ウグイスを早くから鳴かせるために「冬のうちから籠の覆いを徐々に早くとって(明るくする時間を早くして)春が来たぞ」と錯覚させたのです。
ウグイスは、そうとも知らず体内時計を狂わされていたのでしょうね。

人間は、罪なことをするものですね。自分の欲望を満たすために。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.19)朝顔が花開く時間

入谷の「朝顔市」が近づいてきました。
ラジオの天気予報を聞いていたら、こんな話題がありました。

朝顔が花を開く時間についてです。朝顔は何時に咲くでしょうか?

答え
朝顔は、日の入りから10時間後に、咲くのだそうです。
例えば今日(7/4)の日の入り時間は19:01ですから、10時間後は(7月5日)の、
5:01になります。
同じように
08/04は18:43ですから(08/05の)開花は4:43
09/04は18:05ですから開花は4:05
09/15は17:49ですから開花は3:49

と言うように、秋が近づくにつれて、開花時間はだんだん早くなってきます。
朝顔は一日だけの命、夏の朝は早起きをして、朝顔の開花を見届けるなんて、風流だと思いませんか?

さて、リンドウが咲くのもこの時期です。
花が咲く前の蕾は、小さな紙風船のような袋状になっており、とても可愛らしい。
この蕾を両の手で「パチン」と叩きたくなる誘惑にかられるのは、私だけでないと思います。
亡き母に叱られたいたずら盛りの子供の頃を思い出すと、我慢するのがちょっぴり苦しくなってきます。そして島倉千代子の「りんどう峠」を思い出すのです。

りんどう峠
 島倉千代子歌
 作詩 西条八十  作曲 古賀政男
 昭和30年
1 りんりんりんどうの 花咲くころサ
  姉サは馬コで お嫁に行った
  りんりんりんどうは 濃むらさき
  姉サの小袖も 濃むらさき
  濃むらさき
  ハイノハイノハイ


2 りんりんりんどうの 花咲く峠
  姉サは馬コで あとふりかえる
  姉サに行かれて なんとしょう
  いっしょに柴刈る ひとも無い
  ひとも無い
  ハイノハイノハイ



3 りんりんりんどうは 小雨にぬれる
  わたしゃ別れの 涙でぬれる
  りんりん鳴るのは 馬の鈴
  姉サは峠に 消えてゆく
  消えてゆく
  ハイノハイノハイ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.19) 半夏生

今日の暦を見ると「半夏生」とあります。夏至から数えて11日めにあたります。

半夏生」とは、半夏と呼ばれる植物(カラスビシャク)の生える時期の意味で昔から稲作の農耕スケジュールの重要な目安となっていました。

また、カラスビシャクとは別に「ハンゲショウ」という、ドクダミ科の多年草で、茎の上部の半分だけ白い葉を、数枚つけるものもあります。
こちらは、半夏生(7月始め)の頃に白い葉をつけるためとか、葉が半分白くなるので「半化粧」などと言われています。
半夏生過ぎたら半作」という言葉がありますが、この頃までに田植えが済んでいないと、半作になってしまうという意味だそうです。(倉嶋 厚著より)
(泉谷公園内の小川の近くに生えております。立ち寄って見てください)

小谷小学校に近くの一段高くなっているロータリーの近くに「合歓木」が丁度いまピンクの花を付けています。ここには3本あったのですが今年、また枯れてしまい、残りは1本だけになってしまいました。
でも、調整池沿いの木立が切れてしまう所にも、もう1本あり、こちらの木は、とても見事に花を付けています。

紫陽花がそろそろ終わりを告げ、梅雨が明ければいよいよ夏本番です。
小鳥の鳴き声も花々もちょっと一休み?
いやいや彼らは養分を蓄え実を太らせるのために一生懸命になっている時期。
実りの秋を迎える準備に大童、太陽の光を存分に浴びるために、大手(葉)を広げているのでしょうね。
邪魔な草たちも一生懸命、次世代へバトンタッチするために。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

(21.7.19)雨の6月

今日もまた雨になった。梅雨だからしようがないと思えばいいのかも知れないが天気と雨の日替わりでは、落ち着かない。
気象庁でも、この時期の予報はなかなか難しいのだそうだ。


御宿かわせみ」(平岩弓枝著)は、幾つかの短編で構成されている。
短編のそれぞれが、落語で言えば「オチ」であり、小話でいえば「まとめ」にあたると言ったらいいのだろうか、季節感溢れる文章で最後がきれいにつづられている。
第1巻の中の小編「卯の花匂う」の最後は以下のような文章でまとめられている。

昨日1日晴れただけで、今日はまた曇ような霧雨が降ってる。
ツバメの雛が顔を出していますよ」るいが言った。
灰色の巣から黄色いくちばしが3つのぞいていた。雨の中を親ツバメが餌を運ぶのにいそがしい。
雨が、少し、強くなった。

江戸はやがて夏になる。

ジューンブライト(6月の花嫁)
6月が婚姻の守護神(ジュノー)にちなんでいることから、6月に結婚する花嫁は幸福になれるという言い伝えがある。そして何よりも、日本と違ってヨーロッパではこの時期、天気がとてもいいので、結婚するカップルも多い。

バラの季節は5月ですが、梅雨のない北海道では、バラの花は、爽やかな6月の風に揺れています。

ところ変われば、品変わるでしょうか。

いよいよ6月も今日でおしまい。
夏の到来ですが、やはり夏は酷暑が続かないと、実りの秋は巡ってきません。
気が早いですが、四季の道を毎日歩き続け、たっぷりと日焼けして、元気に秋を迎えたいと思っております。
何しろ、食い気だけが取り柄の私にとっては、秋の実りがもう待ち遠しいのですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.18) 現在版 三種の神器

ちょっと考えさせられる一文が目につきました。

6/22付、日経新聞「明日への課題」東京銀行頭取柏原 康夫氏寄稿

40年前、TVの深夜放映はなかった。
30年前、深夜営業のコンビニもなかった。
20年前、携帯電話もなかった。


これらがなかった時代に生まれた人にとっては「無いこと」は何の不思議もなかったし、不便とも思わなかった。
ところが、生まれた時からそれがあった人たちには、深夜テレビが見られない生活、コンビニ、パソコン、携帯のない暮らしなど、とても不便で考えられない。
人間は当たり前という感覚に麻痺してしまう。文明の進歩、科学技術の発展がさらに便利に、さらに豊かにと急き立てる。
もしかすると、20年後には、新幹線も24時間運行しているかも知れない、銀行も24時間営業になっているかも。
その時20年後の人たちは、今を振り返り
えっ新幹線も夜間は運行していなかったの?」
銀行も夕方には店を閉めていたの?」
そんな不便な生活は、我慢できない」などと言っているかも・・・
今、ちょっぴり立ち止まり、便利さや手軽さを少し我慢する生活を考え直して見ることも必要ではないだろうか。

なんだか、考えさせられる文章です。
便利さを追求していくと、かえって不便な一面が現われてきて、そればかりか逆にその便利さから派生する不幸な出来事に突き当たってしまいそうな気がします。

我が家では、上記三種の神器(深夜放映・コンビニ・携帯電話)は、今のところ縁がありません。今のところ、日常生活には殆ど不便を感じておりません。
そんなことを自慢にしているから「時代に遅れている」とか「化石人間」などと小バカにされるのかも知れません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.17) 猛暑日には「そうめん」

今日は、全国の各地で30度を超す暑さになったようです。

こんな時の、昼食は何がおいしいでしょうか?
我が家では、そうめん。早速私が腕をふるいました。

先ずはその準備から
①そばつゆ、
小さなお鍋に水と粉末の出汁素を入れ、沸騰したら、醤油を入れ、さらに沸騰し
たら、火から下ろし、冷たい水で冷やしておく、味は少し濃いめがいい。
②薬味
②ー1我が家では、玉葱をみじん切りにする。(新玉葱はとても甘い)
②ー2胡瓜を薄く切り、これをさらに、細切りする。
②ー3卵焼きは、塩を入れてかき混ぜ、フライパンに薄く落とす。焼き上がった
卵焼きを5mmほどに切っておく。
③練りワサビ
④最後にそうめんを茹でる。沸騰して湯こぼれをさせないように火の勢いを調節

するのがコツ、ゆであがったら、冷水又は氷水で良く洗い、ザルに一口ほどの固
まりにして移し、水を切る。

以上でそうめんの準備は終了です。

あとは、①そばつゆに、③をとき、薬味(②ー1から②ー3)を入れ、氷を浮か
べ、一口ごとの④をどうぞ。

全部で30分そこそこで出来上がります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.16) 食事を家族一緒に食べる楽しさ

 私は父を2歳で失っているので、確たる証拠があるわけではないが、多分、父を中心として母、6人の子供たちの家族全員が一緒に朝食や、夕食を食べていたものと思っている。威厳のある、うるさいオヤジだったようだが、その時代には、それが普通だったようである。
それは、父が他界してからも、母を中心に、一家が揃って食事を摂っていた記憶があるからである。

 寝る部屋も食事を摂る部屋もこたつ部屋もすべて共用だったから、子供の部屋などあるわけがない。机も兄弟で共有し、座机に附いている引き出し一つが、やっと自分専用という状況であったから、家で予習や復習をするなどと言うことはまず出来なかったと思う。
それだけに、授業は真面目に聞いていたのだろうと思う。

 ところが現代は「個人尊重」と言うことで、子供一人一人に個室が与えられるようになり、TVはもちろんのことゲーム機やパソコンなどで部屋はあふれている。
若者のライフスタイルもすっかり様変わりし、休日は「一人で過ごす」内ごもりの若者が一番多いといわれている。

 なるほど、一人の時間がいいものだと思うときもあるが、楽しかったなあとで思うのは、家族が揃って食事をしていたり、みんなでわいわい喋っていたり、した時だ。

 一緒にものを食べながら、話し合うと言う行動をするのは、人間特有のことで、他の動物には無い。現代の子供たちはメールや電話で楽しさを共有するという。
そのこと自体を理解出来ないことはないが、人間同士の肌の触れあいがないのは
いかにも寂しい。
「共に食する」という楽しさが無いように思える。

休日は、パソコンやゲーム機に向き合いこもりがちだという若者が多いようだ。
それでは気も晴れずに、時には大声を張り上げたくなる感情が心の奥底に蓄積されてしまうと思うが、どうだろう。

 6/24毎日、夕刊に「あの時代への共感」と題して近藤勝重氏が一文を寄せている。
一部分を抜粋すると倉本 聰作の「風のガーデン」の中で、主人公は末期癌で郷里に帰ってベットに伏せている。
そばで見守る父親に
中学校の頃、僕がだだをこねて、、、この部屋にテレビを入れてくれーって。」話しかけ、独りでドリフターズの全員集合を見た時の胸中をこう、吐露するのである。
誰も一緒に笑ってくれない。笑ってくれる者が一緒にいない、情けない話ですが、泣いたんです僕そのとき。
みんなのいる部屋にすっ飛んでって、テレビは要らないって、言おうかと思った
。」

感動を共にすることも他の動物には無いことだろう。しかし、その共通性をも失いかけている社会状況を、倉本氏はテレビの主人公に「遺言」のごとく語らせたわけだ。

私が育った時代は、貧しかった。
テレビなどなく、我が家にはラジオが1台あったきりだった。
夕方の5時から始まった子供向けのラジオ放送「俺らあ、三太だ」だとか「鐘の鳴る丘」などを耳を済ませて聞いていた。
毎水曜日の夜8時には、女風呂が空っぽになったというほどのに、世の女性の心を掴んた「君の名は」などの放送があった時代だ。

 今は物が溢れている、が、人々の心は豊かさに溢れているだろうか。?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.14) 夏至の日について

 6/21は夏至です。1年の内で昼間の時間が最も長い日とされています。
気象庁の調査によると、主な都市の日の出、日の入り時間は下記の通りとなっており、この結果、それぞれの地の日中の時間は表の通りになります。

根室、 日の出時間03:37  日の入時間19:02日中の時間15時間24分
札幌  日の出  03:55  日の入  19:18     15時間22分
仙台  日の出  04:13  日の入  19:03     14時間50分
千葉  日の出  04:24  日の入  18:58     14時間34分
東京  日の出  04:25  日の入  19:00     14時間35分
名古屋 日の出  04:38  日の入  19:10     14時間32分
大阪  日の出  05:45  日の入  19:14     14時間29分
福岡  日の出  05:09  日の入  19:32     14時間50分
那覇  日の出  05:37  日の入  19:25     13時間47分


 夏至の日が昼間の時間が最も長いことには、違いないのですが、日の出時間が最も早く、日の入り時間が最も遅いと言うことではないところに面白さというか不思議さがあります。

この後千葉では

6/25、日の出時間4.25、日の入り時間18.59 日中の時間14時間34分
6/30、日の出時間4.27、日の入り時間18.59 日中の時間14時間32分

と変化し、日中の時間が短くなっていきます。

今年の夏至は、父の日と重なってしまいました。生憎の天気になってしまいましたが、天体の動きを父子で話し合うまたとない機会です。
また、今年の7月22日には、奄美諸島で皆既日食が観られるそうです。
東京では、9時55分から欠け始め、最大になるのが11時12分、そして終わるのは12時30分です。
もちろん、千葉でも部分日食は観測出来ます。(夏休みに入っていますので絶好の機会です。
ただ、天気だけはどうしようもありませんが、父子で楽しい語らいのチャンスが弾むものとおもいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.8)Yシャツの裾は、ズボンの中に。メタボが原因?

 最近はあまり異様に感じることがなくなってしまったが、Yシャツの裾をズボンの中にしまわずに、外に出しっぱなしの人が増えてきた。
高校生などに、こうした傾向が多いようだが、私に言わせれば、しまらずいかにもだらしがないとしか、思えない。

 最近はYシャツに限らず、Tシャツやブラウスなどの裾をズボンの中にしまわずに、外に出して居る人の方が多いようだが、こうした傾向は流行なのだろうか?

 私が若い頃は、そんなことは決してなかった。
Yシャツに限らず、シャツ類の裾はズボンの中にしまう、と言うのが常識だった。
では、外に出すようになったのは、いつ頃からだろうか。

 私の邪推では、食糧事情が豊かになり、男は毎晩晩酌をするようになり、栄養価の高い食事を腹一杯とれるようになってきた頃、そして「女性がお酒を飲んだらいけないなんて、男女同権の時代に、ふざけるな」と言ったかどうかは別として女性も酒場でお酒を召し上がるようになった時代からだろうと、思う。

 運動もしないで、栄養価の高いお酒を飲めば、当然の結果として、お腹が出てくるのは必定、この辺りの時代ではないかと思っている。
シャツをズボンの外に出せば、肥満をある程度隠すことが出来ると思う心理からではないか。

 近年は「メタボリックシンドローム」などという病気に罹っている人が多くなっている。専門書によれば、
メタボリックシンドローム」とは、内臓脂肪の蓄積により、さまざまな病気を引き起こされた状態をいうのだそうだ。

 中でも代表的なものに、下腹部・腰まわり・太もも・お尻の周りに皮下脂肪が蓄積したタイプを「皮下脂肪型肥満」とよび、内臓の周りに脂肪が蓄積するタイプを「内臓脂肪型肥満」と呼ぶ。そして、内臓脂肪の蓄積により様々な病気が引き起こされた状態を通称「メタボ」と呼ぶ。

オヘソの周りの径が男性では85cm以上、女性では90cm以上であれば「内蔵脂肪型肥満」(肥満症)と認定されているそうだ。

酒は百薬の長」と言われる程度に飲むのは結構、でもメタボになっては「百薬の長」どころか「百病あるいは万病のもと」になりかねない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.1) エクボがあばたに見えてくる頃

 恋人同士の間はお互いに遠慮があったり、何とかものにしようと言う魂胆から、相手の欠点はなかなか見つからないものである。(恋は盲目?)
万一それが見つかったとしても、許容範囲内であれば「えくぼ」に見えてくるから、不思議である。

 ところが、いざ結婚し、生活を共にしてみると、いつの間にか「エクボがあばた」に見えてくるから不思議だ。

 子供が生まれ、「子はかすがい」となる。こうなると、おいそれと離婚も出来ない。やれやれ、子育てが何とか一段落したと思う頃になると、どうも気になることが出てくる。
これまでとは反対に、「エクボがあばた」に見えてくるのだ。
が、それも何とか許容範囲の間は、波風が立ったとしても何とか乗り越えることが出来る。少なくとも、家を出てから、帰宅するまでの間はその「エクボ」とは付き合わないでも済むからである。

 ところが、いざ夫が定年になり、四六時中この「エクボ」と付き合うようになるとこれが諍いの原因になり、夫婦の間も穏やかでなくなってくる。
食事も趣味も好みがお互いに異なるからである。

夫婦共通の趣味がないとなると、夫は終日、TVにかじりつき、部屋の中をごろごろして過ごし、3度の食事と晩酌を欠かさない。
一方、妻の方は、近所の女友達と映画や食事に行きたくても、夫がそれを許さないのでイライラがつのり、小言の一つも言いたくなる。

これまで、毎日毎日買い物をし、食事を作り、掃除洗濯をしてきたのだから、たまには何か手伝ってくれても、バチが当たらないでしょう!」
こうなると夫も、黙ってはいない。「何にぉー」売り言葉に買い言葉、夫婦間の険悪度はエスカレートしていく。

 こうした毎日を過ごしていると、ある日、妻のから「三行半」突きつけられることになる。
だが、時既に遅し、夫たるもの、これまでの権威はがた落ちになり、「何とか離婚だけは思いとどまって欲しい」と妻の軍門に降るのがオチである。
何しろ、食事の支度から、寝床の上げ下げまで、すべて妻に頼り切ってきたのだから、どうしようもない。「妻は強し」である。

 このような結末にならぬよう、夫たるもの、日頃から身の回りのことは、努めて自分でするよう心がけるべきである。(老爺心)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.6.24) 物造りの精神(2)

 私の書いた拙文(6/04)「物造りの精神
と題して、GMが倒産に至った一因についてふれた。

アメリカ的な手法(金の力による買収や合併など)でなく物造りの基本に立ち返って、出直すことではないだろうか。
慣れないことに手を出し失敗する様を「武士の商法」と揶揄するが、GMも今こそ本業のモノ造りに精を出すこと、それこそが再建の近道ではないだろうか。」

と。

今 日(6/16)の毎日新聞の読者の投書欄(みんなの広場)にこんな投書が掲載されていた。投書者は、日本の大手輸入車販売会社でGM製品を30数年間もセールスマンをしてきた人です。

当時はアメリカ車ブームで、品質は今ひとつで故障も多かった。お客さんもおおらかでさほど苦情もありませんでした。しかし、長続きしませんでした。
お客さんの目が厳しくなり売れなくなったのです。日本車やドイツ車が高品質で故障が少なかったからです。
この度のGMの経営破綻の原因は、アメリカの金融危機によって引き起こされたとされていますが、少し違うように思います。私が思うには、車の品質が悪いからです。明日から、どうか品質の高い車を作ってください。
日本のお客さんから「GMの車はいいなあ」と思われれば、きっと売れます。」

と言う内容でした。

自動車メーカーに限らず物造りを本業とする会社が、金融取引や買収業務などに手を染め、一時期は大もうけをしたとしても、決して長続きするものではないという、見本のような出来事ではないでしょうか。
餅は餅屋
メーカーと言われる会社は、やはり物造りに、本業に命を掛けることが基本だと改めて思った次第です。

| | コメント (0)

(21.6.17)黒点が見あたらない!(すわ!今年は冷夏か?)

