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2008年11月

(20.11.28) 烏合の衆

烏合の衆
烏の群れのように、統一や規律のない群衆の形容を言う。

春の道の中程、春の道橋から扇田橋にさしかかるところに来るといつも烏の群れに出会う。時には20羽~30羽もの烏が群がり、身の危険を感じることすらある。
人間は「烏合の衆」などと例えて、烏をいかにも知恵の劣った鳥の代表のように思っている人がいたら、それはとんでもない誤りだ。

ここ春の道に彼らが集まって来るのは、彼らの餌である好物が落ちているからに違いなく、また、彼らなりの情報交換をはかっているに違いない。
彼らは、仲間同士で小さないさかいをすることはあっても、命を落とすような激しい争いは決してしない。
平和のシンボルのように言われている「」の方が、雌をめぐる雄同士の争いは熾烈を極め、徹底的にやっつけることすらある。

さて、最近はペットブームで、ことに女性のあいだで犬を飼うのが流行しているようだ。四季の道でも、多くの女性が犬の散歩をしている姿に出会う。
ところで、「井戸端会議」というのは聞いたことがあるが最近は「犬会議」を開いているのをよく見かける。
それも人が通る道の中央を占領していることもあり、散歩する人間の通り道がなくなり、困ることさえある。これは何とかやめてもらえないだろうかと思う。。
2~3人、ときには5~6人ほどの女性がそれぞれに犬を引き連れては「犬会議」を開いていることもある。。

もろもろな犬情報の交換をはかっていたり、犬同士のコミュニケーションをはかっているのだろうが、ただ一つ見ていて気になることは、飼い主が犬がいうままに引っ張られていることだ。
これではお犬様が主で、飼い主が従の関係になっている。
散歩の際、犬は飼い主に絶対服従で、リードは短く持ち、飼い主より先に歩かせないと言うことを徹底させるのが、犬を飼う第一の「しつけ」だと、トレーナーは飼い主を指導している。

こういう、基本的な「しつけ」もさせずに、ただ単に我が子(犬)可愛さに集っているのは「犬合の衆」と言えなくもない。

愛犬家には、耳の痛い話だっただろうか?(散歩おじさん

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(20.11.25) 四季の道で「赤毛のアン」の家を見つけた

 ルーシイ・モンゴメリー著(村岡花子訳)「赤毛のアン」を夢中になって読んだ記憶のある人に、おゆみ野の四季の道にもグリン・ゲイブルスのアンの家があると言ったら「エッ」と驚くに違いないでしょうね。
もちろん私の勝手な想像なのですが。

 榛の木並木ではなく、ケヤキ並木の通りに建つこの家は、薄茶色のスレート瓦屋根の2階屋、東側にはサンタクロースが入れそうな太い茶色の煙突があり、グリーンの窓枠がある2階建ての家、ここがおゆみ野のグリン・ゲイブルスアンの家である。

 その名のとおり、家の回りはぐるっと木に取り囲まれており、今は赤いドーダンツツジが波打っている。
ゆったりとした庭には、小さな池があり、傍らにはテーブルとイスがある。
そして、季節ごとの花が咲きみだれ、とりどりの木々が植えられている。

 1階はレンガ造りなっており、マシューやマリラの寝室がある。
南向きに広がった2階の張り出し窓からは、今にもアンが顔を出すのではないかと思わせるような作りになっている。

 おゆみ野などという名前よりも、アヴォンリ-街と言った響きがよさそうだ。
そして近くには、アンが夢見ていた小川も、流れている。
その小川は、泉谷公園を源に、大百池まで流れている。
大百池なんて誰が名付けたか知らないが、さしずめアンならば「輝く湖水」と名付けるに違いない。
この時期、湖水ではカモや雁などの冬鳥たちが羽を休め、戯れたり、潜ったりしているのが見られる。

 こんな素敵な環境に、私たちは住んでいるのです、などと宣伝しようものなら、大勢の顧客が押し寄せてくることでしょう。
そんな街に、15階建の高層マンションを建てようとしています。どう見ても不釣り合いだと私は思うのですが。(散歩おじさん

