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2008年10月

(20.10.30) 四季の道

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朝、四季の道を歩きながら、20年ほど前の鎌取駅周辺を思い出してみた。

四季の道の名をを冠した橋がH4/6月に「春の道橋」を最後に竣工し、やっと周回コースが完成したような気がする。それまでは、行き詰まりになっていたり、途中で一旦、コースを外れなければならなかった。

四季の道にかけられている橋を右回りに、竣工年月を調べると下記の通りで、足
かけ10年掛かりですべての橋が完成したことがわかる。

夏の道橋、  s61/7
秋の道橋、  s60/3
六通歩道橋、h5/8
冬の道橋、   h2/3
おゆみ野駅前歩道橋、  h7/6/23
春の道橋、  h4/6

私がこの地に居を移したとき、幹線道路は整備されてはいたが、その多くは行き詰まりになっていた。おゆみ野の地はその殆どが山林・原野だったからだろう。
住宅都市整備公団が「千葉・市原ニュータウン計画」という整備事業を立ち上げあちこちを掘り返し、ブルドーザーが土音を響かせていた。

あるところはコスモスの花が咲く野原であり、丘の上であり、あるところは谷を思わす淵であった。泉谷とか小谷とか言われる地名が示すように、谷間から湧き出た水は一筋の小川となっておゆみ野を南北に貫いていた。

 大小の森や林、背丈をこすヤブは野ウサギイタチなどの小動物、キジやまどりたちになくてはならない生活の場、遊び場であり、ねぐらであった。

 新設されたばかりの鎌取駅舎は朝日に輝き、遠く富士を望めたばかりか、東西に伸びるホームに立てば我が団地群が見え隠れした。
冬の朝は、まだ夜も明けきれぬ時間に駅に急ぎ、月や星を眺めながら家路に着く毎日だった。

 都心へは、蘇我駅からの始発の快速電車に乗り換え都心に向かうのだが、乗客の、電車の座席争奪戦は激しいものだった。
蘇我駅に到着するやいなや脱兎のごとく階段を上り、駆け下り、運良く座席を占めることが出来た場合は、その後の約30分はひたすら睡眠に陥ることができた。

 しかし、いつもいつも座席を確保出来るとは限らない。
時には立ちん坊の日もあり、こういう日は会社に着いても睡眠不足がたたり、一日中能率の悪いボーッとした気分が抜けなかった。
JRが行う恒例の年度末のダイヤ改正時には、ラッシュ時の本数増を待望したが、その多くは期待はずれでしかなかった。

 そうこうしているうちに、鎌取周辺は建設ラッシュが襲ってきていた。
駅のホームに緑の風を送ってきた木々は伐採され、その後に大型スーパーが建設されること決まったからである。
ジャスコが進出してからの鎌取駅周辺は一気に変貌していった。
大小様々な高層ビルの建設ラッシュが始まったからである。

 ジャスコが正月の営業をすると言い始めたのは、いつだっただろうか?
そればかりか24時間営業を言い出したのには、もう驚きを通り越して「怒り」を覚えた。(後に24時間営業は、さすがに不評を買ったと見えて、深夜24時までの営業に変更した)

 おゆみ野は、静寂な住宅地から、深夜も灯が消えない眠らない街に変貌しようとしている。私たちは、そんな街にしたいとは思っていない。
人に優しい、労り合いの街にしたいと願っている。

 私が毎朝出会う、散歩仲間はみんな優しい、思いやりのある人ばかりで、心が洗われる毎日だ。
こうして今日も、さわやかに私の朝が始まる。(散歩おじさん

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(20.10.29) 豆柿

Aa76e74c1 毎日新聞(08.10.27付、朝刊13ページ)に標記「豆柿」が写真入りで紹介がされています。(津武 記者)
知ることは楽しい。つくづくそう思った。初めて見る「豆柿」に創造主の粋さを思った」と。
記者は読者の紹介で、静岡県の伊東市在住の梅原さんを訪ねて豆柿を初めて見たということでした。

 豆柿をみるために、何も伊東までも足を伸ばすことはなかったのになあ。
豆柿なら、四季の道沿いにそれも2本もあったのに。
その木は、金沢小学校を過ぎ、冬の道橋を渡り、泰山木を右手に見ながら、おゆみ野駅に向かう坂道の中にあります。
今は黄色に色づき、まるでプチトマトのような豆柿が鈴なりになっている。
食べてみると、甘さも少しあるが渋みが強い。
もう少し、寒風にさらされると、渋みが消え、甘くなるのですが。

寄り道
 渋柿の皮を剥いて軒下につるしておくと、渋が抜け、とても甘い干し柿が出来ますがその条件は、寒風北風にさらされることなのです。
千葉の気温では暖かすぎて、甘くなる前に柿にカビがついてしまうことがあります。もう少し寒くなってかにした方が、良い干し柿が出来ると思います。