09/4/9・日経・夕刊にこんな記事が掲載されていた。

太陽活動のめやすとされる「黒点」が今年は全く見えない日が非常に多く、活動が約100年ぶりの低水準になることが米航空宇宙局(NASA)の観測で分かった。

太陽の活動は、約11年周期で変化しており、現在は極小期にあるが歴史的な低調さが次の極大期の時期や規模・地球の気象にどう影響するかが、注目されている。

  NASAによると今年黒点の見えない日は、4/7まででは97日中85日あり、88%となり1913年の85%を上回っている。昨年は73%だった。
衛星観測では、前回の極小期の1990年中半に比べ、太陽の可視光線放射は0.02%減少し、紫外線は6%減少、電波の強さと太陽から吹き出す電離した粒子「太陽風」の圧力はともに約50年間で最低の水準だ。

17世紀後半から18世紀初めにかけては「マウンダー極小期」と呼ばれる黒点が殆ど観測されない時期が長く続いた。
欧州などの寒冷化を招いたとの見方もあるが科学的な因果関係と見るのは不明。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年に公表した第4次報告書では、太陽活動も検討対象に加えられたが、どの程度の影響があるかの研究はまだ進んでいない。

衛星「ひので」で太陽観測をし続ける国立天文台の常田佐久教授は「過去2回の極小期と比べ太陽エネルギー全放射量が少ない。
戦後近代的な観測が始まって以来起きたこがない事態になっている
」と指摘している

私がごとき薄浅学な者が、あれこれ言うのははばかれるところだが、黒点の活動が活発になると(黒点が多く観測される)、通常太陽から発せられるエネルギーと比べ、格段に大きくなり、地球に届く熱線も増加し、猛暑になるというように聞いていた。さらに電離層が部分的に破壊されて「磁気嵐」という電波が届きにくくなるという現象も発生すると聞いていた。

今年の観測では黒点が少ないと言うことだ。さするに「冷夏」になる可能性が高いと言わねばならない。
このところの気候は、いつもの6月に比べ、気温が低いように感じるのだがそれも黒点の活動に関係があるのだろうか?

| | コメント (0)

(21.6.15) 視力の低下について

 5年ぶりに自動車免許証の更新手続きに行ってきた。
視力の著しい低下に、愕然とした。

 5年前にも、確かに視力が落ちてきたな、と感じた覚えがあったが、あれから5年の年月が経過して、検査を受けてみると、改めてその事実に驚かされた。
基準とされる0.6が見えないのだ。もちろん裸眼視力ではなく老眼鏡を使用してもだ。別室での精密検査を経て、辛うじてパスでき、ホッとしている。

 最近急に、TVを見ていても、字幕が良く読めなかったりすることがあったし、大きな字体に代えたという新聞の字も読みずらくなってきていたし、その上PCの画面も見づらくなって来ていた。

 20歳代の若い頃は視力表最下段の1.5が楽々と見え、自信満々だった。
検診の際、「何であんな大きな字が見えないのだろう?」などと思ったこともあったが、今、やっと当時視力が悪かった人たちの気持ちがわかった。

 先日、池袋駅で自動販売機で切符を購入しようとして迷ってしまった。
鎌取駅の自動販売機では、私鉄や地下鉄とJRを継続して購入するようにはなっていないが、池袋駅では、いくつもの鉄道路線が入り乱れているので、その路線別を指示してから購入する方式になっていたのだ。
ところが、(視力が落ちているために)その文字が読めず、慌ててしまった。
まるで、おのぼりさんである。

 さらに、登り階段である。
以前は、駅の階段など、苦もなく一気に登り切ったものであるが、最近はエスカレ-ターを目指す。登り階段は、登り着くだけで息が上がってしまうのだ。

 若いとは決して思っていないが、それほどの年寄りだとも思っていなかった、が、老化とは本当に恐ろしいものだとつくづく思った。

| | コメント (0)

(21.6.5) 物造りの精神

 毎日新聞の「余録」に倒産したGMの歴史をこのように紹介しています。

 馬車製造会社を経営するW・デュラントが破産寸前の自動車メーカーのビュイックを買収したのは1904年だ。
同社の売り上げは年間28台、当時の米国にはガソリン・蒸気。電気などの零細自動車メーカーが乱立していた。4年後彼は「ゼネラル・モーター(GM)を設立し買収と合併による事業拡張に乗り出す。

 自動車産業草創期のライバルH・フォードがモノ造りの技術者から身を起こしたのと対照的に、デュラントは銀行の資金と株を駆使して多くのメーカーを傘下におさめるのに成功した。キャデラック・ボンティアック・シボレーなどGMブランドは、企業買収による膨張の痕跡でもある。・・・・・
後にデュラントはGMを追い出され、大恐慌下の自の事業の失敗により、無一文の晩年を送った。

 100年に一度あるかどうかという、経済危機に直面して、2年前には自動車生産台数の世界一を誇っていたGMが、2日には米連邦破産法11条を申請し、もろくも(事実上)破産した。
今後は新生GMとして、国有化による経営再建のプロセスに入る。

 GM社の歴史は、上記のようにコツコツと自動車生産に精を尽くしてきた日本のトヨタやホンダとは全く異なる生い立ちから、今日の巨大企業にのし上がってきた。それだけに今後の再建計画は容易ではないことは、想像に難くない。

 アメリカ的な手法(金の力による買収や合併など)でなく物造りの基本に立ち返って、出直すことが絶対では無かろうか。
慣れないことに手を出し失敗する様を「武士の商法」と揶揄するが、GMも今こそ本業のモノ造りに精を出すこと、それが再建の近道ではないだろうか。

| | コメント (0)

(21.6.1)ハートの温かさと手の温もりとは、反比例する?

今朝散歩の際に、ジョギング中のK子さんと出会った。

 K子さんの1週間は、3日間は四季の道のゴミを掃除し、2日間は独りで、残りの2日間は自転車のご主人とジョギングで身体を鍛えているスポーツウーマンでもあるし、篤志家でもある。
私とは、ほぼ毎日顔を合わせるが、その都度「ハイタッチ」をしている。

 今朝の出来事だが、いつものように「ハイタッチ」をしたところ、今朝はどうしたことか、私の手の方が暖かく、K子さんのほうが冷たかったのだ。

 普段はこんなことはなく、いつもK子さんの手は燃えるように温かく、それに比べ私の手は、いつも氷ように冷たいのだった。
そこで私は「手は冷たいかも知れないが、ハートは燃えているのですよ」と負け惜しみを言っていたのだった。

 ところが四季の道を半周してまたK子さんに出会って「ハイタッチ」をすると、どうだろう、今度はK子さんの手は燃えるように熱い手になっていましたが、私の手は反対に冷たくなっていたのです。

エッ」こんなこと、あるの?
二人とも驚いてしまった。

 K子さんの手が温かくなったのは、ジョギングで全身にエネルギーが満ちわたったからであるが、私の方は、どう説明すればいいのだろうか?
思い当たるとすれば「ガス欠?」
私の昨日の夕食は17時だった。その後22時には床に就き、今朝5時に起床し、散歩に出たのだが、既にエネルギーが燃えついていたとしか考えられない。

ハートの温かさと手の温もりは、反比例する」などと強がりを言っていたが、やはり、私の体内にはエネルギーが不足していたのでしょうね。
K子さん、ごめんなさい。ハートの暖かさと手の暖かさは比例するんですね

| | コメント (0)

(21.5.28) 大記録の裏には内助の功

日本のプロ野球も、セ・パの交流戦が始まり、いよいよ佳境に入っている。
海の向こう(米大リーグ)でも、首位争いは息が抜けない厳しい戦いが続いている。
ところが、今年の米大リーグでの、日本人選手の活躍は、今ひとつ盛り上がりに欠けているような気がしてならない。
これまで日本人選手が海を渡り、体格・体力では数段劣っているにもかかわらず、それをものともせず、米大リーグで期待に胸を躍らす活躍をしてきた。

しかし、ここに来てケガや負傷で「故障車リスト」に入る選手が続出している。
イチロー(マリナーズ)胃潰瘍、城島(マ)左足親指骨折、岩村(レイズ)
左膝負傷、黒田(ドジャース)左脇腹痛、松坂(レッドソックス)右肩疲労、上原(オリオールズ)左足腿の裏側痛などである。

無事 これ 名馬」とはよく言ったもので、特に外国でプレーをするには、身体の手入れは何よりも大切にしなければならない。

今年のイチローは、ワールド・ベースボール・クラシックに出場した際の心的疲労のために胃潰瘍になり、開幕から8試合欠場するという、アクシデントの見舞われた。しかし、今日では、その欠場分を取り返すような活躍をしているのはさすがである。

イチローは、守備に就いていても絶えず屈伸運動や柔軟体操をして身体を鍛えている。
打席に立つ機会が最も多い1番打者のイチローは、デッドボールも巧みに避け大事に至らないような技術も身につけている。
こうした一つ一つ積み重ねが、体調維持に大きく貢献しているのだろう。

もう一つは、聞くところによれば、食事にも人一倍気をつけているという。
弓恵夫人はイチロー用に特別の食事を用意して、協力をしているとか。

犯罪の陰に女あり」でなく「大記録の裏には内助の功あり」か、
イチローに記録の陰には「夫唱婦随」協力の賜と言っても間違いない。

| | コメント (0)

(21.5.22) 四季の道は花盛り

 5月のはじめ、ツツジの一番花が咲き終わった。と思ったら今は二番花の季節なのだろうか、四季の道はピンクのツツジが至る所に咲き誇っている。
ツツジだけではない、他にもいろいろな花々が咲き誇っている。
春夏秋冬の道の順に沿って、私が気づいた花々を紹介してみよう。

 有吉中学校を過ぎ、隧道を通り抜けると、視界がぱぁっと開ける。
消防署と図書館にかかる坂の手前の両側に広がるピンクのジュータン。

 夏に道に入ってすぐ、区役所の東側の駐車場脇のギザギザになっている石垣に咲くツツジは、まるでキャンバスに描いた絵のよう。   
夏のみち橋の上に立ち、南側真下には、道路の中央分離帯に、ピンクの帯が走っている。 

 小谷小学校の校門を入ったのすぐ右手には、芍薬が今を盛りと競っている。
夏の道の終点近く、ナス・オユミノの横には、栃の木が白い綿菓子状の花をつけている。

 秋の道沿いのモミジは、緑の葉の間に赤い実が見え隠れしている。紅葉のタネだ。
小さな竹とんぼ状になっているから、風で遠くに運ばれて行くことだろう。

 秋の道の終点、ロータリーを右に曲がると冬の道に入るが、チョット寄り道をして、逆の左に曲がってみよう。
道の中央は芝の植え込みになっており、左右の道は舗装されている。
この芝の道の両側にある高い木が「百合の木」又はチューリップ・ツリー、又は半天木(ハンテンボク)だ。今が盛りと頭上高い枝先に、黄色い花を付けている。
この花については、余計な説明はせずに、先ずはご覧になって欲しい。

 金沢小学校を過ぎ、冬の道橋の下を走る道路の両側の歩道、ここもツツジが満開だ。
橋を渡り下り坂の途中、2本の泰山木がある。今はまだ蕾だが、咲くとゆうにどんぶりほどの大きな白い花を咲かせる。

おゆみの駅橋を渡る切った正面には「バラの館」と表現したくなるほどに屋敷一杯にバラで包まれた家が見えてくる。

 皆さん、とても花々を可愛がっている様子が、一見しただけでもよくわかる。
子育ても同じで、どれだけ愛情を子育てに注いできたかが、その子の将来を決めることになりそうな気がした。

| | コメント (2)

(21.5.19) 聞きたい音の世界

 毎日新聞の記者が発信箱に「雨音に耳を澄ます」という一文を寄せていた。

幼児期に失明したエッセイストの三宮さんの指摘が鋭い。
例えばお茶を入れる場面で、湯の代わりに冷水でごまかしているかどうかが、その音でわかるという。」

専門家によれば温度が3℃違うと、湯の音が変わるらしい。

 音を立てない町並みは、三宮さんにとって普段は「無」に等しいが、ひとたび雨の日は一変する。
「トタン屋根、門柱、路面などに当たる雨粒で異なる音を紡ぎ、町の輪郭を浮かび上がらせる。特に梅雨時のまっすぐな雨が最も雄弁」という。
これから、梅雨の季節に入りますが、雨の音にも心くばりをしてみたいですね。

私たちは車や工場などの人工音に包囲されている。
無機的な音の暴力から心身を守ろうと、身構え、耳をふさぎ、音に関心を向かな
いように努めている。・・・・・・

 テレビを点灯ければ、番組という番組には、絶え間なくBGMが流れている。
話し手の声をさえぎるBGMはやめてもらいたいものだ。
また、最近の歌謡ショウでは、歌手の声量が衰えているのか、バックの音楽演奏の音が大きいのか、歌詞がよく聞き取れないのは、どうしたことだろうか。
オペラ歌手は別として、マイクを口に付けて歌っているのにもかかわらずである。
ドラマでは、話し声を妨げるBGM、あれはなんと心得ているのだろうか。

 最近ではBGMの無いのはニュースだけ?
安心して耳を傾けることの出来るラジオ・TV番組がめっきり少なくなった。
年齢と共に聴力が劣ってくると言われるが、原因はそればかりではない。
暴力的なBGMを流す、番組制作者に猛省を促したいと思っているのだが、どうしたらいいだろうか?

| | コメント (0)

(21.5.17) 一日一粒、心のサプリ「女王様にノーを」

毎日新聞「日曜版」に、柏原純子心療内科医が、エッセイを寄せている。

今週(5/17)のそれは「女王様に『ノー』を」と言うものである。
要約すると
最近気になるのは、人にしてあげるよりも、人にしてもらうことばかり求める人。このような人を『女王様症候群』とでも言おうか。
子供のころから「
してもらう環境」に育つとそうなる率が高まるのだろうか。

こんな女王様症候群のような人が周囲にいたら、上手に『
ノー』ということを念頭におくことが不可欠。相手が怒ったり機嫌を悪くしても、自分が傷つかないことも大切だ
」と述べている。

 標記の話題とは幾分異なるが、若い頃友人達と「友情と恋愛はどう違うか」という議論をたたかわせた記憶がある。
曰く
友情には、自己犠牲はなく50%対50%だ。恋愛には常に自己犠牲が伴うもので、時には100%対0であったり、70%対30%であったりで、50%対50%とは限らない

他人への自己犠牲なしには恋愛は成立しない。」

また、一方的な自己犠牲は、恋愛とは言えない、相互の自己犠牲があってこそ恋愛だ。」
などといっぱしの、大人びた議論をしていたことを思い出した。

 確かに、恋を成就させたカップルを見ると、好意を持った彼女への犠牲的な行動から恋愛に発展させたようだった、と他人の恋愛から思い当たる。
最近の若者の恋愛観を見ていると、相手に求めること(つまりは、女王様症候群)はあっても、自らが奉仕すると言うようなことが少ないのではないかと思えてならない。
もちろん、恋人同士であってもときには「ノー」を突きつけることで、互いを見直す機会になったり、より高めることにつながったりすることもあるだろう。

 恋愛関係にあっても、二人の関係がいつも、相手にしてあげるよりも、してもら
うことばかりの『女王様症候群』ではいつか飽きられてしまうのではないだろう
かと、老爺心ながら、カップルの行く末を見ている。

| | コメント (2)

(21.5.14)百合の木(チューリップ・ツリーまたはハンテンボク(半天木)

21513_011

 冬の道を歩いていたら、こんなきれいな花が、頭上高い場所に咲いていました。

 大きな葉に隠れて、今日まで全く気づきませんでした。
春から夏に向かうこの時期、この花は何だろう?
最低でも地上3、4mはあろうかと思う場所でないと、咲いていないので、チョット手が届かない。そこに運良く、傘を持った小学生が通りかかったので、その傘を借用し、ジャンプ一番、見事に花をゲット。

 さて、この花は何というのだろう?
木の葉は柏餅を包んでいる柏の葉だろう? イヤそれにしては、葉が薄いし裏側がすべすし過ぎる。

 きっと、カナダ国旗の中心の葉だろう。イヤ葉の先がV字形に食い込んでいる。

 などと疑問を投げかけて見ましたが、結局図書館に出向き「植物百科事典」で調たところ、以下のことがわかりました。

 樹高は20m~35mくらいまで成長し、直立する幹から枝を張り円錐形の樹形になる。
葉は浅く4~6裂し、ハンテンに似た、特異な形である。
1年枝の先端に直径5~6cmのコップ状(チューリップの花のような)の花を咲かせる。
ガクは3枚、花弁は6枚あり緑黄色で下部は燈色をおびている。
果実は細長い翼果で球果状に集まっており、枝先に冬も残る。
秋に果実は熟す。
秋になると葉はきれいな黄色になって散る。
道路や公園に多く植樹される。
種子から育てるが、湿らせて低温処理しないと発芽しにくい。

 葉の縁に大きな切り込みがあり、このような葉の形から着物のハンテン(半天)をイメージさせることから日本では「ハンテンボク」という別名がついている。
花の形からは「チューリップ・ツリー」とも呼ばれている。

 「百合の木」とはどういうイメージから出てきたものか、軽薄なノウミソからは何も浮かんで来ませんでした。
どなたか、そのいわれをご存知の方、教えてください。

 それにしても、私はこの地に住んで20年、このような花に全く気づかずに来たことにあきれています。

追記
私は、デジカメを持っておりませんので、親しくお付き合いをさせているYさんに、百合の木を撮影していただきました。感謝 感謝です

| | コメント (0)

(21.5.12) ピンクのバット

 今日(5/10)は母の日、日頃出来ない母へ感謝の気持ちを込めて、カーネーションを贈り、母への感謝を表す日である。
小学生の頃は「肩たたき券」だとか「お手伝い券」などを母に贈ったものだ。

 1日遅れのアメリカ・大リーグ中継では、全選手監督・コーチそしてアンパイヤーが揃ってピンクのリストバンドを着けて試合に臨むだけでなく、打席に立つ打者すべてがピンクのバットで打席に立っている。
母の日」を記念しての行事だそうだ。
大リーグは、なかなか粋な計らいをするものだと感心して、TV観戦をした