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(2011.22) 私の彼は左利き

 1973年、歌手浅丘めぐみが歌った「私の彼は左利き」が大ヒットしたことがあった。左利き旋風とでも言えようか。
この歌の歌詞では、投げキッス、手招き、涙をぬぐうとき、小指をつなぐとき、手を振るとき、時計を見るとき、コーヒーを飲むとき、手紙を書くとき、電話をするときなどなど、すべて彼は左利きという具合だ。

 実は私の娘も左利きであるが、箸使いと字を書くときだけは、右利きに(私が無理矢理強制的に)矯正させたが、残りのことは、すべて左利きである。
投げること、包丁を握ることなどに加えて、注射針を刺すこと(彼女は看護婦)もそうだから、患者はびっくりすることが多いらしい。

 最近は敢えて左利きを矯正しないのが育児の基本だと言われている。
野球選手場合では、左利きが有利と言うことで本来の右利きを敢えて左利きに変える例も多い。イチローや松井は、打者の時だけ左利きにしているのがその一例である。
最近の左利きは、「私の彼は左利き」のように何でもかんでも左利きと言うことにはなっていないのが、多いようである。

 さて、そんな中で、四季の道で知り合いになったIさんも「変わり者」と言えるかも知れない。
Iさんの日常は多忙を極めている。
週3日間は、四季の道の清掃活動をし、2日間は四季の道をジョギングし、残りの2日間は、ご夫婦で散歩をしている。 

 ご主人が勤めに出ている間に、友人と硬式テニスを楽しんだり、ボーリングをしたりする一方、お料理や菓子作りもプロ顔負けの腕前である。
まさにスポーツ万能、家事は手抜きを一切しないというスーパーウーマンである。
余暇をつくり、ご主人と一緒に海外にも旅行されている、まさにおしどり夫婦でもある。 

 そのIさん実は、ボーリングもお料理もすべて右利きなのに、何故かテニスのラケット振るときだけは左利きなのだ。
何故そうなったのか、自分でもわからないという、ちょっと変わり者?

今日11月22日は「いい夫婦の日」。
そんなIさん、右利きのご主人とはもちろんいい夫婦だ。(散歩おじさん

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(20.11.20) 笑い話 続編

 私と夫婦に間違われたHさんと久しぶりに出会った。
 私「先日は、申し訳ないことをしました」とお詫びすると、Hさんいいえ、どういたしまして、私、ちっとも気にしていませんから」と逆に慰められてしまった。

笑い話」がブログに掲載されてから、何人もの方から「Hさんで誰なの」とい う質問をうけた。私は「知らぬが華」とその都度答えていた。
彼女へ迷惑が及ぶかも知れないと思ったからだが、ちょっと安心した。

 私は長年にわたり四季の道を歩いているが、名前や住まいを知っている人は、そんなに多くない。
その殆ど方は朝の挨拶「おはようございます」だけの知り合い(?)だからである。親しそうに話をしていたとしても、何年も自己紹介などせずいる人の方が多いのだから、かなりいい加減な人間であることを証明している。

 知り合いの一人、Sさんとも会話をすることがある。
Sさんは、毎朝4時に起床し、家事一切(ご家族の朝食はもちろんのこと洗濯・掃除・風呂の掃除まですべて)を片づけてからジョギングに出るというから、すごい頑張りやさんである。この頑張りは、どこに秘められているのだろうと会うたびに思い出している。

 さらに先日もこんな話を伺った。
スーパーの安売りをめざとく見つけてから、今夜のおかずを決めるのがプロの主婦で、予め、今夜はお肉にしようなどと考えるのは、甘っちょろいのですって、とテレビでやってましたよ」という。
なるほどなるほど、にわか主夫をやっているなどと、自惚れている場合ではないとつくづく悟った次第だ。
Sさん、まさに主婦の鑑だ。