 そういえばまだカラスやヒヨドリや椋鳥や雀たちが寄ってきていないようだ。
かれらの鳥たちは、果物の一番美味しい時期をちゃーんと知っていて、その時期にならないとついばんりはしない。
自然の中で生きていくすべを、誰に教えてもらうわけでもないのに、実に見事に心得ている。

 それも当然のことで、やがてくる厳しい寒さ耐え抜くには、それなりの体力を事前に作っておかなけれ、冬を越すことは出来ないからだ。
あるものは、皮下脂肪をたっぷりつけて冬眠に備えたり、あるものは貯蔵しておいたりしている。

 われわれ人間だって、寒さに耐えるために皮下脂肪をたっぷり付けてシーズンに備えないといけないのですよね。(散歩おじさん

(注)写真は「花日記」というブログから転写しました。

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(20.10.27) 私はモールス信号の水兵さん

Ts21  私はこのブログを左手の親指1本で書いている。さながらモールス信号を打つ水兵さん。コツコツと携帯電話の文字盤をたたきまくる。

ア~ァ。このままだと親指の指紋が無くなりそう。それに関節炎にもなりそうだし。なによりも時間がかって肩もこる。本物のSOSを打ちそうだ。

 秋祭りの仕事とブログの開始が重なってしまい主婦の仕事が溜まってしまった。部屋には綿ゴミがフワフワ、朝の洗濯物が夕方まで干せずにいたり、食事がスーパーのお惣菜になる。

 極めつけは主人の食事を作り忘れてしまった。これは大変!愛犬の散歩中に朝のスケジュールを思い出す。

あれっ????
娘には食事を作って学校に送り出した記憶は有るのに主人には無い。急いで帰宅。だけどもう9時近い。常備菜を組み合わせたんぱく質は目玉焼き。
は~い。お待ちどうさま~」と、にこやかな笑顔も朝食の一品にする。…が案の定、無言の怒りが漂っている。

 今までだったら触らぬ神に祟りなし、逃げの一手の私だけど今日の私はちょっと違う。何故って、もしかしたらブログネタのコメントが取れるかも。密かに期待する私がいる。(コタ姐

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(20.10.27) 散歩おじさんの自己紹介

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はじめに


ひょんなことからコタ姐さんとブログの仲間入りすることになりました。
どうぞよろしくお願いいたします。

他称(自称に非ず)散歩オジサン自己紹介

おゆみ野に居住するようになって、おおよそ20年になります。家族は妻と二人暮 らし。8年前に、サラリーマンを卒業し、無職という年金暮らし。
唯一の収入は年金のみ、出るわ出るわ社会保険庁のでたらめぶりには、開いた口 がふさがらないと、人一倍腹を立てている老人です。

趣味
もっぱら「四季の道」を散策(なんてかっこいい表現ですが、実は辺りをキョロキョロ見回しているだけ)すること。
定年前は、昼休みにジョギングをしてきた(ジョギング歴は30年になる)が、定年を機会に散歩をするようになった。

信条は「継続は力」
在職中に続けてきたジョギングが、今こうして毎日元気で過ごしていることに通じていると思っているから。

悩み
散歩の途中、毎年冬になると、腕や指先が氷のように冷たくなってしまうこと。
ホカロンを厚手の手袋の中に入れて、暖めているが、暖まらないこと。

不得手なこと
パソコンに関する知識
メールの送受信、ワード、エクセルの初歩程度しかできない。
デジカメ、携帯は持たないので、写真・添付文書の送信は出来ない。
名文を書くこと(いつも迷文を書き、恥をかいている)  (散歩おじさん

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(20.10.25) メル友の床屋さんから聞いた話

頭髪の日にかこつけて、メル友の床屋さんにメールを送りましたところ、下記のようなご返事をいただきました。さすがは専門家ですね。

 男性ホルモンが多いと髪は抜けやすく、ヒゲは濃くなります。
故に本来ならば、女性ホルモンを注射すれば、髪は生えてくるのですが、副作用として、喉ぼとけが無くなり、声が甲高くなり、胸が膨らみます。
ある意味、女性ホルモンは両刃の刃と言ったところでしょうか・・・・。

 なお、ヒゲは皮膚、髪は頭皮と区分が違いますし、移植は不可能です。
生え方も生える周期も形状も寿命も全て異なるので、これまた不可能です。
専門的には頭皮が皮膚化してしまうと、頭髪再生は不可能と言われています。

 また人には避けられない現実があります。
老化』です。髪も頭皮も皮膚と同じように老化します。
若ハゲは、ある程度は遅らせたり、一時的な回復はありますが、それも一時しのぎ。人生の後半に訪れる老人性の脱毛は、避けられません。
歳をとると髪も艶が無くなり、パサつき、細くなります。これが老化です。
育毛剤の箱を良く見ると、使用上の説明の中に、高齢の方は、使用しないでくださいと書かれているものもあります。一時話題にもなった大正製薬の『リアップ』にも書かれていると思います。

