« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

(21.7.31) 二度目の汗

定年になってから、我が家の掃除は、私の領分になってしまった。
妻が腰痛を訴え、医者に通うようになったころからかも知れない。
ともかく。毎月1回、住むには狭いが、掃除をするには広過ぎる我が家の掃除を仰せつかっている。

1階には、10畳ほどのリビング、6畳の和室、4畳ほどの台所、それにトイレがある。2階は、階段と10畳の和室と、4畳半の洋間が2室、そして風呂がある。
リビングは絨毯が敷いてあるが、掃除機を掛けた後、絨毯のゴミを取る「コロコロ」というものを掛ける。
接着剤のついた円筒のこの用具は、絨毯のゴミを面白いように付けるので、たちどころに粘着力が落ちてしまう。そこで、ゴミが付着した部分を破り捨てて、新たな面でまた転がすのである。

このコロコロ、何度掛けてもゴミが付いてくる。
髪の毛だったり、綿毛のようなものだったり、掃除機では拾いきれない固形のゴミだったり、何度も何度も掛けるが、よくもまあこんなに付いてくるものだと呆れてしまう。こうして4~5回ほど交換をするとやっと付着物が無くなってくる。
考えるに、我が家の絨毯の何と汚い代物であるかと言うことに、毎回驚かされる。

絨毯には、目立たないゴミが、掃除機ではとれない数多のゴミがこびりついているのだ。私は、この部屋の掃除が終わると、いつもホッとするのである。
畳部屋は、掃除機を2度ほど掛ければいいだけだし、その他の部屋はそんなに汚れは無い。

この暑さである。9時から始めて、終わったのは午後2時近く、汗びっしょりになっていた。
泊まり客でも来ようものなら、どこに寝床を用意しようかと悩む家の狭さだが、掃除をするには広すぎる」を掃除の度に実感しながら、汗している。
風呂で汗を流した後の、夕食はことの外うまかった。
妻の料理がうまかったわけではないが、空腹は、何にも増して食事の旨さを増すようだ。
蛇足だが、自然界の動物は、餌がいつも手に入る訳ではなく、何日間も空腹を抱えて我慢をしなければならないときもある。空腹に耐えて手にした餌の何とうまいことか、と思うのだ。

さて、夕食後の話である。
9時過ぎ、部屋の明かりを消して再度風呂に入って、リビングに戻ってみるとどうだ、ゴキブリが3匹運動会をしている。スリッパを片手に、一人と3匹の生死をかけた闘いが始まった。やっとの思いで、2匹はあの世に逝ってもらったが残りの1匹は取り逃がしてしまった。

大掃除をしたその夜に、何処に隠れていたのかこの野郎、こともあろうに運動会をしやがって、怒り心頭。また大汗をかいてしまった。

2度目の汗、この汗は何と表現したらいいのだろうか?


 

| | コメント (2)

(21.7.29) ヒグラシと百日紅の花

昨日(7/28)
散歩に出ようと思って、玄関のドアを開けたら、雨が勢いよく降っているのに気づいた。こんなにいい降りになったのは久し振りだ。
日本列島の殆どが雨マークなのに、一人関東だけが梅雨明け宣言をしてしまったので、この雨は嬉しいような気もする。

我が家では、夜が白み始める頃になると、ヒグラシの合唱が始まる。
そして、夜が明けると、ピタッと鳴き止むのだから不思議なセミである。
彼らの合唱が、私の毎朝の目覚ましの代わりになっている。

アブラ蝉、みんみん蝉、くま蝉などは雨が降っている間は決して鳴かない。
これらの蝉は、日中の陽が射す、最も暑い時間帯にだけにしか鳴かない。

ところが何故か、ヒグラシは雨でも一向に平気のようなのだ。
雨模様で、一日中どんよりしているせいか、今日は午前中から鳴いている。

先日皆既日食になった沖縄地方では、その時間に動物たちがねぐらに帰る合図や行動や鳴き声を出していたということが観測され、報道されました。
これと同じようにどうもヒグラシは、薄暗い天気を「夕暮れ」と間違えて、ほぼ一日中泣き騒いでいたのではないか、と思われる。

天気の良い日でも、気の早いヒグラシは、午後4時頃から鳴き出し始めるものもいるから、少し感覚異常の蝉がいるのかも知れない。

今朝、小谷小学校付近の樹木に、ピンクの花が咲いているのに気づいた。
百日紅(猿すべり)の花だ。
この樹は、木肌がすべすべしていて、本当に猿でも木登りが出来ないように思えるが、確かめたことがないので、真偽の程はわからない。
でもよく見ると普通の花のように、花弁があって、その中に雄しべと雌しべがあるというようなものではない。何とも不思議な成り立ちの花だ。
これからの猛暑の間、花の無くなる季節を彩ってくれる貴重な花だ。

| | コメント (0)