 我が細君もSさんの爪の垢でも煎じてもらったらと思わなくもない。
ただし、ここだけの話。(散歩おじさん

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(20.11.19) コタ姐さんから引き継いだ かぐや姫登場

コタ姐さんからかぐや姫へ、ブログの引き継ぎ?」


 コタ姐さんから親指の指紋が無くなりそうだから今書いているブログの仲間にならない?と言われた。なに?
何で?しかも姐さんはこうも言っている。
いざというとき指紋の照合が出来ないとマズイしね
えっ?指紋照合するような事してるの?普通に生活する限りまず指紋照合なんてないでしょうに。

まあ、折角のお誘いだから断る訳にもいかないし、何事も経験よね。プラス思考で前向きにいきましょう(笑)


それでは次回「かぐや姫の地球体験レポート」お楽しみに!(かぐや姫

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(20.11.17) 東京国際女子マラソン

 第30回を迎えた「東京国際女子マラソン」が16日に終わった。

 私には、30年前に最初にここを走った女性の中に、忘れられない選手がいる。

 第1回と第2回大会を続けて優勝した英国の「ジョイス・スミス」選手。
彼女は、英国人女性の模範として、沿道に「唾や痰」を吐くのははしたない行為だとして、ハンカチを持参するという、模範を示した。
さすがと思ったが、彼女以外にこのような礼儀をしていた選手はいなかったし、その後も模範を示した選手は現れていない。
当時は皇太子夫人だった美智子さんが、何回か東宮御所から出て、応援されたのもこのレースだった。

 もう一人は資生堂の市民ランナー「松田千枝」選手だ。
彼女は、銀座の資生堂に勤務していたが、昼休みには近くの皇居周回コースを毎日走っていたからである。
今年60歳を迎えた彼女、テレビに映された映像からは当時と少しも変わらない、若々しい肢体で、軽々と走っていたのには驚かされた。

 実は、私も千代田区内の事業所に勤務していたので、昼休みに皇居を走っていたのだ。当時は、ジョギングブームのはしりで、メッカとされた皇居を多くの人たちが朝と言わず昼と言わず、終日ランナーが走っていた。

 女のくせにえれく早く走る人だなぁ、と思ったのが最初だった。
皇居周回コースは、約5km、上り下りのあるきついコースで、私は17分を切ることが出来なかったが、いっぱしのランナー気取りで走っていた私を、彼女は楽々と抜いて行ったからだ。
後で噂に聞いて知ったのが彼女だった。

 その彼女も、今年60歳を迎えたそうだ。この大会も30回が最後でコースを変更し横浜で開催されるという。
この大会の華だった彼女も、今回で引退すると言う。
あこがれの人が、また一人消えた。(散歩おじさん

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(20.11.16) 笑い話

 今朝のことだ。
散歩の途中で出会ったHさんと並んで歩いていたときのこと、いつもすれ違うご婦人から「ご夫婦ですか?」と言われ、二人ともびっくりしてしまった。

 でも考えてみれば、結婚して40年あまり、とっくにトウがたっている夫婦間ではいくら散歩だからと言ってもそんなに楽しい語らいをするわけがない。
Hさんと私は、親子ほどの年齢差があるのだから、どう見たって夫婦とは思えないはず。20~30歳違いの夫婦がいたって、決して珍しくないご時世だから、かのご婦人のリップサービスだったのだろうか。

 いやいや、私が若く見られたのだ、きっと。
よほど鼻の下を長くしてHさんと親しげにしていたからに違いない、などと買いかぶってみたりする。

 それにしても、間違われたHさんには申し訳のないことをしてしまった。
朝の笑えない「笑い話」である。(散歩おじさん

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(20.11.15) 赤い月と白い月と

11/13、昨夜早寝したお陰で5時半に目覚めた。日の出には早いが散歩に出た。
西の空には赤い大きな月が浮かんでいた。

11/14、今朝、5時半に西の空を見上げたら、今日は白いまん丸の月だった。
どうしてこんなに色が違うんだろうと、考えているうちに、日の光に照らされて肝心のお月様は、お隠れになっていた。

