(21.3.30) 青春(旬)時代
旬とは「物事を行うのに、最も適した時期」と辞書にあった。
ところで、人生での「旬」とは何時のことを指すのだろうか。
一般的には「青春(旬)時代」だろうか?
幼年時代、少年時代、老年時代、熟年時代、いずれの時代にも「旬」の字は見あたらない。
そしてこの時期、つまり「青春時代」を過ぎると、肉体も精神も老化現象を起こすと言われている。
いま思い出すと確かに、20歳代から30歳代は、疲れを知らぬほどに、諸々のことに情熱を傾け思いっきり走り抜けてきたように思う。
仕事にも慣れ、社内の習慣にも、上下関係、友人関係、趣味・娯楽、恋愛、結婚そして育児、各種検定の受検、などなど。
ものの本によると洞察力、思考能力、共感力などは年齢をとるにつれ「旬」を迎える能力だという。
この能力は、ほうっておいて、身につくという能力ではなく、自分で磨きをかけねばならないものである。
いつまでも若さという「旬」を追い求めることにエネルギーを使っているとこうした「年をとってから「旬」を迎える」はずの能力に磨きをかけるエネルギーを失ってしまう。
体力や美しさが減少しても、別の「旬」を持っている人は輝いて居られる、と言われている。
ところが私は、前述のごとく、青旬時代を思いっきり遊びほうけてきたお蔭で、
自らに磨きをかけねばならない時期を無為に過ぎていた。
気付いた時は既に遅く、年齢と共に身につけなければならない「旬」の時期はとっくに過ぎていたのである。
「青春時代は、罪作りの時代である」と私の経験から思うこの頃である。

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