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2009年3月

(21.3.30) 青春(旬)時代

とは「物事を行うのに、最も適した時期」と辞書にあった。

ところで、人生での「」とは何時のことを指すのだろうか。
一般的には「青春(旬)時代」だろうか?
幼年時代、少年時代、老年時代、熟年時代、いずれの時代にも「」の字は見あたらない。
そしてこの時期、つまり「青春時代」を過ぎると、肉体も精神も老化現象を起こすと言われている。

いま思い出すと確かに、20歳代から30歳代は、疲れを知らぬほどに、諸々のことに情熱を傾け思いっきり走り抜けてきたように思う。
仕事にも慣れ、社内の習慣にも、上下関係、友人関係、趣味・娯楽、恋愛、結婚そして育児、各種検定の受検、などなど。

ものの本によると洞察力、思考能力、共感力などは年齢をとるにつれ「」を迎える能力だという。
この能力は、ほうっておいて、身につくという能力ではなく、自分で磨きをかけねばならないものである。

いつまでも若さという「」を追い求めることにエネルギーを使っているとこうした「年をとってから「」を迎える」はずの能力に磨きをかけるエネルギーを失ってしまう。

体力や美しさが減少しても、別の「」を持っている人は輝いて居られる、と言われている。
ところが私は、前述のごとく、青旬時代を思いっきり遊びほうけてきたお蔭で、
自らに磨きをかけねばならない時期を無為に過ぎていた。
気付いた時は既に遅く、年齢と共に身につけなければならない「」の時期はとっくに過ぎていたのである。

青春時代は、罪作りの時代である」と私の経験から思うこの頃である。

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(21.3.26) 難解なWBCの組み合わせ

 何故か日本中がWBCに浮かされていた1週間でした。
そのお陰で、日本チームは見事連続優勝してしまったのですから、大したものです。日本チームは野球の世界一になったという証拠でしょうか。

 それは良かったのですが私は、日本が決勝戦まで勝ち上がってきた経過がイマイチよく分からないのです。
全出場チームは16、決勝トーナメントに勝ち上がって来たのはチームでした。
1組、日本・韓国・メキシコ・キューバと
2組、米国・オランダ・プエルトリコ・ベネズエラ


 総当たり戦のリーグ戦なら勝ち星数で一目瞭然になるのですが、変則トーナメント方式とやらで、1組同士の日本と韓国が優勝決定戦を戦うのは、どこか不思議な気がします。
日本対韓国戦は、結局5試合もして、優勝が転がり込んだと言うのですから、複雑怪奇な方式と言っても、過言ではないと思います。

 報道に寄れば、次回の2013年WBCには24チームに増やすことを検討している
そうですが、それが実現すれば、さらにややこしい方式で試合が行われるのかも知れません。

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(21.3.24) 春の嵐

 2日間ほど、歩くのをサボっていましたら、秋の道の沿いの桜が満開になっていました。ここの桜はまるで桃の花のように鮮やかなピンク色をしているのが特徴で、染井吉野よりは1週間ほど早く咲くようですね。
今日(3/24)は、生憎の雨空で、傘を差しての見物は絵にはなりませんでした。

 その前日(3/23)に、都内に出る用事があったので電車に乗り外を眺めていたところ、木蓮が満開になっている様を目にしました。
蘇我、鎌取駅間の線路沿い、鎌取駅から誉田駅に向かう道路沿いでも、木蓮が満開になっていました。

 この日は、風の影響で京葉線が不通になり、総武線では信号故障と強風のダブルパンチで、都内に出るのに、酷い目に遭ってしまいました。
鎌取で20分、千葉で15分遅れたのはまだとしても、途中の亀戸では30分以上も車内に閉じこめられてしまった。車内の気温は次第に上がり、汗びっしょりになり、ダウン寸前にやっと、錦糸町のホームにたどり着き難を逃れることが出来た。

 こういう時に車掌は、クーラーを効かすとか、窓を開けるように案内をするとか乗客の安全を見極めながら、適切な処理をすることが必要だと思った次第です。
何しろ、こうした場合乗客は、ただ待つと言うことしか出来ないのですから。

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(21.3.22) 「卒業式」に思う

3/20付、毎日新聞の投書欄に「卒業証書『授与式』は大げさ」だとするる投書が掲載されていた。

 投書の要旨は
3月は、小・中学校などで卒業式が行われるが一般的には単に「卒業式」というが、学校では「卒業証書授与式」としている。
栄典や教員免許状の授与など、憲法や法律に「
」と定められている場合は別として、ただ単に学校を卒業した証明書を渡す行為について「授与」という大げさで、もったいぶった言い方をする必要はないと思う。

