(26.8.16) 朝顔

  プランターに植えてある朝顔がやっと咲き始めた。
この猛暑で朝顔も参ってしまったかと思っていたのだが、

やっと咲いてくれた。
どうやら、これで女房にも顔がたちそうだ。

我が細君、自らは決して手は出さないのに、「やれ、

今年は未だ咲かないとか」
「咲けば咲いたでピンク以外は何色が咲くのか?」

などとのたまう。
「花が咲くまで色など判らない」と答えておくと、

いたってご機嫌を損ねるのだ
から、始末が悪い。

市立の公園に接している我が家では、外にでも出ようものなら、

藪蚊の攻撃は尋
常でない。
防蚊対策をバッチリと施さないと、

たちまち蚊の餌食になってしまうのだ。
そこで、顔までスッポリ覆える網の帽子をかぶり、

長袖のシャツを着用し、手袋
に長ズボンを履き、

厚手の靴下に長靴姿の完全防蚊対策をほどこす。
これで防蚊は万全になるが、この暑さで、

たちどころに全身で汗だらけになって
しまう。
細君は、

そんな私の苗床作りの苦労などほとんど覚えていないのだから、始末が
悪い。

それでも、朝、花を咲かせてくれるとホッとするものだ。
それを確かめてから、私は早朝散歩に出る

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(26.7.15) カラスは猛禽(鳥)類

我が家は、

公園の木々をを南側にした200戸程の戸建集合住宅である。
陽当たりのいい南側に面しているので、

太陽の恵みは存分に受けることが出来る。陽当たりがいいことは、何と言ってもいいものだ。

ところが、

困ったことに公園内の樹木のてっぺんにカラスが営巣したらしく、

大きな声で啼き叫ぶだけならいいが、、

最近では人を襲うまで凶暴になってきた。
我が領域だと、朝晩に、辺りを睥睨している。
公園に沿って歩いているだけなのに、後ろから、

頭をめがけて襲いかかってくる のだから、これには参った。おちおち散歩も出来ない。、

隣近所の人も、尋てみると、何人もの人が、襲われていた。
それは突然、後ろから「バサバサバサ~と、

後頭部を目がけて襲ってくることが分かった。イヤハヤ、怖ろしい。

童謡の「七つの子」

に歌われてているような優しいカラスではなく、凶暴化した強盗集団と化し、もはや、「猛禽類」と呼んでも不思議ではない。
ゴミ袋を突いて中の食料を巻き散らかし、

人が近づいても逃げ出そうともしない。

 七つの子
 詞 野口 雨情
 曲 本居 長世

1、カラス なぜなくの
 カラスは やまに
 かわいい 七つの子が
 あるからよ
 かわい かわいとなくんだよ

 やまのふるすへ いってみてごらん
 まあるい めをした いいいこだよ

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(26.6.22) ねじ花

我が家の猫の額ほどの庭に芝にまじって、小さな花が咲いている。 そこに背丈が15cmくらいでピンクの小さな花を付けているのは 「ねじ花」
花は5mm程の小さな花だが、茎をらせん状に巻きながら咲いているのが愛らしい。

  良く観察すると、その多くは右巻きの花だが、中には左巻きの花もある。 世の中には、体勢がどうであれ「我が道を行く」少数の異端者がいるものだ。 左巻きの花を異端者と言ったら間違いかもしれない。 左巻きのねじ花も、態勢が右巻きの中にあっても、厳然と自らの意志を貫いて いる様に、「お前は一人ぽっちなんかではではないんだよ、他人がどうであれ、 お前はお前、ガンバレ、ガンバレ」と激励したくなった。

  小さなねじ花に、人生の生きざまを教えてもらったような気がした。

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(26.6.11) ウェディングマーチと体操

皆さん こんにちは。 私の毎朝の日課は、ラジオ体操から始まります。

6時30分から10分間の体操ですが、運よく起床時間が6時30分に間に合えばその 日一日とても気分よくスタート出来るから不思議です。 第一体操から第二体操に移る数分間は「首の運動」があります。 首を前後、左右、捻りと回転をするのですが、この際に、3人のピアニストが毎 朝代わり番こで即興の曲を首の運動に併せて演奏をしてくれます。 3人の中でも加藤ゆみこさんが担当する時は、とても楽しみです。

今朝は「ウェディングマーチ」でした。 ヨーロッパでは、6月の花嫁は幸せになれるとされているとか、このため結婚式 は6月が最も多いと言うことです。 日本では、鬱陶しい梅雨の季節ですが、ヨーロッパの6月は、晴れて式には最も 相応しいこともその要因だと言われています。 そこでラジオ体操にも一役買って、もらおうとしてウェディングマーチ登場となっ たものでしょう。 ピアニストの加藤さんの素敵なセンスのなせる技でもあるようです。 さて、来月はどんなメロディーを奏でてくれるでしょうか? 楽しみです。