(21.7.23)今日(7/23)は大暑

今日の暦は「大暑」暦の上では最も暑くなる日にあたる。

昨日は日本各地で、天体観測ショーが行われた。
皆既日食を期待して、遠くまで出向いた人にとっては、土砂降りの雨になり、何とも残念な結果となったようだ。(悪石島)

太平洋上を船で観測した人や、硫黄島などでは、バッチリ「皆既日食」を観測出来たようで、この上もなく、上機嫌だった。
ここ、千葉でも厚い雲に覆われて、欠けた太陽を観測することは出来なかったので、私はもっぱらTV放映の「日食ショー」を見ていた。

ここ10日あまり、梅雨明けとは言えない天気が続いていたが、今日の上天気は、人を小馬鹿にしたようで、1日違いで観測できなかった「日食ショー」に恨みの一つも言いたくなる。
この悔しさを恨みをどこにぶつけようか、と思ってもそのやり場に困ってしまうだろう。お天気などという自然現象には、人間の力は全く及ばない。

でも、今朝の新聞報道では
2012.05.12 金環食 (07:32 東京)九州・四国・近畿・東海・関東・南東北
2030.06.01 金環食 (16.54 札幌)北海道のほぼ全域
2035.09.02 皆既食 (10.06 前橋)北陸・北関東地域で観測が可能。
最も早く観測できるのは、僅か2年後と言うことで、しかも日本列島の殆どの地域で観測できると言うのですからそれに期待しよう。

さて、こんな雨模様の天気が続いていますが、毎朝の散歩途中で耳にするセミの鳴き声は、もうすっかり夏模様となっている。

最初に鳴きだしたのは、ニイニイせみ、次いでヒグラシ、アブラせみと続き、クマせみが鳴き、ミンミンぜみが続き、そして今日はいよいよツクツク法師の声を耳にした。
この一帯で鳴くセミすべて出そろった感じだ。天気はまだぐずついているというのに、秋のセミであるツクツク法師の鳴き声には驚いてしまった。

最近は地球の温暖化とか、異常気象だとかと騒がれているが、セミの世界にも異常気象が影響を及ぼしているのだろうかと思った。

| | コメント (0)

(21.7.19)「献金主さえもしらない」 それが政治屋

7/11 毎日新聞の読者欄に、要旨こんな投稿がありました。

子供がお菓子などをもらってきたら「誰にもらったの?」と尋ね、親や保護者は電話で、あるいはその人に会った際に、お礼を言うのが常識です。
ところが、高額の政治献金をもらっていながら、誰からいくらもらったかすらも知らないという国会議員が何と多いことか。
さらに、つじつまが合わない事実が露見すると、異口同音に「秘書に任せていた」などと釈明する。

こんな子供だましのような釈明しかできないような政治家が、日本の現実政治を動かしているかと思うと、情けなくてしようがない。
しかも、次期首相候補と騒がれているような党首や元党首、あるいは現職の経産大臣などの有力政治家がこのような有様では、この先政治に期待は全く見えてこない。

都合の悪いことは秘書のせいにしているが、こんな釈明を信じている人は誰もいないだろうと思うのだが、その議員が所属する党の幹事長などがまた、ウソの上塗り記者会見をするのだから、もう呆れ果てて、物が言えない。

さらに17日に東京地裁で出された判決は「違法な献金を出した側は有罪で、もらった側は罪に問われない」という何とも信じがたいものだった。

政治の世界とは、このような「狸と狐の化かし合い合戦」でしかないのだろうか?
日本の政界には、権力に迎合する輩やカネもうけや私腹を肥やすだけの「政治屋」ばかりで、清廉潔白な政治家はいないのだろうか?

総選挙の日程も近いようです。
今度こそ「金権政治屋」を一掃ししたいものです

| | コメント (0)

(21.7.19)気持ちいい、朝の挨拶

「あいさつ 気持ちいいですよ」
 愛知県春日井市 鈴木さん (69歳)からの投書

毎朝、同じ道を通って散歩するのを習慣にしている。その際、会う人ごとにあいさつをするようにしている。
声を出すのことも健康法の一つだし、同じ散歩仲間として、あいさつを交わすのが当然のことだと思う。
ところが、元気よく「おはようございます」とあいさつしても見向きもせず、知
らん顔をしている。にっこり笑って「おはようございます」と返してくれる人は
滅多におらず、いつも声を出さず会釈する程度だ。
とりわけ残念に思うのは、遠くからこちらの存在に気づくと、早めにコースを変えて角を曲がってしまう人がいることだ。
よほど人に会いたくない人なのだろうが、人と会って言葉を交わす喜びというのも散歩の効用の一つではないだろうか。それを自ら捨てているようでもったいないように思う。
大きな声を出してあいさつしませんか。気持ちいいですよ。