 特に差し障りがなければ単に「
卒業式」又は「卒業証書交付式」で意味は十分通じる。「授与式」という古風な表現は、今風の平易な表現に改めても良いのではないだろうか


 私もこの投書主と全く同じ考えだ。
私の時代には単に「卒業式」だったと思うが、いつから「授与式」改まったのかその歴史は、つまびらかではない。が、「授与式」などという表現は、文部省や教育委員会が学校教育をがんじがらめにしてきた歴史にあるのではないかと思っている。

 近来の卒業式では「君が代」は起立して全員で歌うことを強要され、この指示に従わなかったら、処分をする、という命令の下に、教員の自由な発想の芽を摘み自主性ややる気を失わせる教育が押しつけられているのが、実態ではないだろうか。

 上意下達や命令や規則に従わせ一糸乱れぬあり方が教育だと曲解しているむきもあるようだが、私はこのようなあり方は決していいものではないと思っているからである。

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(21.3.20) 鳥たちの楽園

 ここ数日の暖かさはどうしたことだろうか。

歩くだけで、汗ばんでくる、本格的な春の到来を思わせる。
天気予報士のお姉さんの忠告では
まだ、寒さは繰り返します。慌ててオーバーコートやセーターをクリーニングに出さないように。何故か?といえば、まだこれからも寒い日が繰り返します」ということだった。

 確かに「三寒四温」ということわざにもあるとおり、寒い日が3日、暖かな日が4日のサイクルで繰り返しながら、暖かくなっていくからだ。

 こうした暖かさに誘われて、これまでイマイチと思っていた小鳥たちの歌声も最近はなかなか上手になってきた。
我が家の前は泉谷公園。ここでは毎朝ウグイスが見事な喉を聞かせてくれる。
小谷小の向かいの調整池ではキジが「ケンケン」と春を告げていた。
警察署裏の広場などではヒバリがせわしく「縄張り宣言」をしていた。

 一方これまでは雑草が茂っていた野原は、中学校が建設されることになったとかで草刈りが終わり、整地のためブルドーザーやトラックが忙しく働き、動くたびに排気音がうるさく響く。
その隣の空き地も戸建て用の土地造成工事が始まっている。

 ああ、これでまた鳥たちの楽園(薮)が人間どもの欲のために、つぶされていくかと思うと、開発も考えてしまう。
私がこの地に転居してから20年、彼らの楽園がどんどん奪われていくが、黙っていていいのだろうか?

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(21.3.19) 彼岸

ここ数日の気温は、一気に春がやってきたようだ。暖かさに誘われて墓参りに行ってきた。
我が家の墓は、昔の浦和市にあり、ここ(千葉市)から往復で150kmほどである。
京葉道と首都高速を利用して行くのだが、途中の混雑は避けられず、片道で2時間から3時間を要するから、1日がかりである。

私は男3人、女3人の6人兄弟の末弟であるが、どういう風の吹き回しか、仏事にはからっきし弱い私に墓守の役がまわってきてしまった。
春と秋のお彼岸とお盆と、年に3度お参りするだけの墓守なのだが、在職中は気が重くてしようがなかった。

墓守の仕事は標記年3回の墓参の他に、仏様の命日に合わせて1周忌、3周忌、7周忌、13周忌、17周忌などの法要を営まねばならない。
これが、一番のやっかいな仕事である。

現在の所、仏様は4人(父・母・長兄・次姉)である。次姉は嫁いだ先で死去したので実質3人の墓守をしなければならない。
順序通りに逝けば、一番最後に生を受けた末っ子は、兄弟全員の最期を見届けてから逝く、一番損な役回りだなあ、と思いながら、墓前で手を合わせた。

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(21.3.15) 犬も歩けば棒にあたる

 3月という月は、1年で最も忙しい時期だとされている。
ところが私のような者にとっては、定年退職から8年余りが経過してしまうと、世間の動きにも麻痺してしまっている。

 3月と言えば、卒業、進学、進級、就職、転勤、転居など。
それに伴って諸々のことが派生してくる。当人にとっても親御さんにとっても心身だけでなく、経済的にも頭を悩ます時期でもある。
その日を迎えるまでには、それこそ大変な思いややりくりをしてきたことと思う。

 私たち夫婦では、こうした事態は既に卒業してきたので、3月だからと言ってせわしい事態は何も起こらない。
普通の人なら「犬も歩けば棒に当たる」のだが、私の場合はことが起きない限り歩くことがないのだからハシにも棒にも当たることがない。
夫婦揃って、ぼんやり一日を過ごし、夕食の話題は「ああ、今日も何もなかった」と話し合うのが、日課のようになっている。

 こんな日々を過ごしていると、それこそバカになってしまうのも、時間の問題だ。
痴呆症予防のために思って「メル友」を作り、せっせとメールを送ってはみるのだが、あまりに頼りない文章に、返事もままならない。