一昨夜(11/12)の夕食、
今夜は豆乳鍋にしよう」と細君の提案があったので、材料をスーパーに買いに出た。
豆乳、タラ、ホタテ、むきエビ、牡蛎。野菜類は、白菜、ホーレン草、ネギ、エノキ茸、豆腐にシラタキを購入。

土鍋に、豆乳と水を半々ほどに入れ、煮立ったところに、魚類、野菜をぶち込むと美味しい香りが食欲をそそる。寒い夜は鍋にかぎる。
腹一杯食べて、残った汁は明日の夜、野菜を追加し醤油で味を付け、オジヤにするのが、我が家のしきたり。もう一晩、鍋のうまさを楽しもうというわけだ。

さて、13日は久しぶりに太陽が顔を出し、洗濯・布団干しに絶好日和という予報が出ていた。鍋を腹一杯たべたので、明日は元気で働こうと、早寝をした。

ところが13日は、案外の天気だった。
張り切って、布団干しをしたのだが、肝心の太陽が出ても、すぐにお隠れになってしまい、1時過ぎには曇って来はじめたので、取り込んでしまった。
明日も良さそうだという予報が出ているので、しようがない明日にするか、と一人慰めた。

夜10時、ドラマ「風のガーデン」を見た。
ピアノの演奏「乙女の祈り」も良かったが、中井貴一とのチェロの合奏も、とても心が和んだ。
そのお陰で今日も、いい眠りにつけそうだ。(散歩おじさん

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(20.11.13) 私の同期会

 10/10~11にかけて同期会に参加してきました。

 この同期会は、新入社員の集合研修で一同に会したあと、関東一円の事業所に配属されましたので、10数年間は滅多に同期の者たちと顔を合わすことはありませんでした。

 偶然のきっかけで有志が呼びかけあい、気のあった20人ほどが「同期会を開催しよう」ということになったのが始まりです。
2回目以降は、各県の持ち回りで開催されることになり、今回は18回目になりました。
関東5県(群馬・千葉・東京・神奈川・長野)を順番に持ち回りで開催しますが、今回は東京の番でした。

 上野駅に集合し、浅草に出て浅草演芸ホールで落語や漫才を楽しみ、次いで浅草寺界隈を散策しました。
先頃TVでも浅草をテーマにしたドラマがありました。
あんどうなつ」には貫地谷しほりが「浅草福松旅館」では西田敏行が主演しましたので、ごらんになった方もいると思います。

 私も何十年ぶりに浅草に出向き以前の浅草とはその変貌ぶりに、まるで田舎者同様の感がありました。
観光客の多いことにも驚きました。日本人だけでなく外人もたくさん見かけました。

 夜は、気の置けない連中が酒の勢いも借りて、どんちゃん騒ぎ、でも、みんな68歳、12時を迎える頃には、それぞれの部屋に落ち着きました。
中には大きな病を得て闘病中の者、ガンの手術を体験した者、透析中の者などなど、人生の終盤に向かっていることを再確認しあった、同期会でした。

 翌日は上野に出て、芸術の秋にふさわしく、絵画を鑑賞しました。
ヴィヘルム・ハンマースホイ・静かなる詩情」と常設展の「松方コレクション」
を観賞し、上野公園を散策したのち、解散となりました。(散歩おじさん)

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(20.11.9) 主夫の仕事 その2

 今秋は、割に暖かな日が続いたお蔭でなかなかみこしをあげる気にならず、でも立冬ともなれば、冬支度にせねばと思い立ち模様替えをしました。

扇風機

千葉に転居する前から使っていたので、かれこれ30年は使用してきました。古い扇風機が発火したというようなニュースも聞きましたが、我が家の扇風機は、毎年、モーター部と羽、網を外し、埃を払ってから、段ボールに詰めて物置にしまっておりましたので、そんなこともなく過ごしてきました。
今夏もよく活躍してもらいました。