7/14 毎日新聞の「みんなの広場」に投書された一文です。
私もこの鈴木さん同様に、散歩の途中で行き交う人とは、大人も子供も挨拶をしています。が、中には何も言わずにすれ違ったり、逃げるようなそぶりをする人もおります。
それでも、毎朝繰り返し、私の方から挨拶をしていると、ある日突然、挨拶が返って来ることがあります。こんなささいな変化でも、その日はとても嬉しくなってしまいます。

もちろん、小学生や中学生にも挨拶をしているのですが、全員から返事が返ってくるわけではありません。、正直、ちょっとがっかりすることもあります。
でも、これもこちら側の態度次第で、子供たちと仲良くなれるものです。

一時期「変なおじさんに会っても、決して挨拶したり、言葉を交わしてはいけません。誘拐されたら大変です」というキャンペーンもありました。
それ以後は、黄色の腕章「セーフティーウオッチャー」が安心マークになっていると思い毎朝付けて、散歩をしています。

清掃活動までは出来ませんが、ささやかな私の奉仕活動です。

 

| | コメント (0)

(21.7.19)ミネラル&カルシウム

暑いですね。体調は如何ですか?

沖縄、九州方面では、梅雨が明けたそうですね。
関東のこの暑さは、梅雨の中休みにしては暑過ぎではないでしょうか。
夏の話題を2つ。

今日の世相は、大人も子供もキレたくなるようなことばかり。だからといってキレていては生きていけません。そこは、食物からの援助にも期待しながら
バランスのとれた食餌を摂ることにしたいものです。

10日の毎日新聞夕刊に、東京農大の小泉武夫名誉教授がこんなことを述べている。
「日本人は、この50年間で肉の消費量は3倍、油は4倍になり、ミネラルの摂取量は1/4になったアドレナリンが異常に出たときに抑制するのがミネラル。
それが1/4に減ったのだからキレるのは当たり前です。
かって日本人は心も身体も強かった。
米に加え6種類の食べ物しかなかった。
1、1ゴボーや芋など土の中に出来る根茎
2、小松菜などの菜っ葉
3、きゅうりや果実などの青果
4、大豆
5、魚
6、海藻
土と海からミネラルをたっぷり含んだものばかり・・・」

もう1つ、同じく毎日新聞7/11、朝刊から「牛乳の栄養」
これからの季節は特に食欲が進まず、汗をかけば清涼飲料水などに頼りたくなりますが、ちょっと待って。
牛乳に効果を期待してみませんか。

日本人はカルシウムの摂取量が不足気味と言われている。
カルシウムの含有の多い食品には牛乳、小魚類(鰯・桜エビ)、野菜(小松菜)、海草(ひじき)等があげられる。
100g当たりのカルシウムの含有量は、牛乳が110mg、小松菜170mg、シラス干し210mg、干しひじき1400mg等である。(牛乳は200mlビン1本)
しかし、カルシウムの多い食品を摂取しても、そのまま体内への吸収される訳ではなく、牛乳は40%、小魚類30%、野菜類20%、の吸収率になっている。
牛乳1本には220mgのカルシウムが含まれているので、毎日1本飲めば
(220mg×40%=88mg)で、ほぼ1日の必要量を確保得できる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.19)朝食にはバナナを

朝の5時過ぎに起き、散歩の出て、途中で長話などをしていると、朝食につくのが10時に近いこともある。

帰宅して、夏はシャワーを浴びるだけでいいが、冬は湯船に入り冷えた全身を快くまで暖めないと、油の切れた機械のようになった老体は、なめらかに動いてくれない。
それから朝食につくのだから、朝食は私が独り、黙々と食べることになる。

もっとも、私の朝食は、いたって簡単なものばかりで殆ど自分で用意するから、妻が先に済ましており、お互いに全く気にかからない。

食パン(8枚切りを1枚)をトースターで焼きマーガリンを塗り、
牛乳をカップに2~3杯のみ
ヨーグルトを半分食べ
バナナを2本、

以上が365日、変わらない朝食のメニューになっている。
このメニューは、我が師(ジョギングのコーチ)の指導によるものでもある。

散歩の後ペコペコ状態で食べる朝食は、味のあれこれを言うよりも空腹を満たすことが最優先で、まるで欠食児の食事風景のようにガツガツ食べる。

これが、散歩をしないとなると、腹にはまだ昨夜の食物が残っているような気分で食欲が湧いてこない。

さて、こんな朝食ですが私が楽しみにしている食べ物は、バナナ。
バナナにはいろいろな効用があるのですね。

日本では、バナナはポルトガル人宣教師が織田信長に献上したのが、バナナの第一号とされている。
バナナが熟してくると、皮に茶色の斑点が出てくる。この斑点は「シュガー・ポット」といって、バナナが熟し、糖度が増して来たことを示すと言われている。
それで「シュガー(甘い)・ポット(目印)」と言う名前がついた。
また「シュガー・ポット」の出てきたバナナの方が、黄色のきれいなバナナより8倍も免疫活性効果があるし、癌予防の免疫力を高める効果もある。