 かといって、読書をすれば、3行ほどで居眠りが出てくる始末だから、救いようがない。そして春は眠くなる。猫は鼠を捕ることを忘れ、人間は借金のあることを忘れる。
時には、自分の魂の居所さえ忘れて正体なくなる。
まさに「草枕」の境地である

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(21.3.13) 桜は人生模様

 春も一直線にはやってこない。三寒四温とよく言われるが、その通り寒かったり暖かかったり、行きつ戻りつしながら春はやってくる。

 中でも桜は「」を経験しないと咲かないのだそうです。
気象予報士が、桜の開花予想を説明しながら、寒さを感じることのない伊豆大島の開花が遅い理由のお話しをしていました。

 そうした寒暖の繰り返しをしないまま、一直線に春がやってきたら、私たち人間もきっと春の喜びも半減するに違いないでしょう。
桜は「ぱっと咲いて、ぱっと散る」、人生模様のような気がします。

 毎日毎日、美味しい料理を食べ続けると、飽きが来て旨さがなくなるように、物事には時に反転があるから、いいのでしょうね。

 喜びと悲しみも、苦労するから楽しさを感じ、不幸を覚えるから乗り越えたときの幸せを体験できるのと同じ現象に思えます。

 料理に塩を一つまみ入れることによって、甘みを引き立たたせるように。

 入試もそう、寒い冬に堪えた者にだけ、サクラ咲く春がやってくる。

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(21.3.10) 仰げば尊し

 卒業式のシーズンがやってきました。
聞けば、今日(3/10)は、中学校の卒業式だそうです。

 私の散歩の途中で、中学生の一団が帰宅していました。
卒業式に2年生は在校生として残るのだそうですが、1年生は下校するようにとのことでした。何かちょっと変な気がしました。

 卒業式で歌われる曲も最近は学校によっていろいろだそうで「旅立ちの日に」とか「贈る言葉」とか「さくら(森山直太朗作)」などが歌われ「仰げば尊し」はあまり歌われなくなっているそうです。
現在の子供たちには、古い言葉遣いは、難しいからでしょうか。

 それから、二番の歌詞の「身を立て 名をあげ やよ 励めよ」とあるのが相応しくないという意見があるらだそうですが、私は「君が代」を無理矢理歌わせたり、起立を強制させたりする方が、よっぽど教育上良くないことだと思います。

 でも「仰げば尊し」私には、とても懐かしい曲です。

あおげば、とうとし」は「オオげば、とオとし」が正しいのだと解説にありま
したが、確かに扇は「あふぎ」と書き「オオぎ」と発音します。また「仰木」は
オオぎ」と発音し「あおぎ」とは発音しませんね。

 歳を経るにつれて、物事に感動することが少なくなりました。
一つには、歳をとるに従って、いろいろなことを経験し、物事に対して「驚く」
という感情が抑えられてくるからでしょうか。
みずみずしい感情」などという言葉も、私のような老人には全く疎遠になってしまっています。

 でも、卒業式やラジオやテレビで流れてくるこの「仰げば尊し」の曲は、若き日の想い出を蘇らせてくれる一曲です。
その当時には、「みずみずしい感情」を込めて歌ったからでしょうか?

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(21.3.9)眠れない夜はラジオを友に(ラジオの効用)

 先日、NHKのラジオ放送「ラジオ深夜便」のことを紹介しました。
そのメールをご覧になり、Sさんの奥様からこんなメールをいただきました。

 『散歩おじさんのメールはいつも拝見しております。
 今回深夜便のお話が出ましたので、あつかましいとは思いながら、メールを打たせていただきました。

 私も寝るときはいつもイヤーホーンを耳にあてて聞いております。
年取ったせいか、この頃は寝付かれない夜があります。そんな時はイヤホーンに耳を傾けて時間を過ごしております。いろいろな方のエッセイは本当にためになり楽しんでおります。私の好きなアナウンサーは葛西アナウンサーです。二週間おきの月曜日を楽しみにしております』


 私の妻も、なかなか寝付かれないときや、ふと夜中に目が覚めてしまった際などにラジオを聞くと言っています。
私は、幸い夜中に目覚めることはほとんどありませんが、先日、入院していた際にはベットで、よくラジオを聞いていました。
車に乗っている際には、居眠り防止や気分転換のためにラジオのやっかいになっています。

 ラジオはこのような効用があるだけでなく、聞いた事柄が、とても大切なことであったり、知識の宝庫でもあることです。

 もっとも、朝までラジオが鳴りっぱなしなんてことも少なくないのが実情で、電池がなくなってしまうのが、悩みの種でもあります。

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(21.3.7) ナイト・エッセイ

NHK・ラジオ第一放送・夜11時20分からの「ラジオ深夜便」をお聞きになったことはないでしょうか?
この深夜便は、翌朝の5時までの放送ですが、私は番組の開始から12時までの間枕元にラジオを忍ばせて、床に就きます。

