(20.10.30) 四季の道
朝、四季の道を歩きながら、20年ほど前の鎌取駅周辺を思い出してみた。
四季の道の名をを冠した橋がH4/6月に「春の道橋」を最後に竣工し、やっと周回コースが完成したような気がする。それまでは、行き詰まりになっていたり、途中で一旦、コースを外れなければならなかった。
四季の道にかけられている橋を右回りに、竣工年月を調べると下記の通りで、足
かけ10年掛かりですべての橋が完成したことがわかる。
夏の道橋、 s61/7
秋の道橋、 s60/3
六通歩道橋、h5/8
冬の道橋、 h2/3
おゆみ野駅前歩道橋、 h7/6/23
春の道橋、 h4/6
私がこの地に居を移したとき、幹線道路は整備されてはいたが、その多くは行き詰まりになっていた。おゆみ野の地はその殆どが山林・原野だったからだろう。
住宅都市整備公団が「千葉・市原ニュータウン計画」という整備事業を立ち上げあちこちを掘り返し、ブルドーザーが土音を響かせていた。
あるところはコスモスの花が咲く野原であり、丘の上であり、あるところは谷を思わす淵であった。泉谷とか小谷とか言われる地名が示すように、谷間から湧き出た水は一筋の小川となっておゆみ野を南北に貫いていた。
大小の森や林、背丈をこすヤブは野ウサギやイタチなどの小動物、キジややまどりたちになくてはならない生活の場、遊び場であり、ねぐらであった。
新設されたばかりの鎌取駅舎は朝日に輝き、遠く富士を望めたばかりか、東西に伸びるホームに立てば我が団地群が見え隠れした。
冬の朝は、まだ夜も明けきれぬ時間に駅に急ぎ、月や星を眺めながら家路に着く毎日だった。
都心へは、蘇我駅からの始発の快速電車に乗り換え都心に向かうのだが、乗客の、電車の座席争奪戦は激しいものだった。
蘇我駅に到着するやいなや脱兎のごとく階段を上り、駆け下り、運良く座席を占めることが出来た場合は、その後の約30分はひたすら睡眠に陥ることができた。
しかし、いつもいつも座席を確保出来るとは限らない。
時には立ちん坊の日もあり、こういう日は会社に着いても睡眠不足がたたり、一日中能率の悪いボーッとした気分が抜けなかった。
JRが行う恒例の年度末のダイヤ改正時には、ラッシュ時の本数増を待望したが、その多くは期待はずれでしかなかった。
そうこうしているうちに、鎌取周辺は建設ラッシュが襲ってきていた。
駅のホームに緑の風を送ってきた木々は伐採され、その後に大型スーパーが建設されること決まったからである。
ジャスコが進出してからの鎌取駅周辺は一気に変貌していった。
大小様々な高層ビルの建設ラッシュが始まったからである。
ジャスコが正月の営業をすると言い始めたのは、いつだっただろうか?
そればかりか24時間営業を言い出したのには、もう驚きを通り越して「怒り」を覚えた。(後に24時間営業は、さすがに不評を買ったと見えて、深夜24時までの営業に変更した)
おゆみ野は、静寂な住宅地から、深夜も灯が消えない眠らない街に変貌しようとしている。私たちは、そんな街にしたいとは思っていない。
人に優しい、労り合いの街にしたいと願っている。
私が毎朝出会う、散歩仲間はみんな優しい、思いやりのある人ばかりで、心が洗われる毎日だ。
こうして今日も、さわやかに私の朝が始まる。(散歩おじさん)







最近のコメント