私が走ることを始めたのは、30歳代中半、以来、60歳まではジョギングを中心に、それ以降はウォーキングに切り替えているが、お蔭で大病をすることなく今日まで元気に過ごして来られたのも、あるいは「バナナ」の効果かも知れない。
最近のバナナは、一年中八百屋に並んでおり、価格も庶民的な価格に落ち着いている。栄養価も高いようですから、如何です明日からでも、1本。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.19)ウグイスの歌声

泉谷公園と接する我が家では、早朝からウグイスの鳴き声が聞こえてきます。

3月のはじめ、ホー・ケキョ、ホー・ケキョと幼い鳴き声から、ホーホケキョと
上手な鳴き声に変わり、今はホーホケキョと、ケキョケキョという谷渡りの歌に変わってきました。
公園の木々が黄緑から濃緑に代わり、陽射しを遮るようになっていますから鳴き声は聞こえても、姿はまったくわかりません。
ウグイスはあまり美しい姿ではないようですから、声の美しさに酔っていた方が良いのかも知れませんね。

うたごえは今が最盛期(?)と言ったらいいのでしょうか、一日中、鳴いております。
この時期、メスは抱卵の時期なので、オスは「オレの縄張りに入ってきたらタダじゃおかねえぞ!」とでもいっているのでしょうか?。

動物物図鑑に「ウグイス」についての記事が掲載されていました。

ウグイスという鳥の名前を知らない人はまずいないだろう。
それほど人に知られた鳥でも、野外でウグイスの姿をよく見た人はほとんどいないに違いない。ウグイス色をした鳥というイメージは持っていても。多くの人が、「ウグイス餅」の緑色を思い起こすに違いない。しかし、本物のウグイスはあの鮮やかな緑色とは似ても似つかわない、むしろメジロの羽の色を「ウグイス色」だと思っているが意外に多い。それほど見つけにくい鳥である。

 ウグイスは薮の中に住み、たえずチョコチョコと動き回っているからである。
おなじみのホーホケキョと鳴いているのは、地表から2m位の低木や笹が良く茂っている所に限られている。深山の薄暗い森林や薮のまったくないところでは、その美声は聞こえない。
ウグイスは、薮の茂みの中にススキやササの葉を使ってツボ形の巣を作る。中には落ち葉や羽、羽毛などを敷き詰め、濃い暗赤色の卵を4~5個生む。巣作りから抱卵、そして給餌にいたるまですべてメスだけが行っている。
オスはもっぱら、辺りを警戒するさえずり(縄張り宣言)をしているにすぎない。

「梅に鶯」といういわれは、繁殖に先立って鳴く時期が梅の花の咲く頃から始めるからである。
ウグイスは、秋から冬には笹鳴きと呼ばれる「チャッチャッ」と言う鳴き声だけになる。
北半球に住む多くの鳥が春になるとさえずり始め、夏にかけて繁殖する。この季節との関係は、長いことわからなかったが、1930年ごろ、カナダのローワンの実験によって、冬から春にかけて、しだいに夜の時間が短くなるのが原因だと言うことを突き止めた。

日本では、古く江戸時代からウグイスの初鳴きを楽しんでいた。ウグイスを早くから鳴かせるために「冬のうちから籠の覆いを徐々に早くとって(明るくする時間を早くして)春が来たぞ」と錯覚させたのです。
ウグイスは、そうとも知らず体内時計を狂わされていたのでしょうね。

人間は、罪なことをするものですね。自分の欲望を満たすために。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.19)朝顔が花開く時間

入谷の「朝顔市」が近づいてきました。
ラジオの天気予報を聞いていたら、こんな話題がありました。

朝顔が花を開く時間についてです。朝顔は何時に咲くでしょうか?

答え
朝顔は、日の入りから10時間後に、咲くのだそうです。
例えば今日(7/4)の日の入り時間は19:01ですから、10時間後は(7月5日)の、
5:01になります。
同じように
08/04は18:43ですから(08/05の)開花は4:43
09/04は18:05ですから開花は4:05
09/15は17:49ですから開花は3:49

と言うように、秋が近づくにつれて、開花時間はだんだん早くなってきます。
朝顔は一日だけの命、夏の朝は早起きをして、朝顔の開花を見届けるなんて、風流だと思いませんか?

