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2009年6月

(21.6.24) 物造りの精神(2)

 私の書いた拙文(6/04)「物造りの精神
と題して、GMが倒産に至った一因についてふれた。

アメリカ的な手法(金の力による買収や合併など)でなく物造りの基本に立ち返って、出直すことではないだろうか。
慣れないことに手を出し失敗する様を「武士の商法」と揶揄するが、GMも今こそ本業のモノ造りに精を出すこと、それこそが再建の近道ではないだろうか。」

と。

今 日(6/16)の毎日新聞の読者の投書欄(みんなの広場)にこんな投書が掲載されていた。投書者は、日本の大手輸入車販売会社でGM製品を30数年間もセールスマンをしてきた人です。

当時はアメリカ車ブームで、品質は今ひとつで故障も多かった。お客さんもおおらかでさほど苦情もありませんでした。しかし、長続きしませんでした。
お客さんの目が厳しくなり売れなくなったのです。日本車やドイツ車が高品質で故障が少なかったからです。
この度のGMの経営破綻の原因は、アメリカの金融危機によって引き起こされたとされていますが、少し違うように思います。私が思うには、車の品質が悪いからです。明日から、どうか品質の高い車を作ってください。
日本のお客さんから「GMの車はいいなあ」と思われれば、きっと売れます。」

と言う内容でした。

自動車メーカーに限らず物造りを本業とする会社が、金融取引や買収業務などに手を染め、一時期は大もうけをしたとしても、決して長続きするものではないという、見本のような出来事ではないでしょうか。
餅は餅屋
メーカーと言われる会社は、やはり物造りに、本業に命を掛けることが基本だと改めて思った次第です。

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(21.6.17)黒点が見あたらない!(すわ!今年は冷夏か?)

09/4/9・日経・夕刊にこんな記事が掲載されていた。

太陽活動のめやすとされる「黒点」が今年は全く見えない日が非常に多く、活動が約100年ぶりの低水準になることが米航空宇宙局(NASA)の観測で分かった。

太陽の活動は、約11年周期で変化しており、現在は極小期にあるが歴史的な低調さが次の極大期の時期や規模・地球の気象にどう影響するかが、注目されている。

  NASAによると今年黒点の見えない日は、4/7まででは97日中85日あり、88%となり1913年の85%を上回っている。昨年は73%だった。
衛星観測では、前回の極小期の1990年中半に比べ、太陽の可視光線放射は0.02%減少し、紫外線は6%減少、電波の強さと太陽から吹き出す電離した粒子「太陽風」の圧力はともに約50年間で最低の水準だ。

17世紀後半から18世紀初めにかけては「マウンダー極小期」と呼ばれる黒点が殆ど観測されない時期が長く続いた。
欧州などの寒冷化を招いたとの見方もあるが科学的な因果関係と見るのは不明。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2007年に公表した第4次報告書では、太陽活動も検討対象に加えられたが、どの程度の影響があるかの研究はまだ進んでいない。

衛星「ひので」で太陽観測をし続ける国立天文台の常田佐久教授は「過去2回の極小期と比べ太陽エネルギー全放射量が少ない。
戦後近代的な観測が始まって以来起きたこがない事態になっている
」と指摘している

私がごとき薄浅学な者が、あれこれ言うのははばかれるところだが、黒点の活動が活発になると(黒点が多く観測される)、通常太陽から発せられるエネルギーと比べ、格段に大きくなり、地球に届く熱線も増加し、猛暑になるというように聞いていた。さらに電離層が部分的に破壊されて「磁気嵐」という電波が届きにくくなるという現象も発生すると聞いていた。

今年の観測では黒点が少ないと言うことだ。さするに「冷夏」になる可能性が高いと言わねばならない。
このところの気候は、いつもの6月に比べ、気温が低いように感じるのだがそれも黒点の活動に関係があるのだろうか?

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(21.6.15) 視力の低下について

 5年ぶりに自動車免許証の更新手続きに行ってきた。
視力の著しい低下に、愕然とした。

 5年前にも、確かに視力が落ちてきたな、と感じた覚えがあったが、あれから5年の年月が経過して、検査を受けてみると、改めてその事実に驚かされた。
基準とされる0.6が見えないのだ。もちろん裸眼視力ではなく老眼鏡を使用してもだ。別室での精密検査を経て、辛うじてパスでき、ホッとしている。

 最近急に、TVを見ていても、字幕が良く読めなかったりすることがあったし、大きな字体に代えたという新聞の字も読みずらくなってきていたし、その上PCの画面も見づらくなって来ていた。

 20歳代の若い頃は視力表最下段の1.5が楽々と見え、自信満々だった。
検診の際、「何であんな大きな字が見えないのだろう?」などと思ったこともあったが、今、やっと当時視力が悪かった人たちの気持ちがわかった。

 先日、池袋駅で自動販売機で切符を購入しようとして迷ってしまった。
鎌取駅の自動販売機では、私鉄や地下鉄とJRを継続して購入するようにはなっていないが、池袋駅では、いくつもの鉄道路線が入り乱れているので、その路線別を指示してから購入する方式になっていたのだ。
ところが、(視力が落ちているために)その文字が読めず、慌ててしまった。
まるで、おのぼりさんである。

 さらに、登り階段である。
以前は、駅の階段など、苦もなく一気に登り切ったものであるが、最近はエスカレ-ターを目指す。登り階段は、登り着くだけで息が上がってしまうのだ。

 若いとは決して思っていないが、それほどの年寄りだとも思っていなかった、が、老化とは本当に恐ろしいものだとつくづく思った。

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(21.6.12) 太鼓腹を無くすために

 食事を美味しく食べるには「空腹」状態にしておくことが何よりの秘訣。

 聞くところによると、お酒を飲む際にも、空腹状態の方が美味しいとか?
私は、お酒が飲めないので、この辺のところはわからないのですが
私がまだ現職サラリーマン時代、同僚から「一杯行こう」とお酒に誘われたことがたびたびあった。
全く付き合わないのもどうかと思い、5回に1回ほど割合で、嫌々ながら付き合ったことを思い出した。

 誘った彼は「太鼓腹症候群」、お酒大好き人間で、365日お酒抜きでは、過ごせないほどの準アル中患者。
しかも昼食時から、腹一杯食べるほどなのだから、これでは、太鼓腹もやむを得ない。
私も一度でいいから酒を口にして「ああ、うまい」と感じてみたいものだ。と思っているが、全く身体に合わない。お蔭で太鼓腹には全くご縁がない。

 私の食事は、いつも空腹状態にして食べることにしている。
それは、いつも食事を美味しく食べられる秘訣だからである。
事実、中途半端な時間に食べると、美味しさを感じない。
材料、味の方はどうであれ、空腹時の食事は、何でも美味しくいただける。
貧乏人の我が家には、代え難いものだ。

 さて、動物園の猛獣たちの餌はどうしているか?
例えばライオンたち、彼らには週2回ほど食餌を全く与えない日を設けている。
アフリカ大陸に君臨するライオンたち、百獣の王といえども、食餌にありつけない日だってある。。その頻度は、週2日ほどになると言うことで、動物園では食餌を与えない「休肝日」ならぬ「休食日」を設けているという。
動物園ではこうしてより自然な環境におくことが、彼らの動物本能を刺激し、行動的になるための飼育方法だといいます。

 どうです、われわれ人間も週1回くらい「休肝日と休食日」を設けてみませんか?
そうれば、あの太鼓腹人間もいくらか減少するのではないでしょうか。

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(21.6.5) 物造りの精神

 毎日新聞の「余録」に倒産したGMの歴史をこのように紹介しています。

 馬車製造会社を経営するW・デュラントが破産寸前の自動車メーカーのビュイックを買収したのは1904年だ。
同社の売り上げは年間28台、当時の米国にはガソリン・蒸気。電気などの零細自動車メーカーが乱立していた。4年後彼は「ゼネラル・モーター(GM)を設立し買収と合併による事業拡張に乗り出す。

 自動車産業草創期のライバルH・フォードがモノ造りの技術者から身を起こしたのと対照的に、デュラントは銀行の資金と株を駆使して多くのメーカーを傘下におさめるのに成功した。キャデラック・ボンティアック・シボレーなどGMブランドは、企業買収による膨張の痕跡でもある。・・・・・
後にデュラントはGMを追い出され、大恐慌下の自の事業の失敗により、無一文の晩年を送った。

 100年に一度あるかどうかという、経済危機に直面して、2年前には自動車生産台数の世界一を誇っていたGMが、2日には米連邦破産法11条を申請し、もろくも(事実上)破産した。
今後は新生GMとして、国有化による経営再建のプロセスに入る。

 GM社の歴史は、上記のようにコツコツと自動車生産に精を尽くしてきた日本のトヨタやホンダとは全く異なる生い立ちから、今日の巨大企業にのし上がってきた。それだけに今後の再建計画は容易ではないことは、想像に難くない。

 アメリカ的な手法(金の力による買収や合併など)でなく物造りの基本に立ち返って、出直すことが絶対では無かろうか。
慣れないことに手を出し失敗する様を「武士の商法」と揶揄するが、GMも今こそ本業のモノ造りに精を出すこと、それが再建の近道ではないだろうか。

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(21.6.1)ハートの温かさと手の温もりとは、反比例する?

今朝散歩の際に、ジョギング中のK子さんと出会った。

 K子さんの1週間は、3日間は四季の道のゴミを掃除し、2日間は独りで、残りの2日間は自転車のご主人とジョギングで身体を鍛えているスポーツウーマンでもあるし、篤志家でもある。
私とは、ほぼ毎日顔を合わせるが、その都度「ハイタッチ」をしている。

 今朝の出来事だが、いつものように「ハイタッチ」をしたところ、今朝はどうしたことか、私の手の方が暖かく、K子さんのほうが冷たかったのだ。

 普段はこんなことはなく、いつもK子さんの手は燃えるように温かく、それに比べ私の手は、いつも氷ように冷たいのだった。
そこで私は「手は冷たいかも知れないが、ハートは燃えているのですよ」と負け惜しみを言っていたのだった。

 ところが四季の道を半周してまたK子さんに出会って「ハイタッチ」をすると、どうだろう、今度はK子さんの手は燃えるように熱い手になっていましたが、私の手は反対に冷たくなっていたのです。

エッ」こんなこと、あるの?
二人とも驚いてしまった。

 K子さんの手が温かくなったのは、ジョギングで全身にエネルギーが満ちわたったからであるが、私の方は、どう説明すればいいのだろうか?
思い当たるとすれば「ガス欠?」
私の昨日の夕食は17時だった。その後22時には床に就き、今朝5時に起床し、散歩に出たのだが、既にエネルギーが燃えついていたとしか考えられない。

ハートの温かさと手の温もりは、反比例する」などと強がりを言っていたが、やはり、私の体内にはエネルギーが不足していたのでしょうね。
K子さん、ごめんなさい。ハートの暖かさと手の暖かさは比例するんですね

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