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(21.7.1) エクボがあばたに見えてくる頃

 恋人同士の間はお互いに遠慮があったり、何とかものにしようと言う魂胆から、相手の欠点はなかなか見つからないものである。(恋は盲目?)
万一それが見つかったとしても、許容範囲内であれば「えくぼ」に見えてくるから、不思議である。

 ところが、いざ結婚し、生活を共にしてみると、いつの間にか「エクボがあばた」に見えてくるから不思議だ。

 子供が生まれ、「子はかすがい」となる。こうなると、おいそれと離婚も出来ない。やれやれ、子育てが何とか一段落したと思う頃になると、どうも気になることが出てくる。
これまでとは反対に、「エクボがあばた」に見えてくるのだ。
が、それも何とか許容範囲の間は、波風が立ったとしても何とか乗り越えることが出来る。少なくとも、家を出てから、帰宅するまでの間はその「エクボ」とは付き合わないでも済むからである。

 ところが、いざ夫が定年になり、四六時中この「エクボ」と付き合うようになるとこれが諍いの原因になり、夫婦の間も穏やかでなくなってくる。
食事も趣味も好みがお互いに異なるからである。

夫婦共通の趣味がないとなると、夫は終日、TVにかじりつき、部屋の中をごろごろして過ごし、3度の食事と晩酌を欠かさない。
一方、妻の方は、近所の女友達と映画や食事に行きたくても、夫がそれを許さないのでイライラがつのり、小言の一つも言いたくなる。

これまで、毎日毎日買い物をし、食事を作り、掃除洗濯をしてきたのだから、たまには何か手伝ってくれても、バチが当たらないでしょう!」
こうなると夫も、黙ってはいない。「何にぉー」売り言葉に買い言葉、夫婦間の険悪度はエスカレートしていく。

 こうした毎日を過ごしていると、ある日、妻のから「三行半」突きつけられることになる。
だが、時既に遅し、夫たるもの、これまでの権威はがた落ちになり、「何とか離婚だけは思いとどまって欲しい」と妻の軍門に降るのがオチである。
何しろ、食事の支度から、寝床の上げ下げまで、すべて妻に頼り切ってきたのだから、どうしようもない。「妻は強し」である。

 このような結末にならぬよう、夫たるもの、日頃から身の回りのことは、努めて自分でするよう心がけるべきである。(老爺心)

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