さて、リンドウが咲くのもこの時期です。
花が咲く前の蕾は、小さな紙風船のような袋状になっており、とても可愛らしい。
この蕾を両の手で「パチン」と叩きたくなる誘惑にかられるのは、私だけでないと思います。
亡き母に叱られたいたずら盛りの子供の頃を思い出すと、我慢するのがちょっぴり苦しくなってきます。そして島倉千代子の「りんどう峠」を思い出すのです。

りんどう峠
 島倉千代子歌
 作詩 西条八十  作曲 古賀政男
 昭和30年
1 りんりんりんどうの 花咲くころサ
  姉サは馬コで お嫁に行った
  りんりんりんどうは 濃むらさき
  姉サの小袖も 濃むらさき
  濃むらさき
  ハイノハイノハイ


2 りんりんりんどうの 花咲く峠
  姉サは馬コで あとふりかえる
  姉サに行かれて なんとしょう
  いっしょに柴刈る ひとも無い
  ひとも無い
  ハイノハイノハイ



3 りんりんりんどうは 小雨にぬれる
  わたしゃ別れの 涙でぬれる
  りんりん鳴るのは 馬の鈴
  姉サは峠に 消えてゆく
  消えてゆく
  ハイノハイノハイ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.19) 半夏生

今日の暦を見ると「半夏生」とあります。夏至から数えて11日めにあたります。

半夏生」とは、半夏と呼ばれる植物(カラスビシャク)の生える時期の意味で昔から稲作の農耕スケジュールの重要な目安となっていました。

また、カラスビシャクとは別に「ハンゲショウ」という、ドクダミ科の多年草で、茎の上部の半分だけ白い葉を、数枚つけるものもあります。
こちらは、半夏生(7月始め)の頃に白い葉をつけるためとか、葉が半分白くなるので「半化粧」などと言われています。
半夏生過ぎたら半作」という言葉がありますが、この頃までに田植えが済んでいないと、半作になってしまうという意味だそうです。(倉嶋 厚著より)
(泉谷公園内の小川の近くに生えております。立ち寄って見てください)

小谷小学校に近くの一段高くなっているロータリーの近くに「合歓木」が丁度いまピンクの花を付けています。ここには3本あったのですが今年、また枯れてしまい、残りは1本だけになってしまいました。
でも、調整池沿いの木立が切れてしまう所にも、もう1本あり、こちらの木は、とても見事に花を付けています。

紫陽花がそろそろ終わりを告げ、梅雨が明ければいよいよ夏本番です。
小鳥の鳴き声も花々もちょっと一休み?
いやいや彼らは養分を蓄え実を太らせるのために一生懸命になっている時期。
実りの秋を迎える準備に大童、太陽の光を存分に浴びるために、大手(葉)を広げているのでしょうね。
邪魔な草たちも一生懸命、次世代へバトンタッチするために。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

(21.7.19)雨の6月

今日もまた雨になった。梅雨だからしようがないと思えばいいのかも知れないが天気と雨の日替わりでは、落ち着かない。
気象庁でも、この時期の予報はなかなか難しいのだそうだ。


御宿かわせみ」(平岩弓枝著)は、幾つかの短編で構成されている。
短編のそれぞれが、落語で言えば「オチ」であり、小話でいえば「まとめ」にあたると言ったらいいのだろうか、季節感溢れる文章で最後がきれいにつづられている。
第1巻の中の小編「卯の花匂う」の最後は以下のような文章でまとめられている。

昨日1日晴れただけで、今日はまた曇ような霧雨が降ってる。
ツバメの雛が顔を出していますよ」るいが言った。
灰色の巣から黄色いくちばしが3つのぞいていた。雨の中を親ツバメが餌を運ぶのにいそがしい。
雨が、少し、強くなった。

江戸はやがて夏になる。

ジューンブライト(6月の花嫁)
6月が婚姻の守護神(ジュノー)にちなんでいることから、6月に結婚する花嫁は幸福になれるという言い伝えがある。そして何よりも、日本と違ってヨーロッパではこの時期、天気がとてもいいので、結婚するカップルも多い。

バラの季節は5月ですが、梅雨のない北海道では、バラの花は、爽やかな6月の風に揺れています。

ところ変われば、品変わるでしょうか。

いよいよ6月も今日でおしまい。
夏の到来ですが、やはり夏は酷暑が続かないと、実りの秋は巡ってきません。
気が早いですが、四季の道を毎日歩き続け、たっぷりと日焼けして、元気に秋を迎えたいと思っております。
何しろ、食い気だけが取り柄の私にとっては、秋の実りがもう待ち遠しいのですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.18) 現在版 三種の神器