よしず、すだれ、寝ござ類

晴天が続いた日に、乾燥させてあったので、紐で縛り物置にあるいは押し入れに。

寝具類

シーツは夏用から冬用の物に、タオルケットから毛布に、夏がけ布団から冬用布団に、私は、冬用ドテラ(かい巻き)を愛用しています。

暖房機類

ストーブが活躍する時期。ガスは室内用、電気は部分暖房用に使用するので、物置から出し所定の場所に設置。

こたつ

こたつ大好き人間の私、私専用の部屋に畳・半畳大のこたつを設置するのは大仕事、まずは部屋の掃除から開始しなければなりません。
作業に取りかかったところで、こたつ布団を新たに購入しなければならなかったことに気づきましたので、今日のところは中断。

ガラス戸、雨戸、障子、ドア、蛍光灯・電球の点検、カーテンの洗濯

11月も半ばとなると、そろそろ大掃除の計画も立てねばなりません。
洗剤、ぞうきん、ゴム手袋などの掃除用品の準備、蛍光灯の購入計画(種類・本数)

この前まで、暑い暑いと言っていたのに、気づいて見ればもう寒さに震える季節が到来していました。
年齢とともに、月日の経つのが速くなり、あっと言う間に1年が過ぎようとしています。早め早めにと思いつつ、いつものことで手遅れになってしまうのも例年の行事になっています。(散歩おじさん

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(20.11.6) にわか主夫のおすすめ料理

3年ほど前のことですが、ヘルニアで動けなくなった妻に代わり、にわか主夫をすることになってしまった。
炊事、洗濯、買い物、布団干しから、室の掃除に至るまで主夫の仕事はきりがないっていうことを改めて、知りました。

中 でも頭を悩ましたのは、献立でした。
毎日の献立をどうするか?が最大の難題でしたが、無い知恵を絞って、私はこうしてくぐり抜けました。
1週7日間(つまり7種類)の献立を考え、その献立にそって、おかずを作っていけばいいと考えたのです。そしてさらに以下のことを念頭において献立を考えてみました。

第1、主菜を、野菜、肉、魚とする。
  これに副菜として、サラダ・漬け物・味噌汁を付ける。

第2、また、同じ肉でも、牛・豚・鶏と変化をつけること。
  焼く・煮る・炒めるとバリエーションを考える。(これは、野菜・魚でも同じ)

第3、季節に彩りをつける。
  夏は冷や奴・冬は湯豆腐、夏はキュウリの浅漬け・冬は白菜の浅漬け、 夏はざるそば・冬は熱いうどんや鍋物と言った具合に。

第4、年中変わらないおかずは、味噌汁、納豆・生卵・たくあん・鰺やカレイ・サンマの開きなど。

さて、季節は秋から冬へと向かっています。身も心も暖まる献立が欲しいものです。私の乏しい知識を絞り出したものですが、皆さんのお宅ではどんな献立になっているでしょうか?

1、豚汁または芋煮
材料:豚肉・大根・ネギ・しらたき・ゴボー・里芋・エノキ茸・人参
※注意 里芋だけは先に火を通しておくこと。
(我が家では味噌味です)

2、おでん
材料:おでんの材料がパックになっているものを買ってきて味付けをする。一緒についてくる「おでんのタレ」は甘すぎるので、使用しない。

3、うどん
鶏ガラで出汁をとり、白菜・エノキダケ・油揚げ・ホーレンソウ・卵をぶち込めば出汁の出来上がり。
冷凍うどんはレンジでチンし、どんぶりに取り、出汁をかける。

4、しゃぶしゃぶ
しゃぶしゃぶ用に薄く切った牛肉、豚肉を使用、白菜、ネギ、しらたき、エノキ熱した鍋に肉を浸し酢醤油などで味付けする。
(ただし我が家では酢は使わない)