 去る4月15日には1947年に米大リーグ初めての黒人選手「ジャッキー・ロビンソン選手」がデビューして「人種の壁」乗り越えた日だったので、これを称えて全選手・コーチ・監督がジョンソンの背番号「42」をつけて試合に臨んだ。
敵味方の選手すべてが42の背番号なのだから、面白い。

 昨年までは42のユニホームを着用するか否かは本人の自由意志に任せていたが、今年は初めて大リーグ機構の勧告で、統一することになった。
これは、多分に初の黒人大統領が誕生したオバマに敬意を表しての取り組みではないかと思う。

 なかなかアジなことをするが、アメリカ人は得てしてこうした偉大な人物称え、国民すべてが挙げて祝い、後生に伝えることを楽しんでいるようだ。

 そればかりか米大リーグでは「42」を30の全球団が欠番にするなどして、市民との共感を盛り上げるような取り組みを絶えず希求している。
また、野球だけを見て楽しむだけでなく、球場内に各種のレクレーション施設も完備していると言うことも聞いている。
底辺を広めるため、オフシーズンも選手は、市民サービスには欠かさず出て、ファンの期待に応えることが義務化されているようだ。

その点、日本のプロ野球はファンサービスに遅れているように思える。

 

| | コメント (0)

(21.5.10) 生垣の剪定

 雨が汚れた空気を履き流してくれたようで、今朝の散歩は爽やかだ。

 そして、毎土曜日の朝5時30分頃から始まる千住真理子の「クラシックでお茶をtea for classc」はとても楽しい。
千住のお話と名曲の紹介は、わずか10分ほどのものだが、朝の爽やかさをさらに増幅してくれる番組だ。
先週は、千住自身が奏でるヴァイオリンの名曲チゴイネルワイゼンとタイスの瞑想曲だったが、今回はピアノ曲で、リストの「愛の夢」などだった。
朝の澄み切った中で聞く調べはとても心地がいい。

 爽やかな気分で散歩を終えるまでは良かったのだが、その後待っていたのは、生け垣の剪定だった。

 実は、明日の日曜日に、我が団地では一斉消毒をすることになっていたのである。
例年私は、その前日までに生け垣の剪定を実施してきた。今回も、今日までにはその作業を終えておかねばならなかったのだが、生憎とここ数日間は雨続きで作業に取りかかれなかった。従って、今日中には是が非でも終了せねばならないのだ。

 狭い我が家でも、生け垣の剪定は、これが意外と労力と時間がかかるのである。
にわか植木職人がやることだから、生け垣が虎刈りになるのはやむを得ない。
老骨に鞭打ちやっと夕方には何とかすべての作業を終えることが出来た。

 下手は下手なりに達成感を味わい、ホッとしている。そして久し振りの肉体労働で空腹になったあとの(献立はさておき)夕食はことのほか
美味かった。
    
 ああ、疲れた、今夜はよく眠れるぞ。

| | コメント (3)

(21.5.8) ジジババのぼやき

孫は来て良し、帰って良し」などと言い、孫に会える日を指折り数えて待つ祖父母の気持ちを詠った言葉である。

少ない年金からお小遣いを用意し、好物のおはぎや饅頭などとともに、地元産の食物を作って今か今かと首を長くして待っている。
ところが、孫の方は祖父母気持ちなど全く意に解せず、だんだんと祖父母に会うことを敬遠し始めてくる。

ジジ・ババの作った地元産の食べ物よりも「ハンバーグ」だとか「ホットドッグ」などといったあちら産の食べ物に好みがうつり、せっかく作った地元産は手も付けない。

それでいてお小遣いだけはそれでも「お爺ちゃん、おばあちゃんありがとう」などと言って受け取り、その場だけは殊勝な態度を示している。
貰ったそのあとで、「額が少ないから、お爺ちゃんはケチだ」などという陰の声が聞こえてきたりする。

これでは、せっかく作った料理を仕方なく口にしても、「美味しかった」などという声は聞こえては来ない。
食べた跡も「飛ぶ鳥跡を濁さず」ということまでは望まないが、せめて「ごちそうさま」くらいは言い、使った食器は片付けておくくらいのことをしてもいい。

一事が万事この様で、可愛かった当時の孫の面影は、何処に消えてしまったのだろうかと、嘆くことになってしまう。

大泉逸郎の「」という歌があるが、ジジババの心情が謡われて、とてもいい曲である。この孫のように、いつまでもジジババを尊敬し大切にして欲しいものだと願っているのだが、最近は子供までがジジババを踏み台にしようと虎視眈々と狙っていたり、早く逝かないかと財産を我がものにせんと企んでいる輩も少なくないという。

こんなことにならないように、税産はすべて使い切って、お迎えを待つのが、今日的な生き様かも知れない。
もっとも、そんな息子や娘に育てたのは「ジジババ、あなたたちですよ」と言われかねないですかね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.5.5) おんぶ紐の思い出

 散歩の途中、おんぶ紐で子供を背負っている年配の婦人に出会ったので、少しお話をしました。今時の子育てには「おんぶ」は滅多に使わないからです。

 孫をおんぶしていたものと思われ、尋ねると今使っているおんぶ紐を探すのにご苦労されたとか、なかなかそれを売っている店がみつからなかったそうです。

 最近のおんぶ紐は、背負うのではなく、前面に子供を抱くようなおんぶ紐が主流だそうです。
子供との対話には便利ですが、主婦業たる仕事は何も出来ないし、外出などで歩く際には前が見えないので、危ないことこの上ないとか。

 確かに子供の身体が邪魔をして足下が見えず大変危険だ。
子供を背負ったままなら、外出にも台所仕事や洗濯、掃除などもできる利点がある。私の親の時代は、そうして私たち兄姉6人もの子供を育ててきた。

 私も、一時期共働きをしていたことがあるのでよくわかる。
その時のことだが、すやすや寝入っていると思っていたので、作業を続けていたら、背中が妙に暖かくなってきたので、おかしいなあと思ったときは時には既に遅し、大量のオシッコて背中をびっしょりにされたことを思い出した。
           
 今日の子育てでは、そんなことはまずないと思うが、これも親と子のつながりを感じる一コマでもあったと今にして思う。

 オシッコやウンチなどで汚れた「おむつ」を洗濯した思い出も懐かしい。
ところが今日では、紙おむつが本流で、布のおむつを使うことはないので、おむつを洗濯するなどと言うことは殆ど無いそうだ。
おむつを洗って、干して、乾かし、畳んで、組み合わしてやっと1組のおむつが出来るのだから手間ひまがかかる。

子 育ても、時代と共に手軽で便利になってきているが、親子の情まで手軽な関係になってしまっては、元も子もない。
我が子に対する「」と称する折檻が起きる背景には、子供に対する愛情不足に起因するのだと思う。

 1組のおむつを作るに手間ひまをかけるのも、おんぶ紐で親子が肌と肌を接することも、親子の愛情を確かめ合うまたとない機会だったと思っているのだが。

| | コメント (0)

(21.5.2) 雨後の旬

 4/25は、終日雨が降り続いた。その恩恵をバッチリ受けたのが筍。
秋の道沿い(保育園の隣)のこんもり茂った林には、2~3mはあろうかと思うほど急成長した筍がにょきにょき生えている。こんなに沢山の筍が芽を出すと、ここの木々が枯れてしまうのではないかと、余計な心配をしている。

 私など、筍をわざわざ大多喜町に買いに行ってきたというのに。
「林の持ち主さん、1本でいいから、筍掘りを楽しませてよ」と言いたくなる。

定額給付金などという、お小遣いを全国民にばらまくんだってね。税収が不足していると言って、国家予算の半分50兆円を国債を発行するって言うのにね。
私と同い年の麻生さんでさえ「定額給付金は受け取り、有効に活用させていただきます」というのですから、私も、いただく手続きをしました。
最近眼鏡の度が合わなくなって、新聞を読むのにさえ苦労するようになってきたので、眼鏡を買うことに決めました。

 先日、市から振り込む旨の通知がありました。これで、給付金とほぼ同額が消えたことになります。
お陰様で、新聞の字が良く見えるようになりました。ありがとうございました。」と麻生さんにお礼を言わねばなりませんね。
でも、麻生さん安心しちゃあいけないよ、これからは新聞・ラジオに、これまで以上に目をひらき、耳をそばだてるために役立てようと思っているのですから。

 ところで麻生さんこの給付金、巷では本当に欲しいと思っている階層の人々には、行き渡らないなどといわれています。麻生さんのように1着がウン十万円もするようなスーツをあつらえるほど余裕のある人にも一様な額を支給するのは考えものではないでしょうか?

 ところで、私のように65歳以上の「老齢者」や18歳以下の人には20,000円が支給されると言うことですね。
最近は「老齢者」とは言わずに、「高齢者」と言うんですってね。
2005年の日本の人口調査によると、人口は1億2千万人余り。
そのうち高齢者は2,556万人で総人口に占める割合は20%、つまり5人に1人が高齢者と言うことになる。

私もその一人に、数えられることになってしまった。
これはえらいことになってしまった。「高齢者は早く逝って下さーい」と手を振られるようになる前に逝かなければならない。

お後がよろしいようですから」などと追い立てられるような「高齢者」にはなりたくないと思っているのですがね。

| | コメント (0)

(21.4.28) 晴天の下の散歩

 25日は終日、雨が止むことなく降り続いた。
26日は一転して、風が一日中、吹きまくった。

 お蔭で、空気がきれいに洗い流され、息をしても爽快な気分になった。
木々の緑も一段と鮮やかに見える。欅、モミジの黄緑の葉が朝日に照らされている。今が一番美しい時ではないだろうか。
幼葉の緑の何ときれいなことか。
                 
 芍薬、もみじ、紅カナメなどの幼芽は赤くひ弱に見えるが、陽の光を浴び、濃い緑に変っていくと、幼さはなくなり、夏の太陽に耐えるみどり濃い、力強い葉になっていく。

 金沢小正門を過ぎ、冬の道橋を渡ったところの散歩道の中央に立つ1本の樫の木。
「♪この木なんの木、気になる木」と歌われている樹?。じゃないかと思うのですが、大地に「どっしり」と根を張っている。常緑樹の代表格の樹、樫の木だ。

 この樫の木は今(冬から春にかけて)が紅葉の季節なのだそうだ。この季節に去年から寒さに耐えてきた葉が落ち、代わりに新しい芽が出て葉を茂らせていくのだそうだ。

 落葉した葉と幼葉を比べると、越冬した葉は、濃緑色で大きく、分厚い。
落葉し、仕事を終えた葉は、茶色に変わっている。いわゆる紅葉だ。回りには落葉した葉が散らかっている。

 一方幼葉は、今はまだ小さく、黄緑色から緑色である。これから夏に向けて、じっくりと鍛える時期になる。
杉や松などの常緑樹は、春は「紅葉の時期」なのだそうだ。
そんなことは全く知らずに、今日まで生きてきた自分が恥ずかしい。

 上を見たり、下を見たり、左を、右を向いたりしながらの私の散歩は、いつも周囲をキョロキョロしながらである。
空を見上げたら、一面真っ青な中を飛行機が1機キラキラ光りながら飛んでいくのが見えた。足下にはツツジが真っ盛り、赤、朱、ピンク、白、紫などなど色とりどり。ツツジが優しく微笑んでいるかのようだ。

 雨上がりの爽やかな風が私の肩を吹き抜けていった

| | コメント (2) | トラックバック (0)

(21.4.25) 茂原の牡丹園

4月23日(木)晴 最高22.8 最低12.6

 今朝は、チョット寒かった。でも日の出と共に暖かさが増してきて、散歩を終えたときには、もうその寒さは感じなかった。

 散歩の途中、花吹雪の舞う中を小さな子供と母親が一緒に、風に飛び交う八重桜の花びらを受け取ろうと一生懸命になっている様を見て、微笑ましく思った。
染井吉野の散り際、そして八重と2回楽しめたかな?

 妻と茂原の「牡丹園」に行ってきた。カーナビにすべてを託して、案内のままに車を走らせたら、迷うことなくバッチリ到着した。
5分ほど離れた場所に無料の駐車場が用意されていたので、助かった。

 1時間余り牡丹や芍薬を見て回った。
係の人に聞いたら牡丹は「初日、中日(なかび)、千秋楽と3回訪れると全部が楽しめる」と相撲になぞらえて話してくれた。芍薬はもう少し後になる。

 なるほど、牡丹にも早咲の早生種、中手種、晩生種とあるので「それぞれで見応えがありますよ」とのこと。
今はどういう時期ですか?」の問いに「そうですねぇ、中日くらいでしょうか」との答えだった。

 赤、白、ピンク、それに花の大小があり、こんな花が我が家にも1輪でいいからあったらなあ、と思った。
牡丹は陽射しを嫌うのか、傘で日よけをしているのや、よしずで遮光しているものなど、美女に勝るとも劣らない程の日焼け対策がなされていた。
人の目を楽しませるには、大変だなあ、と思いながら観賞する。

 牡丹のあいまには「おおでまり(大手鞠)」もあった。字の通り、手鞠状の白い
花を鈴なりにつけていた。
これを見たとたん私は「おはぎ」を連想し、腹の虫が騒ぎ始めたような気になった。

 普通「おはぎ」には、小豆のあんこを餅に塗り付けるが「ずんだ餅」は枝豆をつぶしたあんこを餅に塗りつける。
大手鞠の花は、白を基調にしながらも黄緑のあんこを巻き付けたように見えたからだ。この歳になってもまだまだ「花より団子」が懐かしいのだから、まだ若いなあと思いながら腹の虫に言い聞かせた。

| | コメント (0)

(21.4.20) 米大リーグに関して2題

今日、4月15日は、1947年に米大リーグで初めての黒人選手「ジャッキー・ロビンソン選手」がデビューして「人種の壁」乗り越えた日である。
これを讃えて、昨年までは本人の自由意志だったが、今年は初めて大リーグ機構の勧告で、全選手・コーチ・監督と審判の全員が、故ジョンソンの背番号「42」をつけて試合に臨むことにした。
米大リーグはなかなか、味なことをするものだ。
大リーグではこれまでも「背番号42」を全米の30球団が欠番にしてその功績を讃えてきた。

日本では、球団に大きな功績を残した選手の背番号を欠番にしているチームはあるが、大リーグすべての試合の選手やその関係者全員の背番号をすべて「42」に統一して試合に臨むということは、とても粋な計らいだと思った。

アメリカでは、今年1月、史上初めて黒人のオバマ大統領が誕生した。
こうしたとも考慮して大リーグ機構も、これまでの選手の自由意志から一歩進めて、試合の関係者全員に着用させることを決断したのかも知れない。
いまや全米はもとより、日本でもプロ野球では、黒人選手がいないと成り立たないくらい活躍し、立派な成績を残しているのだから。

さて、
出血性胃潰瘍で15日間の出場停止になっていたマリナーズのイチロー選手が8試合ぶりに球場に戻ってきた。
今日の試合では第2打席目にヒットを打ち、次いで帳本と同じヒット数に並ぶ3,085本目は、何と満塁ホームランで花を添えた。
やはり、イチローが出場すると出場しないとでは、雰囲気もお客の関心度も違う。
まさに野球界の英雄になった感がある。

イチローのすばらしさは「攻・走・守」揃って、球界をリードしていることだ。
彼がこうした活躍ができるのは、彼の誰にもまねの出来ない日頃の鍛錬の賜であるが、先人達が活躍できる場、レールを敷いてくれたからでもある。

投の野茂、野手のイチロー、この二人の活躍は日本人の誇りである。

| | コメント (0)

(21.4.19) 花冷え

 春先には一時的に寒さが戻ることがありますが、これを「寒の戻り」と言います。

 また「花冷え」ということもありますがこれは、桜の咲く頃に一時的に戻る寒さと言われています。
さらに「若葉寒」という言い方もあります。
リラ冷え」は、作家渡辺淳一の造語と言われていますが、北海道では5月下旬から6月初旬に咲くリラ(ライラック)の時期にやってくる寒さ指すと言われています。

 そしてさらに、「梅雨寒」となります。
この梅雨寒が続くと「冷夏」となり、農作物に大きな被害をもたらすことになる。
このように暑い夏を迎えるまでには、何度かの「寒さ」や「冷たさ」を経て季節は移っていくのですね。

 さて、昨日(4/17)と今日(4/18)は、まさに「花冷え」の一日でした。
最低気温は日中に出たのようです。
このところ、暖かい日が続いていたおかげで、身体の方もすっかりこの暖かさに慣れていただけに、この冷え込みは体調を崩しそうです。
我が家では、仕舞いかけていたストーブを登場させ暖をとりました。

 そろそろ暖房機器を仕舞おうかと思っていた矢先の冷え込みで、出鼻を挫かされたような気分です。
でもご安心を、もう明日には暖かさも戻って来るとの、予報が出ております。
期待しましょう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.4.16) 古希

船頭さん」という童謡がある。

作詞 竹内 優子
作曲 川村 光陽


村の渡しの船頭さんは 今年六十のおじいさん
年はとっても お船をこぐときは
元気いっぱい 櫓がしなる
それ ぎっちら ぎっちら ぎっちらこ


 この歌は、昭和16年(1941年)7月28日に作られているが、この当時は、
60歳はおじいさん」と呼ばれても、全く違和感はなかった。
今からほぼ70年前、男子は「人生50年」が普通で、60歳は長生きだったからに違いない。

 だから当時は60歳を「還暦」だと言って、お祝いをしていたが、今日では60歳は、なにも珍しくはない。だから「おじいさん」などと呼んだりしたら、大いに叱られるであろう
現在では、仮に60歳で亡くなったりでもすれば「まあ、お若いのに」ということになる。だいたい今日では多くの企業の定年は65歳になっているのだから、60歳はまだ、現役が殆どだろう。

 杜甫が「人生七十古来稀なり」と詠んだことからきたとされる「古稀」であるが、当時は70歳まで生きるはごくごく稀であったのだろう。
このため長寿の70歳を「古稀」として、盛大なお祝いをしていたのであろう。

 だが今日では、70歳は長寿ではない。
今日では100歳も、珍しくなくなっているのだから。

 でも、あまり長生きしていると若い人から「俺の年金を先取りしやがって」などと言われかねないのが、今日の状況だ。

| | コメント (0)

(21.4.15) 夫婦愛2編

アフリカハゲコウ夫婦

4/2、千葉市動物公園から脱げだした雌の「アフリカハゲコウ」は、逃亡から3日目の4/5 午後、やっと捕獲された。

経過を追ってみると

4/2 檻から逃げたことを発見
4/3 捕獲作戦開始、住宅地の電柱を転々と移動
4/4 麻酔薬入りのアジを置くが、見向きもせず失敗
   吹き矢、ネットランチャーも失敗
4/5 自由を満喫したが、空腹には勝てず体力を消耗し尽くして投降、捕獲
  捕獲後は水以外は口にしなかったが、
4/6 徐々に食べ始めた。
4/8 コアジを14匹平らげるほどに回復した。

一方、雄の方はと言うと
妻に逃げられたショックと妻の健康を心配の余り食欲が減退、通常は20匹のコアジを食べるのに、2~3しか口にしなくなった。

こんな健康状態になったので、園は公開を中止し、様子を見ることにした。ところが雌が戻って来ると、雄は食欲を回復、俄然元気になったので、今日から公開することにした。
と言う経過で、この間の雄ハゲコウの悲しみは如何ほどだったのだろうか??