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(26.5.16) 死語

死語、
昔は日常生活に使われていた言葉や道具が、

今はもうすっかり使われなくなっている言葉を指しますが、

日常生活で使われていたからこそ、今日でも使われている言葉ですが、今では、

流行語や新語にとってかわってしまった言葉、など、

言葉は私たちの日常生活とは切っても切れない関係にあります。

七日→なのか(ナヌカは今や殆ど使用されていない)
早急→そうきゅう(サッキュウは今や少数派に)

一時代前には巷でやり取りされていた思い出の言葉、生活環境の変化で不要になってしまった言葉。等のあれこれ。

例えば、
七輪(炭火用のかまど、七輪に金網を乗せ、

サンマを焼く際の必需品。
「伴淳」の二等兵物語で歌う歌詞にも「

何処で焼くのかサンマの臭い、風が吹く
たび鼻がなる」なんて場面はもう見られない。)
火箸(炭火を扱うには、これに限る)
てつびん(ヤカンや土瓶はお湯を沸かす必需品)
五徳 (ゴトクと詠む 火鉢の灰に突き射しやかん等をかけておく、三つ足の巴)

その他に、重箱・火鉢・達磨コタツ・掘コタツ・算盤・筆箱・

蚊帳・蝿叩き
・たどん・練炭
・足駄(あしだ)・たかば、・どてら・とっくり・

ちゃんちゃんこ・など

懐かしく思い出してくれれば幸いです。

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(26.5.6)  桐の花

私の毎朝の散歩区ースには、2本の桐の木がある。

今が丁度花の見ごろになっていて、

薄紫の花を枝いっぱいに着けており、遠くか ら眺めると満開の桜のようにようにも見える。

私の毎朝の散歩コースはその名を「四季の道」

と名付けられているように、 6Km余りの道のりには、

それぞれに異なる樹木が植えられていて、季節毎に花や緑を堪能させてくれる。

満開の桐の木は、「春の道」

と名付けられた道の調整池の土手の斜面に2本植え られている。
その調整池の土手は周囲は2Km程、

雑草地になっている部分が半分ほど、池の部分が1/4程で、残りの1/4が小さな森が占めている

桐の木で思い出すのことは、、私が幼少の時期、

花嫁さんが桐タンスやながもち(衣装箱)を持たせてやるのが、最大の嫁入り道具だった。
財のある家では昔は女児が誕生すると桐の木を庭に植え、

この娘が嫁ぐ時に、庭に植えたこの桐の木でタンスを作り、

嫁がせたという話を聞いたことがある。

それから桐タンスは水はけがいいので、衣類に害虫が付かず、

大切な衣類の保存には最適だと言う。もっとも「

悪い虫が花嫁さんにつかないように」と言う意味もあったらしいと言うことも、耳にしたことがある。
どちらも理にかなっているようだ。

今日ではもうそんなのんびりとした時代ではないようで、

嫁ぎゆく娘には何を持たせて嫁がせるのだろうか?
我が家では、さて何をもたせただろうか?

「身ひとつだけでお嫁さんに来てくれればいい」

なんてかっこいいセリフを吐い て、だいじな娘をもぎ取って言ったようにしか今は思い出せない。

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(25.9.27) 飛行機雲と虹 

9/23、朝6時、いつものように散歩に出た。

台風一過、空はあくまでも高く青い。これぞ秋の訪れを感じさせる現象である。
その青空を空を真っ二つに切り裂くように真っ白な飛行機雲が南北に弧を描いて
いた。
これほどよく晴あがった空と飛行機雲を最近見たことが無い。

今朝は雲一つなく、空の青さは例えようもなく青かった。
散歩で行きかう人に天を指し「ほら、飛行機雲ですよ」
と声を掛けると
「あら、ホント」と殆どの人は驚いたように、天を見上げる。
この飛行機雲に気付かずいたので、しばらく立ち止まり、天を眺めていた。

飛行雲は、高層圏を飛ぶジェット機が出す排気に水蒸気がまつわりつくと出来る
と言われているが、こんなに見事な雲を見たのは、本当にしばらくぶりのことで
ある。
散歩時、ほぼ1時間ほどのショウを楽しませてくれて飛行機雲は消えてしまった。

9/24、雨上がりの空に、薄い虹が架かった。
やや、西の空に架かっている。
今朝の空は、殆ど雲で覆われていたが、その雲の幕をバックに薄い虹が現れた。

昨日は快晴の天に、飛行機雲が、今日は曇り空ながら虹にお目にかかった。

二日続けての幸せな朝のひと時を楽しんだ。

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(25.9.18) 天高く、大空に飛行機雲が

台風(第18号)一過,日本列島を縦断し、涼しい空気を残していった。
その影響か今朝は長袖のシャツを着こんで散歩に出た。1時間ほど歩き、陽が高
くなる頃には汗をかいていた。
この台風は、風と雨で各地に大きな爪痕を残した。中でも京都、滋賀、福井には
甚大な被害を残した。
この大雨に対し、気象庁は運用開始以来初めて「大雨特別警報」を発した。
竜巻に続き、大雨、大風により日本各地に甚大な被害を及ぼした。
京都の代表的な観光地、嵐山の桂川に架かる「渡月橋」では、橋げたすれすれに
なるまでに増水し、橋が今にも流されそうな事態だった。