私は「若く毛の薄いお客様には、髪を気にせずに、凛とした態度で自分自身のパフォーマンスを高めるような生き方をしてください」と、いつも言っております。(散歩おじさん

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(20.10.24) 駄菓子屋さんになれるかしら

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私は経済的自立を目指している。儲けたいのだ。人生には「上り坂」「下り坂」そして「まさか」があり、その「まさか」の途中に私は居る。
まさか」と「下り坂」は仲好しだから困ってしまい遅れぱせながら「自立」を目指す。

 ジャーンお店を出した。リハーサルで。秋祭りの出店だけどね。私は子育て中だから行動範囲が限られていてごく身近でビジネスチャンスをつかまなくちゃいけない。

 駄菓子屋で食べていける?まあ、取りあえず問屋に同行させてもらう。店主に人気の商品を教えて貰いながら数点の仕入れをする。そして値段付け。駄菓子やオモチャは薄利多売は誰もが知るところだがくじ引き、綿菓子、ポップコーンは利幅が有る事を学ぶ。

 祭り当日。売れ行き好調。お昼までに焼きそば・稲荷寿司も完売し店は閉店状態。

 リハーサルは成功に終わったが実際はどうかな?毎日祭りが有るわけじゃあないし、駄菓子屋をやるにしても我が家の脇は比較的交通量が多く事故多発地帯。顧客の子供達が事故に合う確率が高いしね。

 色々考えていたら、あるご婦人と立ち話になった。お尋ねすると近くの駄菓子屋の女主人であることがわかった。人生は出会いだからこれは駄菓子の神様からのお誘いかしら。本気で電卓を叩いてしまったわ。(コタ姐)

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(20.10.23) 無事これ名馬

Img_36262_5001  ちょっと古い話になるが、7/29、イチロー選手が、日米通算3,000本安打を記録した。
この記録が如何にすばらしいものであるかは、各種のメディアでも報道されているところだ。

 イチロー選手が朝起きてからベットに入るまでがすべて野球漬けになっているとして、毎日7/30の夕刊には次のような記事が掲載されていた。

プレーボールから逆算し、他の選手より1時間前には球場入りし、トレーニング、マッサージに時間を費やし、屋内で打撃をチェックし、ようやくフィールドでフリー打撃に移る。試合中も肩甲骨、股関節、膝、足を絶えず動かし「一瞬」に備える。他者を寄せ付けない空気が周囲に漂っている。」

 TV中継を見る限りでも、守備についていても絶えず屈伸運動をして、身体をなめらかにしている。もちろんバッターボックスに入る前、入ってからも単に打つだけの姿勢ではなく、身体の鍛錬をしているのは、ご承知の通りだ。

 グランドでの鍛錬は我々にも見えているのでよくわかるが、私生活の時間の方がグランドにいる時間より長いわけだから、食事から睡眠、休養、家族との関係などすべてが野球一筋でないと、本物ではない。
生活や習慣など日本とは異なる環境の下でも、他の日本人選手が怪我や故障で戦列を離れていることから見ても、その節制ぶりは、他人を寄せ付けないと言っていい。

 「無事、これ名馬」と言う格言は、スポーツ選手向けの言葉だと思われているが、実は凡人である我々にも当てはまることなのだと、最近になって感じた。

人生には何よりも無事(健康)に優るものはないからだ。(散歩おじさん

(注)写真は「おときちにっき 写真部」の写真を転載させてもらいました。

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(20.10.23) 自己紹介

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初めまして。「コタ姐」と申します。縁あって私もブログを書くことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

 先ずは簡単な自己紹介から。
職場を退職し現在は専業主婦。家族構成は夫・一人娘・愛犬♂の三人と一匹暮らしです。パソコン音痴の私がブログを始めた切っ掛けは某人気ブロガーの方と知り合い、かねてから憧れていたパソコンを使ったコミュニケーションの世界を垣間見る事が可能になったからです。

 どのくらいパソコン音痴かといいますと、例えば「きっぷ」の小さい「」の入力方法はどうするの・ってな具合です。
こんな私ですが、毎日の何気ない暮らしを鋭く切り取り(ちょっと力み過ぎかな・)ブログを楽しみたいです。

 私の住んでいる地域には全長6、4キロに及ぶ美しい遊歩道があり、毎日愛犬をつれ散歩するのが日課です。
この頃は朝晩冷え込みますから早朝の日の出は美しく朝靄に包まれた水辺は幻想的な雰囲気を漂わせています。私のブログも日の出の勢いと時にはちょっとミステリアスに書き続けていこうと思ってます。(コタ姐

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