さて、もう一つの夫婦愛

4/12の毎日新聞の投書は、こんな内容だ。
「日々の生活にこれと言って不満があるわけでないのに、何故かここ数年毎日がむなしく感じられてならないのです。
そんな折、本欄などで「ラブラブ夫婦」の様子を読ませていただくたびに「まあ」と驚くばかりでした。

ある時、夫に「朝起きたら、挨拶をしましょう」と呼びかけてみました。
翌朝から「おはうございます」「おはよう」で一日が始まります。
でも、まだ何か寂しいのです。
そこである夜思い切って夫の寝床にそっと忍び込み「ねえ、年をとると寂しくて」と申しますと「確かにな」と言ってそっと抱いて下さいました。

 ただそれだけのことですが、心地よく嬉しかったです。
こんな告白(投書)をしてしまい夫に「恥ずかしいじゃないか」としかられそうですが、いいんです「仲良きことは美しきかな」ですもの。
私たちは、3年後金婚式を迎えます。」甲府市・主婦・71歳 

我が家はどうもハゲコウ夫婦のようで、亭主の想い届かずといった状況かな。?

| | コメント (0)

(21.4.11) 模様替え

 日毎に暖かさが増していく。
そのお蔭で、毎朝の散歩に着ていくものが1枚1枚少なくなり、薄く軽くなっていく。

 羽毛の防寒着からキルティングの防寒着に代えたと思ったら、今日はもう薄手のものでも十分だ。防寒用のズボンを脱ぎ、手袋に入れていたホカロンは流石に不要だ。さらに耳を隠す毛糸のスキー帽から野球帽へ。
それでも、今日は汗ばむほどの陽気だった。

 春というよりも初夏と言った方がいいほどだ。日本列島をすっぽりと覆う高気圧の勢力が強いため、このところの気温は春を通り越して一気に夏になったかのようだ。
この陽気はしばらく続くという予報だが、そうなると模様替えも少し早めにしなければならない。

 我が家では、まだコタツを愛用している。
いつも、コタツに入って、PCを打ったり、本を読んだり、ラジオを聞いたり時には居眠りをしたりしていたが、もうそろそろコタツともお別れする時期がやってきたようだ。

 狭い我が家では、コタツの置き場を確保するのに頭をなやます。
コタツをしまうためには、先ずその仕舞う先を確保しなければならないが、これが難題なのである。
今仕舞ってある寝具や布団を引っ張り出し、そこへコタツを仕舞うと、寝具を仕舞う場所がなくなるので、新たな場所を空けるためにそこにあるものを引っ張り出す、といった具合で、すべてが丸く収まるまでの場所探しは一大行事である。

 季節ごとに、こんなことを繰り返しながら、春が来た、夏が来たそして秋が、冬が来たと、そんな事柄に追われている。

| | コメント (0)

(21.4.9) 住宅難と食糧難

 雀は、春の繁殖時期には人家の近くに巣を作り、子育てを終える晩夏から秋には田んぼや畑に移動し、落ち穂や草の種を拾って生きている。
ツバメはご承知のとおり、春・日本にやってきて子育てをし、秋には南の国に帰っていく。

 最近お目にかかる鳥は、ヒヨドリ・椋鳥・カラス・野生化した伝書鳩・キジ鳩で着かず離れずの関係にあったやツバメにお目にかかるのが減ったのは何故だろうか?

 雀が減った理由は、巣作りが出来る瓦屋根の家がめっきり減ったことがあげられるだろう。雀の巣には最適の焼いた土瓦の家には滅多にお目にかからない。

 住宅の着工はどんどん進むのだが、安価で軽量なスレート瓦の家が殆んどを占めている。だがこの瓦屋根、雀のお宿には不適だ。人間様以上に雀の住宅探しは厳しい。

 ツバメ住宅事情は、巣の材料となる粘土質の土がなくなっていることがあげられる。道路も歩道もコンクリートで固められてしまっているからだ。
また、昨年作った巣を雀に先取りされることもあり、住宅難は全く見通しが立たない。

 また、人間どもがやたら殺虫剤をふりまくお蔭で、昆虫がめっきり減ってきた。
昆虫だけを餌とするツバメにとっては、死活問題なのだ。
雀もまた、子育てには、昆虫が殆んどである。

 住宅難と食糧難の二重苦に耐えられず、残念ながら命を落とすものも少なくないのだ。一説では、この20年間で半分に減っているという調査もあるという。

| | コメント (0)

(21.4.6) 食欲の春

 ラジオを聞いていたら「春霞」とか「霧」とか「もや」が春先に多いのは中国大陸からの「黄砂」のせいだということです。

 黄砂が春になると多くなるのは、黄砂の発生する一帯は冬の間は雪に覆われている。
しかし、その雪が溶け始める4月になると偏西風やモンスーンに乗って日本にも飛んでくるからだそうだ。

 日本人は古くから、この時期を「春霞」などとのどかな春の季語として詩歌に詠んでいるが、これはとんでもない悪ガキの仕業だった。
昔の人は、そんなこととはつゆ知らず、詠んだのだろうか、黄砂とはあまりありがたくない自然現象だ。

 野の恵みが出回る季節になった。
昨日、君津市大岩という所にある農作物販売所に行って、春のごちそうを買ってきた。
筍、セリ、ラデッシュ(赤いカブ)、フキなどである。
今夜の夕食に早速いただいた。
筍は米ぬかで灰汁抜きをしたあと、生揚げと一緒に煮付けた。
芹も茹でて、清水で灰汁を抜き、油揚げと煮付ける。
ラディッシュは、薄くきり塩で揉んでもよし、そのまま醤油で食べてもいい。

 八百屋さんにも春の食物が出始めたが、この時期私は妻と息抜きとドライブを兼ねて、産直野菜を買いに出ることにしている。

 芹、三つ葉、蕨、筍、カブ、ラディッシュ(赤株)、ウド、フキ、スナックエンドウ、グリーンピース、サヤエンドウ、菜花、新キャベツ、新ジャガ芋、新玉葱、新ネギなどなど。
野の恵みだけでなく、海や川の幸も賑わう。
ニジマス、ヤマメ、鮎、新ワカメ、鰆も春ならではの食べ物だ。

 野の恵みは、それぞれに料理方法は異なるが、さっと茹でて、醤油をかけるだけでいい。甘みを感じさせたり、ちょっとえぐみがあったりで、春の歯ごたえを感じさせてくれる。

 まさに食欲の秋どころか、食欲の春である。

| | コメント (0)

(21.4.3) 年度代わりの日記から

2009年4月1日(水)雨、曇、雹 最高13.4 最低5.7 雨量15.5mm

前回、50年余り前の、4月の思い出を紹介したが、今日(4/1)もまた、記録すべき日になった。

朝、目が覚め、トイレに立ったついでに空を見たが、生憎の雨、散歩は中止し、もう一寝入りし、目覚めたのが8時だった。昼近くに雨が上がり、2時過ぎには陽が射してきた。
3時すぎ、コタツに入ってパソコンを打っていたらいつの間にか昼寝を1時間ほどしていた。

 4時半過ぎに、空が一転し、急に雨が降り出し、そのうちに「」が降って来はじめた。雹はあっという間に一帯を真っ白にするほど激しい降り方だった。
外に出て確かめたが、大きさは0.5~0.8mmほどもある大物だった。
こんなに激しい、そして大粒の雹を見たのは私の生涯でも初めてのこと、記録すべき出来事だ。

 夕刊にはこんな記事もあった。
美少年酒造の社長が「カビ等に汚染された米を知らずに買わされ、製造した酒が売り物ならないので大損をした」などと記者会見していたが、実は自らが自作自演の狂言劇だった、という話だ。
汚染米だと知っていて、販売先の業者からキックバックとして年に150万円から200万円を貰っていたというのが真相だ。会社名を「厚顔の醜老人酒造」と変えるよう進言したい。

 夜、録画しておいた日本語吹き替版ローマの休日」を見た。
白黒映画だが王女役のオードリー・ヘップバーンの美しいこと、本当に存在していたかのような夢物語である。何度見ても楽しい。

2009年4月2日(木)雨、晴 最高15.6 最低4.5 雨量12.5mm
 目覚めると雨が降っている。今日も散歩はお休みだ。午後には晴れるとの予報だが。
昨日の雹で、パンジーの花が傷んでいた。酷い降りだったからなぁ。

 雨は午前中にあがった。13時過ぎ、少し腹ごしらえをしてから散歩に出た。
真っ青な空に、ポッカリ浮かんだ綿菓子のような真っ白な雲、こんなにすっきり晴れ上がった空はこのところ見たことがない。
空を見上げながらの散歩の楽しいこと、風はまだ少し強かったが、汗ばむ肌には気持ちが良かった。

| | コメント (0)

(21.4.1)3月・4月は別れと出会いの季節

3月・4月は別れと出会いの季節、思い出は悲喜こもごもです。。

学校との別れは、教師やクラスメイトとの別れでもあり、学業との別れでもあり、親からの別れなどがある一方で、4月の新しい出会いがあります。
社会人としてのスタートの入社、あるいは入学、進級などの思い出の多いものです。

 私の4月は、やはり社会人としてのスタートが最も印象に残っています。
両親を失い、兄姉に育てられてきた私は、早く自分の稼ぎで独立したいものだと思いながらも、ずっとガマンガマンで中・高校時代を過ごしてきた。

 ともかくも高校を卒業し、誇れる企業に就職も果たした。
さあ、今日からは、兄や姉にこき使われなくてもいいのぞ!。
「○○を買うのでお小遣いを下さい」いちいち理由を言わなければならなかった。
そのときの、あの悔しさ惨めさを、今日からは味わわなくてもいいんだ、そんな思いの4月だった。

 通勤途上の電車内で、初めて同じ新入女子社員と話をしたのも、4月だった。
そうだこれからは、彼女を作るのだって、遊ぶのだってオレの自由なんだ。
そんな喜びを、感じながら、毎朝の通勤が楽しくなったのも4月だった。
自分の稼ぎで、自由に遊ぶことも出来るのだ。ヤッターという気持ちの4月だった。

 でもそんな、楽しいことばかりのものではないことを悟ったのも、4月だった。
先輩のお古の自転車での外勤作業の厳しさは、泣きたかった。雨に耐え、風に耐え、恥ずかしさにも耐えることを味わったのも仕事をつうじての4月だった。

 ミスにおびえていたが、暖かく包み込むようにしてくれた先輩に出会ったのもまた4月だった。その一方で何故か分からないまま、厳しいしかりを体験したのも4月だった。いわゆる、無理へんにゲンコツという先輩もいることを知ったのだった。

 50年も前の出来事、今思い出すと悲喜こもごも、私にとっては、懐かしい思い出の月、4月です。

| | コメント (0)

(21.3.30) 青春(旬)時代

とは「物事を行うのに、最も適した時期」と辞書にあった。

ところで、人生での「」とは何時のことを指すのだろうか。
一般的には「青春(旬)時代」だろうか?
幼年時代、少年時代、老年時代、熟年時代、いずれの時代にも「」の字は見あたらない。
そしてこの時期、つまり「青春時代」を過ぎると、肉体も精神も老化現象を起こすと言われている。

いま思い出すと確かに、20歳代から30歳代は、疲れを知らぬほどに、諸々のことに情熱を傾け思いっきり走り抜けてきたように思う。
仕事にも慣れ、社内の習慣にも、上下関係、友人関係、趣味・娯楽、恋愛、結婚そして育児、各種検定の受検、などなど。

ものの本によると洞察力、思考能力、共感力などは年齢をとるにつれ「」を迎える能力だという。
この能力は、ほうっておいて、身につくという能力ではなく、自分で磨きをかけねばならないものである。

いつまでも若さという「」を追い求めることにエネルギーを使っているとこうした「年をとってから「」を迎える」はずの能力に磨きをかけるエネルギーを失ってしまう。

体力や美しさが減少しても、別の「」を持っている人は輝いて居られる、と言われている。
ところが私は、前述のごとく、青旬時代を思いっきり遊びほうけてきたお蔭で、
自らに磨きをかけねばならない時期を無為に過ぎていた。
気付いた時は既に遅く、年齢と共に身につけなければならない「」の時期はとっくに過ぎていたのである。

青春時代は、罪作りの時代である」と私の経験から思うこの頃である。

| | コメント (0)

(21.3.26) 難解なWBCの組み合わせ

 何故か日本中がWBCに浮かされていた1週間でした。
そのお陰で、日本チームは見事連続優勝してしまったのですから、大したものです。日本チームは野球の世界一になったという証拠でしょうか。

 それは良かったのですが私は、日本が決勝戦まで勝ち上がってきた経過がイマイチよく分からないのです。
全出場チームは16、決勝トーナメントに勝ち上がって来たのはチームでした。
1組、日本・韓国・メキシコ・キューバと
2組、米国・オランダ・プエルトリコ・ベネズエラ


 総当たり戦のリーグ戦なら勝ち星数で一目瞭然になるのですが、変則トーナメント方式とやらで、1組同士の日本と韓国が優勝決定戦を戦うのは、どこか不思議な気がします。
日本対韓国戦は、結局5試合もして、優勝が転がり込んだと言うのですから、複雑怪奇な方式と言っても、過言ではないと思います。

 報道に寄れば、次回の2013年WBCには24チームに増やすことを検討している
そうですが、それが実現すれば、さらにややこしい方式で試合が行われるのかも知れません。

| | コメント (0)

(21.3.24) 春の嵐

 2日間ほど、歩くのをサボっていましたら、秋の道の沿いの桜が満開になっていました。ここの桜はまるで桃の花のように鮮やかなピンク色をしているのが特徴で、染井吉野よりは1週間ほど早く咲くようですね。
今日(3/24)は、生憎の雨空で、傘を差しての見物は絵にはなりませんでした。

 その前日(3/23)に、都内に出る用事があったので電車に乗り外を眺めていたところ、木蓮が満開になっている様を目にしました。
蘇我、鎌取駅間の線路沿い、鎌取駅から誉田駅に向かう道路沿いでも、木蓮が満開になっていました。

 この日は、風の影響で京葉線が不通になり、総武線では信号故障と強風のダブルパンチで、都内に出るのに、酷い目に遭ってしまいました。
鎌取で20分、千葉で15分遅れたのはまだとしても、途中の亀戸では30分以上も車内に閉じこめられてしまった。車内の気温は次第に上がり、汗びっしょりになり、ダウン寸前にやっと、錦糸町のホームにたどり着き難を逃れることが出来た。

 こういう時に車掌は、クーラーを効かすとか、窓を開けるように案内をするとか乗客の安全を見極めながら、適切な処理をすることが必要だと思った次第です。
何しろ、こうした場合乗客は、ただ待つと言うことしか出来ないのですから。

| | コメント (0)

(21.3.22) 「卒業式」に思う

3/20付、毎日新聞の投書欄に「卒業証書『授与式』は大げさ」だとするる投書が掲載されていた。

 投書の要旨は
3月は、小・中学校などで卒業式が行われるが一般的には単に「卒業式」というが、学校では「卒業証書授与式」としている。
栄典や教員免許状の授与など、憲法や法律に「
」と定められている場合は別として、ただ単に学校を卒業した証明書を渡す行為について「授与」という大げさで、もったいぶった言い方をする必要はないと思う。

 特に差し障りがなければ単に「
卒業式」又は「卒業証書交付式」で意味は十分通じる。「授与式」という古風な表現は、今風の平易な表現に改めても良いのではないだろうか


 私もこの投書主と全く同じ考えだ。
私の時代には単に「卒業式」だったと思うが、いつから「授与式」改まったのかその歴史は、つまびらかではない。が、「授与式」などという表現は、文部省や教育委員会が学校教育をがんじがらめにしてきた歴史にあるのではないかと思っている。

 近来の卒業式では「君が代」は起立して全員で歌うことを強要され、この指示に従わなかったら、処分をする、という命令の下に、教員の自由な発想の芽を摘み自主性ややる気を失わせる教育が押しつけられているのが、実態ではないだろうか。

 上意下達や命令や規則に従わせ一糸乱れぬあり方が教育だと曲解しているむきもあるようだが、私はこのようなあり方は決していいものではないと思っているからである。

| | コメント (0)

(21.3.20) 鳥たちの楽園

 ここ数日の暖かさはどうしたことだろうか。

歩くだけで、汗ばんでくる、本格的な春の到来を思わせる。
天気予報士のお姉さんの忠告では
まだ、寒さは繰り返します。慌ててオーバーコートやセーターをクリーニングに出さないように。何故か?といえば、まだこれからも寒い日が繰り返します」ということだった。

 確かに「三寒四温」ということわざにもあるとおり、寒い日が3日、暖かな日が4日のサイクルで繰り返しながら、暖かくなっていくからだ。

 こうした暖かさに誘われて、これまでイマイチと思っていた小鳥たちの歌声も最近はなかなか上手になってきた。
我が家の前は泉谷公園。ここでは毎朝ウグイスが見事な喉を聞かせてくれる。
小谷小の向かいの調整池ではキジが「ケンケン」と春を告げていた。
警察署裏の広場などではヒバリがせわしく「縄張り宣言」をしていた。

 一方これまでは雑草が茂っていた野原は、中学校が建設されることになったとかで草刈りが終わり、整地のためブルドーザーやトラックが忙しく働き、動くたびに排気音がうるさく響く。
その隣の空き地も戸建て用の土地造成工事が始まっている。

 ああ、これでまた鳥たちの楽園(薮)が人間どもの欲のために、つぶされていくかと思うと、開発も考えてしまう。
私がこの地に転居してから20年、彼らの楽園がどんどん奪われていくが、黙っていていいのだろうか?

| | コメント (0)

(21.3.19) 彼岸

ここ数日の気温は、一気に春がやってきたようだ。暖かさに誘われて墓参りに行ってきた。
我が家の墓は、昔の浦和市にあり、ここ(千葉市)から往復で150kmほどである。
京葉道と首都高速を利用して行くのだが、途中の混雑は避けられず、片道で2時間から3時間を要するから、1日がかりである。

私は男3人、女3人の6人兄弟の末弟であるが、どういう風の吹き回しか、仏事にはからっきし弱い私に墓守の役がまわってきてしまった。
春と秋のお彼岸とお盆と、年に3度お参りするだけの墓守なのだが、在職中は気が重くてしようがなかった。

墓守の仕事は標記年3回の墓参の他に、仏様の命日に合わせて1周忌、3周忌、7周忌、13周忌、17周忌などの法要を営まねばならない。
これが、一番のやっかいな仕事である。