5、すき焼き
材料:牛肉・白菜・ねぎ・しらたきなど
我が家では砂糖は使用せず、醤油だけで味付けをする

6、鍋もの
材料:鱈・エビ・アンコウ・蟹・鮭・ホタテ・はまぐり
土鍋に上記材料をぶち込み、味噌仕立てで食べる。
(我が家では、豆乳仕立(水の代わりに豆乳を入れることが多い)

7、湯豆腐
材料:出汁昆布と一緒に豆腐を暖め、醤油にはショーガ、千切りしたネギを加える

8、カレーライス
材料:豚肉が主流でしょうが、鶏肉もいけますよ

9、焼飯(と言うよりも、野菜炒めの中にご飯が入っている)
ベーコンまたは豚肉・キャベツ・玉葱・人参・シメジ・ピーマンをフライパンで
炒め、少し塩辛く味付けする。そこにレンジでチンしたご飯を入れ、さっと火を通す。(我が家では野菜炒めとご飯の割合が五分五分もしくは六分四分)

早速やってみよう、などと思った献立がありましたか?

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(20.11.4) 変らぬ棚田の風景

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 私は2001年に千葉県鴨川市の郊外にある「大山千枚田」のオーナーになり、2年間、米作りを体験しました。

 大山千枚田は千葉県内の棚田では、最も風光明媚なところとしても、近来有名になっています。
棚田(段々田んぼ)は、1枚1枚の田が小さいだけでなく、形も違えば、面積も異なっています。急なあぜ道は耕耘機や田植機など通行を阻むだけでなく、機械を使って耕したり田植えをしたりすることが困難で、大変非効率な田んぼです。

 その上この棚田で代々、米を生産してきたお百姓さんも、高齢化に伴って耕作がいっそう困難になってきていました。
そこで、棚田を守れと言い出した有志が呼びかけた「棚田のオーナー募集」に鴨川市も協力申し出て、広く県内外に募集をしたのです。
その呼びかけに、私も応募した、と言うわけです。

 5月の連休に田植えを行い、6月と8月には雑草刈りをし、9月には稲刈りと脱穀、10月は精米と言うのが、年間の大まかな計画でした。
オーナーの多くが、農業体験は初めてという人たちでした。子連れの一家はみんなどろんこになって、田んぼと格闘していました。子供たちはカエルやバッタ採りに大騒ぎをしていました。

 私は、最も小さな田んぼ(100㎡ほど)のオーナーになったのですが、一人で耕すのには適当な面積でした。

 さて、借り農園などで野菜類を作る際に注意することは「連作障害」(同じ作物を同じ畑に作ると連作障害が起きることをいう)を避けることです。
しかし、「」だけは、連作障害はありません。
米は、同じ田んぼに毎年米を作り続けることが出来る唯一の生産物なのです」という話に、えらく感心したことを思い出します。

 富良野を旅行したときにバスガイドが「パッチワークの畑は毎年その色合いが変わります。それは、毎年異なる作物を植え付けるからです」と紹介をしたことを思い出しました。
しかし、棚田は毎年、春には早苗が、夏には緑の絨毯が、そして実りの秋には黄金色に染まります。

 棚田は、毎年同じ風景が見られるのです。(散歩おじさん

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(20.11.1) 秋

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 読書の秋とか、芸術の秋とか言われるゆえんは

  ゆったりと本を読むのに適している気温は20℃から25℃
頭を使う本の時は18℃くらいがよいとされている。

 さらに音楽の秋ともいわれ、クラシックコンサートがよく開催されます。
この理由の一つに、秋の気候が楽器に合っていることが挙げられます。西洋楽器は湿気が苦手で、日本の夏は響きが悪くなります。
冬は逆に乾燥しすぎて、弦が切れてしまったりします。
秋が丁度いいのです。行楽に出かけるのもいいですがコンサートに足を運んで音楽に親しんでみては如何でしょうか。

 新聞の天気案内にそんな紹介がありました。
湿気で音程が狂うのでしょうか、そこまで音の変化が分かるようでなければその道の「つう」ではないのでしょうね。(散歩おじさん

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