ちょっと考えさせられる一文が目につきました。

6/22付、日経新聞「明日への課題」東京銀行頭取柏原 康夫氏寄稿

40年前、TVの深夜放映はなかった。
30年前、深夜営業のコンビニもなかった。
20年前、携帯電話もなかった。


これらがなかった時代に生まれた人にとっては「無いこと」は何の不思議もなかったし、不便とも思わなかった。
ところが、生まれた時からそれがあった人たちには、深夜テレビが見られない生活、コンビニ、パソコン、携帯のない暮らしなど、とても不便で考えられない。
人間は当たり前という感覚に麻痺してしまう。文明の進歩、科学技術の発展がさらに便利に、さらに豊かにと急き立てる。
もしかすると、20年後には、新幹線も24時間運行しているかも知れない、銀行も24時間営業になっているかも。
その時20年後の人たちは、今を振り返り
えっ新幹線も夜間は運行していなかったの?」
銀行も夕方には店を閉めていたの?」
そんな不便な生活は、我慢できない」などと言っているかも・・・
今、ちょっぴり立ち止まり、便利さや手軽さを少し我慢する生活を考え直して見ることも必要ではないだろうか。

なんだか、考えさせられる文章です。
便利さを追求していくと、かえって不便な一面が現われてきて、そればかりか逆にその便利さから派生する不幸な出来事に突き当たってしまいそうな気がします。

我が家では、上記三種の神器(深夜放映・コンビニ・携帯電話)は、今のところ縁がありません。今のところ、日常生活には殆ど不便を感じておりません。
そんなことを自慢にしているから「時代に遅れている」とか「化石人間」などと小バカにされるのかも知れません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.17) 猛暑日には「そうめん」

今日は、全国の各地で30度を超す暑さになったようです。

こんな時の、昼食は何がおいしいでしょうか?
我が家では、そうめん。早速私が腕をふるいました。

先ずはその準備から
①そばつゆ、
小さなお鍋に水と粉末の出汁素を入れ、沸騰したら、醤油を入れ、さらに沸騰し
たら、火から下ろし、冷たい水で冷やしておく、味は少し濃いめがいい。
②薬味
②ー1我が家では、玉葱をみじん切りにする。(新玉葱はとても甘い)
②ー2胡瓜を薄く切り、これをさらに、細切りする。
②ー3卵焼きは、塩を入れてかき混ぜ、フライパンに薄く落とす。焼き上がった
卵焼きを5mmほどに切っておく。
③練りワサビ
④最後にそうめんを茹でる。沸騰して湯こぼれをさせないように火の勢いを調節

するのがコツ、ゆであがったら、冷水又は氷水で良く洗い、ザルに一口ほどの固
まりにして移し、水を切る。

以上でそうめんの準備は終了です。

あとは、①そばつゆに、③をとき、薬味(②ー1から②ー3)を入れ、氷を浮か
べ、一口ごとの④をどうぞ。

全部で30分そこそこで出来上がります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.16) 食事を家族一緒に食べる楽しさ

 私は父を2歳で失っているので、確たる証拠があるわけではないが、多分、父を中心として母、6人の子供たちの家族全員が一緒に朝食や、夕食を食べていたものと思っている。威厳のある、うるさいオヤジだったようだが、その時代には、それが普通だったようである。
それは、父が他界してからも、母を中心に、一家が揃って食事を摂っていた記憶があるからである。

 寝る部屋も食事を摂る部屋もこたつ部屋もすべて共用だったから、子供の部屋などあるわけがない。机も兄弟で共有し、座机に附いている引き出し一つが、やっと自分専用という状況であったから、家で予習や復習をするなどと言うことはまず出来なかったと思う。
それだけに、授業は真面目に聞いていたのだろうと思う。

 ところが現代は「個人尊重」と言うことで、子供一人一人に個室が与えられるようになり、TVはもちろんのことゲーム機やパソコンなどで部屋はあふれている。
若者のライフスタイルもすっかり様変わりし、休日は「一人で過ごす」内ごもりの若者が一番多いといわれている。

 なるほど、一人の時間がいいものだと思うときもあるが、楽しかったなあとで思うのは、家族が揃って食事をしていたり、みんなでわいわい喋っていたり、した時だ。

 一緒にものを食べながら、話し合うと言う行動をするのは、人間特有のことで、他の動物には無い。現代の子供たちはメールや電話で楽しさを共有するという。
そのこと自体を理解出来ないことはないが、人間同士の肌の触れあいがないのは
いかにも寂しい。
「共に食する」という楽しさが無いように思える。

休日は、パソコンやゲーム機に向き合いこもりがちだという若者が多いようだ。
それでは気も晴れずに、時には大声を張り上げたくなる感情が心の奥底に蓄積されてしまうと思うが、どうだろう。