現在の所、仏様は4人(父・母・長兄・次姉)である。次姉は嫁いだ先で死去したので実質3人の墓守をしなければならない。
順序通りに逝けば、一番最後に生を受けた末っ子は、兄弟全員の最期を見届けてから逝く、一番損な役回りだなあ、と思いながら、墓前で手を合わせた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.3.13) 桜は人生模様

 春も一直線にはやってこない。三寒四温とよく言われるが、その通り寒かったり暖かかったり、行きつ戻りつしながら春はやってくる。

 中でも桜は「」を経験しないと咲かないのだそうです。
気象予報士が、桜の開花予想を説明しながら、寒さを感じることのない伊豆大島の開花が遅い理由のお話しをしていました。

 そうした寒暖の繰り返しをしないまま、一直線に春がやってきたら、私たち人間もきっと春の喜びも半減するに違いないでしょう。
桜は「ぱっと咲いて、ぱっと散る」、人生模様のような気がします。

 毎日毎日、美味しい料理を食べ続けると、飽きが来て旨さがなくなるように、物事には時に反転があるから、いいのでしょうね。

 喜びと悲しみも、苦労するから楽しさを感じ、不幸を覚えるから乗り越えたときの幸せを体験できるのと同じ現象に思えます。

 料理に塩を一つまみ入れることによって、甘みを引き立たたせるように。

 入試もそう、寒い冬に堪えた者にだけ、サクラ咲く春がやってくる。

| | コメント (0)

(21.3.9)眠れない夜はラジオを友に(ラジオの効用)

 先日、NHKのラジオ放送「ラジオ深夜便」のことを紹介しました。
そのメールをご覧になり、Sさんの奥様からこんなメールをいただきました。

 『散歩おじさんのメールはいつも拝見しております。
 今回深夜便のお話が出ましたので、あつかましいとは思いながら、メールを打たせていただきました。

 私も寝るときはいつもイヤーホーンを耳にあてて聞いております。
年取ったせいか、この頃は寝付かれない夜があります。そんな時はイヤホーンに耳を傾けて時間を過ごしております。いろいろな方のエッセイは本当にためになり楽しんでおります。私の好きなアナウンサーは葛西アナウンサーです。二週間おきの月曜日を楽しみにしております』


 私の妻も、なかなか寝付かれないときや、ふと夜中に目が覚めてしまった際などにラジオを聞くと言っています。
私は、幸い夜中に目覚めることはほとんどありませんが、先日、入院していた際にはベットで、よくラジオを聞いていました。
車に乗っている際には、居眠り防止や気分転換のためにラジオのやっかいになっています。

 ラジオはこのような効用があるだけでなく、聞いた事柄が、とても大切なことであったり、知識の宝庫でもあることです。

 もっとも、朝までラジオが鳴りっぱなしなんてことも少なくないのが実情で、電池がなくなってしまうのが、悩みの種でもあります。

| | コメント (0)

(21.3.7) ナイト・エッセイ

NHK・ラジオ第一放送・夜11時20分からの「ラジオ深夜便」をお聞きになったことはないでしょうか?
この深夜便は、翌朝の5時までの放送ですが、私は番組の開始から12時までの間枕元にラジオを忍ばせて、床に就きます。

中でも「ナイト・エッセイ」はとても感銘を受けるものです。
このエッセイに登場する方は、華やかな表舞台では活躍することなく、しかしその道一筋に努力されてきた方々のお話を聞くものです。

今週は「松田哲博さん」と言っても知っている人は少ないでしょう、元幕下力士「一ノ矢」。彼のこれまでの生き様を「相撲人生まだこれから」というエッセイでした。

彼は、沖縄出身で、角界では唯一の国立大学出身(琉球大学卒業)の力士ですですが、体力に恵まれず、結局幕下までしか昇進できませんでした。
入門の際の身体検査では、頭にシリコンを注入しても身長が166cmしかなく、検査に当たった親方の温情でようやく、土俵を踏めることになったという。

入門以来、46歳11ヶ月の年齢で引退するまでの25年間相撲を取り続けた。この記録は、角界における「努力」記録になっている。
相撲界では、十両に昇進して、初めて力士として扱われる。
幕下までは、化粧まわしはなく、黒の麻のふんどし(十両以上は絹)大銀杏は結えず、給料も全くないから、結婚など夢である。

同じ部屋の横綱「朝青龍」のように最高位を極める力士は希で、希望を持って入門した世界であっても、志し中半で角界を去る若者が殆んどである。
そうした中、裸一貫、意志を通した生き方には強い感銘を覚えた。

引退後、一ノ矢は、高砂部屋のマネージャーとして、高砂親方(朝潮太郎)に代わって部屋の運営から後輩の指導に当たっている。
こんな苦労人の元で、稽古に励める力士はきっと、幸せだろう。
新弟子がいうことを聞かなかったととして、死に至らしめた不祥事が遭っただけに、このエッセイに気持ちが和んだ。

| | コメント (0)

(21.3.3) 主婦の日

太陽がやっと顔を出してくれました。
千葉では2月22日以来、何と8日ぶりの太陽です。
でも喜んでばかりはおれません。せっかく晴れたというのに冷たい北風が吹いています。

 今朝、久しぶりにカモシカ姉さんに会いましたところ、「今日は主婦の日よ、それなのに私は用事があって出かけなくてならないの。1週間ぶりに晴れたというのに。
残念だわ。今日みたいな日を『主婦の日』と言うのよ。散歩おじさん、知っていますか?」

もちろん私は知りませんでした。

 「主婦の日」とは、久しぶりに晴れ上がった日に、先ずお布団干し、室のお清掃、濯、室内にこもった空気の入れ換えを、行う日なのだそうだ。
カモシカ姉さんの言うとおり、今日は確かに久しぶりに晴れ上がったのだから「主婦の日」と言っても間違いない。

 彼女の1週間は忙しい。
月、水、金は四季の道の清掃日で、火曜日はテニス、木曜日はボーリング、土曜と日曜日はご主人と仲良く散歩の日と、基本的な日課を決めているという。
今日は久しぶりに晴れたので、ちょっと予定を変え、走って見ようと思ったの」と、爽やかに、走り去っていった。

 ならばと私も、と、自宅に帰り着くなり、主婦のご命令に従って「主夫」をしている。が、生憎と風が出てきて、「主婦の日和」とはいかないようだ。
それでも、一週間ぶりだと思い、少し湿気った布団をベランダに干した。

 天気とは、なかなか思うようにはいかないものである。

| | コメント (0)

(21.3.1) 日の出の時間(2/2と3/1と4/1)の変化

2月2日に日の出の時間を紹介しました。

この時点(2/2)では東京が最も早い日の出になっていました。
さて、1ヶ月後の各地の日の出時間はどう変化しているでしょうか?
エッと驚くことと思います。お楽しみに?。と疑問符を投げかけておきました。

2/2の日の出時間、3/1、及び4/1の日の出時間は以下のようになっていきます。

2/2の日の出時間、3/1の日の出時間、4/1の日の出時間

札幌  6:49     6:11    5:17
仙台  6:41     6:09    5:22
東京  6:40     6:11    5:28
名古屋 6:51     6:22    5:40
大阪  6:56     6:28    5:46
鳥取  7:05     6:33    5:50
松山  7:07     6:38    5:57
広島  7:07     6:40    5:58
福岡  7:14     6:47    6:06
那覇  7:13    
 6:53    6:21


2/2の時点では東京が、3/1の時点では仙台が最も早い日の出になっています。
それでは、4/1にはどうなっているでしょうか?
北から南に行くに従って、日の出時間が遅くなり、凸凹はありません。
札幌が最も早く、那覇が最も遅くなっています。

予め、日の出・日の入りの時間を調べておくと、旅行に行った際などには、とても役に立つものです。

朝早く、日の出前に発ちたいとき、あるいは日の出を見たいとき、あるいは海に沈む夕日を見たいとき、行く先々で異なる太陽の動きを実感するのも、旅の興味を味わい深くするものです。

| | コメント (0)

(21.2.28) Sご夫婦から冷やかされました

 1週間ぶりにお日様に会えるかと思ったのですが、やっぱり今日も太陽はお隠れになって、私たちの前には姿を現しませんでした。
1週間も連続して日が射さないなどと言うことは珍しいことです。
でも、北陸の国々では冬の季節、陽は射さず、雪がしんしんと降り続く日が続くのでしょうか?
私にはとても我慢が出来そうにもありません。

 さて、今朝は泉谷公園の森の上の方に済む「Sご夫妻」にお会いしました。
ご主人は陽気な方でいつも「元気かい」とか「頑張っているね」などと声をかけてすれ違います。
夫妻で、ラブラドール犬を散歩させているのですが、最近は犬の体力が弱ってきたとかで、あまり見かけませんが、ご主人の休日には、ご夫妻で仲むつまじく散歩している方です。(山崎さんの自宅からは目と鼻の距離の所にお住まいです

 今朝はいきなり「青梅を2時間11分で走ったんだって、すごいじゃない」と言うのです。
えっ」と聞き返すと「ブログを見ましたよ」というのです。
もう何十年も昔のことですよ」と私。

 そんな出会いがありました。
今朝は、Sさんの励ましで、すっきりしない天気の下でしたが、気分は晴れ晴れ。

 こんな身近な所に、私のブログを読んでくれていた人がいたのだと、一人悦に入っていました

| | コメント (0)

(21.2.25) 春の息吹

 今朝は寝坊してしまい、散歩に出たのが8時に近かった。
外に出て最初に感じたことは、空の暗いこと。
今にも泣き出しそうな空、しばらく歩くと何と街頭が点灯している。今朝の空は
日暮れ時のような暗さだったからだろう。
朝からこんな天気では、とてもやるせない気分になっても、致し方ない。
昨日も一日中、はっきりしない空模様だったから、なおさらだ。

 そんな天気だったが、はるの道にある桜の枝先が大きくなっているのを発見した。
春を感じ、蕾をふくらまし始めたのだ。
私は、ただ寒い寒いと縮こまってばかりいるが、彼らは誰に教えてもらうでもなく、その時期合わせて、春への準備を怠らない。
そうした繰り返しを、もう何度繰り返して、私たちを楽しませてくれたか。

 そういえば、2,3日前にはヒバリが大空を羽ばたき「春だよー・春だよー」と
さえずっていたっけ。
白鳥たちの「北帰行」が始まる時期が迫ってきた。

寒さも、もう少しの我慢だ」と自分に言い聞かせた。

| | コメント (0)

(21.2.19) 梅に思う

 梅が真っ盛りである。

 梅には白梅、紅梅、緑梅、そして黄色(蝋梅)の4種があるという。
緑梅はあまり見たことがないかも知れないが、実はその梅があるのだ。
正式には「緑萼梅」と言うらしいが、私の散歩コースである、扇田小学校の横を流れるセセラギに沿って有吉公園方面に向かう途中に2本だけ、今その梅が咲いている。

 梅の原産は、中国で7世紀後半に渡来したと推測される。ウメはアンズ属に分類されている
ウメを中国名では「烏梅」と書き「ウメイ」と発音する。この呼び名で日本に渡来したが、その後ウメイはムメと誤って発音されるようになったと考えられている。

 明治時代には、ウメムメの両方で呼ばれていたが、どちらが主流として使われていたかははっきりしていない。
花弁の基本的な数は5枚であるが、6~8枚の花弁を持つものや八重咲き品種もある。実の大きさも5g~50g以上のものまである。

東風ふかば 匂いよこせよ梅の花
あるじなしとて 春を忘るな


 菅原道実が延喜元年(901年)筑紫の太宰府に左遷させられることになったとき庭の紅梅に名残を惜しんで詠んだ歌として有名だが、太宰府に着くと、紅梅の一枝が飛んできて、太宰府の庭に根付いたと伝えられている。
後世この梅は「菅公の飛梅」と呼ばれ、今日も太宰府神社に伝えられている。
ただ、途中から白梅種にかえられてしまっている。

 鎌倉・室町時代に造庭、茶道、華道の興隆とともに梅の植栽も広まり観賞も盛んになり、江戸時代に栽培はピークを迎えた。
と、「朝日百科植物の世界」№5に説明があった。

 私の母の戸籍上の名前は「ムメヨ」でした。母は2月生まれだったので、本当は「ウメヨ」だったのだが、いつの間にか「ムメヨ」になったのだと言っていた。
が、上記の説明でウメヨがムメヨになってしまったという理由が、今になって分かったような気がする。

 母が亡くなったのは、私が中学2年の時だから、あれから56年も過ぎている。
名前の由来を尋ねることも出来ないが、もしたずねることが出来たらたら、母は何と言うだろうか。「馬鹿息子よ、今頃何を言う」と叱られるに違いない。
せめて、梅の季節に亡き母を思い出してみるのも、供養になるかも?と思っている。

| | コメント (0)

(21.2.18) 春の陽射し

 暖かかった2/14日に比べると一気に10℃以上も下がり、最低気温にさえ届かない。
あの暖気はどこにいってしまったのだろう?
陽は射しているのだが風の影響で暖気も吹き飛ばされてしまったのだろうか、寒さが一段と厳しく感じられる。

 でも、ガラス戸越しの陽の光がとても気持ちいい。
日中の時間がだんだん長くなってきた。それを知っているかのように、庭では黄色のクロッカス、赤とピンクのボケ、紅梅、黄色・濃紫・薄紫・黄色などのパンジー、水仙が咲き競っている。
小さな庭だが、花たちが季節の彩りを届けてくれている。

 日を浴びて、朝干した白菜がしんなりしてきた。これで、漬け物ができるぞ。
この時期の漬け物は、白菜しかないが、甘みもしっかり感じることが出来る。
これで私の夜なべが、一つ増えた感じだ。

 さあお昼が近づいたので、サツマイモを蒸かした。
熱い湯気の立ち上る芋の皮を剥き、塩をふりかけて、食べる。
食糧事情の悪かった子供の頃は、お米だけのご飯が食べたくて「芋ご飯なんか要らない」と言って母を困らせた思い出もよみがえってくる。

米余りの今日は、お芋は贅沢品(?)なみに、甘みもこくもあり、体も温まり美味しい。
あのときのお芋は、こんなには美味しくなかったのだが

| | コメント (0)

(21.2.18) 青梅マラソンの思い出

 今年も2月15日に「青梅マラソン」が開催された。
この青梅マラソンは私にとっては忘れられない思い出のマラソンコースである。

 私が最初に青梅・報知マラソンに出場したのは1974年(昭和49年)2月17日に行われた第8回大会、34歳のおりである。
出場した30Kmレースのタイムは2時間11分38秒だった。
初出場としては、上出来のタイムだったと思っている。

 私にとって30Kmレースは、生まれて初めての経験でしたから、果たして完走できるだろうか?という不安が、頭の中を巡っていたが、見事に完走し、「完走賞」をもらってきた。
完走賞などと言っても、小さな紙切れ1枚だが、今も私の宝物の1つとして大切に保管してある。

 以来、6~7回連続して出場しているが、巷でもマラソン熱が高揚してきてだんだんと出場者も多くなり、出場者を制限し、抽選で決めるようになってから、何となく興味が薄れてきて、青梅には参加しなくなってしまった。

 30Kmを完走するために、月1回のマラソン教室に通い、初心者同士で激励し合いながらその日を待った。
青梅マラソンを完走したことで、味をしめた私は、関東一円で開催されるマラソン大会に参加するようになっていった。

 10年間ほどはタイムを競い合い、出場した大会を語り、互いに切磋琢磨してきたが、仲間内でもやはりその情熱を次第に失う人が多くなっていった。
マンネリや体力の衰え、他の仕事で多忙になった、などの理由からであったが、私もその例にもれず、次第に情熱を失い、レースに出場するのではなく健康マラソンを目指すように変わっていった。

 2000年、定年を迎えてからというもの、走る意欲が減退し(ドクターストップもあって)走るから歩くことに切り替えて、今日に及んでいる。

| | コメント (0)

(21.2.13) 春を探して

 立春も過ぎ今日は、春を思わすような暖かさでしたね。
でも三寒四温、まだまだ寒い日もあり、油断すると風邪をひきやすいものです。
インフルエンザも、まだ下火にはなっていないようです。

♪春よ来い、早く来い、の気分ですね。

 四季の道で春を捜してみましたが、ろうばいが終わりに近づき、梅が満開になっているくらいしか目につきませんでした。
ウグイスヒバリもまだのようです。
我が家の生け垣にシジュウカラが来て、枝の間で何かをついばんでいました。
隣家の屋根に、久しぶりに雀が二羽、互いに鳴き交わしていました。

 春を表す漢字を捜してみました。
結構あるものですね。やはり、春が来ないか、早く来い、春をと待ちこがれる表れが、こんなに多くの言葉となっているのでしょうか。

小春、春一番、春の七草、春告鳥(ウグイス)、春告魚(ニシン)、花粉症
小春日和(これは冬の季語)、思春期、春画、春分の日、春風駘蕩
春雷、春雨、春嵐、春曇、春風、春霞、春宵、春月、春光、春分、春眠、早春、
晩春、春秋、春色、立春、新春、初春、早春、陽春、暮春、青春、春季、春寒、
行く春、春菊、春蘭、春闘、春蝉、春蚕、春駒、駿馬

| | コメント (0)

(21.2.10) 漬け物

 我が家で1年を通して最も活躍している器と言ったら「卓上漬け物器」だろうか。

この時期は、漬け物器で白菜を2日おきくらいに漬け込んでいるからだ。
漬け物器がフル活動しているお陰で、漬け物は殆ど買ったことがない。

例えば我が家の白菜漬けの場合はこうだ。
材料は、白菜7~8枚、リンゴの皮1個分、唐辛子、塩である。
漬け方は
1、白菜は1皮ごとに剥がし、縦に半分に切って、半日間陽に干す。
2、干した白菜は3~4cmの長さに切り、漬け物器に入れる。
3、適量の塩をまぶしながら、手で押しつける。
4、リンゴの皮を入れ、干し唐辛子を適度にまぶす。
5、漬け物器で押しつけ、このまま、3時間ほど置く。
6、漬け物器を開けて、漬け物の素を適量入れるが、このときに水が上がっているかを確認する。水が上がっていない場合は、塩が不足しているので追加する。
7、翌日の夕方には、漬け物の出来上がり。


 リンゴの皮の代わりに、ゆずを刻んで入れてもよし、乾燥させたミカンの皮を入れても香りがよくなるでしょう。

我が家では、白菜に限らず、野菜の出回る時期に合わせて、かぶ、キュウリ、瓜、セロリ、キャベツなどを、卓上漬け物器で漬けこんでいる。(漬け方は、白菜とほぼ同じ)

 この作業、妻におだてながらやっているうちにいつの間にやら主夫見習いの私の仕事になっている。

| | コメント (1)

(21.2.8) やっぱり、麻生首相はおぼっちゃま

 今日(2/07)付夕刊に、麻生首相の庶民感覚とは、あまりにもかけ離れた実態の一部が紹介されていた。
記事には、首相は港区の明治神宮近くのテーラーで年に4、5着、上下で25万円~30万円相当の背広を注文しており、他にも27万円の仮縫いのブレザーもあったとか。

 同記事に寄れば、麻生氏が、初めて同店を訪れたのは、学習院大学時代の45年ほど前のこと。吉田元首相の3女で母親の和子さんに連れられて以来のつきあいだそうです。

 最近購入した物は、30万円以上もするオールカシミヤのジャケット、矢がすり柄のジャケット16万円、7~8万円のズボン、メーカーは英国スコットランドの有名メーカー製だという。

 何を隠そう私も実は、麻生首相と同い年の、オン年68歳になります。
出身は九州の片田舎で、食うや食わずのドン百姓の3男坊、こんなぼんくらと天下の総理大臣とを比較するなどと言うことは、畏れ多いこと、無礼千万に当たりますが、それにしても、この格差、贅沢なお暮らしだと思いました。

 私は高校を18歳で卒業し、満60歳まで42年間働いて来ましたが、私が身につけていた背広は、既製品でたかだか3万円そこそこ。年に1着を購入できればいい方で、着た切り雀でした。

 そんな給料でしたから、定年後の私たち夫婦で受け取る年金を合計しても、麻生首相の背広1着分には、遠く遠く及びません。

 総理大臣には、それなりに相応しい「暮らし」もあるでしょうが、出来る限り庶民の目線で政治をつかさどって欲しいと思います。
でも、背広1着をとりあげてみても、これでは「庶民感覚」の生活ぶりを理解できるわけがないですよね。

| | コメント (0)

(21.2.6) 光の春

 その昔NHKの気象キャスターをしていた「倉嶋 厚」著に「人文気象ノート・日和見の辞典」という本がある。
私は折に触れ、読み返すことがあるのだが、何度読み返しても面白い。

 例えば今の季節「光の春」では

季節感は光と気温の面から見ると納得出来ることが多い。光は季節の原因、気温は結果である。冬至を過ぎれば『光の季節』は春に向かっている。しかし、気温が光の変化に対応するには時間がかかるので、寒さのどん底は1月、2月にズレ込む。

 日本では『冬至、冬なか、冬はじめ』と言い表してきた。ロシアでは『太陽は夏に向かうが、寒さはいよいよ厳しい』と言う。
人々は、つのる寒さの中で「日脚の伸び」に春の接近を予感してきた。

 2月初めの日脚の伸びは、東京では10日間に20分だが、モスクワでは40分も伸び厳しい寒さの中で、光の変化に遠い春の歩みよりを感じることは、北国ほど著しい。

 光の春は、小鳥たちのホルモンを刺激して『恋のさえずり』を促すのは、気温の上昇よりは、光の強まりだ。

 2月14日のバレンタインデーには、小鳥も番(つがい)になると言われ、これが女性からの求愛の日に結びついた。
日本でも立春を過ぎると、小鳥たちも恋の季節に『声変わり』をする。

 ところで、季節の変化の原因である光は、規則正しくなだらかに変化するが、気温の方は寒暖が入り乱れて進行し、時には逆流現象が起きることもある」


 若く元気な頃は「冬来たりなば、春とうからじ」と寒さをはねのけてきたが、年を取った最近は、寒さが一段と厳しく肌に突き刺さるようにさえ思えるようになってきた。

 散歩の途中で出会う小さな小鳥たち、彼らも春の近いのを感じ取り、伴侶捜しに忙しく飛び回っているのだろうか。

 一方老いた私の散歩は、小鳥のような伴侶探しの光の春は不要で、暖かな春の陽射しの方が待ち遠しくてたまらない。

| | コメント (2)

(21.2.2) 日の出の時間

 昨夜はNHKの「ラジオ深夜便」を聞きながら床に入った。
ラジオ深夜便は毎夜、11時15分から翌日の午前5時まで放送される番組である。
数年前は、毎晩これを聞いて(11時15分から12時までの間だけ)眠りに就いていた。

 最近は12時近くまでも起きている用事もなければ、睡魔に襲われてとても起きておれなくなったので中断していた。
が、このところ、なかなか眠りにつけないことがあったので、ラジオを耳元に置いてみた。

 今夜は司会が元NHKのアナだった「宇田川清江さん」とゲストが「青柳英助さん」だった。大ベテランの宇田川さん、青柳さんの軽妙な映画の紹介がとても良かった。
青柳さんが是非にと紹介をしてくれたのが「旭山動物園物語」だった。

 現在、大人気になっている「旭山動物園」の誕生、日常の動物とのふれあいは動物ではなく我が子を育てるというように感じた、と言う紹介でした。
動物を人が見やすくと言うことでなく、どうしたら動物が安心して過ごせるかという観点から、動物舎を作ったという。

 2/7から、シネマックスちはら台で上映されることになっていますので、私は是非とも行って来ようと思いました

さて、次は11時55分から、日本各地の日の出時間の紹介です。
2/2の日の出時間は、以下の通りです。
札幌 6:49
仙台 :6:41
東京 6:40
名古屋 6:51
大阪 6:56
松山 7:07
広島 7:07
鳥取 7:05
福岡 7:14
那覇 7:13


何と東京が最も早い日の出になっていました。
ごぞんじでしたか?
さて、1ヶ月後の各地の日の出時間はどう変化しているでしょうか?
エッと驚くことと思います。お楽しみに。

| | コメント (0)

(21.2.1) オバマ氏のメッセージ(香山リカ精神科医)の一文

 1/28付、毎日朝刊に、精神科医「香山リカ」さんの連載にこんな一文(要旨)が
掲載されていた。

第44代・米国大統領になったオバマ氏、彼にだって挫折はあっただろう。
父親の事故死、母親の再婚とハワイへの移住、人種の壁もあったはずだ。
全く挫折を知らず、傷ついたこともない、と考えるのは間違いだ。

 大切なのは、落ち込んだり傷ついたりしても、そこから自分を立て直す回復力だ。
嬉しいと思う回数と、ああ辛いと思う回数を数えることが出来たら、人生全体では後者の方が多いだろうか。
だとしたら、挫折や失敗をなるべく避けることに莫大な時間と労力を使って暮らすより「それは生きていれば当然のこと」と受け入れる方がずっと楽な気がする。

 落ち込んだら、なるべく早くそこから浮上出来るように自分を励ませばいいのだ。
おそらくオバマ氏は、傷ついたり落ち込んだりしない人ではなく、そうなってもその後、また気持ちを上向きにするのが、上手なのではないだろうか。

 大切なのは失敗しないことではなく、失敗を認め、その後どうやって立ち直るかと言うこと。
私が、オバマ氏の就任演説から受けとったのは、こういうメッセージだった」


 日本風にいえば七転び八起き」というのだろうか。
私の人生でも小さいながらも成功したことや、沢山の失敗を積み重ねて今日があるのだと思う。
よく「失敗から学ぶ」と言うことを聞くが、あまり失敗にくよくよしていると次のステップを踏み出せないからだろう。
次のステップを踏み出せなければ、決して成功はしないのだから。

| | コメント (0)

(21.1.29) 09.01.26付、毎日新聞の投書欄「女の気持ち」から

0点だ。理屈を言うと、0点は100点をとるより難しい。
中学の数学。次の中から正しい答えを選べときたら、どれが不正解か分かっていなくてはまぐれで正解してしまう。なのに、私は0点。当然居残り授業が待っていた。

各クラス代表のさえない者たちが集い「俺32点」「負けた俺28点」とできの悪さを競っていた。中でも私が一番の勇者らしかった。
先生は長い数学の公式をいくつも黒板に書くと「明日、再試験をするから、今日中に覚えてくるように
みんながため息をつきながらノートに写すなか、私はぼんやりと、ただ黒板をみつめていた。
どうした」先生が声をかけてきた。

私はキッと先生をにらみ「こんなに覚えられません」と言った。
いやきっと出来る」先生はきっぱり言った。
覚えられない。再試験なんて受けたくない」私はごねた。すると先生は言った。
取引といこうじゃないか。人間は覚えることより忘れることの方が大変なんだ。
明日までに君が自分の名前を忘れて来られたら公式を覚えなくていいし、再試験も受けなくていい


 返す言葉が見つからなかった。
その後の人生で、失恋や失敗、友人とのトラブルなど嫌で早く忘れたいことを体験するたびに、あの西日の差し込む居残り学級で、先生が言った一言
人間は、覚えるより忘れる方が大変だ」をしみじみ思い出す。
という投書の主は、41歳の主婦である。

 共感を覚えました。
人生とは、詰まるところこうした悲しみや傷みや苦しみを積み重ねながら年輪を重ねていくことにつきるような気がする。
そして、その出来事を乗り越え克服できたか、あるいは挫折してしまったか、いやまだ負けないと歯を食いしばって努力しているかのいずれかではないだろうか。

 99回失敗しても残りの1回に成功を勝ち取れば、人生の勝利者になれるという例えがあるように。

| | コメント (0)

(21.1.28) 確定申告に思う

 税務署からの確定申告用紙と説明書がやっと届いた。
数年前からパソコンで申告書の計算をし、印刷まで行うので、本来は申告用紙などは不要なのだが、やはり昨年との違いはないのか?が、ちょっと気になっていたところだった。

 さて、私の各種控除の中で最も大きなものは今年も「医療費控除」だった。
昨年中に医療機関に支払った金額の総計は、夫婦で35万円余りになっている。
実際の控除額は25万円余りにしかならないのだが、この35万円の内訳は、妻の分が26万円余、私の分が9万円ほどである。

 税金から控除されるのは嬉しいが、仮りに病気にならずに、この35万円余を旅行や飲食などの遊行に充てることが出来たら、もっと豊かな1年間を過ごせただろうに、とも思う。

 健康には人一倍気遣って来たつもりだが、やはり長く使ってきた体には、自然劣化も加わってあちこちに損傷が出てくるものだ。
車だって、定期的に検査や摩耗部品の交換をしないと、走ってはくれないのと同様に、人間だって同じだ。
二人揃って老境に入った我が人生は、ちょっと重苦しい日が多くなり、からっと晴れ上がることが、段々と少なくなっていくのだろうか?

 いやいや、二人で35万円で済んだのは、幸せだったんだ、と前向きに思うことにした。

 昨日来た友人の奥さんの訃報に接し、そんなことを考えてしまった。

| | コメント (0)

(21.1.27) 暦と身長

 08.12.21は冬至で、09.6.21が今年の夏至である。

 今月、1月20日の暦を見ると日の出時間 6時47分、日の入り 16時55分となっている。
日中の時間は10時間08分である。
1ヶ月前の12月21日のそれは日の出が6時45分、日の入りは16時30分だった。

 この1ヶ月間の比較をすると日の出時間はわずか2分しか早くなっていないのに比べ、日の入りは25分も遅くなっている。
しかし、12月1日との比較では日の出は6時30分なのに対し、日の入りは16時27分となっているのである。

01/20の日の出は 6;47 日の入り16;55
12/21の日の出は 6;45 日の入り16;30
12/01の日の出は 6;30 日の入り16;27


 12月21日を中心に見ると、日の出時間は12/01~12/21の間は15分遅くなっているのに、日の入り時間は3分しか遅くなっていない。
同様に12/21~01/20の間の変化は、日の出は2分、日の入りは25分も遅くなっていることが分かる。

 この一事実だけをみても、宇宙の不思議さ、天体の動きの複雑さが分かるような気がする。

 これは子供の成長にも言えそうだ。
小学校5~6年生で一気に成長する子供がいたり、中学校に入ってからぐんと伸びる子供もいるように、成長の速度は一様ではない。
身長の伸びだけでなく、能力の伸びもまた一様ではないことは、言うまでもない。

 私など、先日はかったら1cm縮んでいた。これじゃぁ、健忘症も進む訳だ。

| | コメント (0)

(21.1.20) 住むには狭いが、掃除するには広すぎる

我が住まいは、「すすかけ街」などどいかにもかっこいい名前がついているが、何を隠そう、実は2軒長屋部落という方が合っているかも知れない。

我が団地はその殆どが、1区画が60坪足らずの土地に、建坪30坪ほどの2階建て家屋2軒が背中合わせで造られている。
現代風に言えば木造2階建、4LDの2世帯住宅団地とでも言った方が正確だろうか。

さて、そんな長屋では、夫婦二人だけでスタートしても、やがて子供一人・二人増え、成長し、それぞれが1部屋を占領するようになると、家族の4人では何かと狭さを感じることが度々である。

まあ、夫婦は同じ部屋に寝るとしても、来客があった場合などは、空いている4畳半ほどの1部屋が来客用として使える程度で、余裕などない。
家の大きさは、何と言ってもその家の経済力の差を歴然と示すバロメーターであり、この事実は何とも致し方がない。

そうした思いを持った住人が、ここすずかけ街」住宅を形作っている。

さて、そんな我が住まいだが、いざ掃除をする段になると、これが意外に広く感じるのは何故だろうか?
我が家では、いつしか掃除は「私の仕事」という不文律ができあがってしまった。
今日は上天気だったので、掃除をしたのだが、10時に取りかかって、3時まで要してしまった。
住むには狭いが、掃除するには広すぎる」とはよく言ったものである。
そんなことを感じながら、春の日を浴び終日掃除に精を出した。

布団も干したし、今日は安眠できるかな?

| | コメント (0)

(21.1.16) 成人の日

 散歩の途中、着飾ったお嬢さんに出会ったので、今日は何の日だろう?と一瞬考えてしまった。

 私が成人に日を祝ってもらったのは、1月15日だったが、その後祝日法が改定され、1月の第2月曜日に変わったのは、何年前だろうか。
私が成人になってからも、長いこと成人の日は15日に決まっていたので、今年の成人の日が12日だというのは何かしっくりしないでいた。

 事実新聞報道では、10日に繰り上げて実施したとか、11日に行ったなどという報道もあり、各地での成人の日の催しは一様ではないようだ。

 我々の迎えた成人の日は、たばこも酒も恋愛も結婚も選挙権も、誰にも相談なく出来るんだという、何か楽しみや希望を感じたものだった。
現代の若者たちは、成人の日をどんな感覚で捉えているのだろうか?

 ややもすると、年齢だけは成人になったが、精神的な面ではまだまだ幼稚な成人が各地で騒ぎを起こしているのを聞くにつけ、彼らは何と心得て居るのだろうかと、考えてしまうことがある。

 私の成人の日は、県庁で開催された催しに出席し、市長からアルバムをもらったこと、同年の彼女と初デートしたことくらいの思い出しか残っていない。
その日はたしか、快晴で暖かな日和だったと思う。
あのときの彼女、今はどうしているだろうか?

| | コメント (0)

(21.1.15) めでたくもあり めでたくもなし

 四季の道を歩いても、この時期は殆ど花に出会いません。
ものの本には早春に咲く草花としては、ストック・クロッカス・水仙・ヒヤシン
ス・パンジー・プリムラ
などが紹介されています。花木類では、ぼけ・梅・ろう梅などがあります。

 我が家の庭では、水仙とパンジーとぼけがかろうじて花を付けているところです。
この時期は、花にとっては「待機の時間」とでも言えるのでしょうか?
この寒い時期を耐え、春になったら一斉に花を咲かせる準備期間とでも言えるのでしょうか?

 年賀状の整理をしていると、人生の区切りを感じます。
昨年は早々に元気なご挨拶をいただいたのに、今年はお便りが無く、どうしたのかな?と言う方もおり、年々そんな方が増えてくるのも、私が長く生きてきたという証拠かも知れません。

 昨年のうちに、年賀を遠慮するというハガキをもらった人だけでも10人もなり、年々そんなハガキの数が多くなるのも、やむないことです。
私の人生も、黄昏に近づいた証拠でもあるようです。

 人の人生は、長い人も居れば、あっという間に全速力で駆け抜けて言った人もおります。長い、短いだけがその人にとって幸せだったか、不幸だったかをにわかにはいえません。
こればかりは、他人が判断するものではなく、本人が「俺はまだ生きていたかったのに」と思うか「俺は、もう十分生きた」と思うかの違いではないだろうかと思っています。

 正月は、やはり「めでたくもあり、めでたくもなし」と思うものなのでしょうか。

| | コメント (0)

(21.1.9) 一汁一菜

 寒い日が続きます。
こんな寒い夜は「」が恋しいもの。そんな夜、我が家の定番は「豆乳なべ」である。
土鍋とガスコンロをテーブルに持ち込み、具材を鍋にぶち込むのは、私の当番になっている。

 土鍋に水と豆乳を半々に入れ、沸騰してきたところに魚介類の蟹、ホタテ、鱈の切り身、エビなどの海産物を入れる。豆腐、シラタキが続き、2度目に沸騰してきたら白菜、ネギ、エノキ、ホーレン草などの野菜類を鍋に入れる。

 再び沸騰してきたら、食べ頃となるので、それぞれで小鉢に取る。
小鉢にすくい上げ、好みの濃さの醤油だけで味付けするのが私、妻は醤油に時にはユズや酢を加えたりしている。

 鍋物は各自が好きなものを、好きな順序から、好きなだけ食べることが出来るという利点がある。
仮に残り物が出ても、安心だ。翌夕食のごちそうになるからである。

 翌日は残った汁に、残り物の野菜や魚と、残りの豆乳入れて沸騰させ、ご飯を入れて塩味、又は醤油味を付ければ「オジヤ」の出来上がりである。

 寒い夜は、このオジヤを食べれば腹の底から暖まること間違いなしである。

  これを我が家では「一汁二菜」という!?。

| | コメント (0)

(21.1.7) 静かな正月

 今年の年末年始は、お天気にも恵まれ、本当に穏やかな日和が続きました。

 年末には、泉谷中学校の教室のガラスが何者かに破損されるという事件がありました。私のような老境の者にとっては、このあり余ったエネルギーを学力やスポーツやボランティア活動に活かしてもらいたいと思ったことでした。

 今年最期の日、かぐや姫さんと私が書いているブログを読んでくださった方からお褒めのお言葉をいただきました。
日常の些細な事柄だけれども、とても良いお話で、楽しみにしています」とのこと。ありがとうございました。

 正月2日には、珍しく孫たちがやってきた。数年ぶりの再会だったので、体も大きくなっていたが、大人しさも少し身につけてきたようだ。その分私からの「お年玉」も奮発しなければならない。でも孫たちの成長を見るのは嬉しい。

 3日、五月蠅い孫たちが帰って、ホッとしてTVを見ている。 関東大学対抗箱根往復駅伝は往路・復路とも東洋大が初優勝した。早稲田が2位と健闘したが前年優勝の駒大は、シード権さえ失う結果だった。
1・2年生が活躍した東洋・早稲田の両校は来年も活躍が期待される。
テレビ観戦の際、窓ガラスから射す暖かな陽の光を浴びて、居眠りが出そうだ。

 4日、いつも私が漬けている「白菜の漬け物」が無くなったので、今回は、いつもとちょっと変え、リンゴの皮を入れてみた。
陽に干した白菜とリンゴの皮を漬け物器に入れ、塩と辛しを効かした。