季節は秋の観光シーズンにあたり、一帯には観光客も多数宿泊していたようだが、
人身の被害は無かったのはなによりだ。
しかし復旧には相当な時間と莫大な費用がかかりそうだという。

15日に始まった大相撲秋場所で、平幕筆頭の松鳳山が日馬冨士との8回目の対
戦で、金星を挙げた。
松鳳山は、行司から勝ち名乗りを受ける前に、はや目を真っ赤にして涙していた。
普段はふてぶてしい面構えをしているが、初の金星に対してこんなにも純情で喜
びを全身で表す力士がいたことに、相撲界に一筋の光明を見たように思えた。
打ち出し時間が伸びたために、勝利インタビューが聴けなかったのは残念だった。

庭の「彼岸花」が咲き始めた。赤と白、取りあえず10本ほどだが。
この花は、季節を忘れずに知らせてくれる。

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(25.9.11) 雨上がり

夏休みが終わり、毎朝、賑やかに中学生が我が家の前を通学していく。
その賑やかなこと、青春時代はもう楽しくて楽しくてしようがない、そんな時代
なのかもしれません。

この元気を少し貰いたいものだと思う。
「箸が転んでも、可笑しい時期」というのだろうか。
かつては私にも彼らと同じように青春時代があり「箸が転んでも可笑しくなって
いた」時があったのかなあ、としばらくの間、思い出に浸っていた。

雨上がりの午前、家事を手伝った。
ベランダを拭いた後、布団を干し、湯船を洗い、マットも洗い流した。
台所の換気扇の掃除をして、包丁を研いだ。
包丁研ぎは、誰に習ったわけでもないが、多分、兄がやっていた姿を見ていて覚
えたのかもしれない。
ド素人と一緒だが、砥石で刃を磨くと結構切れ味が出て来ると、妻がおだてる。

あっという間に伸びた庭の草をむしった。草むしりには、防虫用の網付き帽子が
役立つ。養蜂業者などが、ミツバチの巣をいじる際に使用しているものと同じよ
うなものだが、夏の草むしりには、完全防蚊出来るので、助かっている。
今夏は、異常な暑さが続き、蚊の発生も多いかと思ったが、意外や、夕立ちなど
雨が少なかった影響で、それほどでもないようだ。

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(25.7.30) 隣家のさくら

毎日新聞に、日本医大の海原純子さんが毎週「心のサプリ」と題してエッセイを寄せている。
今回のテーマは「隣家の桜を育てるようにと、いうものだった。

「無関係に見えるものの大切さ」
隣家の桜の根が自分の庭に伸びてきたのを見つけたが、黙ってその桜にせっせと水をやり、次の年の花を楽しみにしている」と言う話だ。

隣家の木だから関係ないのではなく、表面は別れていても根はつながっていることと同様、学ぶことも直接すぐにそれが役に立たなくても、さまざまな形で後になって役立ち、実を結ぶことがあるものだ。と言う例え。

筆者の医学生時代には、2年間の教養課程で文学や哲学に接する機会があったが、今の医学生は学ぶことが多くて、医学と直接関係ない分野に触れる時間的余裕が無いようだ。

医学に関する分野にだけ長けているだけでなく、様々な分野の異なる分野の異なる視点を
持つ人との交流は「隣家の木に水」と言えないだろうか。
様々な視点で視野を広げることは、大きく枝をのばし花を開かせる手助けになる。
示唆に富んだエッセイだ。

私が小学校の時、教科では国語が最も苦手で、どちらかと言うと、算数の方が得意だった。
算数はいわゆる「公式」を覚えてしまえば、その応用で答えが出せたように記憶している。
が一方、国語は漢字や文章を覚えなくてはならないが、記憶に残すには何度も何度も書いたり、読んだりする、「丸暗記」が要求される。それだけでなく、文章の表現能力も問われるが、これもまた、苦手にしていた。

記憶容量の少ない私の脳味噌をフルに活用するには、できるだけ、その量を少なくしなければならなかったからだ。

こうした要領をいつの間にか身に着けた私は、程ほどの勉強時間で、程ほどの成績を保つことが出来るようになっていた。
爾来、他の教科も程ほどの勉強方法で、過ごしてきたために、これといった特技を持てないまま、学校を卒業してしまった。

こんなちゃらんぽらんな人間に、「隣家の桜を育てるような」包容力など、身に着くわけがない。今さら悔やんでも取り返すことは出来ない事なのだが。

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