 6/24毎日、夕刊に「あの時代への共感」と題して近藤勝重氏が一文を寄せている。
一部分を抜粋すると倉本 聰作の「風のガーデン」の中で、主人公は末期癌で郷里に帰ってベットに伏せている。
そばで見守る父親に
中学校の頃、僕がだだをこねて、、、この部屋にテレビを入れてくれーって。」話しかけ、独りでドリフターズの全員集合を見た時の胸中をこう、吐露するのである。
誰も一緒に笑ってくれない。笑ってくれる者が一緒にいない、情けない話ですが、泣いたんです僕そのとき。
みんなのいる部屋にすっ飛んでって、テレビは要らないって、言おうかと思った
。」

感動を共にすることも他の動物には無いことだろう。しかし、その共通性をも失いかけている社会状況を、倉本氏はテレビの主人公に「遺言」のごとく語らせたわけだ。

私が育った時代は、貧しかった。
テレビなどなく、我が家にはラジオが1台あったきりだった。
夕方の5時から始まった子供向けのラジオ放送「俺らあ、三太だ」だとか「鐘の鳴る丘」などを耳を済ませて聞いていた。
毎水曜日の夜8時には、女風呂が空っぽになったというほどのに、世の女性の心を掴んた「君の名は」などの放送があった時代だ。

 今は物が溢れている、が、人々の心は豊かさに溢れているだろうか。?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.15) 紫陽花の映える季節

(オリジナル原稿は6月23日に書かれたものです

一昨日、昨日、と続けて雨にみまわれてしまった。そこで今朝は、空の様子を伺う、何とまだ小雨が降っている。今日で3日連続の雨の朝を迎えた。
今朝の散歩はヤメタ」と、また床に入って一寝入りしてしまった。

7時過ぎに目覚め、様子をうかがうと何とか雨は上がっているようだ。でも、今から散歩に出るのは、気乗りがしない。
朝の清々しい時間帯でないと、その気にならない。我ながら変な性分だと思っている。

午後はすっかり晴れ上がり、暑さを覚えるようになってきた。
今年はじめて、Tシャツにランパン姿で、陽の光を存分に浴びようと散歩に出た。
午後2時、最も暑い時間だ。こんな時間に四季の道を歩くようなバカはいるまいと思いながら、歩を進めると、やはり5人ものお馬鹿さんと出会った。

3日間、雨に打たれて、存分に水を含んだ紫陽花も、どうやら元気を取り戻したようだ。
辻辻に咲く赤、紫、白、水色、それぞれに味わいがあって、この時期にとてもマッチしていると思う。普通の紫陽花とガク紫陽花が入り交じっているものがあった。
これもまた、風情があり、雨の季節にぴったりだ。

我が家の庭のそれは、どうした訳か一つも咲かない。葉だけは大きく背伸びし、手を広げたように、のびのびと育っているのに。

もう一つ、この季節にぴったりなのが「アガパンサス」。
アヤメのような葉の中からスーット高く伸びた茎に、薄紫の数センチほどの花を10から15ほど放射状につける。
とても可愛い花だ。花保ちも良く、開花からの10日以上も花を咲かせる、とても元気な花だ。
立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」と美女をたたえる詩があるが、このアガパンサスこそ、凛とした歩く姿のように思える。
(写真で紹介出来ないのが残念、誰か紹介して下さい。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.14) 夏至の日について

 6/21は夏至です。1年の内で昼間の時間が最も長い日とされています。
気象庁の調査によると、主な都市の日の出、日の入り時間は下記の通りとなっており、この結果、それぞれの地の日中の時間は表の通りになります。

根室、 日の出時間03:37  日の入時間19:02日中の時間15時間24分
札幌  日の出  03:55  日の入  19:18     15時間22分
仙台  日の出  04:13  日の入  19:03     14時間50分
千葉  日の出  04:24  日の入  18:58     14時間34分
東京  日の出  04:25  日の入  19:00     14時間35分
名古屋 日の出  04:38  日の入  19:10     14時間32分
大阪  日の出  05:45  日の入  19:14     14時間29分
福岡  日の出  05:09  日の入  19:32     14時間50分
那覇  日の出  05:37  日の入  19:25     13時間47分


 夏至の日が昼間の時間が最も長いことには、違いないのですが、日の出時間が最も早く、日の入り時間が最も遅いと言うことではないところに面白さというか不思議さがあります。

この後千葉では

6/25、日の出時間4.25、日の入り時間18.59 日中の時間14時間34分
6/30、日の出時間4.27、日の入り時間18.59 日中の時間14時間32分

と変化し、日中の時間が短くなっていきます。

今年の夏至は、父の日と重なってしまいました。生憎の天気になってしまいましたが、天体の動きを父子で話し合うまたとない機会です。
また、今年の7月22日には、奄美諸島で皆既日食が観られるそうです。
東京では、9時55分から欠け始め、最大になるのが11時12分、そして終わるのは12時30分です。
もちろん、千葉でも部分日食は観測出来ます。(夏休みに入っていますので絶好の機会です。
ただ、天気だけはどうしようもありませんが、父子で楽しい語らいのチャンスが弾むものとおもいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.8)Yシャツの裾は、ズボンの中に。メタボが原因?