 5日、白菜が漬かったようだ。適度なリンゴの甘みと香りがとてもいい。
ウン、これはいけそうだ。妻からも合格点をもらった。
皆さんお試しあれ。
家事も手伝うことがある散歩オジサンより。

| | コメント (0)

(21.1.4) 明けましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます。
三が日は、ぬけるような青空、皆様はそんな清々しい新年をお迎えのことと思います。

 元日、私は初日の出を拝むため、ちょっと早起きをして「秋の道橋」で迎えようと散歩にでました。橋の上には私と同じような思いをした方々が2~30人も集まっていました。
初日を見た後は、K2電気横の丘から、富士山を眺めました。

 昨年、暮れも押し詰まったの30日に、泉谷中学校の校舎のガラス60数枚を破壊するという事件が発生しました。
そんなエネルギーが余っているのなら、、スポーツに活かせれば、それはそれはすばらしいことなのに、と思ったことです。 

 31日、日比谷公園に「派遣村」が開村になり、年末に職も住まいも失った人たちが多勢集まって居る様子が放映されました。
中年の方が「こんなに人の情けをありがたいと思ったことはありません」と語っていたのが、とても印象的でした。
そんな報道の寂しい年の瀬は、はじめてでした。

 昔の家族団らんの風景と言えば、コタツに家族全員が入り、ミカンを食べながら「紅白」を見るというものでした。
今はそんな風景はどこにも見あたらなくなってしまいました。
我が家でも妻は「紅白で是非見たい、聞きたいという歌手も曲もないから」と言って早々に床に入ってしまった。
私も、じっくり歌を聴こうという歌手も歌も無いだけでなく、跳んだりはねたりのショウと化しているグループには、少しも興味が持てなかったので、風呂に入って寝てしまった。紅白、どちらが勝ったのかさえ、興味が無かった。 

 夫婦でさえ、こんな様なのだから、家族全員が一同に会することなど、どこにもないのではないだろうか。
さらに我々老人に対する扱いはどうも冷たいような気がする。
若い人向きのブループや歌手でなく、年寄りも楽しめるような選出に配慮してもらいたいものだ。

 1日と2日、娘たちがそれぞれの娘や息子を引き連れてやってきた。
孫たちが来たのは数年ぶり、それだけにその成長ぶりに驚かされた。
いつもは夫婦二人だけの静かな生活に慣れているので、彼らの訪問はいささか騒々しさを覚えた。「孫は来て良し、帰って良し」と言うが、彼らが帰宅してホッとしている。

 3日、静けさの戻ったなか、夫婦で箱根駅伝を見ている。
ガラス戸を通して射す日の光が、暖かい。

| | コメント (0)

(20.12.27) 箱入り娘

 千葉市は「地産地消」を推奨するとして8カ所ほどの直売所を紹介している。
その1つがJAの農産物直売所「しょいかーご」(若葉区小倉町871)である。

 最近はここに出向き妻とドライブを兼ねて、週に1度ほどの割合で野菜を購入している。
食物の生産地や消費期限の偽装などが最近になっても後を絶たず、苦々しく思っていますが、ここでは、そんなことは無いと思います。
商品の値札には生産者の名前も記載されていて、見るからに新鮮な野菜だ、と私でもわかります。

 今年は、リンゴの当たり年のようで、中でも青森産「ふじ」は芯に蜜がたっぷり入っていて、甘さも一二分です。
この前に来た際に買ったリンゴがとても美味しかったので、今日は1箱買っていこうと妻と相談し、買って帰った。
ところが、帰宅して中身を点検したところ、1/3ほどのリンゴに傷があったり、潰れかけていたり、中には汁が出ているものが出てきた。

 これはひどいと、早速、交換に出向いた。
係の人が「申し訳ありません」と気持ちよく交換に応じてくれて良かったのですが、「箱を開けて点検しなかったのですか?」と言うのです。
あら、レジの人も何も言わなかったので、信用して居ました」と私。
箱を開けて、調べることになっているのですが」・・・・

 よく「箱入り娘」ということわざは聞くが、私が点検もせずに買ってしまい、世間知らずの箱入り娘だったのか、それとも箱入り娘(リンゴ)は中身を確認しないととんでもないことになる、の例えだったのだろうか?

箱入り○○」にはご注意を。老爺心

| | コメント (0)

(20.12.23) ゆず湯

 四季があって、折々にいろんな行事を楽しむことが出来るのも、日本に住んでいるからでしょうね。幸せなひとときです。

 12/12の毎日に、森本哲郎氏がこんな一文を寄せていました。
ヨーロッパの建物には「」がない。
雨宿りを許してくれる軒がないのです。最近は日本の家屋も洋風になってきた。
高度成長とともにコンクリートの団地やマンションが増えた。
戦前まで、日本人の家屋は自然と親しんでいた。縁側で子供が遊び、近所の人が腰かけて、話すこともなくなった。自然が遠ざかり、人間的暖かみが切断されてしまった。

 私たちの散歩コース(四季の道)で、にわか雨に遭っても、軒を借りるなんてことが出来なくなっています。仮に軒があったとしても2階屋では、あまり役立ちそうにもありません。
せいぜい隧道(トンネル)に逃げ込むくらいのことしかできません。

 最近、あったことですが、夜逃げ同然のように、挨拶もしないまま転居してしまうような人も中には居られるのは、とても残念です。
我が家にもひさしや縁側はありませんが、「向こう3軒両隣」親しくおつきあいさせていただいているからこその「贈り物」に感謝しつつ、のんびり湯船につかっています。(散歩おじさん)

| | コメント (0)

(20.12.20) お金を知らない世代

 12/12付、毎日新聞にこんな投書が掲載されていた。

100玉見たことある?」
ない
1000円札は?」
知ってる
これは小学4年生の子供とお話した言葉です。

 お年玉でお札は目にするけれど、それ以外の硬貨は手にしたことのない子供が最近は増えているのではないでしょうか。
欲しい物は、お母さんとお買い物に行った際に、お母さんが持っているカゴに入れれば手にはいるし、代金はカードで精算するお母さんが多くなっています。

 最近はこのように、お金を使わずに安易に買い物ができるため、子供は算数の計算が不得意になり、お金のありがたさや、お金が無ければ、我慢することも身につかないのではないでしょうか。

 話は変わって、私のウソのようなホントの話です。
私の育ったところは、大分県直入郡姥嶽村大字倉木(今は竹田市に併合されている)という村で、電気もなくランプ生活のおお田舎でした。

 当時、村の生活には、お金は全く不要だったのです。
なぜなら、物々交換で物が手に入ったからです。
例えば、醤油1升は米1升5合とか、お酒1升は米5升などと、お金を米に換算する方法で行われていたからです。
ですから、私も小学校に入学するまで、お金を見たことがなかったのです。

 現代の子供とは全く異なる意味で、お金を知らなかったのです。
およそ60年前、日本にもこんな暮らしをしていたのですが、今の子供たちが親になる頃には、すべてがカードでやりとりする社会になり、
昔は、お金などと言うものがあり、買い物のたびにやりとりされていたのだよ」などという、昔話をするようになるかも知れないですね。
散歩おじさん

| | コメント (0)

(20.12.18) チャルメラの笛

201216_002

 夜10時過ぎ、風呂に入って寝ようかなあと思っていたところ、なつかしい「夜泣きそば屋、ラーメン売り」のチャルメラの音が聞こえてきました。
このところ久しく耳にしていなかったので、本当になつかしく聞きました。
大した受験勉強をしていたわけではありませんが、10時頃にもなると、お腹が減りグーグー鳴っていたことを思い出します。
もちろん、最近はリヤカーを引いての営業ではなく、軽トラックのようでした。
この寒さの中、商売とはいえ、大変ですよね。

最近の冬の風物詩と言えば「石焼き芋」の「ピー・ピー」という音、そして近年は灯油販売の売り声です。「とうーゆ、18リッター 1,300円」などという流しの声です。
昨年の同じ時期は1700円/18L くらいだったそうですが、今年は原油価格の暴落で少し値を下げているようです。

ところで石油ファンヒーターとエヤコンを比べるとどちらが安いと思いますか?
1kw/hの熱量コスト石油を比較すると石油ヒーター7.39円、エアコン27.03円となります。また石油半ヒーターの値段は1~3万円で購入できますが、エアコンは10~20万円の費用を要しますから、単純にいえば、石油の方が安価と言えます。

 私は、石油の臭いが大嫌いで、ガスストーブのやっかいになっています。(散歩おじさん

| | コメント (3)

(20.12.10) 楽しくなければ続かない

20124_002

 私はいま、おゆみ野の四季の道を楽しんで歩いている。
この心境に至るまでには、随分長い道のりがあったように思う。
人間誰しも、苦しみや悩みを持ちながら生きているのが常、毎日の苦しみの上にさらに苦しみを加える必ことは、プラスには決して働かない。

 小学校2年生のとき、私は算数がことに苦手だった。ある時、先生からこっぴどくしかられたことがあり「こんちくしょう」と思い、泣きながら姉に教えてもらっ たことがあった。この日を境に、先生の話が解るようになり、授業が楽しく、待ち遠しく感じるようになった。

 ジョギングにしても、始めた当初は、毎日のように記録が伸びて、体にも勢いがつくものだ。がある時から、記録は伸びず、疲労だけが重なり、気力も落ちてくることがある。そしてついに、記録の伸びは、その日を境にむしろ低下し始める。

 こうなるともうダメで「やめた」と言うことになる。
従って、こうなる手前で、ちょっと気休めをすることを勧める。
疲れたなあ、と思ったら、気にせずにサボる。
今日は気が向かないなあ、と思ったら体を休める。
そんなことを2、3日やっていると、また走りたくなったりするものだ。

 私のジョギング歴は、その繰り返しだったように思う。33歳で開始してから60歳の定年を迎えるまで(途中に何度か挫折を繰り返したが)曲がりなりのも続けられたのも、こうした「いい加減さ」があったからであり、ジョギングが楽しくなったからである

 もう一つは、友人を作ることだ。
体力的には同程度の走力の持ち主がいい。が、そのような人がいない場合は、挨拶程度のつきあいから初めてみることだ。
定年を迎えてからは、ジョギングから散歩(ウォーキング)になってしまったが、今日もこうして続けてこらたのも、友人の有形無形の励ましがあったからである。

 寒いこの季節、サボりたいという気持ちを奮い起こしてくれるのも友人たちである。歩き終えてから風呂で一汗流し、空腹状態で食べる朝食のおいしさが、楽しさを倍加させてくれると思っている。(散歩おじさん

| | コメント (0)

(20.11.28) 烏合の衆

烏合の衆
烏の群れのように、統一や規律のない群衆の形容を言う。

春の道の中程、春の道橋から扇田橋にさしかかるところに来るといつも烏の群れに出会う。時には20羽~30羽もの烏が群がり、身の危険を感じることすらある。
人間は「烏合の衆」などと例えて、烏をいかにも知恵の劣った鳥の代表のように思っている人がいたら、それはとんでもない誤りだ。

ここ春の道に彼らが集まって来るのは、彼らの餌である好物が落ちているからに違いなく、また、彼らなりの情報交換をはかっているに違いない。
彼らは、仲間同士で小さないさかいをすることはあっても、命を落とすような激しい争いは決してしない。
平和のシンボルのように言われている「」の方が、雌をめぐる雄同士の争いは熾烈を極め、徹底的にやっつけることすらある。

さて、最近はペットブームで、ことに女性のあいだで犬を飼うのが流行しているようだ。四季の道でも、多くの女性が犬の散歩をしている姿に出会う。
ところで、「井戸端会議」というのは聞いたことがあるが最近は「犬会議」を開いているのをよく見かける。
それも人が通る道の中央を占領していることもあり、散歩する人間の通り道がなくなり、困ることさえある。これは何とかやめてもらえないだろうかと思う。。
2~3人、ときには5~6人ほどの女性がそれぞれに犬を引き連れては「犬会議」を開いていることもある。。

もろもろな犬情報の交換をはかっていたり、犬同士のコミュニケーションをはかっているのだろうが、ただ一つ見ていて気になることは、飼い主が犬がいうままに引っ張られていることだ。
これではお犬様が主で、飼い主が従の関係になっている。
散歩の際、犬は飼い主に絶対服従で、リードは短く持ち、飼い主より先に歩かせないと言うことを徹底させるのが、犬を飼う第一の「しつけ」だと、トレーナーは飼い主を指導している。

こういう、基本的な「しつけ」もさせずに、ただ単に我が子(犬)可愛さに集っているのは「犬合の衆」と言えなくもない。

愛犬家には、耳の痛い話だっただろうか?(散歩おじさん

| | コメント (0)

(20.11.25) 四季の道で「赤毛のアン」の家を見つけた

 ルーシイ・モンゴメリー著(村岡花子訳)「赤毛のアン」を夢中になって読んだ記憶のある人に、おゆみ野の四季の道にもグリン・ゲイブルスのアンの家があると言ったら「エッ」と驚くに違いないでしょうね。
もちろん私の勝手な想像なのですが。

 榛の木並木ではなく、ケヤキ並木の通りに建つこの家は、薄茶色のスレート瓦屋根の2階屋、東側にはサンタクロースが入れそうな太い茶色の煙突があり、グリーンの窓枠がある2階建ての家、ここがおゆみ野のグリン・ゲイブルスアンの家である。

 その名のとおり、家の回りはぐるっと木に取り囲まれており、今は赤いドーダンツツジが波打っている。
ゆったりとした庭には、小さな池があり、傍らにはテーブルとイスがある。
そして、季節ごとの花が咲きみだれ、とりどりの木々が植えられている。

 1階はレンガ造りなっており、マシューやマリラの寝室がある。
南向きに広がった2階の張り出し窓からは、今にもアンが顔を出すのではないかと思わせるような作りになっている。

 おゆみ野などという名前よりも、アヴォンリ-街と言った響きがよさそうだ。
そして近くには、アンが夢見ていた小川も、流れている。
その小川は、泉谷公園を源に、大百池まで流れている。
大百池なんて誰が名付けたか知らないが、さしずめアンならば「輝く湖水」と名付けるに違いない。
この時期、湖水ではカモや雁などの冬鳥たちが羽を休め、戯れたり、潜ったりしているのが見られる。

 こんな素敵な環境に、私たちは住んでいるのです、などと宣伝しようものなら、大勢の顧客が押し寄せてくることでしょう。
そんな街に、15階建の高層マンションを建てようとしています。どう見ても不釣り合いだと私は思うのですが。(散歩おじさん

| | コメント (0)

(2011.22) 私の彼は左利き

 1973年、歌手浅丘めぐみが歌った「私の彼は左利き」が大ヒットしたことがあった。左利き旋風とでも言えようか。
この歌の歌詞では、投げキッス、手招き、涙をぬぐうとき、小指をつなぐとき、手を振るとき、時計を見るとき、コーヒーを飲むとき、手紙を書くとき、電話をするときなどなど、すべて彼は左利きという具合だ。

 実は私の娘も左利きであるが、箸使いと字を書くときだけは、右利きに(私が無理矢理強制的に)矯正させたが、残りのことは、すべて左利きである。
投げること、包丁を握ることなどに加えて、注射針を刺すこと(彼女は看護婦)もそうだから、患者はびっくりすることが多いらしい。

 最近は敢えて左利きを矯正しないのが育児の基本だと言われている。
野球選手場合では、左利きが有利と言うことで本来の右利きを敢えて左利きに変える例も多い。イチローや松井は、打者の時だけ左利きにしているのがその一例である。
最近の左利きは、「私の彼は左利き」のように何でもかんでも左利きと言うことにはなっていないのが、多いようである。

 さて、そんな中で、四季の道で知り合いになったIさんも「変わり者」と言えるかも知れない。
Iさんの日常は多忙を極めている。
週3日間は、四季の道の清掃活動をし、2日間は四季の道をジョギングし、残りの2日間は、ご夫婦で散歩をしている。 

 ご主人が勤めに出ている間に、友人と硬式テニスを楽しんだり、ボーリングをしたりする一方、お料理や菓子作りもプロ顔負けの腕前である。
まさにスポーツ万能、家事は手抜きを一切しないというスーパーウーマンである。
余暇をつくり、ご主人と一緒に海外にも旅行されている、まさにおしどり夫婦でもある。 

 そのIさん実は、ボーリングもお料理もすべて右利きなのに、何故かテニスのラケット振るときだけは左利きなのだ。
何故そうなったのか、自分でもわからないという、ちょっと変わり者?

今日11月22日は「いい夫婦の日」。
そんなIさん、右利きのご主人とはもちろんいい夫婦だ。(散歩おじさん

| | コメント (0)

(20.11.20) 笑い話 続編

 私と夫婦に間違われたHさんと久しぶりに出会った。
 私「先日は、申し訳ないことをしました」とお詫びすると、Hさんいいえ、どういたしまして、私、ちっとも気にしていませんから」と逆に慰められてしまった。

笑い話」がブログに掲載されてから、何人もの方から「Hさんで誰なの」とい う質問をうけた。私は「知らぬが華」とその都度答えていた。
彼女へ迷惑が及ぶかも知れないと思ったからだが、ちょっと安心した。

 私は長年にわたり四季の道を歩いているが、名前や住まいを知っている人は、そんなに多くない。
その殆ど方は朝の挨拶「おはようございます」だけの知り合い(?)だからである。親しそうに話をしていたとしても、何年も自己紹介などせずいる人の方が多いのだから、かなりいい加減な人間であることを証明している。

 知り合いの一人、Sさんとも会話をすることがある。
Sさんは、毎朝4時に起床し、家事一切(ご家族の朝食はもちろんのこと洗濯・掃除・風呂の掃除まですべて)を片づけてからジョギングに出るというから、すごい頑張りやさんである。この頑張りは、どこに秘められているのだろうと会うたびに思い出している。

 さらに先日もこんな話を伺った。
スーパーの安売りをめざとく見つけてから、今夜のおかずを決めるのがプロの主婦で、予め、今夜はお肉にしようなどと考えるのは、甘っちょろいのですって、とテレビでやってましたよ」という。
なるほどなるほど、にわか主夫をやっているなどと、自惚れている場合ではないとつくづく悟った次第だ。
Sさん、まさに主婦の鑑だ。

 我が細君もSさんの爪の垢でも煎じてもらったらと思わなくもない。
ただし、ここだけの話。(散歩おじさん

| | コメント (0)

(20.11.17) 東京国際女子マラソン

 第30回を迎えた「東京国際女子マラソン」が16日に終わった。

 私には、30年前に最初にここを走った女性の中に、忘れられない選手がいる。

 第1回と第2回大会を続けて優勝した英国の「ジョイス・スミス」選手。
彼女は、英国人女性の模範として、沿道に「唾や痰」を吐くのははしたない行為だとして、ハンカチを持参するという、模範を示した。
さすがと思ったが、彼女以外にこのような礼儀をしていた選手はいなかったし、その後も模範を示した選手は現れていない。
当時は皇太子夫人だった美智子さんが、何回か東宮御所から出て、応援されたのもこのレースだった。

 もう一人は資生堂の市民ランナー「松田千枝」選手だ。
彼女は、銀座の資生堂に勤務していたが、昼休みには近くの皇居周回コースを毎日走っていたからである。
今年60歳を迎えた彼女、テレビに映された映像からは当時と少しも変わらない、若々しい肢体で、軽々と走っていたのには驚かされた。

 実は、私も千代田区内の事業所に勤務していたので、昼休みに皇居を走っていたのだ。当時は、ジョギングブームのはしりで、メッカとされた皇居を多くの人たちが朝と言わず昼と言わず、終日ランナーが走っていた。

 女のくせにえれく早く走る人だなぁ、と思ったのが最初だった。
皇居周回コースは、約5km、上り下りのあるきついコースで、私は17分を切ることが出来なかったが、いっぱしのランナー気取りで走っていた私を、彼女は楽々と抜いて行ったからだ。
後で噂に聞いて知ったのが彼女だった。

 その彼女も、今年60歳を迎えたそうだ。この大会も30回が最後でコースを変更し横浜で開催されるという。
この大会の華だった彼女も、今回で引退すると言う。
あこがれの人が、また一人消えた。(散歩おじさん

| | コメント (3)

(20.11.16) 笑い話

 今朝のことだ。
散歩の途中で出会ったHさんと並んで歩いていたときのこと、いつもすれ違うご婦人から「ご夫婦ですか?」と言われ、二人ともびっくりしてしまった。

 でも考えてみれば、結婚して40年あまり、とっくにトウがたっている夫婦間ではいくら散歩だからと言ってもそんなに楽しい語らいをするわけがない。
Hさんと私は、親子ほどの年齢差があるのだから、どう見たって夫婦とは思えないはず。20~30歳違いの夫婦がいたって、決して珍しくないご時世だから、かのご婦人のリップサービスだったのだろうか。

 いやいや、私が若く見られたのだ、きっと。
よほど鼻の下を長くしてHさんと親しげにしていたからに違いない、などと買いかぶってみたりする。

 それにしても、間違われたHさんには申し訳のないことをしてしまった。
朝の笑えない「笑い話」である。(散歩おじさん

| | コメント (0)

(20.11.15) 赤い月と白い月と

11/13、昨夜早寝したお陰で5時半に目覚めた。日の出には早いが散歩に出た。
西の空には赤い大きな月が浮かんでいた。

11/14、今朝、5時半に西の空を見上げたら、今日は白いまん丸の月だった。
どうしてこんなに色が違うんだろうと、考えているうちに、日の光に照らされて肝心のお月様は、お隠れになっていた。

一昨夜(11/12)の夕食、
今夜は豆乳鍋にしよう」と細君の提案があったので、材料をスーパーに買いに出た。
豆乳、タラ、ホタテ、むきエビ、牡蛎。野菜類は、白菜、ホーレン草、ネギ、エノキ茸、豆腐にシラタキを購入。

土鍋に、豆乳と水を半々ほどに入れ、煮立ったところに、魚類、野菜をぶち込むと美味しい香りが食欲をそそる。寒い夜は鍋にかぎる。
腹一杯食べて、残った汁は明日の夜、野菜を追加し醤油で味を付け、オジヤにするのが、我が家のしきたり。もう一晩、鍋のうまさを楽しもうというわけだ。

さて、13日は久しぶりに太陽が顔を出し、洗濯・布団干しに絶好日和という予報が出ていた。鍋を腹一杯たべたので、明日は元気で働こうと、早寝をした。

ところが13日は、案外の天気だった。
張り切って、布団干しをしたのだが、肝心の太陽が出ても、すぐにお隠れになってしまい、1時過ぎには曇って来はじめたので、取り込んでしまった。
明日も良さそうだという予報が出ているので、しようがない明日にするか、と一人慰めた。

夜10時、ドラマ「風のガーデン」を見た。
ピアノの演奏「乙女の祈り」も良かったが、中井貴一とのチェロの合奏も、とても心が和んだ。
そのお陰で今日も、いい眠りにつけそうだ。(散歩おじさん

| | コメント (1)

(20.11.13) 私の同期会

 10/10~11にかけて同期会に参加してきました。

 この同期会は、新入社員の集合研修で一同に会したあと、関東一円の事業所に配属されましたので、10数年間は滅多に同期の者たちと顔を合わすことはありませんでした。

 偶然のきっかけで有志が呼びかけあい、気のあった20人ほどが「同期会を開催しよう」ということになったのが始まりです。
2回目以降は、各県の持ち回りで開催されることになり、今回は18回目になりました。
関東5県(群馬・千葉・東京・神奈川・長野)を順番に持ち回りで開催しますが、今回は東京の番でした。

 上野駅に集合し、浅草に出て浅草演芸ホールで落語や漫才を楽しみ、次いで浅草寺界隈を散策しました。
先頃TVでも浅草をテーマにしたドラマがありました。
あんどうなつ」には貫地谷しほりが「浅草福松旅館」では西田敏行が主演しましたので、ごらんになった方もいると思います。

 私も何十年ぶりに浅草に出向き以前の浅草とはその変貌ぶりに、まるで田舎者同様の感がありました。
観光客の多いことにも驚きました。日本人だけでなく外人もたくさん見かけました。

 夜は、気の置けない連中が酒の勢いも借りて、どんちゃん騒ぎ、でも、みんな68歳、12時を迎える頃には、それぞれの部屋に落ち着きました。
中には大きな病を得て闘病中の者、ガンの手術を体験した者、透析中の者などなど、人生の終盤に向かっていることを再確認しあった、同期会でした。

 翌日は上野に出て、芸術の秋にふさわしく、絵画を鑑賞しました。
ヴィヘルム・ハンマースホイ・静かなる詩情」と常設展の「松方コレクション」
を観賞し、上野公園を散策したのち、解散となりました。(散歩おじさん)

| | コメント (0)

(20.11.9) 主夫の仕事 その2

 今秋は、割に暖かな日が続いたお蔭でなかなかみこしをあげる気にならず、でも立冬ともなれば、冬支度にせねばと思い立ち模様替えをしました。

扇風機

千葉に転居する前から使っていたので、かれこれ30年は使用してきました。古い扇風機が発火したというようなニュースも聞きましたが、我が家の扇風機は、毎年、モーター部と羽、網を外し、埃を払ってから、段ボールに詰めて物置にしまっておりましたので、そんなこともなく過ごしてきました。
今夏もよく活躍してもらいました。

よしず、すだれ、寝ござ類

晴天が続いた日に、乾燥させてあったので、紐で縛り物置にあるいは押し入れに。

寝具類

シーツは夏用から冬用の物に、タオルケットから毛布に、夏がけ布団から冬用布団に、私は、冬用ドテラ(かい巻き)を愛用しています。

暖房機類

ストーブが活躍する時期。ガスは室内用、電気は部分暖房用に使用するので、物置から出し所定の場所に設置。

こたつ

こたつ大好き人間の私、私専用の部屋に畳・半畳大のこたつを設置するのは大仕事、まずは部屋の掃除から開始しなければなりません。
作業に取りかかったところで、こたつ布団を新たに購入しなければならなかったことに気づきましたので、今日のところは中断。

ガラス戸、雨戸、障子、ドア、蛍光灯・電球の点検、カーテンの洗濯

11月も半ばとなると、そろそろ大掃除の計画も立てねばなりません。
洗剤、ぞうきん、ゴム手袋などの掃除用品の準備、蛍光灯の購入計画(種類・本数)

この前まで、暑い暑いと言っていたのに、気づいて見ればもう寒さに震える季節が到来していました。
年齢とともに、月日の経つのが速くなり、あっと言う間に1年が過ぎようとしています。早め早めにと思いつつ、いつものことで手遅れになってしまうのも例年の行事になっています。(散歩おじさん

| | コメント (1)

(20.11.6) にわか主夫のおすすめ料理

3年ほど前のことですが、ヘルニアで動けなくなった妻に代わり、にわか主夫をすることになってしまった。
炊事、洗濯、買い物、布団干しから、室の掃除に至るまで主夫の仕事はきりがないっていうことを改めて、知りました。

中 でも頭を悩ましたのは、献立でした。
毎日の献立をどうするか?が最大の難題でしたが、無い知恵を絞って、私はこうしてくぐり抜けました。
1週7日間(つまり7種類)の献立を考え、その献立にそって、おかずを作っていけばいいと考えたのです。そしてさらに以下のことを念頭において献立を考えてみました。

第1、主菜を、野菜、肉、魚とする。
  これに副菜として、サラダ・漬け物・味噌汁を付ける。

第2、また、同じ肉でも、牛・豚・鶏と変化をつけること。
  焼く・煮る・炒めるとバリエーションを考える。(これは、野菜・魚でも同じ)

第3、季節に彩りをつける。
  夏は冷や奴・冬は湯豆腐、夏はキュウリの浅漬け・冬は白菜の浅漬け、 夏はざるそば・冬は熱いうどんや鍋物と言った具合に。

第4、年中変わらないおかずは、味噌汁、納豆・生卵・たくあん・鰺やカレイ・サンマの開きなど。

さて、季節は秋から冬へと向かっています。身も心も暖まる献立が欲しいものです。私の乏しい知識を絞り出したものですが、皆さんのお宅ではどんな献立になっているでしょうか?

1、豚汁または芋煮
材料:豚肉・大根・ネギ・しらたき・ゴボー・里芋・エノキ茸・人参
※注意 里芋だけは先に火を通しておくこと。
(我が家では味噌味です)

2、おでん
材料:おでんの材料がパックになっているものを買ってきて味付けをする。一緒についてくる「おでんのタレ」は甘すぎるので、使用しない。

3、うどん
鶏ガラで出汁をとり、白菜・エノキダケ・油揚げ・ホーレンソウ・卵をぶち込めば出汁の出来上がり。
冷凍うどんはレンジでチンし、どんぶりに取り、出汁をかける。

4、しゃぶしゃぶ
しゃぶしゃぶ用に薄く切った牛肉、豚肉を使用、白菜、ネギ、しらたき、エノキ熱した鍋に肉を浸し酢醤油などで味付けする。
(ただし我が家では酢は使わない)

5、すき焼き
材料:牛肉・白菜・ねぎ・しらたきなど
我が家では砂糖は使用せず、醤油だけで味付けをする

6、鍋もの
材料:鱈・エビ・アンコウ・蟹・鮭・ホタテ・はまぐり
土鍋に上記材料をぶち込み、味噌仕立てで食べる。
(我が家では、豆乳仕立(水の代わりに豆乳を入れることが多い)

7、湯豆腐
材料:出汁昆布と一緒に豆腐を暖め、醤油にはショーガ、千切りしたネギを加える

8、カレーライス
材料:豚肉が主流でしょうが、鶏肉もいけますよ

9、焼飯(と言うよりも、野菜炒めの中にご飯が入っている)
ベーコンまたは豚肉・キャベツ・玉葱・人参・シメジ・ピーマンをフライパンで
炒め、少し塩辛く味付けする。そこにレンジでチンしたご飯を入れ、さっと火を通す。(我が家では野菜炒めとご飯の割合が五分五分もしくは六分四分)

早速やってみよう、などと思った献立がありましたか?

| | コメント (1)

(20.11.4) 変らぬ棚田の風景

20920_013

 私は2001年に千葉県鴨川市の郊外にある「大山千枚田」のオーナーになり、2年間、米作りを体験しました。

 大山千枚田は千葉県内の棚田では、最も風光明媚なところとしても、近来有名になっています。
棚田(段々田んぼ)は、1枚1枚の田が小さいだけでなく、形も違えば、面積も異なっています。急なあぜ道は耕耘機や田植機など通行を阻むだけでなく、機械を使って耕したり田植えをしたりすることが困難で、大変非効率な田んぼです。

 その上この棚田で代々、米を生産してきたお百姓さんも、高齢化に伴って耕作がいっそう困難になってきていました。
そこで、棚田を守れと言い出した有志が呼びかけた「棚田のオーナー募集」に鴨川市も協力申し出て、広く県内外に募集をしたのです。
その呼びかけに、私も応募した、と言うわけです。

 5月の連休に田植えを行い、6月と8月には雑草刈りをし、9月には稲刈りと脱穀、10月は精米と言うのが、年間の大まかな計画でした。
オーナーの多くが、農業体験は初めてという人たちでした。子連れの一家はみんなどろんこになって、田んぼと格闘していました。子供たちはカエルやバッタ採りに大騒ぎをしていました。

 私は、最も小さな田んぼ(100㎡ほど)のオーナーになったのですが、一人で耕すのには適当な面積でした。

 さて、借り農園などで野菜類を作る際に注意することは「連作障害」(同じ作物を同じ畑に作ると連作障害が起きることをいう)を避けることです。
しかし、「」だけは、連作障害はありません。
米は、同じ田んぼに毎年米を作り続けることが出来る唯一の生産物なのです」という話に、えらく感心したことを思い出します。

 富良野を旅行したときにバスガイドが「パッチワークの畑は毎年その色合いが変わります。それは、毎年異なる作物を植え付けるからです」と紹介をしたことを思い出しました。
しかし、棚田は毎年、春には早苗が、夏には緑の絨毯が、そして実りの秋には黄金色に染まります。

 棚田は、毎年同じ風景が見られるのです。(散歩おじさん

| | コメント (2)

(20.11.1) 秋

201030_024

 読書の秋とか、芸術の秋とか言われるゆえんは

  ゆったりと本を読むのに適している気温は20℃から25℃
頭を使う本の時は18℃くらいがよいとされている。

 さらに音楽の秋ともいわれ、クラシックコンサートがよく開催されます。
この理由の一つに、秋の気候が楽器に合っていることが挙げられます。西洋楽器は湿気が苦手で、日本の夏は響きが悪くなります。
冬は逆に乾燥しすぎて、弦が切れてしまったりします。
秋が丁度いいのです。行楽に出かけるのもいいですがコンサートに足を運んで音楽に親しんでみては如何でしょうか。

 新聞の天気案内にそんな紹介がありました。
湿気で音程が狂うのでしょうか、そこまで音の変化が分かるようでなければその道の「つう」ではないのでしょうね。(散歩おじさん

| | コメント (0)

(20.10.27) 散歩おじさんの自己紹介

191021_004
はじめに


ひょんなことからコタ姐さんとブログの仲間入りすることになりました。
どうぞよろしくお願いいたします。

他称(自称に非ず)散歩オジサン自己紹介

おゆみ野に居住するようになって、おおよそ20年になります。家族は妻と二人暮 らし。8年前に、サラリーマンを卒業し、無職という年金暮らし。
唯一の収入は年金のみ、出るわ出るわ社会保険庁のでたらめぶりには、開いた口 がふさがらないと、人一倍腹を立てている老人です。

趣味
もっぱら「四季の道」を散策(なんてかっこいい表現ですが、実は辺りをキョロキョロ見回しているだけ)すること。
定年前は、昼休みにジョギングをしてきた(ジョギング歴は30年になる)が、定年を機会に散歩をするようになった。

信条は「継続は力」
在職中に続けてきたジョギングが、今こうして毎日元気で過ごしていることに通じていると思っているから。

悩み
散歩の途中、毎年冬になると、腕や指先が氷のように冷たくなってしまうこと。
ホカロンを厚手の手袋の中に入れて、暖めているが、暖まらないこと。

不得手なこと
パソコンに関する知識
メールの送受信、ワード、エクセルの初歩程度しかできない。
デジカメ、携帯は持たないので、写真・添付文書の送信は出来ない。
名文を書くこと(いつも迷文を書き、恥をかいている)  (散歩おじさん

| | コメント (3) | トラックバック (0)

(20.10.25) メル友の床屋さんから聞いた話

頭髪の日にかこつけて、メル友の床屋さんにメールを送りましたところ、下記のようなご返事をいただきました。さすがは専門家ですね。

 男性ホルモンが多いと髪は抜けやすく、ヒゲは濃くなります。
故に本来ならば、女性ホルモンを注射すれば、髪は生えてくるのですが、副作用として、喉ぼとけが無くなり、声が甲高くなり、胸が膨らみます。
ある意味、女性ホルモンは両刃の刃と言ったところでしょうか・・・・。

 なお、ヒゲは皮膚、髪は頭皮と区分が違いますし、移植は不可能です。
生え方も生える周期も形状も寿命も全て異なるので、これまた不可能です。
専門的には頭皮が皮膚化してしまうと、頭髪再生は不可能と言われています。

 また人には避けられない現実があります。
老化』です。髪も頭皮も皮膚と同じように老化します。
若ハゲは、ある程度は遅らせたり、一時的な回復はありますが、それも一時しのぎ。人生の後半に訪れる老人性の脱毛は、避けられません。
歳をとると髪も艶が無くなり、パサつき、細くなります。これが老化です。
育毛剤の箱を良く見ると、使用上の説明の中に、高齢の方は、使用しないでくださいと書かれているものもあります。一時話題にもなった大正製薬の『リアップ』にも書かれていると思います。

私は「若く毛の薄いお客様には、髪を気にせずに、凛とした態度で自分自身のパフォーマンスを高めるような生き方をしてください」と、いつも言っております。(散歩おじさん

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(20.10.23) 無事これ名馬

Img_36262_5001  ちょっと古い話になるが、7/29、イチロー選手が、日米通算3,000本安打を記録した。
この記録が如何にすばらしいものであるかは、各種のメディアでも報道されているところだ。

 イチロー選手が朝起きてからベットに入るまでがすべて野球漬けになっているとして、毎日7/30の夕刊には次のような記事が掲載されていた。

プレーボールから逆算し、他の選手より1時間前には球場入りし、トレーニング、マッサージに時間を費やし、屋内で打撃をチェックし、ようやくフィールドでフリー打撃に移る。試合中も肩甲骨、股関節、膝、足を絶えず動かし「一瞬」に備える。他者を寄せ付けない空気が周囲に漂っている。」

 TV中継を見る限りでも、守備についていても絶えず屈伸運動をして、身体をなめらかにしている。もちろんバッターボックスに入る前、入ってからも単に打つだけの姿勢ではなく、身体の鍛錬をしているのは、ご承知の通りだ。

 グランドでの鍛錬は我々にも見えているのでよくわかるが、私生活の時間の方がグランドにいる時間より長いわけだから、食事から睡眠、休養、家族との関係などすべてが野球一筋でないと、本物ではない。
生活や習慣など日本とは異なる環境の下でも、他の日本人選手が怪我や故障で戦列を離れていることから見ても、その節制ぶりは、他人を寄せ付けないと言っていい。

 「無事、これ名馬」と言う格言は、スポーツ選手向けの言葉だと思われているが、実は凡人である我々にも当てはまることなのだと、最近になって感じた。

人生には何よりも無事(健康)に優るものはないからだ。(散歩おじさん

(注)写真は「おときちにっき 写真部」の写真を転載させてもらいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

かぐや姫 | 元気姐 | 散歩おじさん