中でも「ナイト・エッセイ」はとても感銘を受けるものです。
このエッセイに登場する方は、華やかな表舞台では活躍することなく、しかしその道一筋に努力されてきた方々のお話を聞くものです。

今週は「松田哲博さん」と言っても知っている人は少ないでしょう、元幕下力士「一ノ矢」。彼のこれまでの生き様を「相撲人生まだこれから」というエッセイでした。

彼は、沖縄出身で、角界では唯一の国立大学出身(琉球大学卒業)の力士ですですが、体力に恵まれず、結局幕下までしか昇進できませんでした。
入門の際の身体検査では、頭にシリコンを注入しても身長が166cmしかなく、検査に当たった親方の温情でようやく、土俵を踏めることになったという。

入門以来、46歳11ヶ月の年齢で引退するまでの25年間相撲を取り続けた。この記録は、角界における「努力」記録になっている。
相撲界では、十両に昇進して、初めて力士として扱われる。
幕下までは、化粧まわしはなく、黒の麻のふんどし(十両以上は絹)大銀杏は結えず、給料も全くないから、結婚など夢である。

同じ部屋の横綱「朝青龍」のように最高位を極める力士は希で、希望を持って入門した世界であっても、志し中半で角界を去る若者が殆んどである。
そうした中、裸一貫、意志を通した生き方には強い感銘を覚えた。

引退後、一ノ矢は、高砂部屋のマネージャーとして、高砂親方(朝潮太郎)に代わって部屋の運営から後輩の指導に当たっている。
こんな苦労人の元で、稽古に励める力士はきっと、幸せだろう。
新弟子がいうことを聞かなかったととして、死に至らしめた不祥事が遭っただけに、このエッセイに気持ちが和んだ。

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(21.3.3) 主婦の日

太陽がやっと顔を出してくれました。
千葉では2月22日以来、何と8日ぶりの太陽です。
でも喜んでばかりはおれません。せっかく晴れたというのに冷たい北風が吹いています。

 今朝、久しぶりにカモシカ姉さんに会いましたところ、「今日は主婦の日よ、それなのに私は用事があって出かけなくてならないの。1週間ぶりに晴れたというのに。
残念だわ。今日みたいな日を『主婦の日』と言うのよ。散歩おじさん、知っていますか?」

もちろん私は知りませんでした。

 「主婦の日」とは、久しぶりに晴れ上がった日に、先ずお布団干し、室のお清掃、濯、室内にこもった空気の入れ換えを、行う日なのだそうだ。
カモシカ姉さんの言うとおり、今日は確かに久しぶりに晴れ上がったのだから「主婦の日」と言っても間違いない。

 彼女の1週間は忙しい。
月、水、金は四季の道の清掃日で、火曜日はテニス、木曜日はボーリング、土曜と日曜日はご主人と仲良く散歩の日と、基本的な日課を決めているという。
今日は久しぶりに晴れたので、ちょっと予定を変え、走って見ようと思ったの」と、爽やかに、走り去っていった。

 ならばと私も、と、自宅に帰り着くなり、主婦のご命令に従って「主夫」をしている。が、生憎と風が出てきて、「主婦の日和」とはいかないようだ。
それでも、一週間ぶりだと思い、少し湿気った布団をベランダに干した。

 天気とは、なかなか思うようにはいかないものである。

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(21.3.1) 日の出の時間(2/2と3/1と4/1)の変化

2月2日に日の出の時間を紹介しました。

この時点(2/2)では東京が最も早い日の出になっていました。
さて、1ヶ月後の各地の日の出時間はどう変化しているでしょうか?
エッと驚くことと思います。お楽しみに?。と疑問符を投げかけておきました。

2/2の日の出時間、3/1、及び4/1の日の出時間は以下のようになっていきます。

2/2の日の出時間、3/1の日の出時間、4/1の日の出時間

札幌  6:49     6:11    5:17
仙台  6:41     6:09    5:22
東京  6:40     6:11    5:28
名古屋 6:51     6:22    5:40
大阪  6:56     6:28    5:46
鳥取  7:05     6:33    5:50
松山  7:07     6:38    5:57
広島  7:07     6:40    5:58
福岡  7:14     6:47    6:06
那覇  7:13    
 6:53    6:21


2/2の時点では東京が、3/1の時点では仙台が最も早い日の出になっています。
それでは、4/1にはどうなっているでしょうか?
北から南に行くに従って、日の出時間が遅くなり、凸凹はありません。
札幌が最も早く、那覇が最も遅くなっています。

予め、日の出・日の入りの時間を調べておくと、旅行に行った際などには、とても役に立つものです。

朝早く、日の出前に発ちたいとき、あるいは日の出を見たいとき、あるいは海に沈む夕日を見たいとき、行く先々で異なる太陽の動きを実感するのも、旅の興味を味わい深くするものです。

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