 最近はあまり異様に感じることがなくなってしまったが、Yシャツの裾をズボンの中にしまわずに、外に出しっぱなしの人が増えてきた。
高校生などに、こうした傾向が多いようだが、私に言わせれば、しまらずいかにもだらしがないとしか、思えない。

 最近はYシャツに限らず、Tシャツやブラウスなどの裾をズボンの中にしまわずに、外に出して居る人の方が多いようだが、こうした傾向は流行なのだろうか?

 私が若い頃は、そんなことは決してなかった。
Yシャツに限らず、シャツ類の裾はズボンの中にしまう、と言うのが常識だった。
では、外に出すようになったのは、いつ頃からだろうか。

 私の邪推では、食糧事情が豊かになり、男は毎晩晩酌をするようになり、栄養価の高い食事を腹一杯とれるようになってきた頃、そして「女性がお酒を飲んだらいけないなんて、男女同権の時代に、ふざけるな」と言ったかどうかは別として女性も酒場でお酒を召し上がるようになった時代からだろうと、思う。

 運動もしないで、栄養価の高いお酒を飲めば、当然の結果として、お腹が出てくるのは必定、この辺りの時代ではないかと思っている。
シャツをズボンの外に出せば、肥満をある程度隠すことが出来ると思う心理からではないか。

 近年は「メタボリックシンドローム」などという病気に罹っている人が多くなっている。専門書によれば、
メタボリックシンドローム」とは、内臓脂肪の蓄積により、さまざまな病気を引き起こされた状態をいうのだそうだ。

 中でも代表的なものに、下腹部・腰まわり・太もも・お尻の周りに皮下脂肪が蓄積したタイプを「皮下脂肪型肥満」とよび、内臓の周りに脂肪が蓄積するタイプを「内臓脂肪型肥満」と呼ぶ。そして、内臓脂肪の蓄積により様々な病気が引き起こされた状態を通称「メタボ」と呼ぶ。

オヘソの周りの径が男性では85cm以上、女性では90cm以上であれば「内蔵脂肪型肥満」(肥満症)と認定されているそうだ。

酒は百薬の長」と言われる程度に飲むのは結構、でもメタボになっては「百薬の長」どころか「百病あるいは万病のもと」になりかねない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

(21.7.1) エクボがあばたに見えてくる頃

 恋人同士の間はお互いに遠慮があったり、何とかものにしようと言う魂胆から、相手の欠点はなかなか見つからないものである。(恋は盲目?)
万一それが見つかったとしても、許容範囲内であれば「えくぼ」に見えてくるから、不思議である。

 ところが、いざ結婚し、生活を共にしてみると、いつの間にか「エクボがあばた」に見えてくるから不思議だ。

 子供が生まれ、「子はかすがい」となる。こうなると、おいそれと離婚も出来ない。やれやれ、子育てが何とか一段落したと思う頃になると、どうも気になることが出てくる。
これまでとは反対に、「エクボがあばた」に見えてくるのだ。
が、それも何とか許容範囲の間は、波風が立ったとしても何とか乗り越えることが出来る。少なくとも、家を出てから、帰宅するまでの間はその「エクボ」とは付き合わないでも済むからである。

 ところが、いざ夫が定年になり、四六時中この「エクボ」と付き合うようになるとこれが諍いの原因になり、夫婦の間も穏やかでなくなってくる。
食事も趣味も好みがお互いに異なるからである。

夫婦共通の趣味がないとなると、夫は終日、TVにかじりつき、部屋の中をごろごろして過ごし、3度の食事と晩酌を欠かさない。
一方、妻の方は、近所の女友達と映画や食事に行きたくても、夫がそれを許さないのでイライラがつのり、小言の一つも言いたくなる。

これまで、毎日毎日買い物をし、食事を作り、掃除洗濯をしてきたのだから、たまには何か手伝ってくれても、バチが当たらないでしょう!」
こうなると夫も、黙ってはいない。「何にぉー」売り言葉に買い言葉、夫婦間の険悪度はエスカレートしていく。

 こうした毎日を過ごしていると、ある日、妻のから「三行半」突きつけられることになる。
だが、時既に遅し、夫たるもの、これまでの権威はがた落ちになり、「何とか離婚だけは思いとどまって欲しい」と妻の軍門に降るのがオチである。
何しろ、食事の支度から、寝床の上げ下げまで、すべて妻に頼り切ってきたのだから、どうしようもない。「妻は強し」である。

 このような結末にならぬよう、夫たるもの、日頃から身の回りのことは、努めて自分でするよう心がけるべきである。(老爺心)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »